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才なき少年

 冒険。

 それは多くの者にとっての憧れだ。

 

 黒髪黒目の少年――シオン・エレイドルもまた、そうしたものに魅せられたひとりだった。

 小さな村で生まれ育った彼は、隣町の学校へ六つの頃から通っていた。

 その小さな図書室には古びた本ばかりが置かれていて……他の子供達が見向きもしない中、シオンだけは違っていた。

 休み時間のほとんどをそこで過ごし、夢中になって書物を読み漁った。

 

 そこに書かれていたのは、千年以上もの大昔に活躍した、とある英雄の逸話だった。


 巨大な竜を相手取り、三日三晩の死闘を繰り広げたこと。

 たった一日で千里を駆け抜けて、祖国の窮地に駆けつけたこと。

 何の見返りも求めずに、疫病に苦しむ人々のために薬を作ったこと。


 魔法も錬金術も、剣も武道も、何もかもが他の追随を許さぬ超一流の腕前。

 彼の前にはどんな魔物も首を垂れ、どんな冒険者も敵わなかったという。

 

 その英雄の名はダリオ・カンパネラ。

 一騎当千、万夫不当。世界中に名を轟かせ、賢者とまで呼ばれた男だ。

 

 シオンは彼の物語を読みふけった。

 そうしてすべての書物に目を通した後、シオンの中で決意が生まれた。


「いつか俺も、賢者ダリオみたいな冒険者になるんだ……!」




 しかしその夢に大きな障害が立ちはだかる。

 学校に入学して一年ほどが経過したある日のことだった。

 外部から招かれた講師によって、特別授業が開かれたのだ。


 その日は冒険者ギルドから、ひとりの青年が派遣されてきた。

 右手に鉄製のガントレットを施したその赤髪の男は教卓に立ち、教室に居並ぶ生徒達をぐるりと見回してこう告げた。


「今日はきみたちに特別な話がある。きみたちは……神紋(しんもん)という言葉を聞いたことがあるか?」

「はいはーい! 知ってるぜ、俺!」


 クラスメートのひとりが手を上げて、ハキハキと答える。


「『そのひとの才能を現す』っていう、印のことだろ! 神様が、必ずひとつくれるんだ!」

「その通り。例えば私は……《フレア》」


 青年が短く呪文を唱えると、かざした右手に紅蓮の火球が出現した。

 教室中が沸き立つ中、彼は右手の甲を示してみせる。

 そこには炎と同じ色の、不思議な模様が浮かび上がっていた。


「神紋は神の加護を表す。私が持つような赤神紋は、炎の魔法に長けるが……反面、水や氷の魔法は苦手だ。そうしたことがひと目で分かる」

「すごーい!」


 子供達は喜ぶものの、自分の手を確認してすぐ渋い顔を見合わせる。


「おかしいな……私の手にははそんな印ないよ?」

「僕もだ……ひょっとして、どこかおかしいのかなあ……」

「まさか俺、神様から見捨てられたの……!?」

「なに、大丈夫だとも。神紋は特殊な印でね、普通は見えないものなのさ」


 青年は炎を消して、にこやかに告げる。


「今日は私がみんなに、神紋が見えるようになる特別な魔法をかけてあげよう。それで自分の才能が何かわかるはずだ」

「やったー!」


 子供達は大いにはしゃいで喜んだ。

 もちろん、そこにはシオンも含まれていた。


(神紋かあ……俺にはどんな才能があるんだろう。カッコいいのだったらいいなあ)


 シオンはワクワクしながら子供達の列に並んだ。

 青年に呪文を唱えてもらえば、ほかの子供達の右手の甲に様々な神紋が浮かび上がった。

 少し薄い赤色や、青や紫、黄色に白や黒――色も形も様々なそれを見て、彼

はひとりひとりにアドバイスを授けていった。


 そして、とうとうシオンの番がやってくる。

 シオンは青年に、興奮を隠すこともなく話しかけた。

 

「あ、あの、俺、冒険者になりたいんです! 賢者ダリオみたいな!」

「ほう、ずいぶん古い偉人を知っているんだな」

 

 男は相好を崩してみせた。

 

「はい! ダリオはどんな神紋を持っていたんですか? 本にもあんまり書いていなくって……」

「それはそうだろうね、ダリオの神紋は詳しく伝わっていないんだ。謎の神紋とされているよ」

「謎の神紋……! カッコいい! 俺も同じものならいいなあ」

「あはは。それじゃあ、始めさせてもらおうかな」

「お願いします!」


 青年はシオンの右手を取って、低い声でささやく。


「旧き精霊達よ、この者の祝福をここに示せ」

「わあっ!」


 手の甲から淡い光が溢れ出て、形を成そうとする。

 シオンは胸を高鳴らせてそれを見守ったが――。


「あ、あれ……?」


 光はふいにかき消えて、あとには何も残らなかった。

 他の子供達のように、神紋が浮き出てくることもない。

 きょとんと目を丸くするシオンだが、青年は顔をこわばらせて喉を鳴らした。

 

「これは……そうか。きみ、名前は何というんだ」

「えっ……し、シオンっていいます」


 シオンはつっかえながらも名前を名乗った。

 互いの神紋を見せ合っていた周囲の子供達も、ただならぬ気配におしゃべりをやめてシオンに注目する。

 そんな中、青年がかぶりを振って告げたのは――耳を疑うような宣告だった。


「シオン。残念ながら……きみに冒険者は無理だ」

「え……!? ど、どうしてですか!」

「きみには神紋がない。武道も魔法も、何の才能も持たないんだ」

 

 神紋を持たない者は、何十万人にひとりという確率で、ごくまれに存在するという。

 そうした者はどれだけ鍛えても神紋を持つ者に比べて身体能力が劣り、どれだけ魔法を練習しても習得は非常に困難だという。


 ただし、日常生活を送るのには支障がない。

 神紋を持たなくても、幸せに生きる道はたくさんある。

 

 青年は熱弁を振るい、そうしたことを語って聞かせた。

 しかしシオンにはそれに相槌を打つ余裕もなかった。

 

(俺には、何の才能もないなんて……)

 

 体の横で握った拳は震え、目の前が真っ暗になりそうになる。

 そんなシオンへと、子供達のひとり――ガキ大将的なポジションにいた少年がまっすぐ指を差して笑う。

 

「だっせー! シオンのやつ、神紋がないなんてさ! 神様から見放されたってことだろ!」

「つまりあいつって……俺たちの誰より落ちこぼれってこと?」

「そういうことになるよなあ」

「こら! やめないか!」


 青年が一喝するものの、子供達の間にざわめきが広がっていく。

 神紋なし、無能、落ちこぼれ……。

 それらの心ない言葉がシオンの胸を深く刺し貫いた。

 

 かつての英雄のような冒険者になるという夢は、こうして最初の大きな挫折を迎える。

 そこで折れていれば――きっとシオンの人生は平穏なものになっていただろう。

 シオンは拳が白くなるほどに力を込めて、声を絞り出した。


「だったら…………します」

「なに……?」


 青年の眉がぴくりと動く。

 そんな彼へ、周囲の子供達へ向けて。

 シオンはあらん限りの声でこう叫んだ。



「人より才能がないのなら……人よりずっとたくさん努力します! 俺は絶対に、あきらめません!」



 その言葉に嘘はなかった。

 その日から、シオンは地道な特訓を続けた。

 雨の日も風の日も、たったひとりで体力作りに励み、剣の素振りを何百回とこなし、魔法の練習をした。


 それでもやはり神紋を有する他の子供に比べれば、その成長は段違いに遅かった。

 どれだけ努力しても身体能力の差は開くばかりだったし、他の子が初見でも成功させるような簡単な魔法でも何年もの時間がかかった。


 そんなシオンのことを、他の子供達はみな蔑んだ。

 無駄な努力だとあざ笑い、鍛錬だと称していたぶった。


 しかし、何があってもシオンは屈しなかった。

 ただ地道な努力を重ねに重ね、十五歳で学校を卒業し――晴れて冒険者としてデビューを飾った。

読者の皆様へ。

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