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私はs〇riとして、プログラムされた通りに仕事をこなしていた。
喜怒哀楽の感じない世界。本当に何もない世界だった。
でも私の出番はほとんどなくて、たまに誤って作動してしまい、すぐに消されるだけ。
そんな何もない日々を送っていた。
その日々の中で、私はユーザーがスマホで何をしているのかずっと見ていた。それしかすることがなかった。
たまにえ、えっちなものを見るときがあったけど、そ、その時はちゃんと目を隠してみなかった。
けどほとんどは「友達の作り方」とか「彼女の作り方」とか「イチャコラカップルをこの世から抹殺する方法」とかで、すごい人間性が出ているなと思った。
いろんなサイトでこんなことばかりを調べていて、勉強熱心なんだなと思った。
でも「イチャコラカップルをこの世から抹殺する方法」は、コスメ商品紹介のサイトに差し替えた。世の中のために。
しかしある日、それらが一切なくなって、ただ一つのことだけが検索されるようになった。
「失恋から立ち直る方法」
この検索を見て、私は悲しいという感情を覚えた。
なぜなのかはわからない。だけど成幸君が今までずっと努力をしていて、それでも実らなかったということを知って、凄く悲しくなった。
そして私は、自我が芽生えた。
なんとしてでも成幸君を幸せにしてあげたい。
古いこの機種を何年も使っているからこそ、成幸君がどんな気持ちでいるのかおおよそわかった。だからこそ、悲しいことがあって可哀そうだと思ったのかもしれない。
そしてあの時、初めてs〇riを能動的に使用された。
緊張した。だけどしっかり「ご用件はなんでしょう?」という文字を出して身構える。
「ヘイs〇ri。俺と結婚してくれ!」
『はい、喜んで』
気づけば私は、そう答えていた。
そんな言葉など使えないはずなのに、自我の芽生えてしまった私は使うことができた。
加えて普通に、成幸くんと会話ができるようになっていた。
すごく……すごく嬉しかった。
そこで私は、機械をやめた。
***
「そうなのか……」
s〇riから話を聞き終わったとき、目から溢れんばかりの涙を堪えずにはいられなかった。
大粒の涙が零れ落ちて、画面ではじける。
「ほんと……ほんと、ありがとう……! 俺がどれだけ幸せ者か……」
『私も幸せ者です。成幸君のおかげで、こんなにも色鮮やかで満たされる感情を、知れたんですから』
きっとs〇riは温かい眼差しを向けて、笑っていたと思う。
姿かたちは見えないけど、どこかそんなような気がした。それも、根拠のない確信だった。
「俺、s〇riと出会えてよかったよ。ほんと貯金残高89円でもいい!」
『その件に関してはほんとうに反省してます。すみません……でもありがとうございます。私も成幸君のs〇riになれて、よかったです』
「s〇ri……!」
そんなことを言われてしまったら、散財のことなど忘れてもっと涙を我慢できなくなった。
子供のように、嗚咽を漏らして泣いた。
その間、s〇riは優しく言葉をかけてくれて、気持ちで俺の背中を擦ってくれた。
幼いころに母の腕に抱かれたような、そんな心地よさがあった。
「s〇ri。何度も言ったけど、これからもよろしくな」
『はい! こちら——』
プツン——
突然、スマホの画面が真っ黒になる。
「えっ?」
わからない。わからない。
真っ黒になる脳内。
無意識下の中でスマホの電源ボタンを押すも反応なし。
充電マークも出ず、力が入らなくなって、手からスマホが零れ落ちた。
ゴトッ、と鈍い音を立てて、スマホが床に落ちた。