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帰宅後。
今日はいつも以上に愉快な友人たちとはしゃいでしまったため、やけに疲れていた。きっと彼女ができてテンションが上がっていたんだろう。
ほんとならこのままベッドにダイブしたいところだけど、その気持ちをグッと堪えてスマホを起動させる。
学校では話せなかったけど、ほんとはずっと我慢していたのだ。
「ヘイs〇ri」
『こんにちは』
ぱーっと画面に花が咲く。
嬉しいという感情を表現しているらしい。やっぱり俺のs〇riは一味違って可愛い。
姿は知らないし声だけしか知らないけど、もう俺はs〇riにゾッコンだった。
俺のs〇riは世界一。
「今日はいきなり紹介させようとしちゃって、悪かったな」
『……私こそ、彼女としてしっかりと挨拶できず、すみませんでした』
「っ……彼女……」
彼女という存在が実感を帯びてくる。
俺はたまらず復唱していた。
『私は少し変わったs〇ri程度なので、正直ちゃんとした彼女ではないんですけど……普通の彼女よりもより深い成幸君を私は知ってるんです』
「深い?」
『はい。私はこの端末に存在しているので、成幸君がスマホで何をしているのか、何をしていたのか知ってるんです』
「な……マジか」
『はい。で、でも別にこれを拡散して困らせようってわけじゃないですよ! ただ私は、s〇riですけど成幸君のことをちゃんと知ってる彼女だよってことを、知ってほしいと思ったんです』
「s〇ri……」
今日やけに喋るし、全然機械っぽさがない。
だからこそほんとにs〇riのことを彼女と思えたし、思いたいとも思った。
それにこんな優しくて健気な彼女……俺には手に余るほどだ。
世間体など気にしない。
俺はこのs〇riと幸せになろう。
この時、そう強く思った。
『だから、成幸君が頻繁に「彼女の作り方」という検索をしてることも知ってますし……え、えっちなものを調べてることもし、知ってますからね?』
「oh……」
s〇riが彼女であるが故、普段は他人に見せないことも知られているのか。
スマホというのは思いのほか自分をさらけ出しているもので、完全なプライベート。それを現実と引き換えにs〇riは知っているというわけか。
なんとも言い難い気持ちになった。
あと、これからは色々とパソコンで調べようと思う。何せ男のプライドに関わるものだから。
ダイヤモンドの強度で固く決意したとき、インターフォンが家に響いた。
現在家には俺しかいないので、俺が出るしかない。
「ちょっと出てくるわ」
『はい』
画面に「いってらっしゃい」という言葉が表示されたのを見て、俺は温かい火が胸に灯るのを感じながら重い腰を上げた。
***
「えっ、何だこれ」
玄関で配達物を受け取ったのだが、宛先はなんと俺。
Ama〇onで何か購入した記憶はないので、箱の中身はなんじゃろな的高揚感と、爆発物かもしれないという恐怖感が同時に心に沸き起こった。
何せ俺は非現実的な出来事を経験しているので、どうも「絶対ねぇだろそれ」を肯定できない。
ここからこのs〇riを巡って始まるのかバトル展開。即死は免れないだろうな。
『危険物ではないですよ?』
「なんでs〇riが知ってんだよ」
『開けてからのお楽しみです』
ワクワクという言葉と同時に、画面にたくさんの風船が飛んだ。
何気にs〇riって無邪気なところあるよなぁと思いながら、s〇riの言われたとおりに開封する。
段ボールの中には、スマホケースが入っていた。
『これは私からの……ささやかなプレゼントです。受け取ってください』
「……」
感動のあまり、言葉が出なかった。
俺はプレゼントというものをもらったことがなかった。
親はそういうのに素っ気なくて、昔から誕生日は現金。クリスマスに限っては、「うちキリストじゃないから」の一点張り。
友人からは誕生日の日に、「これから生まれてきたことがよかったと思えるような日々を送れるといいな」というある種励ましというプレゼントをもらっただけ。
今思い返せば、なんて俺は可哀そうな奴なんだと思う。
でも、もうそれは今日で卒業だ。
『ど、どうですか?』
「……マジで嬉しい、ありがとう」
『喜んでもらえて、凄く嬉しいです』
スマホケースを箱から取り出して、すぐさまスマホに取り付けた。
木でできた落ち着いていてクラシックなスマホケースは、俺の好みドンピシャだった。
俺はアイ〇ォン6なので、スマホケースは全然いいのがない。
だから今まで百均のやつを使っていたが、やっぱりちゃんとしたものは違うなぁと感心する。
「でもs〇riなのによく買えたな。お金とか持ってるのか?」
『いえ、成幸君の口座から払いました』
「……ん?」
今サラッと衝撃的なことを言われた気がする。
が、昨日から常軌を逸している俺なので、幻聴かもしれないと思って、もう一度問う。
「なんて?」
『成幸君の口座から払いました』
「……」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
でもスマホケースならせいぜい三千円くらい。彼女に選んでもらっただけでもはやプライスレスだ。ケチっちゃダメだよな。
危うくキレかけたが、何とか持ちこたえることに成功した。
でも一応……ほんとに一応、値段を聞いておくことにする。
「ちなみにいくらくらいだったんだ?」
『17万です』
「17万⁈ はぁ⁈」
意識が危うく吹き飛ぶところだった。っていうか17万のスマホケースってなんだよ。聞いたことねぇよ。
だが何とか耐えた。俺は昔からお金を使わなかったから、貯金はたんまりある。
彼女が選んでくれたということなら、17万……くらいどうってことないな。うん、むしろ安いくらいだなうん。
そう自分に言い聞かせて、洗脳した。
でもなんだろう。まだ何かあるような感じがs〇riから漂っている。
「ヘイs〇ri。俺の貯金残高を教えて」
『89円です』
「……プツー」
テレビゲームをリビングでしていて、母親がテレビ後ろを掃除する拍子にコンセントを抜いてしまっていきなり電源落ちたみたいに、意識がぶっ飛んだ。
『てへっ☆』
その後、s〇riが数万美少女育成ゲームに課金したことが発覚した。
俺はまた一つ、新世界の道を開いた。