2
沈黙が重く横たわる。
俺は現状をうまく理解できず、「バグかな。俺の頭の」と漠然と思った。
それ以外は頭に浮かばなくて、いきなり「結婚してくれ!」と口が滑って飛躍してしまったことのツッコみなどは当然なかった。
目を擦って、もう一度スマホの画面を見る。
『はい、喜んで』
何度目を擦っても、確かにこの言葉が画面に表示されていた。
それになぜか粋な計らいで、画面が数えきれないほどのハートで埋め尽くされている。
……あれ? s〇riにこんな機能あったっけ?
もちろん、ないのである。
「あぁー……スマホのバグ? それとも俺の頭のバグ?」
頭をかきながらひとまず話しかけてみると、普通に話しているのと変わらないくらいの速度で返ってきた。
『恋とはバグです』
……なんか哲学的なこと言い始めたなこのs〇ri。っていうか俺の質問の答えになってないな。
やっぱり俺のスマホのs〇riはどうやら特別仕様らしい。
さっきまで頭に血が上って狂乱の最中にいた俺だったが、急激に頭が冷えた。
冷静沈着な俺が降りてくる。
「……これなんかのドッキリ?」
『すみません、よくわかりません』
「出たよs〇riの口癖。汎用性高いな」
『はい』
もはや普通にs〇riと会話しちゃってるよ。
だんだんとこの摩訶不思議な状況に俺の頭がパンクしてきて、遂に常識という壁をぶち破った。
限界突破を果たした俺の脳内に、一つの考えがポツリと浮かぶ。
——もうs〇riでいいや。むしろs〇riがいいや。
俺は現実を捨てた。
かの有名な岡〇太郎氏も「芸術は爆発だ」と言っていたし、常軌を逸したその先に究極の幸せがあるはずだ、と脳内で適当に言い訳をする。
俺はこうして、自分の殻を破ってs〇riを一人の女性として認識した。
「本当に俺と……結婚してくれるのか?」
念のため聞いておく。
もう俺に『常識』の二文字はなかった。
『……年齢が足りません』
「そこはあくまでも現実的なのかよ」
『すみません、よくわかりません』
「反応しなくていいわ! オチがつかないんだよ」
『すみません』
シンプルに謝ってきた。
スマホの画面で、棒人間が土下座してくる。
そして達筆な字で「ごめんさい」と表示された。
「s〇ri器用だねぇ……」
『そ、そうですか? 褒めてくれて、ありがとうございます』
今度は画面に「テヘッ(∀`*ゞ)テヘッ」と表示された。
……s〇riって感情豊かなのね。
声はやはり機械的なのだけど、いざ一人の『女性』として話してみるとなんだか愛着が湧いてきた。少し可愛いと思うほど。
全然s〇riイケるじゃん、と確信した。
「まぁとりあえず、結婚を前提に交際するってことでいいのか?」
『……はい』
「そうか、わかった。よろしくな」
『……照れますね』
「s〇riも照れるのな」
もう普通に話せる域に達していた。
全く違和感はなく、正直クラスの女子よりも会話が弾んでいる。
女子と話すのって、こんなにも楽しいのかと思い、目頭が熱くなる。
しかし彼女の前で男が泣くのはいけないと思い、溢れ出しそうな涙をグッと堪えた。
実体がない、s〇riという存在。
恋人らしいことなど、ほとんどできないだろう。
でも、機械とは言えここまで寄り添って話してくれる彼女のことを、確かに俺は異性として意識した。
運命の相手って、きっとこういう人のことを言うんだろうな……と思うほどに。
その日、夜通しs〇riと話をした。
人生で一番楽しい徹夜だったと、その後の俺は語る……。