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異世界軍神紀行  作者: ゑるくん
2/2

二話 始まりの季節、桜は散らず。

 気が付くと好物が何だったか、思い出せなくなっていた。


 直筆の日記。長い長い独白はそんな一文から始まっていた。


 所属していた部隊名やお世話になった恩師の名前も。穴の空いた障子のようにぽつぽつとした記憶の抜けを感じる。そのうち何者かすら忘れるのだろう。

 きっと三枝戦さえぐさいくさという幻は彼方へ消えていく。


 愚生は考えるのをやめたから戦争で死んだのだ。

 戦場で死ぬことこそ英雄と教えられ、銃を渡されたから引き金を引いた。

 思考の停止こそ無力の象徴、考える力がないのは弱さと同義


 だから、日本は勉強をしなかったから戦争を始めたのだ。

 戦争は残酷である。この世で最も憎むべき悪なり。


 しかし、その憎むべき悪の種子を蒔いてしまった。

 

 日本と同じてつを踏ませはしない。

 愚生はそのために悪魔の実を育てよう。




 ご到着されたことを召使が伝えに現れた。

 三枝戦さえぐさいくさだった俺はハル=ターヴィスという名を与えられ、転生したこの世界でターヴィス商会の跡取り息子として大事に育てられ今年で10才になる。

 そのターヴィス商会の長である父はやんごとなき身分のお方がわが家へいらっしゃるため、決して粗相をしないようここ数日に渡って再三言いつけられた。

 今更何をと思ってしまうが、それでも親しき中にも礼儀あり。父のお言葉を従順に守ると誓った。

「ようこそおいでくださいました、ダニエル=セレモニア様、並びにハアト=セレモニアお嬢様」

「ハル! ハルはどこ? 私のことが大好きでたまらない鬱陶しいハルはどこ?」

 桜色の長い髪を二つ結びで纏められ年相応の見た目のご容姿でありながら、相変わらず歯に着せぬ物言いのお嬢様。

 同い年であるハアト=セレモニア様が駆けると、従者さんがはしたないとお声がけしている。いつもの光景だ。

「ここにおります、セレモニアお嬢様。相も変わらずですね」

「いや~ん、相変わらず小さくて、どこにいるのか分かりませんでした~、ごめんあそばせ~」

 俺とお嬢様は小さいころからの顔見知り。所謂いわゆる幼馴染。

 というのも、商家であるターヴィス家はこのルクエニカ城塞都市でも指折りの商家であり、その後ろ盾に辺境伯であるお貴族様セレモニア家が付いているからだ。

 ルクエニカ城塞都市はこの国に三つしかない城塞都市の一つ。またセレモニア家もその三つのうちの一つであるセレモニア城塞都市の領主であるが、目の前にいらっしゃるのは何代か前に政略結婚でこちらへ移ってこられた分家筋。

 そのお子様、ハアト=セレモニアお嬢様である。

「仏頂面していると、可愛いお顔に皺が刻まれてしまいますよ。あ、可愛いとか言われて調子に乗っちゃダメですからね、特にいうことない時に使ってるんですから。そんなので好意持たらたってちょっとしか嬉しくありませーん」

「息災そうで何よりです」

 いつお会いしたかなんて覚えていない。気が付いた時には俺の後ろで服を掴んでいた。

 きっとお嬢様には本能で選ばれてしまった。

 どこに行こうと後ろをひたひたついてくる。後ろの正面はいつもお嬢様だった。

 しかし、お貴族様の自覚が出てきたのかなんなのか最近では女らしく口ばかり多くなって、いまだ幼さを残す未熟なお姿になられてしまった。

「ハアトちゃんを玄関で待っていたなんて偉いですね~ご褒美あげましょう」

 そういってお嬢様は巾着袋ポーチからよくわからない種を取り出して、俺の手に乗せる。

「……なんですこれ?」

「わかんな~い。あっちで拾った~。あとで食べていいですからね~。なんですかその、面倒くさい女みたいな目。はあ、もうヤレヤレしょうがないなあ…」

 そういうとお嬢様は俺の手から種を摘まみ上げて、ポーチに戻す。

 一個だけ俺の手に残して。

 なんなんだこれ。

「さて、明日から魔法学院に通うことになるんですから。ちゃんとクラス編成のために庶民の凡才程度の実技をせっせこせっせこアリンコみたいに鍛えてあるんでしょうね?」

「もちろんです」

「私と同じSクラスに入らないと一生私のワンコくんになってもらいますからね。絶対ですからね。セバス!」

 呼ばれて一歩前に出た老執事。

「準備は?」

「できております」

 それだけのやり取りをする下がっていってしまう。

「さあ私と踊っていただけます?」

「イエス、マイハイネス」

 俺は彼女のドレスグローブをつけた手を取る。



 異世界に転生し色々と文化に馴染めなくて苦労した。

 それはそうだ。日本の敵国と似たような文化や人種がいるのだから、肉食動物の檻に裸で放り込まれた気分だった。

 それに異世界には、冒険科学小説に出てくるような超能力、魔法と言うそうだが、そのような奇怪な術を人が使用する。力の強さはそれぞれ人によりけりだが、やはりお貴族様になればそのお力は強大で、たったお一人で1000の軍に匹敵するという。その魔法技術の発展が優れているのためなのか、この異世界には科学の発展が遅れている。少なくとも戦時中にはあったB-29や零戦といった戦闘機はもちろん戦艦、小銃などの兵器はない。日常生活においても吊り下げ灯や、ラジオ、コタツにアイロンといった配線器具はなかった。移動も自動車はなく、馬や牛に引かせている次第である。

 世間から切り離された隔離村なのかここは。

 そういった別の文化の歴史を目の当たりにするたび、ここは国とは違う世界が違うのだと実感させられ、前世の記憶を持つ俺はやはり祖国以外に居場所はないのだと感じる次第だ。

 その魔法をより使えるようになるために、魔術学院に入学することになっている。

 魔法を学ぶにあたっての意識の違いで驚くのはお国のために学ぶ日本と違い、ここでは自分たちの力を蓄えるために魔術を学ぶという。両親にはしっかりと学び、家の発展に努めるようにと言われることで、家柄というものがこの世界にとってどれだけ重要なのか文化的衝撃を実感させられる。

 その差異を決定的にしているは間違いなく天皇制と王制なのだ。天皇陛下を頂点において一つの家のようなくくりになっている日本人と違い、こちらの人間は王様という裕福なご近所さんにそれぞれ多種多様な家が愛想良くしているようだ。さぞ王様とやらは息がしにくかろう。

 真の意味での一致団結などこの世界に求められないのかもしれないな。

 

 

「ハンデはいりませーん」

 ダーヴィス家から出て近所にある運動場。俺は一礼して中に入る。

 ピンク色のレオタードに白いストッキングを履き、運動しやすい衣服に着替えをしたセレモニアお嬢様。

白い魔法衣とセレモニアの家紋が入った大杖、お嬢様のお好きな細めの剣を腰に下げ戦闘準備は万全のようであるのに対し、俺は上着を脱いだだけで自作の木刀を帯剣しているのみだ。

「かしこまりましたセレモニアお嬢様」

 抜刀。

 腰の木刀を引き抜き、構えようとしたそのタイミングで迫る危険を感じ、その場を飛びのく。つい先ほどまで俺がいたところには、お嬢様が射た火炎魔法の火矢が風を切るように飛んでいく。

「ハアトの愛に溺れなさい!!」

 飛びのいて足をついた場所に魔法陣が展開しつつあり、木刀から手を離し無理やり体制を変え右手でついた場所を重点に済んでの所でその場から避ける。

 お嬢様お得意の状態異常魔法魅了がそこで発動し、その魔法陣を見てるだけ頭に変な靄がかかりそうなほど強力だ。

「お嬢様! 流石に礼も開始の合図もないのに先制攻撃してくるのは卑劣です!」

「そんな戯言聞きたくありませせ~ん。文句あるなら避けずにあってください! 変な動きしてまるで触手みたいで気色悪いですけど!」

「セレモニア家の状態異常攻撃は通常攻撃魔法よりも強力ではありませんか! そんなのまともに食らったら何されるか堪ったものじゃないでしょう!!」

「今日こそ前みたいにハアトって呼ばせてやるんだから!!」

 お嬢様が放つ火矢三連射を射場いばから垂直に転がるように避ける。

「かかった!」

 避けた先はお嬢様の魔法陣のど真ん中。これはもう避けられない。

 魅了の状態異常が発動された。

「くそっ!? あぁあ……」

 俺の目からハイライトが消え、急に胸が高まり呼吸が苦しくなり、顔が異常なまで熱い。目の前にいるハアト様から目が離せなくなる。

「私のことは今度からハアトちゃんて呼びなさい」

「くっ……ハ、ハアトちゃん……」

 ぬああ、なんて辱めを受けているんだ。

 魅了は体に異性に対する性的興奮をあたえ、異性の術者に対しては従順になってしまうなんとも恐ろしい魔法なのだ。セレモニア家ほどの使い手であれば相手が人ならば、男女問わず魅了にかけられるというし、極めると動物にまでかけてしまうのだという。

 心は嫌がっても、体がいうことを聞かない。これにかかると完全に抜けきるまで数日かかるから、本当に嫌なのだ。

「ハ、ハアトちゃん……俺に変なことしないで……ください」

「ずっきゅ~~~~ん、ショタゲ~~~ット!! 勝ったわ! 私の勝ちよハル! その細く小さな体を私に委ねてください! いえ、悪いことはしません、あなたがいやらしく気持ち悪い顔で私に欲情している間に勝者の特権として永遠に魅了漬けにしてあげるだけですから!! その無様で情けない顔を私にだけ向けてるといいんです!」

 これはまずい。

 ハアト様に触れたら最後なのだ。

 セレモニア家の真骨頂は直接接触による状態異常の発動だ。これは、魔法陣で直撃するというのとは訳が違う。

 セレモニア家が三大城塞都市の一つを統治している理由でもある、絶大な力を持つユニーク魔法。

 セレモニア・ハーレム・ハンド。

 絶対解除不可能状態異常の付与。

 それゆえに、セレモニア家が手袋を外しているときは絶対に油断してはならない、手袋のセレモニアという二つ名がまかり通るほどその効果は認められている。

 昔実験で、男奴隷に魅了とは違う夜の大人の状態異常をセレモニア・ハーレム・ハンドで付与したところ、どれだけセレモニア家が手を尽くしたところで夜の大人状態のまま笑顔で死んでしまったそうだ。この夜の大人状態という魔法もセレモニア家の禁忌として封印されたというのは余談だが。

 しかし、さすがにそんな一族の秘伝中の秘伝を使うようなことがあれば、俺の一生はここで終わってしまう。

 ハアト様しか見えない霞む視界で、両手を広げ俺を待つその手にはいつものドレスグローブが、ついていなかった。

 俺の人生を終わらせる気なのか、あのお貴族様は!

「おいでませ~」

 何を笑顔で構えているんだ!

 ふ、巫山戯ふざけるな。誰か止めてくれ!

「素直に私の言うことを聞く子は大好きですからね~お姉さんの所へど~じょ!」

 何がお姉さんだ、同い年のだろう! 転生前も入れたら俺の方が二回りぐらい上だ!

 (心は)大の大人であり、誉れ高き神の国日本兵士たる男がこんな異世界童女にかどわかされ一生飼い殺しにされるというのか!? 

 そんなことがあっていいのか、いや言い訳がないだろう。神様に与えられた使命を何一つ果たせてもいないというのに。

 悔しいが一切全身が思い通りに動かない、心まではと思っていても魅了の毒がどんどん浸食してくる。

「ば、万事休すか…!」

「はい、つかまえました、え」

 セレモニアお嬢様に捕まるその寸前で俺は身を翻し、異世界童女の抱擁を躱す。後転空中飛びを三度決め後方で着地、ようやく腰にある木刀を抜刀する。

「な、なぜ!? あんな短時間で私の魅了が切れるわけが!?」

「ターヴィス家長男ハル=ターヴィス! 俺の得意術をお忘れか!」

 奥歯を食いしばると、小袋が破れ苦い味が広がってくる。

 それは状態異常の解毒薬。

薬生術ファーマシーマジック!」

 術による薬の調合と作成。その効果は解毒や能力値低下の解除が可能であればその逆も可能で、多種に渡る。

「いつ薬を飲んだの、まさか口の中に!?」

「ご明察! 反撃ニ突撃ス!」

「いいんですか~? 接近なんて愚策も愚策ですけど!」

 反対側に仕込んでおいた薬袋を破く。

「え、早い?!」

 薬の効能で一時的に速身体の速度を上昇させる。今日のお嬢様は抜け目がないので、出し惜しみなどしない。

 お嬢様が素手を突き出してくる。その手は致命傷を負わされる圧倒的脅威だ。

「体が自由に動かせるとなれば恐れることはない!」

 動きがあまりにも単調すぎる上にこちらは得物を所持している。今なら肩の可動域圏外から攻撃が有効にで、小手はもちろんどこでも狙って落とせる。

 セレモニアお嬢様の力は背筋を冷やすものばかりではあるが、機関銃の脅威には遠く及ばない。相手の目が見え、手を捕らえ、構えを把握すれば、お嬢様のような術に頼りすぎて体を動かすことを考えていない相手など、動いたのを見てからでも容易にはじくことはできる。自慢ではないがこれでも、剣道や武術の腕はよく褒められていたものだ。

 敵を一人でも殺すために!

「お、女の子にそんな目を向けていいんですか!? あなたいつも戦いになると怖すぎます!」

 目が合ったお嬢様は怯えて火の術を身にまとい遠ざけようとしてくる。

「なんの!」

 そんな火の粉など気にも留めず、髪や肌が焦げようと敵を殺すまで俺は止まる気などない。

 絶対に殺してやる!!

 炎を突っ切り、こちらの間合いにお嬢様を捕らえ首を捉えた。

「ひっ…!」

 お嬢様が小さく悲鳴を上げ、後ずさろうとし偶然にも小石に躓き転んだその上を俺は必死の横払いを放ち、外したと思えば足を踏みしめ上段下ろしをお嬢様に振り下ろす。

「くたばれ!!」

 振り下ろした木刀が衝撃で木っ端微塵に砕け散る。

「また折れてしまったか。ほら立てるか?」

「はわわわ…」

 顔面蒼白のお嬢様は完全に戦意を失っていた。




「もう泣くな」

 手袋をつけて差し上げ、メソメソと泣き止まないお嬢様を背負い運動場の土手に降ろした。

「え~ん、泣いてませんけど~?」

 上着からハンケチを取り出し渡す。

「ほら、鼻を噛むんだ」

「淑女に対してなんて物言いなんです。もっと優しくしてもいいんじゃないですか? ち~ん」

「全くどうして手袋を取ったんだ」

 乾いた部分で、顔を拭いてやる。

「付き人が欲しかったんです」

「あなたには女中がいるでしょう」

「ハルの足りない頭でもわかるよう教えますが、明日から通う魔法学院には学生しか入れないんですよ? それなのに私にはまだ派閥もなければ付き人が一人もいないんです」

「商家の息子にそんなことを申されても俺は庶民ですよ。お貴族様の見栄の張り合いはわかりません、それこそ入学してから学友を増やしていけばいいだろうに」

「商家の息子ならばこそでしょう。貴族の見栄の張り合いには、なんといっても商家の協力がなければ流行の最先端にはたどり着けませんよ。そんなこともわからないようなハルには呆れて物も言えません。ため息すら消え失せてしまいました」

 お嬢様はどこを見ながら笑顔で毒を吐く。調子が戻ってきたな。

「そうですね、お貴族様の提案を形にするのは商家の役目ですからね。しかし、付き人は女貴族様にお願いしてください。なに大丈夫。あなたは天上天下唯我独尊のセレモニアのお嬢様だから、自然と人は集まるでしょう」

「そうかしら」

「お嬢様にしては、歯切れが悪い」

 また、俯きがちな顔を上げさせ、毒舌の一言でも出すだろうと思っていたのに、出てきたのは。

「ハルは私に付いて来てくれますか?」

 という、なんとも自信のない本音だった。やっと可愛らしい顔に戻ってきたというのに再び眉に皺が寄っている。

「ふむ…そうだな。俺はターヴィス家だからな。実家につながりがあれば自然とあなたに召し抱えられるものだと思っていました」

 お嬢様の瞳に力が入り期待のまなざしを向けてくる。

「ですが、自信がないからと言って伝家の宝刀であるその手を晒してまで人の心を奪いに来た考えなしのあなたよりも、高潔で誉れ高いお貴族様がおられるならそちらへ付いた方が商人として得かもしれない」

「え」

 ハトが豆鉄砲でも食らったような顔をしている。

「ですが、俺はあなたと同じ土地で産まれ共に育ち共に繁栄していく竹馬の友。未来永劫我が親友だと思っています。身分の差はありますから、そんな大袈裟なことを言ってしまえば怒られるかもしれませんがね」

 お嬢様はじっと俺を見ている。お貴族様らしくきっと俺の腹の内でも健気に探っておられるのだろう。

 俺は胸の内に手を入れ一つの種を取り出した。

「それ…さっき渡した種」

「ええ、お嬢様からいただいたこの小さな種。何の種かは皆目見当がつきません。ですので、これを植えましょう。毎日水をやり、花が咲いたら、あなたに贈ります。それでも同郷の友を信じられないなら、また植えて、また水をやり、花を贈ります。あなたが俺を友だと言ってくれるまで、いつまでも」

「…お可愛いですね」

 お嬢様の手を引いて、帰路に就く。

 嫌に静かでも、足取りは軽やかだった。



 九四三年 四月一日。晴天。

 魔法学院ニテ 正門並木道ヲ見渡ス。



「やはり桜はないのだな」

 短命の風景すら見ることのできない寂しさは、救国への郷愁の念を久しぶりに思い出させた。

「いかん感傷に浸っている時ではないな」

 この世界に来て10年、ようやく俺の世界は広がり始めていた。

 これから、魔法学院卒業までの長い間暮らすこととなる学び舎を見れば今まで見ていたものはこの世界のほんの一握りだったのだろうと自分の常識では測れない物を目の当たりにした。

「学び舎の敷地に街がある!」

 聞けば実家のある城塞都市ルクエニカに匹敵する広さはあり、そこを自治するのは全て学生だという。

「魔法学院はただ魔法を学べばいいというわけではありません。ここは一種の社会が出来上がりそこに適応していく力だって見られているのですから。大丈夫ですか? 現時点で社会不適合者のハル」

「あ、ああ。開いた口が塞がらないな」

「へ~かわいい~。ばっちいので早く閉じてくださいます? それともその生え変わったばかりの綺麗な永久歯を私に見せびらかしてるんですか? 嫌ですね、殿方は見せたがりで。ヤレヤレ私が隠して差し上げないといけないんですか」

 そういうと、セレモニアお嬢様は手に持っていた扇子を俺の口元で広げた。お嬢様が扇子を持っているときはパーティや儀式など公の場であるときが多い。今日は最初から手に持っていた。つまり、ここはお嬢様にとって道の端だろうと気を抜いてはいけない場所なのだろう。

 髪を二つ結びにしているのはいつもと変わらないが、毛先を遊ばせておりお嬢様の挙動一つ一つに呼応するようヒラヒラと手招きするように目線を奪われてしまう。髪飾りは結び目に飾られていて、大輪の花のようであった。

 学院指定の黒に金の刺繍が入った魔法衣を羽織り、その内側は魔法が編み込まれた糸を使用した学園から支給された種族ごとに形の違う白と金の刺繍でできた制服である。ルクエニカは人の種族が主に住んでいる町ではあったが、亜人と呼ばれる人とは似て非なる姿形の者を見かけるのは稀にあった。その種族によっては合わない気候があったりするため、制服には多様性を持たせいるという。しかし、周りの者やお嬢様を見てみればその制服の原型はほとんどなく、襟や刺繍が元の印象が見え隠れするぐらいでお貴族様はこんなところから競っているようだ。

 しかし、どうもこの黒いマント、バンカラを張っているようで落ち着かない。

「いえ、結構です。間抜け面を出さないよう気を引き締めねば」

「ハルは人や物事をよく見ているように見えて、当たり前のことがわかっていないから私内心ハラハラしてるんですよ? 私の気持ちをこんなに揺さぶっておいて、気を引こうとしてるんでしょうか? こざかしいわね」

 俺たちは、馬車に乗り大通りを進む。ルクエニカにはなかった景観に思わず目を奪われるばかりだ。どうやら俺は思っていた以上に舞い上がっているようだ。

「あなたなら大丈夫でしょうが新入生を狙った無理なギルド勧誘や詐欺に気を付けるんですよ。もし全財産失ったのならすぐに私のもとへ来なさい。同郷のよしみでパンを恵んであげましょう。なんですかその顔? ご不満ならあなたのご実家がひっくり返るくらいのお金を渡しても構いませんのよ?」

 お嬢様と友になるのはまだまだ遠そうだ。

 そのまま馬車に揺られしばらく経てば、目的の場所、魔法演習場に到着した。

 これから、クラス編成のための実技テストが行われる。魔法の属性や魔力量、魔力制御など様々な要素から総合的に判断が行われ、S、A、B、C、D、E、F、F、Gクラスまでの8クラスに分けられる。

 俺は全く知らなかったのだが、このクラスというものを学び舎の組分けということではない。一年一組。一年二組といった集団をまとめるために細分化する仕組みというわけではなく、その生徒の等級を表すのだそうだ。Sに近いと、優とされ、Gに近いと不の判定だ。もちろん等級が高いほうが見栄えが付くらしく、講義の内容や利用できる施設、日常生活にまでも影響を及ぼすらしい。

 Sというのは、最高の教育が認められておりそこから社会へでた者は世界に多大なる貢献をする精鋭の集まりだという。

 もし、お貴族様がGとなり庶民がSという結果にでもなったりしたら、まるで下剋上、成金なりきんだ。

 しかし貴族というのは、貴族である理由がある。

「ハアト=セレモニア辺境伯 前へ」

「はい、よろしくお願いします」

 周囲がその名を聞くとざわつく。それもそうだろう、あのお嬢様はこの国に三つしかない城塞都市の一つと同じ姓を持っているのだから。その意味が理解できない者などここにはいない。

「先手を頂いちゃって後悔しませんね? ファイアーアロー!!」

「詠唱省略!?」

「状態異常魔法じゃないのか!?」

 試験官殿に向かい容赦のない3連射の火矢を飛ばす。

 昨日やられた身としては、そのあとの展開を知っており身震いする。

 あの早い攻撃は牽制で放っているとはいえ、お嬢様の膨大な魔力の具現化だ。強さ速さ共に申し分ない威力である。彼女を支点に垂直に避けようとする試験官殿は見事に魔法陣に誘い込まれる。

 見事にはまったと思ったにもかかわらず、試験管殿はそれを危なげなく避けてしまう。空振りに終わったかと思った状態異常攻撃の魔法陣が発動したかと思うと、状態異常の霧を発生させる。

 魔術の形を変化させるのは科学的な発想に近い。固体液体気体それぞれ温度を変えれば水はその形状を変化させられるように魔法も魔力量や制御によってそれを操ることができる。俺の製薬もこの理屈と同じだ。

 しかし、それを自由に操るセレモニアお嬢様の実力は魔法初等科のレベルを超えている。

 昨日俺に有効だったものをさらに進化させ霧という広範囲魔法の追撃に切り替えたその柔軟さにより試験官殿は少なからず、魅了の状態異常にかかってしまったようで動きが鈍っている。

「くっ…そこまで」

 顔を上気させた試験官殿が終わりを告げ、すべての魔法効力を無効化した後。

「ハアト=セレモニア辺境伯 等級スター、Sクラスに認定する!」

「え? もう満足しちゃったんですか? 残念」

 クラススターに認定されたお嬢様は満足そうに胸を張り鼻を高くし上機嫌になって戻ってくる。周囲の同い年の学友らはそんなお嬢様の様子を羨望のまなざしで見たり、畏怖の対象としている様々だ。

「さて、セバス、はいないんでしたね。ハル、見せるのが大好きなあなたの実力見せびらかしてきなさい」

 セバスチャン殿の代わりに俺がハンケチをお渡しする。当然のように当然の結果を出すことが当然と思われているお嬢様は少し疲れた様子ではあったが、そんなことを顔には全く出さないあたりさすがお貴族様だと思う。

「え俺ですか? 俺の試験場は演習場ではないですよ」

「何を言ってるんですか? あなたも魔法を学びに来たんでしょう?」

「俺の専門は薬魔法なので、戦闘に連なる教育でははなく、医術ですので試験場は校舎です」

 お嬢様が勘違いしているなど珍しいこともあるもんだ。

「い、医術部!? ハルあなたなんで医術部なの!? 貴族である私より強くてたくましいという商家の息子としては何の取り柄にもならない無駄な技量を持っておきながら、医学を学ぼうとしているの?」

「それしかできませんから」

「そ、そんなの…Sクラスなんて絶望的じゃない…」

 お嬢様の意図はついに俺には理解できないが、今更変更できるものではない。いい時間にもなってきているので、そろそろお嬢様と別れなければ。

「セレモニアお嬢様、そろそろ」

「きゃあああ!! ご主人様頑張ってーーー!!!!」

「ご主人様~!!」

 急に黄色い声援が沸き立ち、演習場が一躍祭りのような騒ぎになる。

「な、なんだ。何の騒ぎだ」

「猫じゃらしを前にした子猫のようにみっともなくキョロキョロして、私を萌え殺す気ですか? ほら、あれではなくて?」

 お嬢様の視線の先を追えば、同じ新入生であろう一人の少年が今から受験するため試験官殿と対峙していた。どこかのお貴族様なのだろうか。従者もこの学院に入学しているということはそれなりの名家なのか?

 騒がしかった一団を、毅然とした金髪の美しいエルフが一言注意して黙らせていた。

「あれはどこの家の方なのでしょうか。杖も持っていませんし、家紋という家紋が見当たらないのですが」

「……」

 少年と試験官殿の試験は開始する。

 俺がこの世界に来て最も異様だと思ったのは日本には存在しえなかった魔法。これのおかげで、人の文化や進化は明らかに別種のものへと変化し、異世界足らしめているものだと感じていた。だから、最初見たときは理解が追い付かず怯え、もしこんなものが世界大戦にあればもっとひどいことになっていたのではないかと危惧したものだ。しかし、自分にもその力が開花し、専門的ではないにしろ直感的に理解すれば、それなりの道理が通っており物の怪の類でもなければ万能でもない。もっと言ってしまえば、戦闘機や戦車、銃よりも恐れるほどのものでもなかった。

 人が弓を撃つのと、魔法の弓を撃つ。結局、本物の弓の方が遠くにとぶし、俺としてはそちらの方が使いやすい。しかし、魔法志向主義のこの世界ではそういった道具よりも魔法を優先させてしまう。

 だから、異世界で10年も生きていれば、その力の限界をわかっていた。

 しかし、その光景は異様だった。

 少年が手に持つのは魔法を補助する杖ではなく、手のひらで覆えるほどの板。試験官殿を見もせず少年はその板に視線を落とし、板を人差し指で何度か押している。試験官殿は水の攻撃魔法を放ったというのに少年は一切気にも留めない。直撃したと思った瞬間少年の目の前に大きな剣が表れ当たった水魔法は消える。

「あれはどこから出てきたんだ!?」

「空間魔法だと!?」

「魔法剣士の家の者にあんな子供はいたか!?」

「詠唱は、詠唱はしていないのか!?」

「試験官さんのスキルは、ふむふむ、まあさすが魔法学院って感じだな、よーし」

 自分の背丈と同じくらいのその両手剣を難なく片手で持ち上げ、その剣を一振りする。

 素振り。得物の持ち方も、振り方も全くの素人。だというのに、剣から放たれたものは、特大の大きさの魔法攻撃。

「剣で魔法を構成しているのか!?」

「無属性魔法…いや、まさか万能属性魔法!?」

 試験官殿は障壁魔法を張るが、膜を破るようにあっさりと切り裂いてしまう。飛ぶように必死になって、

その攻撃をさけた試験官殿の後ろに剣から放たれた魔法攻撃は地に直撃する。まるで空爆でも起きたかのような、爆発がおき地面をごっそりと抉り取ってしまっている。

「ご主人様、魔法攻撃は剣ではなく杖か手からの発動でなければ一般の試験官には評価ができません」

 少年の従者であろう金髪のエルフが声が忠告すると、試験が終わらないことにいぶかしげな顔をしている顔が納得した表情にかわる。

「あ、そうだった。忘れてた!」

 少年は再び薄い板に再び目を落として、また何か触っている。

「ええと、スキル万能属性攻撃LV10と万能属性攻撃強化LV10と自動追尾LV10と高速詠唱LV10と…」

 何やら独り言をいう少年の先で、起き上がった試験官が恐怖の表情を張り付けていた。あれは学生を見ている顔ではない。まるで自分の理解が追い付かない兵器を目の当たりにした歩兵の顔だ。

「よ~し、いくぞ~!」

 彼の手から剣が消え、その手を上に突き出せばおびただしい量の魔力量がそこに集まり始め、この異世界の常識では考えられないほどの極大威力の魔法攻撃をあろうことか少年は人に向けて放ったのだ。

 試験官殿は理解が追い付いていないようで、目の前の光景を呆然と見ていた。その試験官殿に少年の放った魔法攻撃が当たる寸前、試験官殿がそこから消えてしまった。

 そして何もない地面にぶつかった魔法攻撃は、壮絶な音共に大爆発を起こし地面が揺れ気が付いた時には試験場に五尺はくだらない大穴を空けてしまった。

 飛んでくる石や土が当たらないよう俺はお嬢様をかばったが、何が起きたのか全く理解が追い付いていない。

「私にその小汚い体を押し付けてマーキングでもしようとしてるんですか? 別に嬉しいだなんて思ってませんけど?」

「お嬢様…魔法は、魔法攻撃はあんなことができるんですか」

「……できません。あんなの三大城塞都市の三領主ですら無理でしょう。しかも、連続で放ったにもかかわらず、平然としています。…まさかあの少年は」

 何か思い当たる節があるのかセレモニアお嬢様ははっとした表情になった。

「フータ様~! 大きなお力を感じたのでもしやと思って来てみれば大当たりのようです~」

「やれやれ、君は問題を起こさない方が難しいようだ」

「あ、イブ! それにライエス!」

 演習場の階段の上から見ている二人。

 一人はイブと呼ばれた黄金の髪の少女。幼ない顔立ちをしており、青い瞳は小動物のように大きく、丸くて小さい鼻に、白い肌のなかに印象的な薄い紅の唇が可愛らしさをより表していた。慎ましやかに手を振るその少女はまるで、生けられた花。幼いのにしっかりとした姿勢は、身にまとっている白のドレスを華々しく魅せている。前はひざ上より短く後ろに行くほど長くなっている。その白く足には太ももまである靴下を履いておりその細さや曲線美を主張激しく前面に押し出している。そしてその美貌に負けず目をつくのは頭に乗っている、黄金の冠。たったそれだけで少女にはとてつもない大きな威厳が見え、その一挙一動全てが神々しく見えてしまう。

 その隣にいるのは水色の長い髪をした長身の大人の女性。凛々しい目元は上に立つ者の目をしており、その厳しさはまるで軍人ようである。腰には軍刀を二本に鞭を携え、帽子を被り、胸元を大きく開け、体の線が良く見える服を着ており、黄金の髪の少女と同様足を大胆にも露出させている。

「な、なんだあの破廉恥な格好は…あの二人は誰にあんな恰好をさせられているんだ」

 女があんなに足をあらわにするなどありえない。セレモニアお嬢様のような童女がレオタード姿になるのは水遊びする子供ののようなものだから、気にもしていなかったが、ある程度育った女が足を出すなんて不埒すぎる。

 日本なら女は動きやすいよう袴かもんぺを履き、足が見えないようしていたというのに、あんなに足を露出させるのは非常に卑猥だ。

「え、な、なにそんなにうろたえてるんですか? 昨日だって私の足ぐらい見たのに? え、な、なんでですか? というか女王相手になに欲情しているんですか、恐れしらず過ぎませんか?」

「じょ、女王陛下…」

 いや、それでも出しすぎだと思う。

 見ているこっちが恥ずかしくなり、目を逸らしてしまう。顔が赤くなってるのを悟られたくなくて、学帽を深く被る。

「……年上には反応するんですか……?」

 女王陛下イブ=サンリア=レ=ソクテリアルス=シュラレス様。

 ここシュラレス王国を統べる最高権力者。若いのにその佇まいは見た目にない貫録を持っている。

 その隣ライエス様、我がターヴィス家のあるルクエニカ城塞都市の辺境伯のお嬢様。

 初じめてお目にかかった。

 ライエス=ルクエニカ。

 セレモニアお嬢様のご親戚ではといとこにあたるお方だ。5年前一度だけご挨拶したことがあるが、あの時は15であったから、御年二十歳になられるのか。

「うちの奴隷筆頭であるセネルファに手を抜かず全力でやれって言われててさ。もしかして、また僕やっちゃいましたかね?」

「流石ご主人さまでございます。試験官様はちゃんと転移魔法で安全に保護しております」

「あはは」

 少年はバツが悪そうに男にしては長い髪の頭をかく。

 俺はその様子をはたから見ながらあることに気づく。

「そういえば、あの少年の黒髪黒目はこの世界では珍しいな」

 この10年の間黒髪という髪は見たことが無い。落ち着いた色でもこげ茶ぐらいで、やはり純粋な黒髪はいなかった。

「あら、知らないんですか? 彼はフータ=クラモチ」

 その名を聞いて違和感があった。何故か苗字と名前があべこべではあるが、クラモチ フータ。それはまるで日本人の名前のようだと思った。

「異世界からの転移者らしいですよ」




 同日十二時、我、異世界人ヲ発見ス。

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