俺がいても、いなくても
「リョウくんじゃない?」
声を掛けられて振り向く。
「ヒロトさん……」
俺より少し背が高い、俺よりさらに色を抜いた髪を短く刈っている人。
「うっわ、久しぶりだな、何年ぶりだろ。
元気だった?」
昔からかっこいい。
ネオンの中で驚いたような、でもちょっと嬉しそうな顔をしていた。
「――うん……うん。
……ヒロトさん、時間ある?……飲み行かない?」
ヒロトさん目ぇでけえな。
めっちゃ大きく開いた。
とりあえずビール。
飲み放いくら?じゃそれで。
キャベツが通しで来る。
なに頼む?串。
おまかせ5種、塩で。
カウンター席は他に誰もいない。
後ろの座敷の女子会がめっちゃ出来上がってる。
「……なんかあったんだ、ナオミと」
ビール煽りながらヒロトさんが言う。
「……なんでっすか?」
「線香の匂いのする喪服で、その頭でとぼとぼ歩いてるの、めっちゃ目立つって―の。
そんな状況で俺誘うってことは、ナオミのことだろ」
すげえ、ヒロトさん。
コナンみてえだな。
「……姉さんが、死にました」
がたっとヒロトさんが椅子を転がした。
店中がしんと静まり返った。
「冗談です」
わりとガチ目にチョークスリーパーされた。
女子会うるさい。
二杯目はハイボール、ビームで。
ヒロトさんは?たかたん湯割り。
寒いっすよね、最近。
昨日雪虫見ましたよ。
今週中に冬タイヤっすかね。
仕事、今小樽なんで。
通ってます。
燃料費?一応出てますよー。
「で、なにあったの」
ヒロトさんイケメン。
「別に、なにがあったってわけじゃないんですけど」
俺はフツメン、たぶん。
「抜けてきてるんでしょう?大丈夫?」
なんか女子会静かになったな。
「あ、俺必要ないんで」
姉さんと違って。
電子タバコ探してポケットに手を突っ込んだら、なかった。
そういや充電してたんだ。
置いてきたか―、しまった。
ヒロトさんが紙のくれた。
久しぶりに吸ったわ。
匂い着いたら姉さん嫌がるかな。
「……まだ、比べてんの。
ナオミと自分」
なんだよヒロトさん、金田一かよ。
「比べるまでもないってやつですよね?」
笑える。
俺がせいぜいできるの、おっかねえ伯父さん潰すくらい。
瓶ビールじゃ酔えないんだよ。
あらかた寝たし、動く必要ない、風呂でも入って休めよ。
「俺も湯割りもらおうかな」
焼酎、苦手なんすけどね。
ちょっとトイレ行ってきます。
「ナオミに連絡しといた、一緒にいるって」
え。
「やめてくださいよー、ガキじゃあるまいし」
「リョウくんの姿見えなかったら、心配して捜すのが君の姉さんでしょう」
マジだ、メッセ4件、着信3件。
「あー……」
「男同士の語らいしてるから先に休めって言っといた」
なんつーか、ヒロトさんエスパー?妄想なテレパシー受信してる?引くよ?
「……ほんとにそっくりだよなあ、リョウくん、ナオミに。
考えてること全部まるわかりだわ」
え、俺あそこまで単純じゃないんですけど。
「じゃあ、俺が今考えてること当ててください」
「いかバター焼き食べたい」
「それ絶対ヒロトさんでしょ」
「そうだよ。
いかバターください!あと湯割りもう一回。
何考えてんの」
「俺ヒロトさん大好きだなーって」
「まじかよ、両思いだな俺ら」
「ですね、ここおごってください」
「それが目当てかよ!」
ヒロトさんが俺の頭ぐしゃぐしゃした。
女子会から悲鳴が上がった。
「ベーコン、ベーコンのサラダを頼んで!」
「ない!グリーンサラダしかない!」
「BLTサンドは?!」
「あるわけないじゃない、居酒屋よ!!」
「サラダにベーコン串でいける!!おねえさん、サラダとベーコン串!!」
姉さんが酔ったの見たことないわ、そういえば。
こんなんなるんかな。
「ナオミから立て替えてくれって言われたよ、てゆーか、とりあえずってもう5千円送ってきやがった」
アプリの「Naoが送金しました」てメッセを見せられて、「まじかよ」と思わず呟く。
おかんかよ。
おかんだな。
「昔さー、ナオミがさあ、リョウくんのこと、世界で二番目にかわいいって言ってたんだよ」
「……なんすかそれ、なんでその微妙な」
「俺も訊いた。
あたしは世界の広さなんかわからないからって、一番かどうかはわからんて。
が、暫定2位ならいけるって力説してた」
「なにそれバカっぽい」
「バカだよナオミは。
リョウくんのことに関しては特に。
姉という生き物は弟がかわいくて仕方ない仕様なんだってさ。
だからいっつも心配してる」
「……すんげー、久しぶりに会ったんですけど」
「だろうね。
実家にも連絡しないし、仕事も何してるかよくわかんないし、ちゃんと生活できてるんだろうかってしょっちゅう言ってる」
まじでおかんかよ。
「……俺は、姉さんみたいに、何でも上手くできる人間じゃないんで」
「ナオミだって、何でも上手くできる人間じゃないよ」
やっぱ俺、焼酎苦手だわ。
「なんでも自分一人で抱え込んで、潰れるまで突っ走る。
バカで不器用で、ひとりじゃ自分のことすらわからない人間だよ、ナオミは。
リョウくんと方向性が違うだけで、そっくりだ。
気付いてないの、本人たちだけだな、きっと」
なんだよそれ。
似てるわけないじゃん。
俺は豊平川から拾われてきたって小さい頃に言われてたんだから。
姉さんは創成川。
「そっくりだよ、二人とも。
……こうやって、お互いのこと考えてるとこも、全部」
なんか、よくわかんねえな。
「それ、焼酎美味く感じれるようになったら、わかりますかね?」
だめだ、ろれつまわってねえ。
「そうだなー、俺くらいイイ男になれたらじゃね?」
「それ、一生無理じゃないですか」
「おっ、かわいいなおまえ。
世界で二番目くらい」
いかバターうめえ。
「俺、ヒロトさんの弟になるの、やぶさかじゃないです」
「ばーか」
なんでこんな不味いもの、そんな笑顔で飲めるんすか、ヒロトさん。
「そんなんじゃねえよ、俺たちは」
わっかんねえ。
どんなんだよ。
スマホが光ってる。
1件メッセージ。
『冷蔵庫に整腸剤入れた。
寝る前に飲んでね。
先に寝ます。
おやすみ。』
敵わねえよ、姉さんには。
女子会が、飲み放延長してた。