8.ついでの人型助け
美少女は出ませんがお姉さんは出ます
「ここかあ。」
間延びした口調で呟いて、玄は町の出口近くにある大きな建物を見上げた。昨日はおばちゃんの家の近くで【自宅】を作って寝たので、とてもスッキリいい気分の朝である。特に朝食のデザートにクッキーもどきが付いたのが良かった。
昨日、おばちゃんの家からお暇する際、玄が【アイテムボックス】スキルを持っていることを確認したおばちゃんは、優に100枚近い甘菓子を土産として持たせてくれたのだ。玄はおばあちゃんに小遣いをもらった孫のように喜んだ。独り旅の人間は手作りのものにわりと弱い。お返しにおにぎりいっぱいあげた。
【アイテムボックス】は…というより三能力は、持ち主の発想力・解釈力によりクオリティが左右されるらしい。玄は幼少のころに様々な方法で様々な方面に迷惑をかけ、周囲にワルガキと呼ばれブイブイいわせたクソダサい過去があるので、ヤバめの発想力には定評がある。
普通は時間経過の有無や容量の多さで個性が出る程度の【アイテムボックス】も、玄が超解釈すればPCのデータフォルダのように「【アイテムボックス】の中に機能の違う【アイテムボックス】が複数存在する」というようなことになる。玄は箱の中の小箱にそれぞれこう名前を付けた。
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▼【アイテムボックス】
▽食品庫(時間経過なし/容量無制限)
○甘菓子 ×94
▷冷蔵庫(時間経過あり/防腐/容量無制限)
▷冷凍庫(時間経過あり/容量無制限)
▷戸棚(時間経過あり/防腐/防菌/容量無制限)
▷発酵器(設定時間経過後「食品庫」へ移動)
▷倉庫(時間経過なし/容量無制限)
▷タンス(時間経過なし/容量無制限)
▽本棚
▽実用書(時間経過なし/容量無制限)
○魔法関連書籍 ×2 ○技能関連書籍 ×6
○スキル関連書籍 ×1
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スマホ脳にひも付けしたので管理もバッチリである。かしこい。
「おはようございますお客様、何かご用ですか〜?」
アホなことを考えているうちに、店の店員が出てきてしまった。
さて、店の看板には「センズィノ/ヒュン/ルゥガ/タルゥダルゥガン」…「あなたの/手を/売る/大きい店」みたいなことが書かれていて若干ホラーである。
玄が店に入るのをためらっているのも、この店名がちょっと怪しいからだ。けしてアホなことを考えていたからではないのだ。
店員がめちゃくちゃ明るいのも逆に怖い。
「…ちょっとモンスター見たいんですけど。」
「いいですよ〜。どうぞ入ってください。」
受付をやっているらしい愛嬌たっぷりのかわいいお姉さんは、初対面の客の腕を掴んで引っ張ってくるかなりフレンドリーなタイプの人だった。髪や服からふわっといい香りがしてドキドキするけれど、看板の文言を思うと安心してドキドキできない。
「あの、この、看板なんですけど…。」
「ん? ああ〜、もしかして旅の方ですか? あまり文学が発展していない地のご出身です?」
「え? あ、まあ。」
「この看板『専用使役動物大商店』って意味なんですよ〜。ふふ、すっごく回りくどく表現してるんです。ちょっと前に流行った小説の表現を引用してて〜。」
「なるほど〜。」
お姉さんは上半身だけを覆うエプロンをつけていて、下はふんわり広がるロングスカートをはいている。靴はゴムっぽいホットケーキみたいな色のブーツだ。【看破】によるとエプロン、スカート、ブーツそれぞれに【浄化】魔法がかかっており、汚れるそばから綺麗にしてくれる。
玄も【浄化】魔法の【状態保持】を常に全身にかけっぱなしにしているので、その便利さはよく分かる。風が強くとも目にゴミが入ったりしないので安心感が違うのだ。返り血もつかない。
「あ、こちらが使役用モンスターのスペースになりますよ〜。」
「おお〜。」
店に入り、受付スペースを素通りして扉をくぐると、とてつもなく大きな部屋に、なにか結界のような四角い空間が三段重ねになって並んでいた。よく見ると、奥の方には少し大きい二段重ねのものや、ものすごく大きい平置きの空間もある。
【看破】では「【空間】魔法による『檻』」と出た。おそらく玄が使う【生活】魔法の【自宅】をもっと限定的にした魔法だろう。ラノベなどでも生活魔法や家庭的なゴミスキルを極めると最強ーーというような話はお約束として存在するが、こちらの世界でもたいていの魔法は【生活】魔法を習得しておけば基礎ができている気がする。
「大きいのも小さいのもいるんですね。思ったより多いな。」
「いっぱい入荷しますからね〜。あ、捕獲してからきちんと洗浄してますから、病気や寄生モンスターもいませんよ。そこは安心してくださいね〜。」
「値段もけっこう安いんだ…。」
「小型は人気があるので、大型がかなり安いですよ〜。モンスターのエサなどと物々交換でも大丈夫なのですけれど、お客様のご予算はいかほどですか? それともご見学だけにされます?」
「うーん、予算は15万くらい。物々交換でもいいんなら、穀物と水が出せるから、もっとかな。」
この世界の通貨には実体がなく、お金というよりポイントに近い。取引などによって変動する数字が脳内に常にあり、それが通貨となっている。脳内で管理しきれない場合は何らかの媒体に分散させることができ、【銀行】などの施設に預けることも可能だ。
玄は転生した当初から5万ほどのポイントを持っていた。生きているだけで一日に100ポイントほど貯まる謎の通貨【ス】は、危険なモンスターや人類の賞金首を殺したりしても増える。盗賊を五人殺したときに、玄はどこからか25万スもらった。その他もろもろあって、所持金は50万スほどである。
「15からですか、それなら人気の小型もいけますね〜。どうされます?」
「えーっと、まだ決めてなくて。あんまり危険じゃなさそうなやつが良いです。」
「ではじっくり見て決められると良いですよ〜。係員に案内させますね。」
お姉さんが可愛らしく手を振ると、檻と檻の間をすいすい歩き回っている係員の一人がすいっと寄ってきた。係員はお姉さんとは模様の違うエプロンをつけ、厚めの生地のズボンをはき、裾をブーツに入れている。動物園の飼育員のような見た目だ。
「うっ、お姉さんが、いい、なあ。」
「うふふ、お姉さんは受付なので、ここまでですね〜。」
係員は人ではなかったが、とても人に近い見た目をしていた。そこまではいい。目が虚ろで、【看破】持ちに「使役されているヒト型モンスター」という情報が入ってこなければもっとすんなり受け入れられたのだが。
「このひと、じゃないえっと、この、これ、使役してるのって、お姉さんですか?」
「え? 違いますよ〜、ここの店主です。使役モンスター契約も店主が行いますので、あとは係員の案内に従えば大丈夫ですよ。」
「そうですか。あ、じゃあ、ありがとうございました。」
「いえいえ〜、ご来店ありがとうございます! もし何かあったら呼んでくださいね。」
「はい。」
ひらひらと手を振って、お姉さんは受付に戻っていった。どうやら係員への指示は手を振る動作で行っていると見える。玄が別の係員へ手を振ってみると、すいっと寄ってきた。指示を出す人物を個別に設定してはいないようだ。
「ふーん、なるほどなるほど。」
「お客様。」
「シャベッタァァア!!」
驚いて飛び上がった玄の肩をおさえて地面に戻しながら、最初に呼ばれた係員は言った。
「使役獣をご案内させていただきます。係員のエヒと申します。受付よりお客様のことは伺っております。何なりとお申し付けください。」
「アッ、ドーモ。」
「では、こちらから。こちらは小型獣のコーナーになります。」
係員エヒに案内されて、玄は動物園ツアーに来た幼児のように楽しんだ。もう一人の係員も一緒について来たのでよりツアーっぽさが増していた。係員は二人とも虚ろな目をして、そのうえ無表情だったので、完全に接待ツアーの図そのものである。
一通り案内を受け、玄の気分も落ち着いてくる。ポン、とひとつ手を叩いて【光闇】魔法の【阻害】を発動すれば、薄い影のようなエフェクトがエヒを包み込み、張り付き、肌に溶け込むように消えていった。
「は……ここは…。」
「おはよーございまーす。」
ふと気付くと目の前に知らない人類がいる。これはモンスターにとって命の危機と同義である。
目の前にいた見知らぬ人間ーー寝起きドッキリのノリでこそこそ話しかける玄ーーに、エヒはだいぶ引いた。初対面でドッキリ仕掛け人のテンションでくるやつは大概ヤバいのだ。即刻渾身の右ストレートを入れて立ち去りたいが、エヒは自分がモンスター売りに捕まったことを覚えていた。捕まって、【精神】魔法の【使役】をかけられてしまったことも。
「ひょっとして、あなたは私を助けてくれたのですか。」
「助けてはいないけど、【阻害】をかけたよ。」
「どうして?」
「目が虚ろでかわいそうだったから。話してても楽しくないし。」
「私と、楽しく話すことを望むのですか…?」
「まあ、どちらかと言えば?」
エヒと会話をして、玄はケラケラと笑った。エヒはもう一人の係員をちらりと見る。
「私をどうしたいですか?」
「別にどうもしないけど、逃げたいなら手伝ってあげるよ。ここのモンスターぜんぶ逃がすから、そのついで。」
「逃げたいです! 逃げたいですけど…。このモンスターたちを…全部…?」
部屋には1m四方の檻が約120個、3m四方の檻が約40個、5m四方の檻が8個、それ以上の大きさの檻が3個あった。170ほどある檻の中に、それぞれ1〜10匹ほどのモンスターが入っている。手乗りサイズの小さなものまで含めれば、総数は300匹を超えるだろう。
「そうそう。今から係員のみんなに【阻害】かけるから、良かったら説明してやってくれる?」
エヒにそう言いながら、玄は人差し指を立てた手をまっすぐ頭上にあげる。周りを見回して、次はピースサインをした。
「係員とは何ですか?」
「あんたたち、ここの係員として使役されてたんだよ。従業員てこと。分かる? うーん、店員っていうか…。」
「あ、はい。働き手として使われていたのですね。分かりました。説明しておきます。…あの、あなたはどうするのでしょう。」
エヒと会話をしている間にも、奇妙な動作は続く。ピースサインの後は拳をぐるぐると回し、また周りを見回して、やっとエヒを振り返った。
「俺は〜、あ、ゲン・キノって名前なんだけど、俺はここの店主に会って、ちょっとね。」
玄が大きく手を振ると、部屋中の係員が集まってくる。「お、来た来た」と言っていることから、係員たちを集合させる動作を探っていたらしい。
集まった係員たちをぐるりと目で一巡して、玄は受付とは反対側にある、奥の扉へと歩き出した。
「じゃ、頼んだ。受付のお姉さんが来たら、適当に散らばって自然な感じで歩きまわればいいから。」
「は、はい!」
「逃げたくないやつは自動で省くようにするから、意思確認は別にしなくてもいい。俺は店主に会えなくても戻ってくるから、ちゃんと待ってるんだよ。」
扉の一歩手前で、玄がポンと手を叩く。係員たちが薄布のような影に包み込まれる様子を、エヒは畏怖するように見ていた。モンスターは魔法が使えない。スキルと技能しか持たないのだ。
「私はエヒといいます、キノさま。あなたを信じます。」
「名前はさっき名乗ってくれたよお、エヒさん。様付けは気まずいし、ゲンって呼んで。」
とんでもないことをしようとしている玄に似つかわしくないほど軽い音を立てて、扉が閉じる。閉じきる前に見えた、まるで友だちに向けるような笑みを、エヒはしっかり見ていた。
「はい、ゲンさん。」
噛みしめるように呟いたエヒは、【使役】がとけた係員だった者たちに向き直る。口の前で二本の指を縦に動かす「静かに」というジェスチャーをして、全員を扉から見えにくい檻の陰へと誘導した。
「今から状況を説明します。静かに聞いてくださいね。受付の女の人類が来たら、散らばって通路を歩きまわること。」
すっかり目に光が戻った人型モンスターたち。彼らは真剣な表情で頷いた。
「私たちは、帰ることができる。」
玄によるノープランの脱出劇が、始まる。
自分とは
ト・カレの力で思念体となったゲン・キノはト・カレの一部である。つまりゲン・キノはト・カレの分体であり、ゲン・キノはチョコと同じものである。ただし、元々ゲンはト・カレのコピーではないので、木野 玄という人間の意思をもっている。ゲン・キノの頭の中には意思が二つある。
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▽アイテムボックスの中の▷発酵器が抜けていたので修正しました。無意味な▷だけ表示していてすみませんでした!