6.木野、変態やめたってよ
チョコはポンコツ、はっきり分かんだね。
「いやー、よく寝ました!」
「そのまま寝てても良かったんだけどな。」
「それは永遠にという意味ですかね。ゲンさまはもっとこう、サポーターを大切にしてもいいと思うんですけど、どうでしょうか?」
「サポーター? そんな便利なオプションがあるなら言えよな。」
「今まさに目の前で話してますけどね!?」
朝っぱらから価値のないおふざけを連発しつつ、二人はテキパキと準備を整え、しっかり朝食をとり、とても野宿したとは思えない身だしなみで出発した。スマホがあったらインスタに上げていたレベルの満ち足りた野宿だった。むしろ野宿ではなかった。普通に自宅で寝た。
玄はやわらか生地のシャツを着て、パジャマのようにてろてろしたズボンと、低反発のまくらみたいなもちもちのサンダルをはいている。「着心地を追求したリラックスらくらくファッション!」とか雑誌で紹介されていそうな服装だ。どう考えても部屋着の域を出ないが、一時間ほど歩くだけなら問題ないのだろう。
隣を歩くチョコに至っては、歩けるタイプの寝袋へと変貌を遂げていた。歩く寝袋に整った顔がついている。しかも額にはツノ。B級ホラー映画の犯人とかで出てきそうだ。いろんな意味で怖い。どう考えても人類の域を出ているが、一時間ほど歩くだけなら問題ないのだろうか。
「おい、見ろよアレ…。」
「ウワッ、変態じゃねぇか。」
朝、村から徒歩一時間ほどの場所となると、さすがに人がちらほらいる。二人のほうを指差して変態だ変態だと言っているので十中八九チョコの見た目に問題があるのだろう。本当に問題しかない見た目なので、玄は腕組みをして目を閉じてウンウンと頷いた。目を開けて横を見ると寝袋もウンウンと頷いていたので、途方もないムカつきにまかせて肘鉄を入れる。
実は玄たちが向かっている村はよく人型のモンスターに悩まされており、村人のほとんどが【解析】や【看破】を取得している。これらは【鑑定】の上位派生能力であり、対象の種族や所有する能力などを見抜くことができるのだ。
先人たちが開発設置した便利施設が至るところに存在し、個人がスキル・魔法・技能をそれほど持つ必要がなくなった昨今、どんなに辺鄙な場所に住んでいようと、能力など各種5〜10個もあれば事足りる。能力が35個を超えてくると少し多いかな、と言われるような時代なのである。
「あの地味なにいちゃん、能力が200以上あるぞ…。学者や職人でもなさそうだし、攻撃的なものが多い。殺し屋かなんかじゃねぇか?」
「いやいやあの魔人も恐ろしいぞ。能力が多すぎて総数が分からん。ぱっと見500はあるな。い、いったい何者なんだ…?」
「あんだけ持ってたら隠すのがマナーだろうに…ありゃあ、とんでもない変態に違いねぇ…。」
「村に連絡入れとくか…。」
皆様にはお分かりいただけただろうか。優しい世界でのアホなチートの生き難さを。
玄は単純に【看破】や【解析】の効果をよく分かっておらず、したがって対策なども特にしていないため仕方ないのだが、チョコは対策方法を知っているにも関わらず玄に対して説明も何もしていない。しかも長年の野生生活により、それらを自分で発動することも忘れている。
魂は所詮小モンスター、いくら人間サイズの脳みそがあろうと、それを使う要領が悪いのでやらかしがちのポンコツなのだ。良いのは顔面偏差値とノリと勢い、そしてくじけないこころである。
「あの、村に入れていただきたいのですが…。」
「変態は村には入れん!」
「そこをなんとか。」
「レイニン/タイアー/コ/ナナヤン」…「レイニン国/タイアー地区/外れの/ナナヤン村」は、二人のことをそれはそれは歓迎してくれなかった。
この上なく正しい判断だが、二人は変態の自覚がない。お互いに相手のことを「変態のレッテル貼られてかわいそう…まあその状態じゃそうなるよなあ」と思っているので、見様によっては上手くダメージを回避しているとも言えた。こういう輩のことを脳内お花畑と呼ぶのだろう。
なんとか頼み込んで「村をサッとまっすぐ足早にすばやく寄り道せずに通り抜ける許可」をもらい、村をサッとまっすぐ足早にすばやく寄り道せずに通り抜けた頃には、既に昼を過ぎており、辺りは日が陰り始めていた。この後夕方にかけていったん暗くなり、月の明るい夜がやってくる。
野宿はもはや野宿ではなく帰宅なので、二人にとっては何度夜が来ても問題にはならない。問題はひとつ、孤児モンスターが増えることである。理由を探るためにも、変態は何とかしなければ。村に入ってもすぐ出されたのでは情報収集も出来やしない。
二人が口を開いたのは同時だった。
「お前さあ、歩く寝袋は不気味すぎんだろ。」
「ゲンさま、どうして魔法と技能をそんなに取得してしまったんです?」
同時に出た文句に、変態たちは顔を見合わせた。
「えっ? チョコが10個ずつ取れって言ったんだろ?」
「あなたこそ変な服装じゃないですか! それと10個ずつというのは魔法10個、技能10個ですよ! あまりに多いと変態扱いされるんです!」
「えっウソ聞いてない、な、くそ、お、お前だって能力めちゃくちゃ多いじゃねぇか! 服だって、誰でも好きに作れるんだから機能的なら良いだろ!」
「なら寝袋だっていいでしょう! それに僕は能力を【完全隠蔽】でごまかし…! って、ああーーー!」
「は?????」
「しまった! 忘れてましたー! そうですよ、【完全隠蔽】で能力を隠しておかないと【解析】や【看破】で能力がバレてしまうんです! ゲンさまがはじめから【完全隠蔽】を持っていたもので説明を、その、えー、し、失念してしまい、あの、誠に申し訳なく…。」
無能を見る冷たい目つきで、玄は腕組みをして顎をクッと上げた。口調がオラつき始める。
「おうおうチョコくんよぉ、お前、【解析】とかは【鑑定】の上位派生能力ですよってしか言わなかったよなあ?」
「は、はい。」
「するってぇとなにか? それを使えば他人の能力を見抜けるってワケか? そんで【完全隠蔽】で防げるって? 初耳だなあ〜〜〜、ふーん?」
「た、たいへん、説明不足で…。」
「その都度教えるってのはさあ、問題に直面した時か、直面する前に教えるって意味だと思ってたんだけどなあ? 問題が起きた後に教えられてもなあ?」
「す、すみ、ません。」
「手遅れって言葉、知ってっか?」
「はい…。」
「ええいこの野郎!」
玄はチョコの顔をハンドボールのように鷲掴んで地面に叩きつけた。チョコの表情は見えなかったが、地面に突き刺さる寝袋がここに爆誕した。不気味オブ不気味。通りすがりの村人Aが「オレナニモミテナイ」と繰り返し唱えながら足早にすばやく通り過ぎた。
「もうお前にゃ頼らん! 俺一人で充分だ!」
前衛的な現代アートのようになったチョコを一瞥することもなく、玄は街道を進んでいく。【完全隠蔽】で能力を隠すことも忘れない。これからは取得した能力をひとつひとつきちんと確認しようと心に決めた。
道すがらに、能力を全て隠してしまうと【看破】【解析】持ちに疑いの目を向けられることに気付いたので、能力の総数が25個になるよう調整する。
そうして完成した「他人から見た玄のステータス」は以下の通りである。
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ゲン・キノ【人類-人間(21歳/男)】
〇スキル
食べ物創造/飲み物創造/アイテム作成/アイテムボックス/転移
〇魔法
火魔法/水魔法/木魔法/雷魔法/土魔法/光魔法/闇魔法/浄化魔法/生活魔法/治療魔法
〇技能
鑑定/解析/戦闘補助/生存補助/自給自足/移動補助/調合/調理/治療/生活補助
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完璧である。これで今日から玄は完全無欠の一般人だ。人類に溶け込める人間だ。
奇異の目を向けられることがなくなった玄は、正しく平凡な男だった。ありふれた肌の色に、どこの国にでも居そうなくすんだ茶髪、珍しくもない灰色の目。服装は少しばかり変わっているが、旅人だとでも言えば納得される範囲だろう。
平凡な男はひとり歩を進める。次に見えるのはどんな町か。
生活魔法の【スマホ脳】で視界にスマホ画面のようなものを表示できるので、能力管理もマップ把握もお手のもの。次の町は「レイニン/タイアー/コ/ロロロツ」。ロロロツ町というところだ。川に近いので魚があるかもしれない。
「チョコが居なくてもやっていけそうだな。」
ワクワクしながらふと呟くと、それがとても正しいことのような気がした。何かが玄に「チョコとは別行動をとりなさい」と囁いている気がする。
確かにチョコの役割は「増えすぎた人類を減らすこと」であり、玄の役割は「減りすぎたモンスターを増やすこと」だ。目的が違うのだから、別々に行動するのは合理的である。合理的なのは、すなわち良いことだ。
「あ、れ? 役割なんてあったっけ?」
ブヅ、と通信を切ったような音がして、夢からさめたように顔を上げる。玄の前には道が続いている。とりあえず、進めば良いのだろう。
「今、なんか…考えてた、か?」
首を傾げるも、答えは出てこない。考え事をサポートする誰かも隣には居ない。ただ、道が続いている。時折誰かとすれ違うけれど、その誰かは「玄の見知っている誰か」ではない。
見知らぬ人類とすれ違ったり、追い越されたりしながら、玄は進んだ。玄の旅の目的はモンスターを増やすこと。人類に用はないが、人里には人類に捕獲されたモンスターがいるものだ。だから玄は人里を巡っている。捕らえられた親モンスターを開放して回れば、孤児モンスターは少なくなる。森林に置いてきた孤児モンスターの親もいるかもしれない。家族の親は家族なので、助けるのは当然のことだ。
玄には動く理由がある。理由があるこの旅は、世界に必要な旅なのだ。見えない誰かが、そう言った。
惑星
この世界はひとつの惑星でできている。他の惑星は舞台装置である。太陽(仮)と月(仮)は照明と反射板、その他の星々は飾り。舞台の惑星は球体で、多量の熱水を内包し、水が沸き立つ動力をエネルギーとして何らかの力を発している。それにより重力のようなものが発生していると思われる。(この世界の誰かの仮説より)