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炊きたてご飯はたのもしい  作者: 鼠野郎
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4.お詫びに使いますね


 むかーしむかしではない今現在、不思議な森林の奥地にて、人類二人が穏やかに暮らしていましたとさ。


「超本気コスプレって名前長いよな。」

「あなたが勝手に呼んでるだけなんですけど?」

「よし、チョコって呼ぶ。」

「なんで!?」


 世界は今、平和である。


「はぁ…。」


 ()()うほんき()すぷれ、もといチョコは、その平和な世界を見渡して、小憎たらしいイケてるメンズ顔にげんなりした表情を浮かべた。


「ていうか、あのー、増やしすぎじゃないですかね。」

「は??????なにが?????????」

「威圧やめてもらっていいですか。」


 玄の頭の上に一つ、肩に三つ、背中に二つ、胡座(あぐら)をかいている足の間に五つ、その他周りに多数…。よく分からない塊がうごうごと(うごめ)いている。

 ふわふわの毛玉からトゲトゲの鱗の塊まで、形状は様々だが、どうやら生き物らしい。背中に乗っている水色の毛玉から、きょろりと大きな単眼が覗く。

 これら全て、玄がどこからともなく拾ってきた小動物…いや、小型モンスターである。玄はやんちゃな幼児が虫取りでもするかのように、あちこちから考えなしに生き物を拾ってきたのだ。

 とはいえ、スキルの関係上、飲み食いするには困らないので、一般家庭ほどには問題にならない。せいぜいチョコが「元の場所に返してらっしゃい!」と母親のように怒るくらいだった。玄は当然無視したが。


「なんかこいつら、子どものくせに一匹でいるんだ。そんなのって寂しいじゃん。」

「うーん、最近人類がモンスターを狩りまくるので、巣で待っていた幼獣だけが生き残っているのかもしれませんねぇ。あ、いや、それよりゲンさまがモンスターの巣に侵入して、幼獣を誘拐してきた線のほうが濃厚ですけど…。」

「いや、草むらとかにいたから。」

「ええっ、そうですか…意外…。じゃあ…保護ですね。」

「不満そうだなオイ。」


 リズミカルに言葉のキャッチボールをする二人のかたわら、話す者が交代するたびに幼獣たちが目線を移すので、謎の集団行動が出来上がっていた。心和む光景である。


「ゲンさまが困らないのなら良いんですけどね、別に。ちょっと齧られて死んでも即復活できますし。」

「猛獣系なのかこいつら…。」

「ふさふさのやつは草とか虫がエサですね、いつも勝手に食べてるでしょう? ウロコが丸いやつは鳥の卵とか、木の実とか。トゲトゲのやつは他のモンスターを食べますね。まだ幼獣なんで、今は大きめの虫とか食べてますけど。」


 玄は納得したように頷く。

 残念ながら、彼の鑑定ではまだエサまでは分からないのだ。食事の際、いつも出せるだけの種類の食べ物を出して、あとはモンスターたちが群がるのに任せている。そのへんの草を食べるモンスターも多い。


「ふさふさのエサがモサモサしたやつで、丸いののエサが丸いやつで、トゲトゲのエサがモンスターか。分かりやすいな〜。」

「そうでしょうそうでしょう。それでですね、人を好んで食べるモンスターはそんなにいませんけど、結局は肉なので、食べるときは食べます。」

「ふーん。お前は? あ、ふさふさだから草食か。」

「いえ、草を好みますが草食というより雑食なので、いけなくもな…うーん、ゲンさまにとっての…虫とか、蛙みたいなものとだけ、言っておきます。」

「人間はゲテモノかあ。」


 喜んでいいのか、悲しんでいいのか、微妙な位置付けであった。

 ため息とともにチョコがひとつ首を振り、仕切り直す。


「で、どうするんです? このまま死ぬまで飼います?」

「あ? 独り立ちするまでだよ。ペットじゃないんだ、育ったら勝手にどっか行くだろ。」


 チョコは玄が物事を考える頭を持っていたことに驚いた。思わず二度見して足を蹴られる。


「いてっ、な、なるほど、親の代わりをするだけですか。」

「うん。俺って動物好きだった気がすんだよ。ペットとか居なかったし、猫カフェとかも行ったことなかったけど、テレビに動物が映った時はぼーっと見てたかなって。」


 急に立ったことで、肩から転がり落ちてしまった茶色いモサモサを手で受け止めて、じっと見つめる。小さな足が手のひらを確かめるように足踏みするのを、玄は静かに見守った。

 そこには、()()()の生物に対する嫌悪はない。足が三本しかなかろうと、尻尾が途中で千切れたように不自然な形であろうと、玄の視線の温度は変わらない。ただ動物の子どもを見る目をしていた。

 チョコはそんな玄が、少しばかり人間から外れているようで気持ち悪かったが、すべて自業自得なので口は挟まない。とりあえず近くに座って続きを待つ。


「ラノベでもマスコット枠とか、オトモ枠とかいると面白いしな。チョコと二人だけじゃ絶対つまらねぇ生活になるし、癒やしは大事だ。」


 座ったばかりだったが、またスッと立ち上がり、チョコは歩き出した。お前に言われたくねーよ、という気持ちだったと後に語る。

 玄はそんなチョコを無視して、「モンスター孤児院だな」などと呟いていた。チョコは二時間で帰ってきた。



***



「さーて、そろそろこの世界の人類に接触してみます?」


 モンスター孤児院を初めてひと月、最初のモンスターたちがちらほら独り立ちしていったタイミングで、チョコはそう切り出した。毎日毎日、モンスターと玄の世話をする日々に嫌気がさしていたのだ。

 今でさえ亜人の姿をとっているが、チョコとて獣の端くれ。いや思念体なのでただの獣とも違うのだが、玄のお供になる前までの長年の毛玉生活はチョコに畜生本能を植え付けていた。


 ぶっちゃけ、バトルがしたい。バトルというか、生存競争というか、マウント取りというか、勝ちたいのだ。相手をねじ伏せて雄叫びをあげたい。玄に振り回される日々でだいぶ鬱憤が溜まっていた。

 もうこの際、相手がモンスターだろうが人だろうが何でも良い。この安全な森に居座るからいけないのだ。RPGで言うならここはまだ「さいしょのそうげん」である。玄はそこに四ヶ月も留まっている。本当にアホだと思う。実際アホだ。

 ここを出て冒険すれば、戦いのひとつやふたつ、簡単にできるだろう。スキルもステータスも安定したようだし、何より復活し放題の体を持っているのだから活用すべきだ。このままでは、ここでモンスター孤児院をやって終わる。

 だって玄には目的がない。あんなにうるさいおにぎりのことだって、本人はツナマヨおにぎりが至高だと思っているので「おにぎりの具の探求」などただの道楽にすぎない。最近はモンスター孤児院のほうが楽しいと思っているフシさえあるくらいだ。


「ええ、別にさあ、もう良くない? ここでモンスターにエサやってるほうが絶対楽しいんじゃねぇかな。」

「でも、ひと月前より孤児モンスターが増えてる気がするって、言ってたじゃないですか。そういうの、人に聞いたほうがいいと思いますよ。きっといろいろ調べてますよ。」

「いやいや、人ってモンスター殺すんだろ? だったらはぐれモンスターにエサやってる俺は敵になるよな? もうモンスター孤児院できなくなるよな? それは嫌だな〜。」

「逆に考えるんですよ。孤児院を否定する人なんて、人じゃないんじゃないかな、って。外道です。邪悪です。逆らうやつらは皆殺しですよ。」

「そっかあ、なるほどなあ。」


 筋の通らないめちゃくちゃな理論だが、四ヶ月も一緒に暮らしていると、相手の言葉が全部正しい気がしてくる。特に玄は魂がちょっと歪んでいるうえ、まともな価値観をもった人間が近くにいないので、チョコのことをまぁまぁまともだと思っている。さらに、卵から生まれたばかりのヒヨコみたいに素直でアホだった。


「だから人類に聞きに行きましょう。孤児が増えているのはどうしてですか、って。人がモンスターを殺すのが原因なら、れっきとした動物虐待じゃないですか! それは止めなきゃいけませんよ。ね、ゲンさま、動物好きですもんね?」

「うん、虐待は良くねぇな。でも…。」

「今いる子たちが心配ですか。大丈夫ですよぉ。僕、分身スキル使えますから。ちゃんと面倒見ますよ。」


 玄の目の前で、チョコが二人になった。新しく出来たほうのチョコがひらひらと手を振る。確かにこいつがいればエサの心配はないし、外敵からも守ってくれるだろう。

 心から安心している自分に気付き、玄は少し戸惑う。チョコって信頼できるやつだっけ? ト・カレは? 何かがおかしいような、気が、した、ような…?


「ゲンさま?」


 ーーゲンさま。


 高密度思念体のト・カレの不思議な声を思い出し、玄の頭はすうっと落ち着いた。そうだった、ト・カレの言う通りにしていればいいのだった。


 ざあ、と強い風が木々を揺らし、木漏れ日が一瞬ブレる。

 地面に落ちた「赤葉の黄金樹」の細い細い影が、蜘蛛の巣のように玄を取り囲んでいた。きいきい、きしきしと、ガラスのように硬質な枝がきしむ音は驚くほど甲高い。まるで何かの悲鳴か、笑い声のようだ。

 玄は軽く首を傾げる。ガラス玉のような目がぼんやりとチョコを見て、数度瞬いた。


「お前に任せるのは、なんか、アレだ。(しゃく)だな。」

「またまたぁ、酷いですよ!」

「でも、任せても、いいかもな。」


 にっこりと笑って、二人の美青年は大きく頷いた。対面する冴えない顔の人間は、不器用なしぐさで口元を綻ばせる。


「はい! 任せてください!」


 ト・カレは、善良な存在ではない。かといって、悪辣な存在では決してない。正義もないし、美学もない、純粋な意思がひとつあって、その意思は()()()()()()()()()()


 高密度思念体とは、バランスを正す存在だ。それは世界と世界の間のバランスであったり、世界とその中身のバランスであったり、世界の中の生き物と生き物のバランスであったりする。バランスを正すことが存在理由であり存在価値なのだ。気ままに、自由に、遊びまわっているわけではない。行動のひとつひとつには理由が必要だ。

 ちっぽけな、取るに足らない一人の人間の魂を消し飛ばしてしまったお詫びと、リメイクとはいえせっかく作った魂を自らの役割のために有効活用すること、これらを同時に片付けるのは、合理的である。合理的なのは、すなわち良いことだ。


 ト・カレは、玄の第二の人生を、とても有効に、世界を良くすることに使う。そのために、バランスが崩れた世界で変質した己の一部も利用する。

 こうやって世界は、バランスを保って続いていくのだ。神的存在よりよっぽど上位の、ト・カレたち高密度思念体のおかげで。



ゲン・キノ

 「木野 玄」という人間の魂を元にしてト・カレがリメイクした思念体を、とある世界に転生させた『何か』。人間から紆余曲折を経て人間になったとも言える。とても気味の悪い存在。

 他の思念体と同じくト・カレの指揮下に置かれ、ト・カレから意思を受信しているようだが…?

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