3.或阿呆の三ヶ月
「やさしいせかい」に頭の良い人はいません。
玄は焦っていた。この世界は地球より動植物が多いので、新しいおにぎりの具を開発することも夢ではないのでは、と気付いたのだ。そう、ここにきてやっと異世界転生のメリットを見出したのである。
非常にしょうもないメリットだが、玄にとっては卵を割ったら黄身が2つ入っていた時くらい嬉しいことなので、ちょっとテンションが上がっている。
しかし、それに必要不可欠なスキルを彼は持っていなかった。ラノベでおなじみの【鑑定】様だ。
【鑑定】は異世界でサバイバルしたりするのに必要不可欠なスキルで、薬草の効能から敵の強さまで何でも教えてくれる。ラノベの住人はこのスキルで資源を根こそぎ採取したり、モンスターの弱点を見抜いて無双したり、スパイや裏切り者を見つけ出したりするのだ。
つまり、【鑑定】スキルさえあれば、この世界の食材を初見である程度何とかできてしまう。素晴らしきかな【鑑定】様。なぜ自分はこれの存在を忘れていたのだろうーーと、彼は付与スキルを決める際に【鑑定】スキルの存在を忘れていた自分と、それを提案しなかった毛玉を呪った。自分よりも毛玉のほうをより強く呪った。
以上の理由があって、彼はこんなにも焦っている。スキルは新しく生やすことができるのか、それが問題だった。
「いや【鑑定】魔法使えばいいでしょ! まあスキルも生えますけど!」
「あ、魔法でもいけるんだ?」
異世界で最初の悩みは3分で解決した。そして超本気コスプレの解説タイムが始まる。
どこかから取り出した銀縁メガネをかけて、ゲームの解説キャラのように人差し指を立てて話す様子は、ハッキリ言って実にクソムカつく。玄は解説を聞くだけ聞いたらこいつの本体を叩き割ろうと決めた。
「スキルも魔法も技能も、だいたい同じことできますよ。【鑑定】は魔法でやるのが一般的ですかね。スキルは増やしすぎると管理が面倒ですし、把握しきれません。あ、技能は上達しやすいですけど取得に時間かかります。」
「うーん、技能の取得時間ってどれくらい?」
「人によりますけど、だいたい一日から数ヶ月ですかね。【鑑定】は五日くらいで取得する人が多いです。とにかくいろんなものを観察しまくるといいですよ。」
「おおー、じゃあ技能でやってみようかな。五日やってもできなかったら魔法でやることにしよ。」
玄は初めに頑張って後で楽したいタイプなので、技能は彼に合った方法と言えた。いや本当は初めから終わりまでずっと楽をしていたい質なのだけれど、そうも言っていられないのでやる気があるうちにやってしまおうという腹だ。
時間がかかるとしてもせいぜい五日前後、その間に死にかけてもト・カレがいれば復活は容易だし、おにぎりと飲み物を作れるだけのスキルは持っているので飢えもしない。
メガネを超本気コスプレの顔からそっと外して地面に叩きつけ、「なんで!?」というツッコミを聞いて満足すると、玄は意気揚々と歩き出した。
そうしてしばらく、黄色い樹木や赤い草を観察しながら歩いた。
この森林はト・カレが所有する土地の一部であるらしく、しかも人里離れているので誰かに会うことはない。気の抜けるような鳴き声の鳥や、肉食のウサギなんかがいて、レイニンタイアーココヨークの生息地でもある。大型のモンスターでもなければ人類に襲いかかってくることはーーたぶんきっとおそらくーーそうそうないので、小型・中型モンスターしかいないこの場所は転生に適しているらしい。玄は死にかけたけれど。
ゆっくりと進みつつ観察を続けていると、だんだん植物の名前が想像できるようになってきた。この世界の植物に関する知識なんて欠片もないはずなのに、こんな特徴があるからこんな名前かな、とぼんやり予想がつくのだ。黄色い樹木の名前は「黄色いガラス針」か「赤葉の黄金樹」だろうというのがとりあえずの予想である。
ちなみに例の毛玉「レイニン/タイアー/コ/コ/ヨーク」は、この世界の言語で言うところの「レイニン国/タイアー地区の/外れの/外れの/ヨーク種」という意味の名前だ。
つまりここはレイニン国のタイアー地区、その中のかなり端のほうに位置する森林地帯であり、近辺にはレイニンタイアーココなんちゃら、という名前のモンスターが多い。
「ん、なんか分かってきたかもしれない。この花の根っこ、食用っぽいな。」
「おお、早い方ですね!」
「ステータスウィンドウとかは…?」
「ざ、残念〜〜〜! あれあれ〜? もしかして楽しみにしてたんですか〜? もう少し下の世界なら出ますけど、この世界では出ないんですよぉ〜! ご愁傷さま〜〜!」
「ぶっ殺」
「ヒェ…やめて…。」
玄の成長に気分が盛り上がり、調子に乗ってふざけ出した超本気コスプレは速攻でシメられた。急激にかつシンプルにキレ出した玄によほど驚いたのか、電気コードのような尻尾がぎゅっと腰に巻き付いている。羽も心なしか縮んだように見えた。外見はイケメンなのに残念な男である。
男というか、オスというか、厳密に言えば高密度思念体のト・カレに性別は無いのだが、玄に付いてきたこの思念体は気持ち的にちょっと男寄りの存在らしい。なので、本人は絶対に美少女には変身しないぞと息巻いている。
玄としてはこんな中身の美少女がいても残念なだけだし気持ち悪いので、もう別にいいかなぁという感じだ。そもそもが一回見てみたかっただけなのだ。
ごほん、と咳払いをして超本気コスプレは続けた。
「ステータスウィンドウで視覚から情報を取得するシステムって実はちょっと低度なんですよ。ゲンさまは憧れるかもしれませんが、そういう世界はゲンさまの世界よりも下のランクなんです。神的存在もチープですしね。」
「えぇー…そんなこと言っていいの? あんまし神様バカにすんなよ。」
「すみませんねぇ、僕のような思念体は世界に縛られないので、神的存在の影響とか恩恵とか受けないんです。なのでありがたみもなくって〜。ゲンさまはその辺さすが地球人ですよね。特に日本の若者って、信仰の形が不思議です。」
「不思議?」
「教会で祈るほど信じているわけでもないのに、不満とか悪口は言いませんし。それなのにゲームとかアニメに簡単に使いますよね。神を殺す話とかも楽しんでるみたいですし。」
神様の話題とかなんかめっちゃ答えづらい。ぶっちゃけると、そんなん考えたことねーよ、という感じである。
適当に話しかけてくるように見えて、その実とてもコメントしづらいことを唐突にぶっ込んでくるのが高密度思念体クオリティなのだろうか。個の生物を超越した存在は世間話のセンスも独特らしい。
「ああ、うん、なんつーか…えーと、想像上の存在として信じてる、みたいなところがあるんかな…。違うかな? こうサンタさん的な。」
「サンタさん」
「サンタさんの悪口言うやつってあんまいないだろ? 信じてなくてもさ。あと神を殺す話はフィクションだし。そもそも地球の話じゃないし。どっかの世界で悪い神がいた場合…みたいなやつだろ、あれって。」
「なるほどー、面白いです。」
「そんなもんかね。」
めちゃくちゃに中身のない閑談を挟みつつ、二人は森林の奥へと向かっている。 人里からさらに離れる形だ。
玄の能力は付与スキル以外なにも育っていない状態なので、現地の人類と会う前に一般人レベルまで魔法や技能を揃えておく必要がある。
それに彼自身にはそもそも目的がない。なので、わざわざ人のいる所まで出向く理由もないのだ。とりあえずは人気のない所で魔法や技能をある程度覚え、間々(あいだあいだ)で生きる目的やら何やらを考える予定である。
玄によろしくな、と言われた超本気コスプレは、人好きのする顔でにっこりと笑った。腹にいろいろと抱えながら。
*****
「いやぁ、まさかこんなに順調に簡単に人間を辞めてくるとは!」
「よせやぁい。」
「褒めてないですぅ!」
三ヶ月経過したら、人間が化け物になってしまった。
元毛玉こと超本気コスプレは、ちょっとヒントを与えたら自力で必要以上に頑張ってしまった阿呆を前に頭を抱えた。「魔法と技能をそれぞれ十個くらい習得したらオッケーですよ」と言ったら、玄は魔法と技能をそれぞれ“提示した種類ごとに十個ずつ”習得してしまったのだ。
玄は阿呆だが、超本気コスプレも、しっかり確認せずに進めたのは悪かった。「今度は火魔法を練習しましょうね」と言って数日放置…みたいなことを三ヶ月続けたのが本当に良くなかった。途中経過発表みたいなことをやっておけば良かった。
確かにこの世界の人類と違って、玄には現代日本の知識があるためイメージ力も強く、常人より魔法などの習得が早まる可能性はあった。
しかもラノベを嗜むような趣味嗜好の人間なのでスキルやら魔法の知識もあるのだ。ほんの少しの頑張りすら報われるこの「やさしいせかい」で放置したらそりゃチート予備軍にもなるというもの。完全なるうっかりミスである。
しかし、そもそも浄化魔法を【洗濯】【掃除】【除菌】【消臭】…といった具合に細かく分化して覚えたり、調合技能を【調合基礎技能】【調合器具使い】【調合レシピ考案】【飲み薬調合】【塗り薬調合】…なんて細かく派生させて習得する人間がいるとは、いくら高密度思念体ト・カレであったとしても夢にも思っていなかったのだ。
おかげで、玄のステータスはそれはもう立派に人間離れした状態になってしまっている。この世界では、ふつう魔法や技能は大雑把に覚えるもので、分化・派生したものを覚えているのは職人かマニアだ。
ここがまだステータスが可視化される世界でないだけ良いのだが、【鑑定】の上位派生である【看破】や【解析】などの持ち主がいた場合、まず間違いなく玄は変態扱いされるであろう。そうしたら一緒にいるト・カレも変態だと思われてしまう。すごく他人のフリをしたい。今から縁を切っておきたい。
けれど玄がこんなことになったのも、全てはト・カレが夢の世界をふらふらしていて、彼の魂にうっかり衝突し消し飛ばしてしまったことが原因なので、超本気コスプレは玄のニューゲームに付き合って体と心をお守りするほかないのであった。
超本気コスプレの頭を悩ませる、玄のステータスは以下の通りである。覚えても特に良いことはないので読み飛ばすことを推奨する。
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ゲン・キノ【人類-人間(21歳/男)】
〇スキル
炊きたてごはん創造/調味料創造/おにぎりの具創造/海苔創造/飲み物創造/アイテム作成/無限アイテムボックス/完全隠蔽/無制限転移/自己修復/強歩/努力家
〇魔法
▽火魔法
火を操る力/蠢く炎/熱風/害あるものを焼く炎/火祭り/灯火/消火/爆発/地獄の業火/終わりの炎
▽水魔法
水を動かす力/鉄砲水/水圧/蒸気操作/雨あられ/水質変化/混水/でかいうずしお/水の壁/絶対的沈没
▽木魔法
木を従える力/木工職人/葉の刃/綺麗な薔薇には棘がある/きのこの主/植物由来の成分抽出/吸い取る木/植物系触手/緑地再生/樹葬
▽雷魔法
雷を呼ぶ力/電気生成/蓄充電/電磁波の監獄/放電/疾風迅雷/指定感電/雷光破/電流蘇生/轟雷電気雨
▽土魔法
土を促す力/石づくり/たがやす/砂嵐/土人形/土の壁/岩の砦/砂のお城/隕石/生き埋め
▽光闇魔法
光の魔法/精神操作/障壁/ゆめまぼろし/精神体消滅/闇の魔法/影使い/汚染/阻害/生死操作
▽浄化魔法
洗濯/掃除/除菌/消臭/漂白/色再生/ごみ消去/元通り/状態保持/完全浄化
▽生活魔法
家事総合/接続/自宅/架空店/無限付与/スマホ脳/取り引き/計算/車/幸運
▽生存魔法
健康診断/体力回復/癒しのパワー/元気のパワー/上限無視/悪運/リセットボタン/やる気スイッチ/一蓮托生/生命保管庫
▽治療魔法
治癒/毒消し/状態異常回復/点滴/整形/安らぎの手/回復玉/生命の雫/状態移植/再生
〇技能
▽鑑定技能
観察/把握/鑑定/診断/見立て/情報収集/看破/解析/予測/理解
▽戦闘技能
殴る/蹴る/切る/刺す/突く/叩く/折る/焼く/押す/投げる
▽生存技能
呼吸/気合い/我慢/感覚遮断/自己回復/逃げ足/隠れ身/無我夢中/仮死/蘇生
▽自給自足技能
拠点/加工/湧き水/畑づくり/家庭菜園/豊かな土地/養殖/探索/採取/適応
▽調合技能
調合基礎技能/調合器具使い/調合レシピ考案/魔法薬作成/漢方薬煎じ/飲み薬調合/塗り薬調合/最上級調合/漢方薬仙人/魔法薬神
▽移動技能
歩く/走る/飛ぶ/潜る/泳ぐ/這う/滑る/登る/運転/神出鬼没
▽調理技能
調理器具使い/調理技能士/味覚センス/献立/料理人の嗅覚/時短調理/舌コピー/隠し味/盛り付け/最高のおもてなし
▽治療技能
怪我診断/病気診断/手当て/応急処置/マッサージ/薬剤師/整体師/管理栄養士/リハビリトレーナー/全自動魔法手術
▽生活技能
家事/育児/労働/管理/保全/貯蓄/運動/段取り/趣味/スキルアップ
▽裏技能
狩り/駆除/殲滅/裏道/邪道/強奪/尋問/拷問/ひとでなし/マッドサイエンティスト
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いやほんと勘弁してくれないかなあ。
【物質創造】スキルと【看破】魔法と【連動】魔法を使って作り出したスキルボードもどきを眺めながら、超本気コスプレは海より深いかもしれないため息をついた。
高密度思念体のしくみ3
ひとつひとつの思念体は、元は本体と同じものであり、常に指揮下に置いているとしても、配置した世界によっては変質することもある。大抵は転生時の肉体に沿った思念に変質していく。
変質しても本体の指揮下にあるのは変わらないので、基本方針は本体から受信した意思により決定される。ただし、決定に伴う感情は独自のもの。