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炊きたてご飯はたのもしい  作者: 鼠野郎
3/13

2.コスプレですか?

二話まで読むなんて物好きですね。センキュー!


「まぁこんなところかな。」

「ほ、本当にこんなんでいいんですか? 正気ですか?」


 体感的に三日ほどかけて転生の詳細を詰めた二つの思念体は、いよいよ転生に入ろうとしていた。転生するのは玄だけだが、毛玉は思念体の状態でサポーターとしてついて来るらしい。

 分かりやすいようにと紙にまとめられた玄の要望を読み返して、毛玉は深いため息をついた。その顔はかろうじてドヤ顔ではないけれどとてもムカつく表情をしていたので、やっぱり一人で行こうかな、と玄は思った。

 けれど、毛玉がため息をついたのも仕方の無いことだろう。笑いあり涙ありの熱い議論の結果、最終的に決まった付与スキル欄はそれはもう酷いものなのだから。


「【炊きたてごはんの創造】【調味料の創造】【おにぎりの具の創造】【飲み物の創造】【アイテム作成】【無限アイテムボックス】【完全隠蔽】【無制限転移】…うーん、ほんと引く…おにぎり好きですね。」

「なんか剣と魔法の異世界って、基本アイボと逃げ足スキルあれば何とかなる気がする。おにぎりは絶対だし。」

「どんだけ好きなんですか…。というかアイボってもしかして【アイテムボックス】の略ですか? センスないです!」

「じゃあどう略すんだよ。」

「略す必要ないですよ。」

「めんどくさいだろ。」


 毛玉はもう一度ため息をついた。


「それならもう箱でいいでしょ! 箱で!」

「そんな急に怒んなよ…。」


 玄は毛玉の機嫌を取るように、優しくその背を撫でる。初対面でご飯粒をなすりつけてきた変人の手なので、どんなに優しく撫でられても毛玉にとっては不快なだけらしく、その機嫌は悪くなる一方だった。

 怒りと屈辱に身を震わせ、毛玉は言う。


「さっさと転生してもらいますよ! 一応確認ですけど、これから行く世界のことは理解しましたか! もし忘れてたらぶっ殺しますからね!」

「お前のせいでもう死んでるけどな。」

「がぁーーー! ちくしょう! ああ言えばこう言うんだから!」

「はいはい。地球より15倍くらい大きくて、20倍くらい生き物が多い世界なんだろ。そんで『スキル』と『魔法』と『技能』があるんだよな。」


 毛玉の説明によると、スキルとは「過程を省略して決まった結果だけを取り出すもの」、魔法とは「決まった過程を出して状況に合った結果を残すもの」、技能とは「修練により身についた技術をストックし、使うたびに練度を上げていくもの」らしい。

 料理で言うなら、望んだ完成品をポンと出せるのがスキル、用意した材料に適したものを自動作成できるのが魔法、一度作った料理をよりスムーズに作れるのが技能、というイメージだ。正しく使い分ければかなり便利そうである。


「そうですそうです! そしてモンスターがいて、亜人とか獣人とか魔人がいて、えげつないくらい大量の大陸やら島やら国やらがあります!」


 モンスターはゲームとかに出てくるアレで、言い方を変えれば魔物になる。玄の目の前にいる毛玉の姿も、レイニンタイアーココヨークというモンスターのものである。

 ト・カレは様々な世界に思念を分散させており、いま玄たちが居るこの空間から最も近いのが、レイニンタイアーココヨークを模した思念体を住まわせていた例の世界だったらしい。


 ちなみに、毛玉を初めとする思念体は姿を自由に変えることができ、人間や亜人、獣人・魔人などの姿でいることもあるとか。玄はそれを聞いたとき、そっちの方が見たかったなぁと思った。残念ながら、この空間内ではいろいろと制限があるらしく見せてはもらえなかったのだが。

 人間以外の人類に出会ったとき、その種族の区別がつくか、今から少し不安だ。向こうに行ったらさっそく見せてもらおうと思う。


 毛玉の知識では、亜人も獣人・魔人も「人外要素のある人間」という括りでは同じなのだが、その中でも人間寄りの者を亜人、人外寄りの者を獣人または魔人と呼ぶ。

 獣人と魔人の区別は獣っぽいかどうか。それと獣人は身体能力が高く、魔人は魔力が高い。魔人だからといって邪悪な存在であるとか、そんなことは無いようだ。


「前にも言ったけど、それだけごちゃごちゃしてて言語は一つってちょっとおかしいぞ。」

「ゲンさまが住んでいた世界より三段くらい上の世界なんですよね、あそこ。あれくらいの次元になると言語はあまり分かれません。まぁ世界的な土壌が良いというだけの話なので、住んでいる生命体は他と大差ないと思いますよ。」

「ふーん。」


 あとのことは現地でその都度お教えしますかね、と毛玉が締めくくったので、玄はいよいよ異世界に転生することとなった。特に何の目的もない異世界転生物語が今始まるーーー!



 …始まった、のだが。



「ほんと最悪…。」


 異世界転生した直後、動かし慣れない体で距離感が掴めずにすっ転び、地面の岩に頭を打って致命傷を負った玄を、毛玉は遠い目で見つめていた。「死んでしまうとはなさけない」とはまさにこのことである。


 だくだくと流れ出した血が岩に染み込んで黒くなっていく。その血が自身の白っぽい毛を汚しそうになったあたりでハッと我に返った毛玉は、のろのろと玄に【復旧】スキルを使った。


「はぁ…ったくよぉ。」


 ふてくされた不良少年のようなつぶやきと共に、あっという間に玄の身体は元通りになる。【復旧】スキルはふつう人ではなく物に使うスキルなのだが、玄の場合は特殊なのでこちらの方がきちんと戻るのだ。残念ながら地面に染み込んだ血液は戻らないが、足りない分は自動作成されるので問題ない。


 数秒後、玄は何事も無かったかのように立ち上がって緩く頭を振った。


「死ぬかと思ったぁ…。」

「2回目の変死ですね。」

諸諸(もろもろ)の根源が言うなや。」


 チベットスナギツネのような顔になったレイニンタイアーココヨークを軽く足蹴にしながら、彼はきょろきょろと辺りを見回した。その目は好奇心で輝いていてとても微笑ましい。足蹴にされた毛玉は微塵もそんな感想は抱かず、ものすごい憎悪を込めて玄の顔を睨みつけていたが。


 玄が(しょ)(ぱな)から死にかけた地面は、黄土色の平たく硬い岩が大量に埋まっていて、天然の石畳のようになっていた。ちょっと危険すぎやしないだろうか。

 異世界にて、縮尺の違う体に入れられたというのに、よりにもよって最初のステージが岩の上とはこれ如何に。彼は転生についても転移についても素人なので、ハジメテはもっと優しくしてもらいたいものである。


「もうちょい安全な草原とかからスタートできなかったのかよ。」

「ええ〜軟弱すぎません? ごく一般的に言うところの森林ですよここ?」

「森林!? 木より岩のほうが多いんだけど!?」


 岩と岩の隙間から見える黄味がかった土からは、見る者が不安になるくらい細い木が生えていた。細さに見合わないほど高く育ち、びっしりと細かく枝分かれした黄色い幹の先端付近には、ガラス細工のように透き通った赤い葉がまばらに生えている。

 色あいを弄られた写真みたいなところだな、と玄は独りごちた。目に入るもの全てが作り物めいているというか、全体的にCGで作った映画の背景っぽいのだ。緑色ではない植物が乱立している様子には奇妙な違和感があり、なんとなく収まりが悪い。

 気後れしていると、どこか遠くのほうから、ペロロロロ…と気の抜けるような鳥の声が聞こえる。玄はとりあえず周りの景色を意識から追い出した。


「気を取り直して、ト・カレ、ちょっと人類系のなんかに変身してみてくれよ。」

「早速ですか。まったく、仕方ないですね。じゃ、いきますよ〜。」


 聞いた者の八割くらいをイラッとさせそうなため息をついて、毛玉は足を肩幅に開くような動作をした。呪文を唱えたり「変・身!」と叫んだりすることもなく、直後、その小さな体から関節が外れるような気味の悪い音が連続して響き出す。


「うわムリ」


 音の数に比例して毛玉の体が大きくなり、玄の鳥肌も酷くなっていく。思ってたのとだいぶ違う。勘弁して欲しい。

 気持ち悪いので離れて細い木を観察していると、変身は30秒ほどで終わったらしく、「せっかく変身したのに!」とかなり怒った知らない人の声で呼び戻された。玄はまだ鳥肌が治まらない腕をさすりながらじりじりと向かう。


「どうですか! どうですか! 立派な獣亜人でしょう!」


 ふわふわネコミミが生えた筋骨隆々の男がふんぞり返って笑っている。


 玄は白けた目に嫌悪感をミックスして不審な変態男を見やった。毛玉の、アニメに出てくるような明るいショタボイスは跡形もなく、男らしい深みのある声で元気のある言動をされると色々とキツい。

 親戚の子どもが急に声変わりしたような寂しさと、ゴリラっぽいマッチョにネコミミがあるという強烈な嫌悪感がない混ぜになって、とにかくコレジャナイという感じなのだ。思ってたんと違う。料理屋でサラダを頼んだらイナゴの佃煮が出てきたような酷さがある。

 多大なショックから何とか抜け出して、玄は言った。


「チェンジで。」

「ふざけんなよオイ!?」

「そりゃこっちのセリフだろうが! 普通こういうのは美少女になるモンだろ! なんで男でマッチョでネコミミなんだよ! もっとニーズに合わせて変身しろよ!」


 男二人は向かい合って地団駄を踏む。


「ハ! なんでゲンさまの好みに合わせなきゃいけないんですかァ〜? 私をケモミミ美少女にして何をする気ですかな? え? どうせエッチなことでもするつもりだったんでしょう? 薄い本みたいに! 薄い本みたいに!」

「やめろォ…その技は俺に効く…!」


 CV︰大塚芳忠っぽい声で紡がれる酷いセリフは、玄にはちょっと辛かった。いやちょっとじゃない、ほんとマジめっちゃ辛い。


「よし決めた!」

「なァんですか?」


 ぐっと拳を握り「その姿のときはお前のアダ名をイナゴの佃煮にします!」と宣言したところ、ゲテモノになった元毛玉は快くキツくない見た目に変身してくれた。

 しかもパパっと秒で変身できていたので、先程の気持ち悪いアレはオーバーパフォーマンスだったらしい。玄はそれを絶対に許さないぞと足元の血染め岩に誓った。


 そうして毛玉が変身したのは、今度も美少女ではなく魔人の青年だったけれど、額から生えるツノだとか、背中の黒い羽だとか、蛇のようになめらかに動く細い尻尾だとかがイタくて笑える…いや、(おもむ)き深く面白かったので、とりあえずはそれで手打ちとする。アダ名は「超本気コスプレ」になった。


 魔人美青年の超本気コスプレは「これコスプレじゃないです」と泣いた。



高密度思念体のしくみ2

 高密度思念体が思念を切り離し、どこかの世界に配置するには、その世界のシステムをバグらせて空っぽの肉体を作らせる必要がある。世界に圧力をかけて強引に思念を転生させる。

 その世界に生まれた、という事実を元に、その後肉体が滅びても思念だけで活動できるようにする。思念体は不死である。

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