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炊きたてご飯はたのもしい  作者: 鼠野郎
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1.おにぎりで手を打とう

内容はクソです。よろしくお願いします。



『こんにちは。こんにちは。未来あるヒトよ。あなたはお亡くなりになりました。』


 ぼんやりとした意識を掬い上げるように、やわらかい声がやさしく響く。


 真っ白な空間だ。右も左も、上も下も、前も後ろも、見渡す限りの白が広がっている。

 そこには光も影もなく、彼の体も無いようだった。しっかりと周りが見えているのに、目を動かす手応えがない。瞬きをする感覚も、呼吸をしている実感も、目や口が乾く不快感も、全て無くなっているのだ。


 強烈な違和感とともに視界を巡らせてみても、自分の手足や体といった類のものは見当たらない。自分が今どういう姿や形をしているのかも分からない。確かなのは、彼がここに居るということだけだ。どうしてここにいるのかも、彼には分からなかった。


『未来あるヒトよ。未来あるヒトよ。どうか聞いてください。あなたは転生しなければなりません。』

「ど、ちら様、ですか?」


 聞こえてきた声に反射的に応える。体はないが、話そうとすれば話せるようだった。

 声を出したことで少し冷静になる。そういえば、この声に誘われるようにして覚醒したのだった。そう思い、再び周囲を見渡してみるが、やはりそこには白い空間が広がっているだけだった。

 声が聞こえてくる方向もはっきりとせず、不安が増していく。どこかで一度反響して、戻ってきた音が耳に届いているような、ぐるりと薄布に囲まれた先の音を聞いているような、そんな不思議な、普通ではない響きがあった。


『わたくしはト・カレ。わたくしは高密度思念体のト・カレです。どうぞお好きにお呼びください。未来あるヒトよ。』

「あ、ありが、と、う…? え、えー、俺は木野(きの) (げん)です。よ、よろしく…?」

『ゲンさま。ゲンさまですね。どうぞよろしくお願いいたします。』


 誰かと話している時に、どこを見ればいいのか分からないのは少々つらい。得体の知れないものと話しているのも怖いし、慣れ親しんだ自分の体が感じられないのも嫌だった。


「えーっと、あー、あなた? は、どこにいるんですか? 思念体っていうのは、その、人じゃない…ってこと、ですか?」

『わたくしはヒトではありません。ヒトではないのです。わたくしはあなたの近くにいると同時に、あなたから遠く離れた場所にいます。わたくしは…言うなれば、そう、一つの意思を共有せし思念の集合体、といったところでしょうか。』

「思念の…? その思念というもののひとつひとつに心があって、同じ目的で繋がっている?」

『ええ、ええ。その通りです。もう少し正確に言うのであれば、思念体それぞれに己の体がありますが、必ずしも意識があるわけではありません。思念体には虫や微生物なども含まれます。全ての生物が「わたくし」という意思を共有しているのです。』

「じゃあえーと、あなた、が、思念体すべてを…指揮?支配?しているようなものなのかな? あっ、一番近くの思念…というか体?生命体?はここに…この場に来れる? どうも相手が見えないと落ち着かなくて…。」

『可能です。可能ですとも。ここへ転移させていただきます。説明はそちらからすることと致しましょう。』

「転、移……?」


 どことなく嬉しそうな声が響いたあと、玄の目の前ーー今の玄には目などないかもしれないが、感覚的な意味でーーに、よく分からない生物が出現した。白っぽいふさふさの体毛に埋もれるような短い四足の生物は、その体躯でできる限りの優雅な動きでお座りしてみせる。


「レイニンタイアーココヨークのわたくしです! どうぞゲンさま! よろしくお見知り置きくださいませ!」

「おお…しゃべった…。」


 ふさふさは、その小さく丸っこい体を窮屈そうに折りたたんでお辞儀をした。レイニンタイアーココヨークというのがこの動物の名前らしい。ぴこぴこくるくると小さい耳が忙しなく動いている。尻尾は無いのか、それとも毛に埋もれているのか、確認はできなかった。


「さてさてそれでは本題に参りましょうか! 転生の話をいたしましょう!」

「転生って?」

「ええ!」


 レイニンタイアーココヨークのト・カレは勿体ぶって頷いた。毛玉ごときが偉そうだったのでしゃがんでつつき回すと、毛玉は「やめてください! やめてください!」と言うBOTになったので、玄は面白がって10分ほどつつきまくった。


「あれっ、体がある。」


 玄が()()()()()()()()()()()()自分の体に気が付いたのは、毛玉をつつき回してひと息ついた後だった。

 毛玉のドヤ顔にムカついてから、しゃがみ込むまでの動作が少しのタイムラグもなくスムーズだったので、玄は自分の体が存在することを当たり前のように受け入れていたのだった。


「あなたもわたくしも思念体! この空間では望めば体を得ることができるのです!」

「ふーん。」


 高密度思念体などというご大層な設定をもっているくせに、やたらコミカルな様子でゼェゼェと息を乱しながらト・カレは言う。

 毛玉の声質は体の無いト・カレと同じであるのに、口調が違うだけでどうしてこんなにコミカルになってしまうのだろう。世界は残酷である。


「ゲンさまがわたくしをつつき回したいと望んだので体が手に入ったのですね! ちくしょう! 許しませんよ!」

「えい! えい!」

「やめてください! やめてください!」


 玄は毛玉に一瞬同情したが、すぐに無かったことにした。


 それからしばらくして「やめてくださいBOT」がひとまずの停止を見せたころ、何事もなかったようにお行儀よく座った毛玉をジト目で眺めて玄は言う。もう獣畜生に同情なんてしない。


「転生ってあの転生?」

「ラノベのテンプレのアレで合ってますよ。」

「俺死んだ?」

「はい! ポックリいきましたね!」

「えぇ…そんな元気に言う普通? ちなみに死因は…?」

「衝突ですねぇ。」

「トラックと衝突ってか? そこもテンプレなんだな。」

「いえ! 夢の中で通りすがりのわたくしたちと衝突して魂が死にました! 体も連動して死にました!」

「原因お前らかよ!!!!!」


 玄は毛玉をハンドボールのように鷲掴んでぶん投げた。毛玉はムカつくドヤ顔をしていた。




「本当にごめんなさいってばぁ! ねぇねぇゲンさまぁ! 許してくださいよぉ!」

「仕方ないなあ〜。」


 30分くらい経つと、さすがに怒りがおさまったのか、玄はどっかりとあぐらをかいて大好物のツナマヨおにぎりをむさぼり食っていた。玄の前には捧げ物のごとくおにぎりが積み上がっている。毛玉からの供物(ささげもの)だ。

 玄はごく普通の一般的な日本人なので当然おにぎりが好きだった。捧げ物のプロである毛玉はそういうところが抜かりない。なんてったってプロなのである。

 捧げ物に満足して自分の(かたき)をあっさり許した玄は、勝手に喋り始めた毛玉の言葉に耳を傾けた。


「ゲンさまの死についてはぁ、こちらが100%悪いのでぇ、魂は修復したんですよぉ。でもでも、なんか完璧にはできなくてぇ、体のほうに収まらなくなっちゃったんですぅ。努力はしたんですけどぉ、元の形に戻らなくなっちゃって。なので別世界に新しい体を作ってそっちに入ってもらおうと思ってぇ。」

「はぁ〜?」

「いたいけな小動物にそんな怒らないでくださいよぅ。魂の形って複雑なんですよぅ。いいじゃないですかぁ、剣と魔法の異世界で俺TUEEEEですよ? 好きでしょそういうの?」

「いや見るのとやるのは別だから。」


 玄のひざにすり寄りつつ、媚びっ媚びの口調でクズっぽいことを言ってのけた毛玉が非常にムカついたので、彼は手掴みでおにぎりを食べたことによって手についた米粒を、毛玉のふさふさにべったりとなすりつけた。


「ぎゃー! このやろう!」

「つーか魂が死んだってのは百歩譲ってまぁいいとして、元に戻せなかったって何だよ。元の俺とどう違うんだよ。」

「気付きません? 自己保身みたいなものがけっこう減ってるんですけど。」

「自己保身?」

「ほらアレですよ。死にたくないとか、自分から奪うやつは許さないとか、俺は悪くないとか、そんな感じのやつです。」

「ふーん。」

「まぁとにかく元の体に戻すのはどう足掻いても無理なんで、ほんとすいませんけど、別世界で生きてくれません? できる限り希望通りにしてあげますから。」

「うーん分かった。いいよ。俺TUEEEEは嫌だけど。」

「そう来なくっちゃ!」


 ペチンとひざにハイタッチしてきた毛玉に少しだけイラついた玄は、自称「いたいけな小動物」をひっくり返して腹側にも米粒をなすりつけた。毛玉は再び「ぎゃー!」と鳴いた。



高密度思念体のしくみ

 高密度思念体とは、ひとつの意思をもったものが、己の思念をコピペし、大量に増やし、指揮下に置いて、複数の世界に分散させることを可能とした存在に名前をつけたもの。ト・カレ以外にもたくさんいる。

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