12.チョコふたたび
なかなかネタが浮かばないので、しばらく不定期更新になります。なるべく更新できるようにがんばりますね。
レイニン国のタイアー地区にある外外れの大森林には、まるで広場のように開けた場所が点在する。
タイアー地区と呼ばれる広い広い土地は、その地面のほとんどが硬い岩盤でできていた。ゆえに大森林も、森林とは名ばかりの「木が生えている岩場」に近い。
植物が育つには厳しい環境に思えるが、一度サイクルができてしまえばそうでもない。そしてそのサイクルは、岩の隙間の土だまりに種が入り込み、霧や朝露の水分で育ち、実を付けてまた種を落とす…というような単純なものであった。
そんなサイクルが続いて大きくなった森林なので、どうしても岩に隙間がない場所では植物は芽吹かない。また、芽吹いたとしても霧が吹き散らされてしまう風通しのいい場所では満足に育たない。そうして、植物の生えていない場所ーー天然の広場ができるのである。
広場のいくつかには、明らかに人の手が入っていそうなところがある。もっと正確に言うのであれば、人がいるんだろうなぁ、と思わせる痕跡がある。靴跡があったり、人工物が置いてあったり、テントらしきものがあったりと、見れば一発で分かるような。
そのうちのいくつかはナナヤン村の狩人たちの拠点であり、その他のだいたいは盗賊のねぐらなどで、以上のどちらでもない残りのいくつかは、玄が使用していた「モンスター孤児院」だ。
孤児院といっても、そんなに立派なものではない。はぐれモンスターを拾ってきて、巣立つまで餌を与えていただけの場所である。
玄がモンスター孤児院をやっていた場所のうち、一番大きいであろう広場に、ぽん、と集団が現れた。玄の能力による【転移】によるものだ。
普通は「さすがに一度では何十何百も転移できないだろう」とか「失敗したらやだな」などとという考えにより、集団転移は20人ぐらいまで、とされている。
しかし、玄は魔法やスキルに夢を持つ小学生メンタルの男子である。ラノベを読み漁った経験からチートにも詳しい。個人の認識が能力のクオリティを決めるこの世界では、玄のような人間が特をするようにできている。
玄が転移させたのは、人の形をしたものが15体ほど、加えて動物型が300体ほど。とにかくやってみれば成功する「やさしいせかい」において、玄ほどその仕組みの恩恵を受けている存在は他にいないだろう。玄には「さすがにこれは…」というような躊躇いがないのだった。
至極簡単に、大規模な集団転移は成功する。元居た部屋では檻が重ねて置かれていたため、そのまま檻が消えてどちゃっと重なり合った動物型モンスターもいたが、まだ使役状態を解除していないので無反応だった。不親切な雑さである。
「よーし着いた着いた。」
「ああ、このひんやりした匂い…包み込むようなパワー…間違いなく大森林です…!」
満足げに頷く玄の隣で、エヒが噛みしめるように言う。人型の何人かは(パワーとか分かるのかな?)とちらっと思ったが黙っていた。
カヒュはラエソエを何度か踏み付けながら動物型モンスターたちに近付き、重なり合ったものを持ち上げて並べてやっていた。優しい。
ラエソエは意識がないまま「ぐえっ」と呻いた。
「あれ、ゲンさま。どうしたんですかー?」
「ぐえっ」に反応してか、広場の真ん中くらいからにょきっと顔が生える。ヤアヒバメの面々は突如として現れた生首に心臓が止まりそうになった。生首は無駄に顔が良かったので、とてもとても不気味であった。
生首の顔は高密度思念体ト・カレの分体、レイニンタイアーココヨークのト・カレが魔人に変身した姿のものだ。「超本気コスプレ」を略して「チョコ」と呼ばれている。玄の公式サポーターなのだが、先日めでたくお役御免となり、ここでモンスター孤児院のスタッフをしていた。
生活魔法の【自宅】から顔だけ出したらしいチョコに、なんとなく三回ほどパイ投げのパイを投げつけたい欲望と戦いつつ、玄は片手をあげて言う。
「お、チョコだ。いきもの係ごくろうさん。300匹くらい追加するけどいいか?」
「えっ、やです。」
「ほんとにサポーターかお前???」
「オッ、美味ー!」
玄はやっぱりパイ投げのパイを投げつけることにした。
顔中をクリームだらけにした残念なイケメンは、顔に張り付いた甘味をものの数秒できれいにしてしまう。舌が尋常じゃなく伸びたのでヤアヒバメの面々は物理的に引いた。
「あの、その方は…。」
「おやゲンさま。そちらの方々は?」
同時に顔を見合わせたエヒとチョコに、動物型を撫でているカヒュ、微動だにせずおとなしい動物型と、遠巻きにしているその他。だいぶカオスな空間だったが、玄はマイペースに【アイテム作成】スキルで出したイスへ腰掛けた。
同じく人数分のイスを作り出せば、全員素直に着席した。
「気が利きますね!」
チョコの顔には二個目のパイが貼り付くこととなった。長い舌がぐるん、とクリームを片付けた。
「エヒさん、それにみんな、この、えーっと、この…変なの?は『超本気コスプレ』。見た目は魔人、中身は畜生のクソ野郎だ。チョコと呼んでくれ。」
「なるほど。」
こういう場面で代表を務めるべきカヒュが動物型の様子をじっと見ていたので、仕方なくエヒが代表して頷いた。エヒは玄のことを敬愛していたので合法的に話せて内心ちょっと嬉しい。
「チョコ、この人型はエヒさん。この森の湖あたりにヤアヒバメという集落があって、この人型さんたちはそこの狩人らしい。倒れているのが族長の三男のラエソエくんだ。追放が決まっている。」
「ほうほう、追放とは穏やかじゃないですね。服と傷跡からして死にかけたのでしょうか。」
「うん。」
「いや説明して?」
「えー。」
玄がめんどくさそうなのを見て取ったエヒが続きを引き取った。
「では私から説明いたしましょう。実は…。」
エヒはだいたいの事情をかいつまんで話した。人類サイズの脳みそを上手く活用できないチョコは半分くらい聞き流したが、チョコが理解できてもできなくても問題はない。誰も気にしないからだ。ただ時間だけが無駄になった。
「…というわけで、族長に説明してラエソエを追放することとなったのです。」
「なるほど〜。ありがとうございます。」
「後は…。」
ちらりと目線を向けられたことに気付き、玄は軽く頷いた。
「後はみんなを集落の近くまで送るよ。」
「近くまで?」
エヒが首をかしげる。ふわふわの髪が揺れてかわいい。
「湖は分かるんだけど、集落の場所は知らないし。」
「そういうことでしたら、このエヒがヤアヒバメまで案内させていただきます。ぜひ我らが集落においでになってください。」
「いやいや、俺はいいよ。そのまま帰るから。」
「えっ!」
「えっ?」
玄の肩をがっしりと掴んで、エヒは眉を下げた。エヒは中性的なかわいい顔をしているが、髪がふわふわで長いのでボーイッシュな女の子に見える。猫のような目がうるうるだ。
とってもかわいいが、エヒの鋭めの爪が肩に食い込みそうだったので、玄はそれどころではなかった。
「お礼をさせてくださらないのでしょうか…?」
「うーん、お礼されるほどのことでもないしなぁ…。」
「先ほど、お願いもあると言っていたではないですか。」
動物型を心ゆくまで愛でたカヒュがようやく口を挟んだ。
「ああそうだった。うん、そう、お願いがね、あるんだよ。」
「引き受けます。」
「だからちゃんと内容を聞いてからにしてくれるかな! 心配になるわ!」
「嬉しいです。」
カヒュは無表情なのでぜんぜん嬉しそうに見えないはずだが、なぜか雰囲気がぽやぽやして手書きの花の幻覚が見える。玄は疲れたようにこめかみを指で揉んだ。
「いやうん、まあ難しいことではないんだけどね。ここの手伝いをしてほしいなって。」
「手伝いとは?」
「ほら、モンスターが増えただろ。育っている元気なやつは故郷に戻すし、まだ幼くても面倒を見る親とか同種族のモンスターがいれば一緒に戻すけど、怪我してるやつや、幼くて一匹のやつはここで育てるからさ。人手が足りなくて。」
カヒュはとても困った顔をした。
「キノ様、自分たちは狩人なので、どちらかと言えば動物型を狩る側なのですが…。」
「だからちゃんと内容をね…。まあいいや、どうして狩りなんてするの?」
「肉を得るためです。」
「え…? ああそうか、施設がないのか。集落だもんなあ。食べ物創造スキル持ちは?」
「いません。」
「そっかー。」
玄がうんうんと頷くと、同じくうんうんと頷いていたチョコが言う。
「モンスターは魔法が使えませんし、スキルもかなり努力しないと取得できないと聞きます。施設がなければ難しいでしょうねぇ。」
「へー、そうなのか。」
「ええ。それに人類には近くの施設へ転移できるオプションが生まれつき備わっているんです。人型モンスターにはそれがありませんから、限界がくれば死んでしまいます。」
「初耳なんですけど?」
「ゲンさまには無いオプションなんですよぉ〜。」
「ふーん。」
しばし考え込んで、「よし」と呟いた玄を、チョコは面白そうに見ていた。
「じゃあさ、食料事情がなんとかなれば、もう狩りなんてしなくていいわけだ。」
「それはそうですが…どうやるのでしょう? 確かに、狩りをする必要がなければ私たちが捕まることも無かったでしょうし、食料が尽きる心配をせずに済んで助かりますけれど。」
再び首をかしげたエヒと、腕を組んでじっと話を聞いているカヒュ、それとざわざわと相談している面々を見回して、玄はにっこりと笑った。これは面白いことになりそうだ、とチョコもにこにこした。
能力紹介1-2
【治療魔法】
切れたり抉れたりした部位をくっつけ、完治するまで傷の時間を進める。傷跡は残るがコンディションは破損前と変わらない。後遺症もなし。最もポピュラーな治療。