9.「来ちゃった♡」「帰って♡」
ちょっと更新サボっちゃってすみませんでした。
「専用使役動物大商店」の店主は、店の最奥にある豪華な部屋でくつろいでいた。けして大きくはないが一人で使うには充分すぎる広さのこの部屋には、大きな台が一つと、一人がけの綿椅子、本棚がいくつか、そして係員が一人置かれている。【アイテムボックス】から巻草を取り出せば、係員が【火魔法】で先端を焼き焦がし、じっくり炙ってくゆらせる。
煙をふかして、深い息をひとつ。職人に作らせた浄空機が有害物質を吸い込んだ。
店主は満足していた。若い頃に小さな村で始めた小遣い稼ぎが、中年となった今では町一番の大商店だ。モンスターを殺せず、かといって捕獲したものを逃がすこともできず、仕方なしに村へと連れ帰ってきたバカな村人から格安で引き取る。それに【使役】をかけて希望する者に契約させる。この商売は確実に上手く行くだろうと、若き日の店主は確信していたのだ。
現に今では座っているだけで商品が入ってくるし、売れていく。店主の仕事はこの部屋に入ってくる人類とモンスターを契約させることだけだ。なんて楽な商売なのだろう。
店主はこの商売を始めた自分と、始めるきっかけをくれたバカどもに深く感謝した。バカどもより自分のほうにより深い感謝をした。どうもありがとう。
窓からさし込む午前日に照らされて、台の上からなだれ落ちるように店主の影が伸びる。すとんと床に落ち、さらに伸び、伸び、また伸びて、細く、長く、ついには正面の扉へと届いた。午前中の終盤にさしかかる、今が一番明るい時だ。
同時に、コン、コン、とノックの音。インテリアの係員が手を伸ばすよりも先に、静かに、無遠慮に、開かれる扉。
「来ちゃった♡」
「はぁ…?」
手を腰の後ろに回して、ちょっと小首をかしげながら来たことを宣言したかなり頭のおかしそうな青年に、店主はだいぶ引いた。心の距離が数キロは離れたし、心の扉が10枚は閉まった気がする。即刻フルパワーで左ストレートを入れてお帰り願いたいが、なんだか近付いてはいけないような予感がする。
「いらっしゃいませお客様。本日はどのようなご用件でしょうか。」
「コラッ、話しかけちゃいけません! 帰っていただきなさい!」
「かしこまりました。お帰り願います。」
係員が青年の肩をがっしり掴んだ。手を後ろで組んでいたので連れ出しやすそうだ。
「ええ? 来たばっかりなんですけど!?」
「お帰り願います。」
「ちょっと落ち着こうか!」
「お帰り願います。」
パタン、と扉が閉まる。手から落ちかけた巻草を慌てて【アイテムボックス】に戻し、店主はふぅ、と溜息をついた。
変な客だった。この商売をしている以上、変な客はたまに来るし、係員に判断能力がないためここまで連れて来てしまうこともままあるのだが、こんなに早く退場させたのは初めてだ。
今後はこんなことがないように、受付以外でも人類の従業員を雇おうと、店主はかたく心に誓った。
「あーびっくりした。」
ガチャ、と再び扉が開いて、さっきの変な客が入ってくる。安心したところに急に突き付けられた恐怖で店主は混乱した。
「キャーッ!!!」
サイコホラー映画などでだいたい一発目に殺害される金髪美女のように金切り声で悲鳴をあげるが、残念なことに店主は金髪美女ではないのでただただキツい絵面になっただけだった。世間一般ではこれを地獄という。
「うわ、え、あ、」
ドアを開けたら地獄が待っていたので、青年も混乱した。
「……、えっと、さ、さっきぶりですね! おはよ!」
にっこり笑顔で片手をあげて、地獄を作り出した青年は、店主の悲鳴を聞かなかったことにした。バチバチとウィンクで仕切り直しをアピールしてくる青年に、店主も全力でノッた。
「おはよ!」
***
「ゴホン、それで、ご用件は?」
「あ、えーと、ちょっと相談に来ました。」
「ご相談ですか。」
ひとつも聞きたくないなぁと思いながら、店主はひとつ頷いた。
青年を連れ出したはずの係員はここにはいない。青年の言葉を信じるなら、使役用のモンスター部屋に行くように命じて送り出したらしい。
青年が係員とともに通路へ出ていたのはほんの一分弱ではあるが、店主は係員が殺された可能性が高いと踏んでいる。というより、ぶっちゃけそっちの方が助かる。
係員へ指示をするには、【使役】または同系統の上位能力により【使役状態】を乗っ取るか、決められた動作を行うかの二択となる。「どちらができるのか」は大した問題ではない。大きな問題は「どちらかできるのか」ということである。どちらができても問題なのだ。
この店は店主と受付以外、従業員すべてが使役モンスターだ。従業員を操られてしまったら、この店は終わる。
モンスターとは、危険生物である。危険生物がわんさかいる建物を乗っ取ろうとするバカは、普通ならいない。だからこそ、こんなゆるゆるのセキュリティでもやっていけるのだ。
使役モンスターを求める客は多いが、大量に買う客はいないし、泥棒もほとんど入らないのは、誰も多くのモンスターなど要らないから。同じ道具を大量に持っていても意味などないからだ。
モンスターを全て奪うか、建物ごと乗っ取ろうとするバカは、大きく分けて転売屋かモンスター愛護主義の狂人になるだろう。
この商売は、店主や店員の信用または人気により成り立っていると言っても過言ではない。客のほとんどは転移ゲートから店にやってきて、転移ゲートから自宅に直接モンスターを移動させるので、まず知名度と信用が要る。
転移ゲートによる転移には「人名による指定」と「地名による指定」があり、「〇〇町の☓☓さんの店」などと宣言することにより転移できる。
店の立地はそのままでも、店主が変わっていれば転移できないこともあるので、転売屋は結局集客に苦労するのだ。なので、転売屋は転売先を確保していないと儲からない。乗っ取りや転売をするよりも、拠点を決めて狩人などに地道に声をかけたほうが遥かに高い確率で成功する。転売という商売は基本的に成り立つようにできていない。たまにやろうとするバカがいることも事実だが。そしてそういう輩はだいたい軽率に店主を殺して後でめちゃくちゃ後悔する。勘弁してほしい。
転売屋は面倒だけれど、馬鹿なので対処も容易でありそこまで脅威ではないが、モンスター愛護主義の狂人はもっと怖い。
腕のひと振りで人を細切れにできるような危険生物を保護して守ろうとするのだ。人がモンスターに食われても、モンスターに食われた人が悪いと言う、頭のおかしい奴らである。
過去には両足を食い千切られてもモンスターの味方をする狂人もいたと聞く。恐ろしい存在だ。
彼らは当然、モンスター売りをよく思ってはいない。この商売があるおかげでモンスターが殺される数が格段に減ったので黙認しているだけで、モンスターが自らの意思で自由に生きるべきであると主張している彼らは、モンスターを使役し販売することを本当は否定したいのだ。
モンスターが自由に生き、殺されるか、使役され不自由なまま生き延びるか、どちらがよりモンスターのためになるのか、この論争はモンスター愛護主義者たちの永遠のテーマとなっている。
モンスター愛護主義者のほとんどは対話による穏便な解決ーーつまりは販売者の改心による自主的な使役モンスターの解放と生息地へのリリースーーを望むのだが、中には過激派もいて、使役モンスター販売店を襲撃し、店主を殺して強引に使役から開放し、野生に返そうとするらしい。または勝手に【使役】を解除して店主を襲わせたりする。どちらにせよ店主は殺される運命にあるのだろうか。ひどい。
そしてそういう輩はだいたい解放したモンスターに食われる。商品にエサを与えない二流の販売店も多いのだ。後には町や村への被害が残るので本当に勘弁してほしい。
以上の理由から、ちょっとモンスター殺したいなあ、店主を脅せば無料でできるかなあ、などと考えるアホなどの方が店主的にはありがたいのである。
店主を殺さないタイプの過激派ではないモンスター愛護主義者もギリギリセーフくらいなので、「今この店にあるモンスターを全部ちょうだい♡」レベルの相談なら応じる所存だ。どうせ商品など一週間もあれば補充できる。
店主は覚悟を決めた。防御系、延命系、回復系の能力をフルオープンにして、じっと青年の言葉を待った。
ジェスチャー
すべての意思ある生物はだいたい指が三本〜七本あるので、二本指でできるジェスチャーが多い。人型モンスターは独自のジェスチャーを持っていることもあるが、たいていは指を二本動かすものである。
親指を立てる動作などは通じない地域も多くある。