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第一話 「信長、天界留学へ」

この度は大弾正忠帝国海軍を読んでいただき、誠にありがとうございます。

なにぶん素人の小説ゆえ、至らない点が数多くあると思いますが、最後まで読んでいただけたら、幸いです。



かつてこの星で、人間と龍達の戦いがあった。

龍達が生息する天界に戦いを挑んだ人間界を束ねるは、神王種じんおうしゅと呼ばれる強力な戦闘能力を有する人類の王族、弾正忠。

弾正忠家は、悪政を敷く国々が混沌としていた乱世の時代を統治し、混乱と貧困の時代から安寧と繁栄を人間界にもたらした。

平和な人間界作りの一途を驀進し、乱世の時代に悪政を敷かれて苦しめられてきた国民の絶対的心服を寄せるに至った。

彼らは間違いなく、人類史上最も愛されている王家だ。


世界中の領土をひとまとめにしたことで得られた潤沢な資源を有効活用し、飢餓や貧困に苦しむ人々を含めた数十億に達する国民を潤し、学費、医療費は全て国が負担する上、莫大な資産を有する弾正忠家が人間界の経済を完全に支配しているため、職を持たない国民はひとりもいなくなった。


広大な人間界をひとつに束ね、圧倒的軍事力と戦闘能力を有する弾正忠の一族は、頭はキレるが温厚な性格の者ばかりで、強き者故の余裕か、人種差別や偏見で人を見下したりすることは絶対になく、また、王家として人間界に君臨してはいるが、実は、支配欲というものがない。


約二千年前の人間界統一戦争において多くの将校を輩出し、その強力な戦闘能力と熟達した指揮で戦争を最小限の犠牲で終わらせた功績により、終戦後一つにまとまった人類を統治するべき王族を決める世界会議で、各国の有権者は、全会一致で弾正忠家を推薦した。

当初、弾正忠家は王族に就く事を強く拒否したが、全人類達っての希望により、渋々、玉座に納まった経緯がある。

頑なに王家になるのを拒み続けた弾正忠家は、有権者たちの目に、強くて気高く、大変謙虚な一族という印象を与え、皮肉な事に、有権者達による王族推薦を助長させた。

この穏やかで謙虚な性格を持つ一面も、国民に愛され、自分達を統治する事になる王族に選ぶ理由のひとつになった。

こうして、弾正忠家による人間界の独裁統治が始まって、1900年もの時が経過した。

その間、人間界では内戦、戦争は一切起こっておらず、いかに弾正忠家の独裁政治が卓越したものであるかが窺える。


その弾正忠家が善政を敷く人間界最大の国、大弾正忠帝国の平穏に黒い影が掛かったのは、今から100年前の、弾正歴1800年。

時の帝王、弾正忠信定だんじょうちゅうのぶさだの時代である。


神の統治を敷く弾正忠家を震撼とさせたのは、龍達が生息する天界と人間界を隔てる巨大な山脈地帯を調査・研究する大勢の調査隊員達の、血の報告だった。


禁忌の境界線と畏怖される山脈地帯の調査隊は、帝国でも屈指の戦士たちが派遣されていて、弾正忠家と同じ人種、神王種じんおうしゅのみで構成された、王家直属の部隊だった。

人間界では無敵の強さを誇る山脈調査部隊をひとり残らず惨殺できる人も組織も存在しない事を理解している王家は、これが天界の龍達による仕業と危惧した。


王家は即座に調査隊を編成し、事件のあった山脈基地に大部隊を派遣。

到着した山脈基地は、王家が危惧した通りの光景が広がっていた。

人間界に生息していない、黒い甲殻を纏った巨大な龍達が、堅牢な調査基地を破壊し尽くし、人間界にある豊富な作物資源を食い荒らしていた。


この惨殺事件の調査に派遣された王族、弾正忠頼政だんじょうちゅうよりまさは、直ちに黒い龍達へ攻撃命令を下した。


数時間にも及ぶ激戦の末、なんとか、基地跡にはびこっていた天界の龍達を撃退する事に成功した。

頼政からの報告を聞いた信定のぶさだは、自らの一族が禁忌の地と定め、国民に近寄る事さえ禁じていた大地に巨大な軍事基地を建設し、再びやってくるであろう龍達の襲撃に備えた。

この事件を発端に、人間界と天界との間で巨大な戦争が勃発。

天界戦争と呼ばれるこの戦いで、人間界を統べる帝王、信定のぶさだは勇敢にも最前線で陣頭指揮を執り、甚大な被害を被りながらも、見事、人類を勝利に導いた。


終戦後、信定は天界とこれ以上の争いを起こすまいと、天界を束ねる龍達の王、征天龍せいてんりゅうとの間に同盟の話を持ちかけ、戦いを通じて信定に肉親のような感情を抱くようになった征天龍は信定の提案を快諾。

当初、人間界は天界との同盟には反対だったが、天界戦争はあらゆる誤解が生じて勃発してしまったものであって、征天龍自らが望んで起こしたものではない事と、実の父と兄、妹を失った信定の、「復讐からは何も生まれない」と涙を交えての説得が、弾正忠家に信頼を寄せる国民の心を打ち、天界同盟を納得させた。

こうして人間界と天界は同盟国となった。

以来、人間界と天界は友好的な関係を築き上げ、文化交流をするまでに、関係を深めた。




弾正歴1910年 4月7日


「いよいよだな。」


「へい、兄貴!

俺は天界留学なんて初めてで、緊張しますぜえ! 」


「信長様、本当に大丈夫なのでしょうか。」


天界との文化交流で人間界にもたらされた新たな交通手段、航空竜。

現在の帝王、弾正忠信秀だんじょうちゅうのぶひでの息子信長と、弾正忠帝国陸軍の鉄砲奉行を父に持つ池田恒興いけだつねおき、そして帝国軍本部参謀長を父に持つ丹羽長秀にわながひでの3人は、天界から購入した空の移動手段である航空竜に乗って、人類で初となる天界留学へ向かっていた。


「安心しろ恒興、長秀。

天界に留学に行くこと事態、人類初の事なんだ。

それに、親父達が俺ら3人を天界留学させることにした理由も、何となく察しがつく。」


「え! そうなんですかい? さすが兄貴だ! 」


「信長様、今回の留学、私にも思うところがございます。」


「あ? なんだよ長秀! もったいぶらねぇで教えろよ! 」


本当に不思議そうに呟いた恒興とは打って変わり、長秀は顎に手を当てて、意味深な言葉を放った。


「信長様もお気づきの通り、我ら3人は、現在帝国を支える重要な役目を担う一族の子。

信長様は王家、恒興は帝国軍で最も重要な鉄砲隊を組織する鉄砲奉行の子。そして私は、帝国軍参謀長の子。

となれば、我々は将来、国を背負って立つ有為な人間になりえます。

今回の留学は、その重責に耐えられるだけの知識と技量を身に付かせる為の、言わば修業みたいなものだと、私は推測しました。」


「うむ。さすが知将の子だな。

おれも、お前と同じ意見だ。」


「なるほどぉ! オレは将来陸軍大将になって、父上のように国を支えなければいけないんですね!? 

こうしちゃいられねぇ! 筋トレしてきやすぜぇ!! 」


「それにしても、親父達はとんでもない事を考えたもんだ。」


「そうですね...」


ひとりで騒ぐ恒興を尻目に、怪訝そうな顔で語る信長は、天界留学に行く事になる一週間前の日を振り返った。


     

              *

一週間前


4月1日 帝都 尾張城 


「おい、信長。」


「ん? 」


時刻は早朝の6時

ドカドカと床を踏み鳴らしながら信長の部屋に訪れた父信秀は、信長が布団から起きて今日から始まる高校の制服に袖を通している姿に話しかけた。


「突然だが、お前、天界に留学しに行ってこい。」


「....は? 」


歯をニイッと見せて言ってきた父信秀の言葉を咀嚼そしゃくした信長が、阿呆のように気の抜けた返事を漏らした。


「ついさっき決まってよう。

龍王(征天龍)のおっさんも、かなり乗り気だったんだ。」


「は...はあ!? 」


気の抜けた表情から一転、目をカッと開いた信長が、驚愕の声をあげる。


「ちょっと待ってくれよ親父!

いきなりそんな事言われても困る!! 」


「悪いがもう決まった事なんだ。

今日の夜に迎えの竜を寄越すと爺ちゃん(信定)が言ってきたから、それまでに支度して出発する事になる。」


「だ、だから待ってくれって言ってるだろ!?

なんだよ留学って! 俺は今日から高校生なんだぞ!? 」


「心配すんな。

弾正忠高校には、お前はこれから留学に行くって伝えてある。

手続きもしてあるから、なにも心配しなくていいぞ。」


信秀の言うとおり、信長が今日から通うことになった弾正忠高校には、帝王信秀が直々に電話をかけ、留学の件を伝えた。

王自らの要請に、二つ返事で了承せざるを得なかった顔見知りの学校長が受話器を耳に当てて脂汗を垂らす光景が、信長の脳裏によぎる。

信長の心配をよそに親指をグッと立て、眩しいまでに笑顔な父信秀。


「はあ...」


こうなった父を止める術を持ち合わせていない信長は、渋々了承の返事をすると、「そうか! 」と嬉しそうに部屋を後にした父の大きな背中を見送っていた。


             

              *


尾張城 正門


「あら? どうしたのですか? 信長様。」


「おお、吉野よしのか。ちょっとな。」


肩を落として落ち込んでいる様子の信長を、漆喰造りの城の正門前で信長を待っていた幼なじみの吉野が、艶のある長い黒髪と、大きな胸が納まった学校の真新しい制服の胸元を揺らして駆け寄ってきた。


「これはただ事ではありませんね。教えてくれませんか? 」


うつむく信長の顔を下から覗き込み、くりくりとした瞳が作りだす慈愛の表情で尋ねる吉野。


「ああ。まだ誰にも言わないでほしいんだが、俺は今夜、天界に留学に行く事になった。」


「え...」


瞬間、女神のような優しい表情を浮かべている吉野が、絶望に苛まれた驚愕の表情に変わる。


「え...ちょっと...それはどういう...」


突然の事に動揺した吉野が、落ち着きを取り戻そうと、大きな胸に手を当てて乱れた息を整えている。


「俺にもどういうことかさっぱりなんだ。

今朝起きたら、親父から急に天界へ留学に行って来いって言われてよ。」


「け、今朝なのですか!? 」


信じられない話を聞いた吉野が、周りに人がいるのにも関わらず、大声をあげる。


「お、おい! 静かにしろって! 」


信長は慌てて吉野の口を塞いだ。


「も、申し訳ありません。

でも、どうして留学なんかに...」


いくらか信長の留学話を理解し始めた吉野が、こちらを見つめる目尻の整った顔に質問する。


「さあな。

だが、爺ちゃん(信定)が竜を寄越すって話だから、たぶん爺ちゃんのせいだろ。」


「信定様が...」


「たぶんな。

おそらく、龍王の親父っさんとの呑みの席で言ったんだろな。」


天界戦争を勝利に導いた信定は、屈強な龍達を統べる天界の王、征天龍と同盟の締結を済ませた後、頻繁に天界へと足を運び、文化交流を推し進めてきた。

天界戦争を通じて信定と一騎打ちで戦った征天龍は、自分と対等以上の実力を持った信定に惚れ込み、信定を天界に歓迎する一方、自身も足繁く人間界に訪れており、人間界と天界が友好的な関係を築く礎を作った。


「そうですか...」


信長が天界に留学へ行くと聞き、一抹の寂しさを滲ませた呟きが、大きな胸を押さえて苦しそうにしている吉野から漏れた。


「まあ、期間はそんなに長くないって言ってたし、また直ぐに会えるさ。」


寂しそうにうつむく吉野に近づいた信長が、彼女の顔を覗き込んで言った。


「え! ほ、本当ですか? 」


信長の声が聞こえた一瞬後、吉野はパアッと笑顔になる。


「ああ! 本当さ! 」


信長は親指を立て、白い歯を輝かせた。


「良かったです...

信長様と楽しい高校生活が出来ないと思って、とてもショックでした。」

 

自分に微笑む姿が彼の父の面影を醸し出しているのを感じつつ、吉野は安堵の息を吐いた。


「ははは! 

そんなに俺との学校生活が楽しみだったのか? 」


「はい! 

この吉野は、信長様をお慕い(大好き)してますから! 」


「ああ! お前は普段から俺の事をよく慕って(友情)くれてるのは理解してる。いつも一緒にいてくれてありがとうな! 」


「あ、はい...信長様...」


吉野は信長の愛? の言葉を受け、頬を朱に染めている。

信長はそんな吉野の様子を不思議そうに見ながら、自身が今年から通う事になった高校、弾正忠帝国高校だんじょうちゅうていこくがっこうへの通学路を、吉野と肩を並べて歩いて行った。


“きゃあーー!! 信長様~!! “


“うおー! 信長様じゃ! ”


卒業すれば、帝国軍士官を育成する大学、弾正忠帝国軍士官学校への優先受験資格を貰える弾正忠高校の入学式ということもあり、広大な敷地内には新入生の保護者、来賓のお偉方や詰襟の濃紺軍服に身を包んだ軍の将校達に加え、代々王族が通ってきた伝統の多分に漏れずこの高校に入学して来た信長を一目観ようと集まってきた大勢の人々で、校内はごった返していた。


「ありがとう。ありがとう。」


信長は黄色い声援を送ってくる人々ににこやかに微笑みかけ、右手を曲げたりのばしたりしながら、ひとりひとりにあいさつを返している。


「(さすが、信長様...)」


王族信長の隣を歩く吉野は、自分に向けられているものではないとわかっていても、これだけ多くの人々から声援を掛けられ、鼻先が痒くなるような照れくささを感じていた。


教室


「では、まあ皆知ってるだろうが。

信長様、自己紹介をお願いします。」


「はい! 」


入学式典が終了し、倍率30倍の狭き門を見事くぐり抜けてきた1000人の新入生が各組に別れて教室に入った。

幸運にも信長のクラスメートに選ばれた40名の男女が、入学試験成績で決められた席順で、首席を意味する一学年一組の教室の、一番右前の席に座る信長へ、羨望の眼差しを向けていた。


「ここにいる恒興と長秀以外は、初めましてだな。

俺は、弾正忠信長。この学校で、将来帝国を率いていく一族として恥じない人間を目指して勉強していくつもりだ。

俺の趣味や休日に何してるかわ、王族日記で知ってると思うから、あえていわん。どうか、よろしく頼む。」


背筋をピンと伸ばし、終始毅然とした態度と声音で挨拶をした信長。

挨拶が終わった一瞬後、教室内は興奮の拍手が連鎖した。

ちなみに王族日記とは、信長たち弾正忠家の生活を紹介する、帝国内で最も視聴率のある国営テレビ番組の事だ。


「では、次、阿部吉野。」


「はい! 」


入学成績次席の吉野が、勢いよく立ち上がった。


「私は、阿部吉野あべよしのと申します。

信長様とは、幼少の頃より家族ぐるみでお付き合いがあり...」


自己紹介をする吉野に、またしてもクラスメートの男女達が、信長に向けたものとは違った視線を向けている。


(で、でかい...)


それが、吉野に対するクラスメート達の第一印象だった。


「よし、これで全員、自己紹介が終わったな。」


最後の生徒が自己紹介を終え、眼鏡を掛けた細身の教師が、持っていたバインダーを教卓の上に置いた。


「君達は、五年後にこの高校を卒業し、全員、士官学校へ入学する事になる。

これより君達は一般人ではなくなり、高級官吏こうきゅうかんり(国家公務員)予備学生として、この学校で生活する事になる。」


未来の指揮官を育成する機関である弾正忠高校および士官学校は全寮制で、千人の一学年は、この時より軍人として学ぶ立場になる。


「聞いているだろうが、貴様達には毎月10万の俸給(給料)が支払われ、年に二回、賞与ボーナスもある。」


先程まで穏やかだった教師の口調が、徐々に荒々しさを漂わせるうになった。


「入学初日の今日は、寮に荷物を運んだりと何かと忙しい。

よって、今日はこのホームルームだけで終わりだ。

これより、明日の集合時間と予定を伝える。」


自分達は、既に軍人。

ほぼ全員が軍人の親を持つ一組の生徒達は、既に用意していたノートに明日以降の予定を書いていく。

しかし、まだ中学を卒業したばかりの15、16歳の子供。

軍人として自覚のない一組以外の教室からは、まるで地鳴りのような教師の怒鳴り声が廊下から信長達の耳朶を打ち、高校の先輩でもある親の子に生まれた幸運を感謝した。


「残念だよ。

俺も、他の教師みたいに貴様らを怒鳴り散らしてやりたかったが、こうも完璧に望む事をやられちゃあ、怒るもんも怒れない。」


ニヤリと口角を歪ませる教師を見て、信長を除く全員が背筋に水を垂らされたような悪寒が走った。


「とりあえず、明日は朝六時に起床。

五分以内に布団整理と着替えを済ませ、グラウンドの中心に集まれ。後の事は明日伝える。」


教師は短く予定を伝えると、本日は解散と伝え、教室から出て行った。


「冷やりとしましたね。」


信長の後ろの席の吉野が、信長に声を掛けてきた。


「そうか? 別に、普通だぞ? 」


「え? そうなのですか? 」


「ああ。俺は毎日五時には起きてるし、布団整理も一分以内には終わらせる。むしろ五分も準備に時間をくれるなんて、なかなか優しいじゃないか。」


「な、なんと...」


吉野は目を見開き、信長が当たり前のように厳しい事を言ってのける姿に驚愕していた。


「の、信長様! 」


「ん? 」


吉野と信長の会話が途切れたタイミングで、クラスメートの男女が大勢寄ってきて信長の机を取り囲んだ。


「わたし、工藤安って言います!

ずっと信長様に憧れてて、必死に勉強してこの高校に入ったんです! 」


「どけ! 信長様! 僕は前田利家と言います!

将来は信長様の下で働けるようにこの学校を選んで入りましたが、まさかクラスメートになれるとは!! 」


「そうかそうか。それは光栄だ。」


矢継ぎ早に声をかけてくるクラスメートにも一切動じず、ひとりひとりの質問に丁寧に答えていく信長。


「(あ...信長様...)」


あっという間にクラスメートに押し退けられてしまった吉野は、指を咥えて信長に質問をぶつける生徒達の背中を見る事しか出来なかった。


              *


放課後 尾張城 城下町


「なんだ吉野? 拗ねてるのか? 」


「んな! ち、違います! 」


明日から、いよいよ全寮制の学校生活が始まる。

当分家には帰れなくなる学生達は意気揚々と自宅に帰り、思い思いの時を家族と過ごしている。

学校からの帰路で吉野と合流した信長は、不機嫌顔でうつむきながら隣を歩く吉野の整った横顔に、悪さを企むいたずらっ子のような表情で尋ねた。


「ハハハ! 

その照れた顔からして、図星なんだろ? 」


「うぐ...」


吉野は否定の言葉を脳内で巡らせるが、昔から信長に嘘をつけた事がない為、出かけた言葉をのみこんだ。


「はい...少し、妬いてました。」


「ハハハ! 正直でよろしい。

まあ、少しは悪かったと思ってる。

今夜から、俺は恒興に長秀と共に天界に行くしな。」


「なら! もう少し私と話していただけても...」


「何を言ってる?

お前とはガキの頃からの付き合いじゃないか。

今まで散々遊んだり話をしたじゃないか。」


「そ、そうですけど...」


吉野は再びうつむき、寂しそうに呟いた。


「はあ...お前という奴は、本当に世話の焼ける女だな。」


信長は吉野に近づき、彼女の背中に腕を伸ばすと、彼女を抱き寄せた。

彼女の胸の柔らかい感触が、信長のあばら骨辺りに吸い尽くように伝わる。


「あ...」


計画通りに信長に抱きしめてもらった吉野が、感激の吐息をもらす。


「お前は、こうすると昔から機嫌がよくなるな。」


吉野の髪からシャンプーの甘い香りが鼻孔を刺激する中、信長が吉野の耳元で呟いた。


「はい...

吉野は、(信長様に)抱きしめられるのが好きですから。」


「そうか...抱きしめられると、か...

体はデカくなっても、中身は昔から変わらんな。」


「はい...あの、信長様。」


「なんだ? 」


吉野との密着を解いた信長は、幼なじみの吉野が、いつになく真剣な眼差しを向けていることに気づいた。


「吉野は、信長様が心配です。

天界は同盟国とはいえ、まだ征天龍様の支配下に入っていない龍族達は多いと聞きます。

もし、信長様の身に何かあれば...吉野は....」


目に涙を浮かべ、信長の安否を気遣う吉野。

信長と高校生活を送る為に、毎日血の滲む努力をしてきた吉野。

その努力は報われ、入学成績は首席の信長に次ぐ次席。

信長とクラスメートになるという目標もやり遂げ、いよいよ楽しい学校生活を送れると思っていた矢先に、信長の天界留学の件。吉野に底知れぬ絶望が襲うのは、必然だった。


「うぅ...」


悲しみに暮れる吉野の痛々しい姿は、見るに忍びないものだ。


「吉野...」


純白の頬に涙が伝う光景を見た信長は、彼女の瞳の内奥ないおうを覗くように、彼女と目を合わせた。


「俺は、本当にいい“友“を持った。

涙を流してまで、命の心配をしてくれるのはお前だけだ。吉野。」


「....」


信長から発せられた、友の言葉。

わかっていたとはいえ、瞳を覗かれた瞬間に感じた胸の高鳴りにわずかでも期待したことを、吉野は悔いた。


「はい...吉野は、信長様を心からお慕い申し上げる友でございます。」


心の内奥で渦巻く、胸を締め付けるような痛みを歯を食いしばって耐え、信長に、出征に出向く兵士を見送る人のような、別れを惜しむぎこちない笑顔を向ける。


「ああ。俺が留学で居ない間、寂しくて死ぬんじゃないぞ? 」


「うぅ...それは...お約束しかねます...」


「ハハ! 冗談はよせ。では、行ってくる。

留守の間、弟達を頼んだぞ? 皆、お前の事を好いているからな。」


「好いている...」


思わず反芻はんすうした吉野は、今の言葉を信長に伝えられれば、彼と出会ってから感じ続けてきた胸の苦しみが、どれだけ楽になるだろうと思いを巡らせた。

この場で伝えたくなる衝動に必死に耐え、吉野は


「はい! 吉野にお任せ下さい! 」


ポンと音を立て、自慢の大きな胸を手のひらで叩いた。


「うむ。任せたぞ。」


それが、信長からの、しばしの別れの言葉だった。


「はい! どうか、お気をつけて。」


いつの間にか信長の居城にたどり着いていた事に驚きつつも、吉野は深々と頭を下げた。


「うむ。行ってくる。」


その言葉を最後に、信長は3人のお供を連れ、天界へ旅立っていった。



              *


天界 征天龍宮殿


「うおお...」


鯨のように巨大な体躯を持つ航空竜の腹に抱えられるように固定された居住篭きょじゅうかご

広さは約20畳程で、人間3人が、天界までの空の旅路の一週間を過ごすには、何不自由なく過ごせる空間だ。


「よく来たな、信定の孫よ。」


居住篭の扉が開く鋼鉄が擦れる音が信長達の耳をろうした後、目の前でそびえるように立っている人物に、一同の目は釘付けになった。


「お久しぶりです。征天龍様。」


「うむ。」


そう。信長達を出迎えたのは、この天界を統べる龍族達の王、征天龍だった。


身長は2メートルを優に越え、恐ろしく発達した全身の筋肉が着ている軍服の上からでも窺える強靭な肉体。

その軍服の背中部分からは純白の翼が生えており、先の天界戦争で負ったと思われる刀傷が、幾筋も乱れた線を引いている。

邪眼と畏怖される一対の深紅の瞳は、天界に降り立った信長達を真っ直ぐ見据え、まるで品定めするかのように、ひとりずつ観察している。


「は、初めましてぇ! オレは池田恒興と申します!

帝国陸軍鉄砲奉行の息子ですぅ! 」


いつもの強気な口調は消え去り、初めて対面する征天龍の覇気にすっかり呑まれ、声が震えるほど狼狽する恒興。


「うむ。信定から聞いておるぞ。

お主の父は帝国軍には欠かせぬ存在だとな。」


「は、はひぃ~! とんでもございませぬ~! 」


怒られたわけではないのに、額を地面に擦る恒興。


「は...初めまして。私は丹羽長秀と申します。」


恒興とは打って変わり、長秀は落ち着いた様子で征天龍へ挨拶をした。


「おお、お主があの丹羽の者か。

帝国軍本部参謀長を長に置く一族と聞いておる。

このわしを苦しめた計略を考えたのも、お主の一族らしいではないか。」


「そ、そんな。恐れ多い御言葉でございます。」


長秀は深々と頭を下げ、身に余る征天龍のお誉めの言葉を慎んで受けた。


「うむ。

とにかく、長い空の旅、ご苦労だったな。

宮殿にお主達の部屋を用意させてある。わしについて参れ。」


征天龍はきびす返すと、ドスンドスンと地面を振動させて宮殿へ歩き出した。


「よろしくお願いします。」


幼少の頃から征天龍との交流がある信長は、恒興達が臆した征天龍の覇気に少しも動揺する事なく、征天龍の後をついて行く。


「す、凄い...」


その信長を動揺させる光景が、征天龍の巨大な体躯で隠れていた先に広がっていた。


「ワシらは、お主らを国を挙げて歓迎する。」


信長の目の前には、ゴリラの二倍はある体躯に、頭部には二本の角がこめかみから生え、全身に銀色に輝く堅牢な鎧を纏った、天界軍主力兵の剛鬼ごうきが見事な隊列を組み、両国の国旗を巨大な槍に付けて旗のトンネルを作っている光景だった。





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