110:助ケル/カル
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――下総ナイロビ。
ネオ・チバシティを縦横無尽に走る懸垂式單軌鐵道『ネオ・チバシティ・モノレール』、通称“市帝列車”の駅の一つ、亦、その周辺の町名。
殘酷大陸での広大な租借地に対して帝国が貸し与えた南群阿弗利加租界の一つ。人種的差別撤廢提案採擇の聖地として知られるネオ・チバシティにおける名物区域の一種。
その実態は、臣民識別番号と国籍を保有していない殘酷大陸出身の黒色人種を管理、監督、収容する特別管理地区にして下総ナイロビ町奉行サカイヤの支配地。統括人工知能は“然樣なら”。
おにぃとボクがここに来たのには訳がある。
電腦呪術師オドゥオールに会う為。
凄腕の機智者として知られる彼は、電腦網上でのおにぃの知人。
彼に会う理由は、取り戻した漢字Talk機能の音声装置を得る事。
ソフトに関しておにぃは万能だが、ハードに関してはそうもいかない。複雑で多種多様な言語を有する残酷大陸出身の彼は、高次な翻訳言語プログラムとその音声化システムと装置の開発においてトップクラスの人物。
音声化装置の必要性。
それはおにぃの提案。
禍渦に似た非想非非想天と呼ばれる共感覚洋の作りだした超法規的仮想現実空間に取り込まれた時、テキストベースでの意思疎通法ではボクへの対応・通知が遅れてしまう、と云う理由。
何故、勝手に付いて回るボクをおにぃが気に掛けてくれているのか迄は分からないけど、少なからず同伴者として認知されているらしい。
只、幾つか分かった事がある。
おにぃは、ナニか、を取り戻そうとしている。そして、意傳子と呼ばれるAIに追われている。
婆藪仙人が正にそれ。で、取り戻したのが言選。
同音異義語の多い日本語表記において漢字の欠落はコミュニケーションの阻害になる。漢字を取り戻した、正確には疎通言語を取り戻した事で、自身の意図を伝え易くなった、らしい。
らしい、と云うのは、ボクの問い掛けに対し、おにぃからの応答が多くなったから。多少、無口キャラからは解放されたのかも。尤も、それでもおにぃからの発言は極端に少ないのだけど。
とは云え、未だおにぃは孤独。
生体に埋め込んだ集積回路や機巧装置が主流の現代において、電腦網を介したデータ通知を徒手空拳の人々に伝達するのは困難。生体チップへの不正侵入で強制通知も行えるらしいが、これはそのまま敵対行為を意味し、タイムラグも存在する。普段使いには適さない。
ボクの様な不法滞在者が、偶々前時代的なガジェット、つまり、スマートフォンを持っていたので意思疎通がし易かっただけ。
偶然の賜物。魂の共鳴なんて、そんなものじゃないんだ。
ボクが偶発的にガラクタを手にしていただけ。
ガラクタ同士、お似合いだと思うよ。
電腦仮想都市アキバ=ミョージンを介し、既にオドゥオールには依頼済み。後は実際に彼に出会う為、下総ナイロビに行けばいい……筈だった――
――だったのだけど、なんてここは治安が悪いんだ。
駅に着いて間もなく、破落戸に絡まれる。
見掛け上、白人少女のボクと障礙のある浮浪者、或いは壊れかけの絡繰人と見られるおにぃは、恰好の的。明らかにボク達の見てくれは、弱々しく侮り易く映るに違いない。
おにぃの持つ頭陀袋を引っ手繰ろうと黒人達が近付く。
悪意――
――敵意、と云うべきか。
ボクは、それに敏感だ。
すぐにそうと分かる。
困った事に、どう云う訳か、おにぃもそれに過敏だ。
孤独の為せる特異性、なのか。無論、ボクとおにぃとでは、それを感ずる根本が違うのだけれど。
――まずい。
おにぃの倫理観は、平時のそれとは大きく異なる。
ヒトを斬る事を、何とも思っていない。
ヒトではないボクがそう理解しているのだから間違いない。
ドヤ街での刃傷沙汰なら問題ない。でも、ここは駅。しかも、租界。治外法権を持つこの地で、闇雲な殺傷はまずい。
仕方ない――
ここは、ボクの出番だ。
Kurikara>下がっていろ
「下がっているべきなのはおにぃの方だよ」
Kurikara>......
近付いてくる厳つい黒人男性の前に立ち塞がる。
「お嬢チャン、キミは後回しだ。マズはソッチのガラクタからだ」
「<跪け、下郎!>」
ドゴン――
黒人の大男は急に膝を地に落とす。舗装されたインターロッキングブロックを揺らす程、強く跪いた男は苦痛に顔を歪める。
その大男の連れ達も慌てて近付く。
「WTF!?」
「どうした!!?」
「う、動けない……」
「なんだ?ナニをした、ガキ!」
「<平伏せ、愚民共!>」
――orz。
男達は跪き、頭を垂れる。
自分達に起こっている事態に混乱している様子。だが、口汚く罵る事は止めない。
その様を見た別の黒人男性が近付く。
彼等の仲間、か。
ボクの言霊が利かない――つまり、人造人間。
本当、この機械人形、嫌い。精髓無しの機械仕掛けは本当に面倒。
さて――どうしよう?
壊すのは簡単だけど、それじゃおにぃと変わらない。ここは何事もなく、駅の外に出たいんだけど、なぁ。
Kurikara>成る程。そういう事か
「えっ!?」
Kurikara>こういう事だろう?
その黒人型人造人間が突如、跪く。
あまりにも勢いよく跪いた為、インターロッキングブロックが砕ける程。
これは――
――クラック。
侵入したんだ。その人造人間の中枢制御系に、電腦網を介して。
ボクの靈能とは全く異質な力による模倣。
不思議な感覚。
助けるつもりでいたのに、助けられている。
なんて、心地良いのだろう。
Kurikara>立ち去ろう。此処に居ては疑われよう
「……うん」
ボク達は足早に立ち去った。
気付かれない様に、と。
そんな甘い事ない筈なのに、ボク達は互いに感心して気付けなかった。
そう、ボクもおにぃも、孤独の中で過ごす野性的な防衛本能に支障を来していたんだ。
いや、気付きたくなかっただけなのかも知れない、少なくともボクは。