10:出会いは惨劇の中で
宵闇に紛れ現れたその者、いや、精妙な絡繰人か。
ざんばら髪に汚れた着流し。不衛生な包帯で体中を覆う桂男風。
ごく僅かに薫る精髓が人造人間ではなかろうと六感で知るが、ほぼ、存在と云っても過言ではない。
――なんて脆く儚いモノ。
瑕疵――ああ、そうさ。カレも亦、バグなんだ。
ボクにそう思わせるのだから、この世に在り続けるは結構辛労いだろうに。
パパ達は慌てる。
招かれざる客は不用意な目撃者。
可哀想に。カレは今、消される事が宿命付けられている。
おかげでこっちも扱いが暴力的で雑なものになってしまうだろう。溜息、なんてものを生理的に伴うのであるとしたら、正に今がそのタイミングなのだろうけど。
パパ達が喚く、その者に。
大声で罵詈雑言を浴びせるその様は、見知らぬ脅威に吠える狗宛ら。余計なカロリーを消費するだけなのに。
思い思いの得物を手にする。
大量生産された安価な兇器は無機質な造形美に彩られ、狂気の衝動に駈られ、心音を唸らせ興奮素を放出する。
実にシンプルな銃口がその者を狙い、集中。今や主役はカレと云わんばかり、視線と照準の交錯は見知らぬ第三者に。
消音器と呼ばれるサウンド・サプレッサー特有の乾いた発砲音が風を切り響く。
軽快な殺傷音を奏でる鉛玉の狂躁に標的は無慙な姿を晒す……筈だった。
――残像効果。
人の眼球が追える事の出来る時間分解能を遙かに超える速度の齎す現象。音速を超える銃弾を軽やかに躱す程の身の熟しなのだから、残像も必然。
素直な驚き。
ボクの目から見てもそう見えた。勿論、分解能精度を上げればそんな風に映らない事は分かっているけど、人間社会で生活する上で支障を来す。
そんな事より――
美しい。
16世紀末、夫羅凌斯で観覧した史上初の歌劇作品『沈丁花』の舞台と20世紀末、パイオニア社のLD規格で映像を初めて見た時以来の衝撃。
その者、舞い踊る様、パパ達に引導を渡す。
工学補綴義手と思しき腕から伸びた暗灰色の単元刀を振るい、鮮血の糸を紡ぐ。まるで著名なグラフィティのライターの様に、恰も水墨画の様に、書道家の様に、芸術宛ら。
その動きは流体動力学の妙、揚力でも働いているかの如くふわりと軽く、渓流の体。
パパ達の間に体を潜り込ませ、するりと接触する度に軽やかに刃を薙ぎ、銃も肉も骨も、肺の中の空気さえも、滑らかに断つ。
これが、帝国の劍達なのか。惜しむらくは“絡繰人”。
7人と1体のパパ達は、いまや血糊とオイル塗れの肉塊とガラクタ。佇むカレは神妙。助けてくれた、と云う訳か。殊更に殊勝、悉く衆生。
――ヒト、と云う事か。
「助けてくれてありがとう、おにいさん」
「……」
喋らない?
カレの口許を覗く。
なるほど――喋れない、のか。
適当に巻かれた包帯の下から覗くその口許は、機能を果たさない見掛けだけの形状。仮面、か。磁器人形のそれと同じ。
にしても、人工声帯くらい用意していればいいものを。
いや、抑々、あらぬ方向を見ている。耳さえ傾けようとはしていない。
まさか、見えてない?声も聞こえていないのか?
包帯の隙間から覗く義眼は硝子玉。耳も、飾り、か。
そうか。そう云う事か。
戦闘だけに特化した武装工学補綴に対し、生活感皆無の古典的な人造物による造形。
こいつは、白兵戦用の――
「――……絡繰人」
ぷにょん――
――!?
不意に、スマホの画面にプッシュ通知が踊る。
店、から?
Kurikara>カラクリ、じゃない
見た事もないIDから。
誰?
まさか……
Kurikara>オレは、クリカラ
カレからの通知?
どこからアクセスを?
どうやって特定したの?
微動だにしないその佇まいのカレから、明らかに通知を送ってきている。
「……クリカラ?君の名前なの?」
Kurikara>そう
Kurikara>それより、
「それより?」
Kurikara>キミ、だ
「ボク?」
Kurikara>キミは、ヒトじゃない
「……」
どれ程、高度な対象検知器と検証データを内蔵しているのだろうか。
人間への擬態は、あらゆる外的探知の細かな数値さえ、ヒトである事を示す程に化けていると云うのに。
余程、高位な靈能者であれば兎も角、外的因子だけでボクをそうじゃないと見抜くなんて、医療機関でさえ不可能だと云うのに。
Kurikara>ケショウのたぐい
「化生……化物、を指す語、ね」
Kurikara>ケショウをおってきたが、
「……来た、が?」
Kurikara>いたのはチクショウのたぐい
「畜生……パパ達ら?」
Kurikara>セイバイしたので、さる
「……」
「……待って!」
――なんでだろう。
なぜ、ボクはカレを引き留めたのだろう。
作り物のカレの顔に表情なんてありはしない。
なのに、矢鱈と物憂げに見える。
コレが、感傷、と云うヤツなのだろうか。
ココロなんて持ち合わせてないのに。痛みなんて感じやしないのに。
無知な人間共の感情主義にでも絆されたのだろうか。
ボクの中で、ナニかが変わろうとしている。
それとも、ボクがボクでないナニかに変わろうとでもしているのだろうか。
分からない。
学術的に知らない事等ほぼ無いが、ナニもかもが分からない。
今、ボクが唯一分かっているのは――
――ボクはカレに興味がある。