プロローグ10:ヒトデナシ
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
其のモノ、少女態。純眞無垢の體。
倂し、既に傳說也。而して化物也。故に静寂を、虛空を求め、孤獨を步む孤高にして至高のモノ也。恐怖から目を背ける事勿れ。然らずんば此の世、不可說不可說轉度滅するもの也。
繰り返す、見よ!其のモノ、不可說不可說轉度滅するもの也。
――特異點爆發。
此の事件、否、災害以降、全てが狂ってしまった。
察しの通り、全ての元凶の始まり。否、是こそが理想郷。將亦、夢か幻か。
神話と有史の境界線異常、白晝夢の具象化、事象の亂れ、幻想の物理化、人智を凌駕する想像を絕した再創造。或いは、再臨か。
現はいつだって移ろい易く、合わせ鏡に寫った寫像を目で確認する迄其れを現實とは容認し難い。斯樣に體感を伴うに及ばぬ限り、其れは假想。だが、其の假想が周圍を充分に滿たした時、誰が其れを疑う事が出來ようものか?
經驗は役に立たず、知識は灰燼に帰し、情報だけが賴りの狂える世界。常識が妄想に喰われる時代。
有り体に云ってクール!そう、無慈悲な程に!
―――――
少女は只、御天道様を見たかった。
彼女の一族は、太陽の光に弱かった。
色素性乾皮症やポルフィリン症、全身性エリテマトーデス他、疾患や遺傳子異常の類ではない。
そういう種、そういう性、そういう生まれ。科学的に紐解く事も出来ようが、只、それをそれと知るに際し、そんな些末な内容等不要。鳥が空を飛ぶ様に、イルカが海を泳ぐ様に、ヒトが知識を持つ様に、極々自然。今更、疑い様の無い事実。
勿論、事細かく解説しようと思えば出来ない訳でもないが、ここに記すには余白が狭過ぎる。
単に、進化的、生物学的な要因。それでいい。十分。
併し、それは彼女の種、一族と称される近縁種に限った話。彼女自身、そんなモノとは一切無縁。
抑々、彼女にとって太陽の光は、相互位置が比較的一定している自発的に輝く天体、即ち、恒星の一つが発するエネルギーの波長に過ぎず、それが毒となろうが栄養となろうが関係ない。
彼女が経験上、太陽光を避けてきたのは、貧弱な下等種への顧慮と、そうあるべきと考える者達からの同調圧力への配慮、序でに云えば今迄太陽の光は、あまり好きではなかった、その程度。好みの話。
蕎麦が好みではないからあまり喰わないのと蕎麦アレルギー程の違い。無論、前者。彼女にとっての太陽とは、その程度の趣味嗜好の問題でしかなかった。
強いて云うのであれば、人間っぽさの演出。そう、演出なのだ。
そんな彼女が、太陽に惹かれたのは、ライジング・サンの意匠。
孤立を望み孤独に存在し続けた彼女は、ロココやヴィクトリア朝にデカダンなニュアンスを付加したスタイルを好み、人目に付かぬ闇に潜む。退廃的な在り方が、実にスポットの当たらない生活を維持するのに向いているかを彼女は感覚的に身に付けている。
そんな折、巴里で見掛けた彼女の瞳に映った十六条の真っ赤な旭光は、彼女の“心”を刺激し、興味を抱かせる。
彼女に“心”なんてモノと呼べるモノがあるとすれば、それは本能を疼かせる知的好奇心に他ならない。好奇心、と云うのも的確とは云えないかも知れない。只、そう思ったから。それだけ。水は高い処から低い処に流れる、これくらい自然な事。こちらの方が余程説明に足る。
舞い散る鮮血を連想させるその真っ赤な陽光の意匠は、種を滅ぼす日の光と種を永らえさせる血液、その二律背反がいとも容易く混在している。
この矛盾の混在は、正に彼女自身の存在証明に近しい。
結果、その意匠の生まれた国へ、そして、日の出づる地へ、足を伸ばした。
当然、永遠を生きる彼女においては暇潰し。
彼女が、帝国に足を運んだのは、そんなところだ。
これ以上の説明は、まだ時期尚早。君にとっても僕にとっても。
だって、そうだろ?
彼と彼女はまだ交錯していない。
倒錯の物語は、これから――