1001:宵の闇
使いたくはないけど――
“蝕”を展開、因果律への干渉、ボクの世界を顕現する。
神の瞳を閉ざし、夜物質を召喚、星気を喚起、ボクだけの心象真理神祕現實を描き、究極災厄を君に。
――禍渦“華胥ノ国ニ遊ブ”。
夕日は突如、日蝕に遮られ、満天の星空が広がる。
骨董品として知られるジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡で撮影された擬似色で染め上げられた伝統的な古典芸術写真を思わせる幻想的な星々が鏤められた闇夜が辺りを包む。
ヌワンゴの忍刀の影は、上書きされた闇と云う名の影に相殺され、その兇刃はクリカラへは及ばない。
「なんだこりゃッ!?どうなってんだ!!!?」
キョロキョロを周囲を見回し、状況把握に努めるブードゥー・ニンジャ。
一瞬、その表情を強張らせるも、状況を受け入れ悟ったのか、舌舐めずりし、にやっと口角を上げてみせる。
「巫山戯んなッ!いやぁ~、参ったねコリャ?七AIの作り出す非想非非想天並にヤベー禍渦じゃね~か!!
魔女か?……ったく、聞いてねぇーな、こんな力持ってるヤツが傍にいるなんて」
「でっかい独り言ね?それで、どうするつもりかしら?
キミ、影法師でしょう?夜闇も亦、影。この鴻大な影をお操り召されてみては如何ですの?」
「――逃げる事は出来よォ~が、勝ち目が見えねぇーなァ……
優秀なニンジャの条件はッ!任務達成率100%じゃねェ~んだ!生き残る事だッッッ!!」
ヌワンゴの足許、夜の闇に隠された、恐らく彼自身の影が質量を持ち始める。
ぬるり――
容積を伴った三次元の影が立ち上がり、ずるりと中から人型が吐き出される。
影から排出されたその人物は驚愕の表情を浮かべ、嘆く。
「黑曼巴蛇!てめぇー、裏切ったなッ!!」
「裏切り、だとォ?雇い主は抑々お前じゃあないだろ、オドゥオール!」
――オドゥオール……彼が?
あの影から現れた人物はどう見ても東洋人、いや、日本人。
ルオ語で“真夜中”を意味するその名から、てっきり肯尼亜人かと思っていた。
オドゥオールの逃亡を助けたのはヌワンゴ、コイツの影法師としての技、禍渦だったか。
オドゥオール自身による潜没が生み出した非想非非想天ではなかった、と云う事か。
不意に着信音――
Kurikara>......訊ねたい事が幾つかあるが今は是だけ伝えておく。
「なに?」――小声で。
Kurikara>黑曼巴蛇以外に、奴を協力する人工知能の存在がある筈。気を付けろ
回転バーガー店でおにぃが探知した非想非非想天による干渉残滓、その発生源の事か。
注意深く目を凝らすと微かに光る物質。315~400nmのUV-A領域に反応し、橙色に輝く有機人工蛍光性方ソーダ石含有閃長岩クラストの小片がヌワンゴのベルトのバックルに取り付けられている。
「見付けた、おにぃ!あのケミカルバイオユーパーライトの蛍光性類型発光の幾何学配列。アレが怪しい!」
Kurikara>気取らせず解読する。時間を稼いで欲しい
解読――復号とは異なり、協力者に接触せず特定する手法。
言葉足らず。ボクが知っているから理解出来るものの、もう少し、説明が欲しい処。これもテキスト通知の弊害か。
隠蔽しつつボク達を始末しようとしていたヌワンゴは、ボクの禍渦に囚われた瞬間、オドゥオールを匿いながらの脱出が困難だと悟った。だからオドゥオールを排出した。
凡そ、彼だけの力ではオドゥオールを抱えていようがいまいが、ボクから逃れる事は出来ない、それも理解している筈。にも関わらず、余裕な態度を取れるのは、明らかに支援者、この場合、AIの存在が窺える。
彼の雇い手はボクがおにぃと行動を共にしているのも、ボクが何者かも分かっていない。
これは好機だ。
ボクはボクの体を夜に同化させる。
ボクという質量は失われ、影の中だけにボクの意識を存在させる。ボクの意識そのものが夜なんだ。
「なッ!!?小娘を見失った!!」
「――き、消えた……」
口論していたヌワンゴとオドゥオールは、ボクの姿を見失い、共に軽くパニック。
微光暗視装置をきりきりと動かし、ボクの位置を探るヌワンゴ。
そんな玩具でボクを探し出す事は出来やしない、君だって知ってる筈だ。君の使う影だって、そんなモノには引っ掛かりやしないだろう?
「ボクとキミ、どっちが影を上手に使えるか、勝負してみない?」
何もない空間、そのどこかから聞こえる声に、額に汗するヌワンゴ。
「こ……こいつ、ただの魔女じゃねーな!?オレの影検知に全く引っ掛からねぇ~って、てめぇー……人外化生の類か?」
「どうかな?戦ってみれば分かるんじゃない?」
オドゥオールのいる場所から素早く跳ねて退くヌワンゴ。
十分な距離を取り、忍刀を身構える。
かかった――
もう彼はオドゥオールに手を下す事が出来ない。
そして、着信音。
Kurikara>あの遠隔装置の信号源が分かった
「どうだったの?」――小声。
Kurikara>“然樣なら”、下総ナイロビ統括AIからだ
「……オドゥオールが残したケチャップ文字と同じ。アイツ、そんな大胆なマネしてたんだ」
Kurikara>保険、だろう
「どうするの?」――ひそひそ、と。
Kurikara>この神祕現實を維持したまま移動出来るか?
「――うん」
Kurikara>秘匿潜没で深層共感覚洋を経由し、オドゥオールを連れ出す
「……ドコへ逃げるの?」
Kurikara>ブッラクスポット、だ