下編
結局、あの出来事のせいで、仕事は早々に切り上げられた。
そして僕たちは、上のC級居住区に戻った訳だけど…………。
「リース……僕達をジャイロコプターに乗せて、どこに連れて行く気?」
僕たちは、リースのジャイロコプターに乗って、 幾つもそびえる支柱の間を通り、居住区の空を飛んでいた。
常に下からは水蒸気や煙が噴き出しているせいで視界は悪いけど、その分浮力は十分すぎるくらいにある。
人々が暮らす支柱間の移動には空中移動が便利で、各支柱からは余所行きのヘリ・トランスポーターが何本も出ている。
また、C級市民の幾らかも自分のジャイロコプターを持っている。しかし、それなりに高価なせいで、持っている人間は多くない。
そして通常は一人乗りのそれは、リースの改造によってプロペラ、機体ともに大型化し、数人乗りになっている。
「まぁまぁ、もうすぐ分かるさ」
「けど、せめて少しだけでも、何か教えてくれたっていいだろ?」
「船外作業の時に言っただろ? 『希望はそれだけじゃない』ってな。今からもう一つの希望を、二人に見せてやるよ。スレインにはもっと早く教えたかったが……仲間内での重大な秘密だからな。君の事を仲間にも話して、ようやくこの間、その仲間に入れてもいいと、許可をもらったんだ」
「何を勝手に……どんな物かもしらないのに」
「そう言わずにさ、とにかく見れば分かるから」
「……でもどうして、私もなの?」
ジャイロコプターに乗っているのは、僕とリース、そしてさっきのリエナも一緒だ。
「当り前さ、何しろ命の恩人だからな。スレインのついでに、君にも僕達の希望を見せてあげるよ」
「はぁ……どうしてこんな事に」
リエナも、何が何だか分からないようだ。
あんな惨事の後、いきなりこんな事に巻き込まれて、僕だって訳が分からない。
「さてと、二人とも……もうすぐ目的地だ」
どうやら、そろそろ着くようだ。リースは前を指さして、そう言った。
僕達の目の前には、視界一面を覆うほどの、巨大な壁がそびえ立っていた。
壁には横に何筋もの、幅が広く大きな溝が走り、薄暗い溝の中からは、チラチラと無数の灯りがこぼれている。
ジャイロコプターが辿り着いたのは、C級居住区を囲む内壁部。
僕自身も、仕事のない日には、何度かここに来たことがある。
支柱が多く立ち並び、広大な広さを持つ居住区。しかし、それは宇宙を航行する移民宇宙船の内部にある。
この壁は、あらゆる生物を拒む漆黒の宇宙空間から内部の人々を守り、そして長年により船内で数を増した、人間の住処にもなっていた。
溝の一つから伸びる専用のヘリポートへと、ジャイロコプターは着陸する。
溝の内部にも配置が違いこそ、支柱と同じように、住居や建物が立ち並んでいた。
ただ、支柱のそれとは違って、ここには様々な店や露店が数多くあって、多くの人々で賑わっている。
天井の照明は弱くて若干薄暗く、周囲からは、あちこちの露店の料理から油や肉、香辛料の香りだ漂い、賭博場や風俗、怪しげな雑貨店などの店からは、けばけばしいネオンの輝きが目をチカつかせる。勿論、ここにもE・Gの監視ドローンが、多く飛んでいる。。
そして、ここにいる人間は気力旺盛で、活気に溢れている。
いつも仕事場や、支柱での住居群で見かける、死人のように無気力な人々とは、対称的すぎるほどに。
「……いつ来ても、ここは随分と賑やかだな」
リースは僕達にそう言った。
「ここは歓楽街だろ? まさか、ここがリースの言う『希望』じゃないよな?」
こうした内壁の街は、通称『歓楽街』と呼ばれている。
支柱を核に住居を増設するような、不安定かつ無秩序な住居群とは違って、溝の中に作られたこの街では、足場が安定している。
だから、住居以外にも、店などの多くの建物が、こうして立ち並んでいるわけだ。
「もちろん違うぜ。まぁ、もう少しついて来てくれ」
言われるがまま、僕とリエナは歓楽街の中を歩く。
しばらくの間、周囲は色々と賑やかで活気は満ち溢れていた。
けど、進むにつれて店も人も少なくなり、照明すらもさらに弱くなり暗さも増す。
やがて歓楽街の区画は終わり、代わりに現れたのは、大量のゴミとそのゴミ山だ。
ゴミの中をシャベルのような両腕を持つ、足のない円筒型のロボットが、ゴミをかき出して奥へと押し出す音が聞こえる。
この辺りの廃棄区画は、居住区の中では一番端にある。そして更に奥には船外の宇宙空間へとつながる、廃棄用の巨大エアロックが、円形であるC級居住区の、円周上に百以上も点在している。
しかし全部が使われているわけでなく、何十かのエアロックは、使われずに放置されているらしい。
そんな廃棄区画を進むと、行き止まりの壁が見えて来た。
外の壁を見た後だと、かなり規模は小さく見える。けど、その全高は百メートルを優に超えているようで、大きいと言う言葉も当てはまるはずだ。
壁の一部は壁の高さとほぼ同じくらいの、巨大エアロックがそびえ存在する。
「ええと、ゴミの山で隠れたのか? 確かこの辺りに……ああ、あったあった!」
辺りをさんざん見まわし、ようやく何か見つけたのか、リースはある場所を指さす。
そこは壁の隅の真下で、大きなゴミの山に隠れて一見よく見えないが、かなり古びた建物が一つある。
四角形の飾り気ないその建物はそれなりの大きさがあって、全体がひどく汚れて黒ずみ、錆ついている。窓は一つもなく、ただ中央に唯一、入口らしい扉があった。
僕達三人は、その建物へと近づく。
やっぱり、見れば見るほど汚れている。
「廃棄区画には、時々仕事を任されて、作業に行くことはあったわ。……でも、こんな所にある建物は、大体は廃墟。大したものなんて、ないはずよ」
「まぁ、そう早合点するなよリエナ。入ってみてのお楽しみ、さ」
リエナはリースのペースに疲れたらしく、ため息をついていた。
「……はぁ、いくらなんでも馴れ馴れしすぎません? 忘れているようですけど、あなた達と私は、ついさっき会ったばかりよ」
「そんな事、気にするなよ。さぁ、とにかく入ってみようぜ」
彼女の様子は、もうどうにでもなれと言うような、半分やけを起こしているみたいだった。
「ああ! 分かった分かった! 入ればいいんでしょ!」
かなりうんざりしたように、そう言ってリエナは一人先に、そそくさと建物の中へと入って行った。
「行っちゃったな。はは、意外に短気なもんだな。さてと、スレイン、俺たちも後に続くか」
色々と訳が分からないまま、僕とリースは、目の前の建物へと入って行った。
建物の中は、薄暗くてよく見えない。
けど、そこは結構広い場所で、大きな物体がいくつも、建物内の階層ごとに並んでいた。
中へと入るとすぐ目の前で、リエナが驚いた様子で立ち尽くしていた。
「ちょっと……何これ? …………あんなにたくさん」
かすれた声で、かろうじてそう口にした。
一体彼女は、何を見て驚いているんだろう?
次第に暗さに目が慣れて、段々と周囲が見えるようになって来た。
そして、そこにあったのは……。
「スレイン、覚えているか? 俺がこの前、図書館から本を一冊、借りてきたことを。
そう、ここが…………その図書館さ」
僕の目の前にあったもの、それは本がぎっしりと詰まった、本棚の山だった。
「トショカン、か」
一人呟きながら、僕は周囲を見回した。
本は本棚に詰まっているだけでなく、床にも積まれた本が無数に置かれている。
僕がこの前読んだ本、リースによれば、ここから借りてきたものらしい。
「本が……こんなにたくさん。よくこんな場所が、残っていたものね」
リースは少し驚いた感じで、口笛を吹く。
「何だリエナ、君も本について知っているのか?」
「まあね。私も何度か読んだことがあるわ。……でも、今では本なんて、もう殆ど残っていないはず。なのに、ここまで沢山あるなんて…………驚きだわ」
そんな中、本棚の後ろに動く人影が見えた。
「こんな所に……一体誰だ」
誰かの声とともに、ガシャッと何かの音がした。人影は両手で、何かを構えているようだ。
「答えろ、ここに何の用だ。返答次第では……」
人影は、ゆっくり近づいて来る。すると暗闇の中から、人影の正体がおぼろげに見えて来た。
その正体は、見すぼらしいほどにボロボロのコートを羽織り、髭を長く生やした40代くらいの老け顔の男だ。表情には強い警戒が浮かび、両手には表面が傷だらけの、旧式の大型銃を構えている。
男は僕達三人の顔を眺め、リースの顔を見て驚いた。
「……リース、リースじゃないか」
リースの姿を確認した男は警戒を解き、銃も下へと下す。
「やぁ、ウェイドさん、久しぶり。驚かせて悪かったな。まぁ、いつも来るときは俺は一人で、複数人で来るのは初めてだしな」
頭を掻きながら、照れ臭そうにリースは、男にそう話した。
「全く、驚かせてくれる。しかし……となると二人は、リースの友人方かな?」
「いや……私は別に……」
リエナは否定しようとしたが、男はそれを聞かずに続ける。
「私はウェイド。身なりこそみすぼらしいが、このホープ図書館の館長をしている。
はっきり言って、ここに知らない人間を上げる事は殆どないんだが、リースの友達なら大歓迎だ。まぁ、ゆっくりするがいい」
「……だとさ。二人に見せたいものはあと少し先だけど、ここで、ちょっと休憩を挟むことにしよう。
せっかく図書館に来たんだ。好きな本を読むといいさ。もし読みたい種類の本があるなら、ウェイドに聞いてくれ。何しろここの館長だ、何処に何の本があるか、ちゃんと把握しているからな」
「ふふっ、お褒めに扱って光栄だ。さて……客人方に何も用意していないのは失礼だな。少し待っていてくれ、向こうから茶を持って来よう」
ウェイドは僕たちに一礼すると、再び図書館の奥へと戻って行った。
僕たちの周りにあるのは、長年の年月で失われたと思われた知識、大量の本がある。
これでも十分に驚いていいものだけど、さっきの会話を聞く限りでは、リースが見せたいものは、まだ別にあるらしい。
いい加減何も教えてもらえずに連れ回され、少しうんざりしている。僕は思い切って、リースに言った。
「もうここまで来たんだ。そろそろ、リースが見せたい物は何なのか、教えてくれたっていいだろ?」
「おっ! やっぱり気になるか、スレイン? なら、もう教えてもいいかもな」
「本当か! なら……」
「……と、言いたい所だが、実際ここまで来れば、もうあと少しだけなんだ。そう急ぐことはないだろ? それより今は、ここで本でも読もうぜ。何しろこんなに多くの本だ、スレインだって一つ二つは、気に入る本は見つかるはずだぜ」
全く、一瞬でも期待した僕が馬鹿だった。リースはいつも、こんなマイペースで人を振り回す人間だってことを、すっかり忘れていた。
「私も貴方が何をしたいのか、全然分かりません。でも……こんなに興味深い場所に、連れて来てくれた事には、感謝しているわ」
そんなリエナの一言を聞いたリースは、少し驚いた素振りを見せる。
「これは驚いたな! てっきりリエナは、はっきりと感謝は口にしないタイプだと、思っていたからな。
だが、そんな君から礼の言葉が聞けて、とても嬉しいぜ」
「はぁ……一言余計よ。とにかく、私は勝手にこの辺りを見ているから、用があったら呼びに来てよ」
そう言い残すと彼女は、一人でどこかに行ってしまった。
「まぁ、こうした場所に来ることはそうなかったんだ。少しくらい興味があっても良いだろ?
それじゃ、俺達もここで一旦解散しよう。二人の事を向こうに話をつける必要もあるし、まぁ一時間くらいは待っていてくれ。じゃあな」
「あっ、ちょっと! おい……」
僕が止めるのも聞かずに、リースも僕の前から消えた。
仕方ない……ここはしばらく、時間を潰すしかないみたいだ。
とりあえず、僕は数多く並ぶ本棚の間を歩いてみた。
その途中、適当に本を取って読んではみたけど、全部よく分からないものばかりだ。
本に書かれている言葉や知識の殆どは、今ではもう分からないことばかり、読んだとしても内容なんて、殆ど分かりはしない。
リースとリエナと合流しようにも、気が付くと随分奥に来ていたらしく。もう自分がどこにいるのかさえ、分からない有様だ。
本当に、ついていない。僕はため息をついた。
「……ここに居たのか。随分と探したぞ、スレイン」
いきなり掛けられた声に反応し、後ろを振り向くと、そこにはこの図書館の主ウェイドが、片手にコップを持ちながら立っていた。
「私が飲み物を用意している間に、君たちはバラバラに行動していたようだったから、探すには苦労したよ。まぁ、ここまで来て少しは喉が渇いているだろう、一杯どうかな?」
僕は一言礼を言って、彼が持つコップを受け取る。
そして受け取った飲み物を飲みながら、ウェイドの話を聞く。
「それにしても、リースが友人を連れて来るとはな。先ほど会ったお嬢さん、リースによれば確か名前はリエナと言ったか、まさか彼女がかつての母星、地球の歴史書を十分に理解し、細かい点を質問までして来るとは、正直驚かされたよ。地球についても理解しているようで、私たちの仲間ではないC級市民にしては珍しく、教養が高いようだからな。
おっと! いやいや、何も馬鹿にしている訳じゃない。長い年月と、生きていくのがやっとの過酷な状況、そして多くが信じているであろう『プロミス・プラネット』の淡い信仰の中では、ここにあるような知識が忘れ去られて行くのは、当然だろうと言いたいだけだ」
彼の話は、色々と分からないことだらけだ。仲間って、何のことだ?
それに……、母星……地球だって? 一体何の事だ? でも何か、少しは心当たりがあるような……。確か、この前にリースから借りた一冊の本は……。
「失礼、ウェイドさん」
「ん? 何かね」
「僕はこの前リースに、一冊の本を借りたはずだけど、もしかしてここに置いていないか?
確か、この場所では見ることもない、広くて空が青くて、何か不思議な光景が多く
ある本なんだけど……」
「ハハハ、本はこれだけ多い、それだけの特徴では、とてもではないが分からないな。だが…………待てよ、少し前にリースが、友達に見せると言って、一つの本を借りて行っていたな」
「ああ、多分、それのはずだ」
「そうか、なら……案内しよう、ついて来るがいい」
そう言ってウェイドは、ついて来るように促した。
歩きながらウェイドは、ある事を僕に話し出す。
「先ほどの話で、私は『地球』と言う言葉を使ったが、君はそれについて、何か知っているか?」
僕は首を横に振った。
「まぁ、普通はそうだろうな。C級市民が知っているのは、この巨大世代間移民船『アーク・イプシロン』が、人々が皆幸福に暮らせる約束の地、『プロミス・プラネット』へと向かっている、それだけだものな。
だが、それらに関する細かい事は言及されず、人々は漠然とただそれを信じ、羊のように大人しく黙々と、そして奴隷のように生活している。
つまりE・Gはこの事を信仰のように扱い、その支配の道具にしているのだ」
「巨大世代間移民船……『アーク・イプシロン』だと?」
「ああ、その辺りも知らないのか。ならそれも併せて説明しよう。
私たち人類は元々、地球と呼ばれる、自然溢れる母星に暮らしていた。その光景については君も本で見ただろう。あの広い空と豊かな緑に溢れた、あの光景さ。
だが、人類は進みすぎた科学のせいでその自然を破壊し、互いの争いのせいでその荒廃を広げていった。そして、気が付いた時には…………もう手遅れなほどに地球の環境は壊滅していた。
自らの手により、破滅させた母星の地球。もはやこの星で生きてゆくのは困難だと、そう察した人類が考案したのが。宇宙を渡る宇宙船により新たな星へと移住する、全人類規模の『集団移住」だ。
だが、はっきりとした移住候補となる惑星は、一つもなかった。一応、生物がいるであろう恒星系と惑星はいくつか存在したが、どれも人類にとっては、壊滅した地球以上に過酷なものばかりだった。
そこで更に考えたのは、大量の人類が何世代にも渡り生活出来る世代間移民を全24隻建造して宇宙広くに散らばらせ、各々の船の判断により移住する惑星を探索し、可能であればその惑星へと根を下ろす。そんな遠い未来へと、希望を託す方法さ。
ギリシャ文字を冠した24の人類の箱舟、そしてその中の五番目の箱舟こそが、この船『アーク・イプシロン』となるのだ。
あの忌々しい政府であるE・G、つまりイプシロン・ガバメントも、この船の名から取られたものだ」
「かつて僕の祖先が暮らしていた星、地球と、新たな星を目指す船、アーク・イプシロンか……」
「随分と、長い説明となったな。さてと、この辺りだったはずだが……」
するとウェイドは、ある本棚の前で立ち止まり、そこから本を探す。
「……あった。 確か、この本だった筈だ」
彼は本棚から一冊の本を取り出し、僕に手渡してくれた。
本の表紙には、自然風景の写真が複数載っている。確か、以前借りた本も、これだったはずだ。
「どうやら、この本で合っているらしいな。ふむ……地理関係の図鑑らしい、発行年を見ると当時地球の環境が、崩壊した後に発行されたようだ。大方、既に滅びた自然環境を、懐かしんでのことだろう」
僕は早速、本のページをペラペラとめくる。
ページに載っているのは、かつて存在していた、地球とやらの自然風景なのだろう。やたらと緑と青が多くて、綺麗で不思議な風景だった、
「ずっと昔には、こんな景色が、実際に広がっていたんだ」
「ああ、そうだ。多分君達も船外作業で、小惑星やガス惑星で資源採掘をした経験はあるだろう。ああした星とは全く違う、ちゃんと人が住める惑星でな」
「これが、地球か。この船……アーク・イプシロンが向かっているプロミス・プラネットも、地球と同じように、自然が多い星なんだろうか?」
この質問に、ウェイドは肩をすくめて、首を横に振る。
「それについては……さぁな。何とも言えんよ」
「……まさか! だってみんなは信じているんだぞ! いつか必ず、誰もが自由に、幸せになれる惑星、プロミス・プラネットへと向かっていると」
「だから言ったろう、その話は一つの信仰みたいなものだと。それにさっきの話を思い出すことだ、移民船は独自の判断で、移民可能な惑星を探していると。
つまり今でもその惑星が見つからず、当てもなく放浪しているかもしれないし、見つかったとしても、どれ程先になるのかも、分かったものではない。
そして、もしくは……」
「スレイン! こっちの話は済んだ。仲間連中も許可も取った事だし、休憩はここまでだ。先に行こうか」
そんな話の途中、リースが姿を見せた。
隣には先に合流したのか、リエナも一緒にいる。
「話はここまでだ。続きはまた……今度の機会にでもしよう。それでは、私もともについて行こうか」
僕達三人、そしてウェイドの四人は、図書館の中を再び進む。
そしてリースに連れられた先は、本棚で塞がった行き止まりだ。
「見ただけだと、行き止まりに見えるだろ? けど、ここをこうすれば……」
リースはそう話しながら、本棚から本を数冊取り出し、それぞれ別の場所へと入れ直して、強く押し込んだ。
すると、本棚全体が振動しながら、下へと下がって行く。
本棚が完全に下に降りると、そこには更に奥に続く、通路が一本現れた。
「……と、こんな感じだ。後はこの通路を、真っすぐと進むだけさ」
通路は薄暗く、僕達はそんな通路の中を歩く。
しかしそんな通路も、しばらく歩けば、すぐに終わった。
通路から出た先は、それなりに広い、倉庫のような場所だった。
そこにはあちこちに人が存在し、設計図のようなものを広げた机を、何人かで囲んで話していたり、何かの機械部品を組み立てている。中には、僕達のことに興味を持って、こっちを見てくる人もいる。
「ようこそ、スレインにリエナ。『新世界同盟』にようこそ、喜んで歓迎するよ」
リースは得意気に、そう紹介をする。
「『新世界同盟』、だって?」
今度はウェイドが代わりに説明する。
「ああ、元々はかつて存在した、E・Gに抵抗するレジスタンスが母体だったのだが、二百年前の酸素供給停止による大混乱で、抵抗は無意味だと悟った一部が独立して、新たに打ち立てた別組織だ。
そしてこの私は、あの図書館の館長であると同時に、同盟の指導者もしている。確か、私で8代目だったはずだ」
「レジスタンスとは、また違うの?」
リエナの質問に、彼は頷く。
「レジスタンスはかつて、アーク・イプシロンを支配するE・Gに反逆し、最終的にそれを打ち倒すことを目的としていた。しかしその結果は、E・Gの酸素停止による大混乱と大勢の犠牲だった。
だが我々は、それとは別の抵抗を示す組織だ。それは……」
「ウェイドさん、説明するよりは、実際に二人に見て貰った方がいいと思うぜ」
そんなリースの提案に、ウェイドは同意するように頷く。
「確かに、その方が分かりやすいだろうしな。
さてと、それでは二人とも、君たちに見てもらいたいのは、あの扉のすぐ先だ。ぜひ見て行くがいい」
そう言うと、ウェイドは近くの扉を指さす。
見るとその扉はエアロックらしいが、今は全く機能していないようで、開きっぱなしである。
僕達三人は、開いたままの扉をくぐった。
すると、そこにあった物は。
扉の先は、かなり大きい空間となっていた。
横幅も全高も、百メートルを楽に超えていて、それこそ丁度、外の巨大エアロック
と同じくらいの規模だ。
となると、ここはあの巨大エアロックの中なのか。
けど、この空間に存在していた物は、更に僕を驚かせた。
空間の大部分は、何か複雑な機械が集まった、巨大な金属の塊が占領していた
。
あまりにも大きいせいで、全体像を把握するには時間がかかった。それでもこの謎の巨大物体は、円柱型をしており、後部には僕たちが数時間前に修理したブースターと、規模は違えどほぼ同じものが取り付けられていた。
だとすると、これは……
「さて、これは何か分かるか?」
「……宇宙船、なのか」
ウェイドは頷く。
「先ほどの話の続きとなるが、我々の組織はレジスタンスとして、長年に宇宙空間の観測から船の座標を何度も測定し、ある仮定を導き出した。
それは、アーク・イプシロンはプロミス・プラネット、つまり移住先となる惑星を、発見する気も向かう気もない事だ。
何十年周期で宇宙空間を周回し、ずっと同じコースを辿り続けている……。E・GとA級市民は、今の生活と地位を維持し続けるために、新天地には向かわずにこの巨大な鉄塊の中で、怠惰で停滞した日々を永遠に続けることを望んでいるわけだ」
僕と、そしてリエナも、これを聞いて表情が変わった。
この話の意味すること、それは自分たちが信じていたプロミス・プラネットの希望が、全て嘘だということだ。
「もはやこの船は何処へも向かわず、ただ停滞を続けるのみ、だから我々『新世界同盟』は、自らの手で再び新天地への扉を開く。これはその為の、我々による船なのだ」
「そう、アーク・イプシロンのような巨大さと十分な居住スペースの確保は難しく、そして重力装置などの高度技術は使えないが、その分、ここだけでなく、他の未使用エアロックにも複数の船を用意し、技術に関しては、重力装置の代わりにシリンダー構造を利用する人工重力など、他の技術で補っているんだぜ。
けど、それだけじゃない。俺たちの組織は新たに、冷凍睡眠の技術も加えた。これで新天地に着くまでの超長期航行も、格段に楽になるはずさ
世代間宇宙船にする必要もなく、冷凍睡眠を使えば、数百年なんてあっと言う間さ
」
今度はリースが、ウェイドの説明から代わった。
ここまで知っていると言う事は、リースもこの計画に加わっていることだろう。
まさか、僕の知らない所で、こんな事に関わっていたなんて。
再び船を見ると、改めて驚嘆の思いに駆られた。
自分たちと同じC級市民、同じ境遇であるのに、ここまで出来るだなんて……
「もちろん、まだ完成とは言えないし、それに完成後も、移住先の惑星の、発見もしないといけないしね。でも、多少の環境の違いについては、宇宙船と並行して開発している、テラフォーミング・プラントで改善する予定さ。
こうした事の一つ一つもまだ不完全だけど、上手く行けば僕達が生きているうちに、移住先となる惑星へと足を踏むことが出来るかもしれない」
リースの話には、強い希望が感じられた。
それも、誰かから与えられる希望でなく、自らの手で勝ち取る、そんな希望だ。
「実は君たちをここまで連れて来たのは……二人をこの新世界同盟の仲間に、招待するためでもある。
どうかな、リエナ、そしてスレイン、僕達とともに希望を手にしたいとは思わないか?」
その話は、とても魅力的な話だった。
ただ、上手く行くかどうかと言えば、それは難しかった。
技術問題にしても疑問が多く、そして計画にしても、ここまでの規模でどこまで行けるかは分からない。
でも、だとしても、彼らそれぞれが持つその願いは、僕が持つものと同じだ。
誰かからではなく、自らで希望を手にする。
そう思うなら、もう僕の答えは…………すでに決まっていた。