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【よる】⑩
その理由は、おそらく二つ。
一つ目は、初めて会った夜に遡る。
あの夜のことはよく覚えている。というのも、鮮明に思い出せる記憶はあの夜のことと、存在を無くしてしまった日のことだけだからだ。
少女、あさひにも話したけれど、僕がこの廃ビルから出ることは滅多にない。それが、あの夜は何かが
違った。
考えるよりも先に、足が動いていた。
大通りをあてもなく彷徨っていたら、前方から向かってくる少女がいた。その目は虚に見開かれ、呼吸が乱れていた。そして唐突に、糸の切れた人形のように座り込んでしまったのだ。
思わず駆け寄って「大丈夫?」と声を掛けてから思い出した。
自分の姿が見えるはずがない、自分の声が聞こえるはずがない、と。
その考えは、すぐに否定された。
「あの」というか細い声に目を向けると、座り込んだままの少女が僕を見つめていた。
これまでにも角度やまぐれの確率で他人と目が合うことはあった。けれど、彼女の視線は明らかに違う。
「私のこと……」「僕のこと……」
口をついて出た言葉に、か細い声が重なった。少女に先を促す。




