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【よる】⑥
「だから、コンビニに行ってたの! 本当、ウザいんだけど。帰ってくるのが毎日同じ時間とは限らないじゃん」
誰と電話をしているのか、甲高い声で喚きながら時折歯を剥き出している。驚くことに、女は今僕の胸元に向かって喚いている。部屋に突っ立っている男を見て、叫び出したりしないのだ。
レイアウトの変わった部屋。消えた彼女。入ってきた見知らぬ女。
次々と起こる事態に、脳は一つの感情を叩き出した。
それは「無」だった。混乱することはない。ただぼうっと部屋と女を眺めている。
女の鼻先で手を振ってみる。完全にスルーされた。
ふと壁に掛けてある姿見を見た。目の前に立っている僕の姿は映っていない。僕の目には伸ばした腕や手、裸足の足がちゃんと見えているのに。
「夢、なのか?」
頬を思いきりつねってみた。頬の感触も、つねった痛みもちゃんとある。
女は相変わらず電話中だ。
この状況は、一体何だ? 自分の存在が無くなった?突然に?
頭の中を疑問詞が跳ね回る。「なぜ」と「なに」その両方。しかし、その後に続くはずの「理由」も「答え」も出てこない。
「はは」
思わず笑い声が漏れた。理解のできない状況に陥った時、人間は笑うのだと初めて知った。
新しい発見だ。




