【あさとよる】⑬
「あれ、怒っちゃった? ごめんごめん。でも、あんまり表情の変わらない君が、隙を見せてくれたみたいでさ。かわいいよ」
真面目ぶった表情で囁かれて、感情のダムが崩壊した。
「っ!!」
「あ、もっと赤くなった。茹でダコみたい。体温が上がってるのかな。あったかーい」
両頬をぷにっと掴まれ、茹でダコと呼ばれて怒らない人はいないだろう。
「茹でダコじゃない! というか、いつまで私の頬を触ってるの! 離して!」
「えー? あったかいから、もうちょっと触ってたいんだけど。それに、さっき言ってたじゃない。これからは、いつだって感じていいんです。私がいるから。って!」
恥ずかしい言葉を一言一句真似されて、気持ちのいい人なんているわけがない。
「もう、しつこい! それに、私はそんな声じゃない!」
依然頬を掴んでいるよるを強引に振り払い、ビルの外へと逃げ出した。よるが追ってくる気配は無い。
火照った頬に、夜風が当たって気持ちがいい。
よく見ると、音も無く細い細い雨が降っていた。
目を凝らさなければ見えないほど細い。こんな夜中に降る小雨ならば、濡れる人は少ないだろう。
伸ばした手に雨粒がいくつか伝う。
風に吹かれて気持ちいいと感じるし、こうして雨にも濡れるのに。
私の存在は、たった一人にしか認識されない。
頬をつつくと、まだほんのりと温かい。
最近、よるを過剰に意識してしまう。何故だろう。
「よく分からない」
呟いた。
本当に、よく分からない。




