プロローグ②
「ぅおーい!ヴェダリウス!遊びに来たぞ!」
サンクゥトゥスはアルファスを文字通り風のように撒くと、たどり着いた城の地下にある扉を勢いよく開け放った。
「うわっ! …ってなんだ、サンクゥトゥスじゃないか」
扉の向こうにいたのは赤髪の壮年の男性。名前はヴェダリウス。城の地下にある様々な【門】の管理者であり、時空を司る神の1柱だった。
「なんだとは失礼じゃなヴェダリウス。わしはこう見えてもお前よりも年上じゃぞ? もっと敬わんかい!」
サンクゥトゥスは馴れ馴れしくヴェダリウスの頭を腕で抑え込む。と、サンクゥトゥスの豊かな胸の双丘にヴェダリウスは顔を埋める形となり、たまらず慌て出す。
「ちょ!おまっ!やめっ、やめろぉお!」
「くくく。相変わらずウブなやつじゃ。わしの頼みを聞いてくれるなら離してやるが?」
「わかった!わかったから離してくれ!頼む!」
顔を真っ赤にしてワタワタともがくヴェダリウスを見て、ニヤリと笑いながらサンクゥトゥスは腕を解いた。
「話が早いのぅヴェダリウス!まあ悪くはなかったじゃろ」
ふーはははー。と笑うサンクゥトゥスを恨ましげに見つめながら、ヴェダリウスは苦々しく口を開いた。
「で?要件はなんなんだ?大方碌でもないことなんだろうけどよ」
まだ幾分か熱を持ったままの顔を手で抑えるヴェダリウスに、サンクゥトゥスはキラキラと輝いた笑顔で言う。
「ちょこーっと!ちょっとだけ下界に遊びに行きたいんじゃ!だから門を通してくれんか?」
「はぁ!?」
素っ頓狂な声を上げて驚くヴェダリウスに、サンクゥトゥスは畳み掛けるように言った。
「いつもいつも只々鬱々と暮らす平穏な日々には飽き飽きじゃ!ここ1つ有給休暇という事で羽を伸ばそうかと思ってのぅ!」
「いや…駄目だろ…」
「なんでじゃ!?さっき何でもするって言ったじゃろ!?」
「言ってねぇよ!」
この世の終わりのような表情をするサンクゥトゥスを見たヴェダリウスは、呆れて首を振った。
「大体…、俺の一存じゃこんなん決められねぇよ。仮にもあんたは天界における上位神の1柱なんだろ?そんな御方をホイホイ地上へ行かせたんじゃこっちが大目玉を食らうっての」
ううう、と目に涙を溜めながらサンクゥトゥスが上目遣いでヴェダリウスを見る。
胸の前で手を組みながら小首を傾げるその仕草に、ヴェダリウスは思わず息を呑む。
「どうしても駄目?」
「…っく!だ、駄目だ!」
「…チッ。駄目か」
「こいつ…」
先程の涙目は演技であったようで、急にふてぶてしくなるサンクゥトゥスにヴェダリウスは溜息を吐いた。
「…それに勝手な事をするとアルファスに怒られるだろ?」
「…!そうじゃしまった!アルファスが追ってくるんじゃった!どどどどうすればばばば…っ!」
ヴェダリウスは思い出す。しばらく前にサンクゥトゥスが同じように下界に遊びに行こうとしたがアルファスにバレ、結果凄まじいお説教を食らっていた事に。
かつての恐怖が蘇ったのか、アタフタとするサンクゥトゥスを横目に見ていると、急に温度が下がったのかと錯覚するほど冷たい声が室内に響いた。
「見つけましたよサンクゥトゥス様」
扉の向こうから聞こえた声に目を向けると、そこには優雅に笑うアルファスがいた。ちなみに目は全然笑っていない。
「あ、あ、あ…、アルファスさん…。お、お早いお着きですね……?」
ビクビクと震えながらサンクゥトゥスが笑顔を引き攣らせてアルファスを見る。
「ええ、まあ。あらかた予想が着きましたので。では…」
──お説教の時間ですね?そう笑いながらアルファスは1歩部屋に踏み込む。
「う、うわあああ!つ、捕まって、捕まってたまるかぁあああ!」
サンクゥトゥスはジリジリと近寄るアルファスから後ずさりながら叫ぶ。
と、サンクゥトゥスの背に何か硬い感触がぶつかった。
後ろを振り向いたサンクゥトゥスが目にしたのは1つの【門】だった。その入口には光の渦が出来ており、少し手を伸ばすだけでたちまち吸い込まれてしまいそうな感覚がサンクゥトゥスを包み込んだ。そして、
────閃いた!
「……ふ、ふふ。…ふふふふ」
サンクゥトゥスは不敵に笑いながら目の前のアルファスとヴェダリウスを見る。
何か嫌な予感がしたアルファスが一気に距離を詰めようとしてサンクゥトゥスに手を伸ばした瞬間────。
「これで私は自由だぁああ!」
サンクゥトゥスは門の中にその身を投げ打っていた。