プロローグ①
天界【サンクチュアリ】。
そこは、数多の神々が暮らす聖域。
見渡す大地には鮮やかで美しい花々が咲き誇り、澄み切った大空には時折虹色の星々が瞬いており、まさに楽園と呼ぶに相応しい場所である。
その楽園の中心部、天高くそびえ立つ純白の神の城の一室に、とある女神がいた。
女神の名はサンクゥトゥス。
その純白の肌はあらゆる穢れを払い、煌めく黄金色の髪と瞳は見るもの全てを虜にすると言われた美神である。
また、その秘めた力は最高神に次いで強力な神である四大神に迫るとも言われており、天界での立場は上位に位置していた。
そのサンクゥトゥスがというと、何故か今は自室の机に突っ伏して項垂れている。
「ぅぁああ…。暇じゃー…」
とても美神とは思えないガラガラ声を発しながら机の上に頭を預けていた。
「こうも平和では退屈じゃあ…。天界はつまらない所じゃのお」
サンクゥトゥスは机のすぐ側に設置されている拳大程の水晶球をチラリと覗き見た。
そこに映し出されるのは様々な下界の映像。その中でもサンクゥトゥスがお気に入りだったのは、冒険者と名乗る人間達が繰り広げる数々の冒険の記録だった。
「はぁ…。人間はいいのぉー。自由に生き、好きなところへ旅をして…、毎日が刺激と興奮で溢れているのであろうな…」
様々な人間達を見ながらサンクゥトゥスは思う。
神として生まれた自分は果たしてこの先もこうして生きていくのか、と。
毎日毎日、天界からただ下界を眺め、時折信心深い者に祝福を与えるだけの陰鬱とした生。
それは、サンクゥトゥスが求める刺激や興奮等とは程遠い物であった。
「…もはや我慢出来ぬぞ」
サンクゥトゥスは勢いよく椅子から立ち上がると意を決して水晶球を掲げる。
「我も下界に降りるのじゃ!そして、この飢えた心を刺激と興奮で満たしてくれようぞ!」
ふーはははー。と高らかに笑いながら意気揚々と部屋のドアに向かって歩き出す。
そして、ドアの取っ手に手を掛け扉を開いたその先には、眼鏡を掛けた青い髪の美丈夫が仁王立ちしていた。
「どこにいくのですか?サンクゥトゥス様」
男はニッコリと笑い、サンクゥトゥスに話しかける。
「げっ!アルファス!」
サンクゥトゥスは思わず後ろに飛び退いた。すると、やれやれと男が眼鏡を掛け直しながらサンクゥトゥスに近寄る。
「またいつもの悪い癖がでましたか?いいかげん上位神としての心構えをお持ち下さい」
アルファスという名の男もまたサンクチュアリに住まう神の1人であり、普段はサンクゥトゥスの従者────。あるいはお目付け役の様な役割を担っていた。
「今回は邪魔させんぞアルファス!わしは何がなんでも下界に行くんじゃ!」
キッと睨みつけたサンクゥトゥスは、するりと風のようにアルファスの横を通り過ぎると、扉を抜け出して城の廊下を駆け出した。
「ああ、もう!こんな事で本気を出さないで下さい!貴女は神でしょう!」
「ふーはははー!悔しかったら追いついてみせい!ふーはははー!」
アルファスもまた急いでサンクゥトゥスを追いかけるが、本気で駆けるサンクゥトゥスに追いつける神は天界の中でも数える程しか存在しない。
見る間に姿を消す主人にアルファスは深い溜息吐くと、おおよそ行き先に検討が付いたのか、再び眼鏡を掛け直して歩き出すのであった。