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         7.同日午後七時


 テレビ画面には、警視庁本庁舎でおこなわれている会見の模様が映し出されていた。

 中央で質疑応答しているのは、まだ若い警察官だった。

 その左右には、いかにもこういうところに顔を出しそうな、初老の男たち。きっと肩書も偉いものなのだろう。が、中央の男は、そこまでの貫祿はない。いや、とても会見の主役になりうるほどの大物とは、だれしも感じることはないはずだ。

 若い男を紹介するテロップでは、警視庁特別特殊捜査室・桑島誠一警視、となっている。

『──で、ですから……山形と長野で発生した事件は、いわゆる「生贄事件」である可能性が極めて高いと判断しています』

 とても小さな声だった。マイクを通しているので、かろうじて聞こえている。

『奥多摩の事件は、どう考えているのでしょうか!?』

『それについての検証は……これからです』

 質問者の聞き取りやすい声との対比がいちじるしい。

『それらの検証をするうえでの責任者は、桑島警視ということでよろしいのでしょうか!?』

 記者からのその質問には、中央の男は答えづらそうに、左どなりへ目配せした。

 答えたのは、そこにいた人物だった。

『刑事部長の菅谷です。今後、生贄事件の指揮系統は、すべて桑島に集約されます』

『総責任者ということで、よろしいのでしょうか!?』

『はい。そのとおりです』

 会見場にざわめきがおこった。

『それは、かなり異例のことだと思うのですが!?』

『われわれの決意のあらわれだと考えてくださって結構です。それだけ「生贄事件」を、最重要事件と位置づけております』



 菅谷という刑事部長がそう発言したところで、携帯が鳴った。

 夏美からだった。

『ねえ! 見てる!?』

「うん。見てる」

『どういうこと!? あの人、警察の偉い人なの!?』

 ひよりは、答えに窮した。

 偉い人……厳密にはちがうことがわかる。キャリアだから警視という階級だ。経験も浅く、警察官としては未熟だと、本人も認めていた。

 とはいえ、そんな話を夏美に聞かせたところで、理解してくれるとは思えなかった。一般の女子にとって、警察内の構造や階級制度のことなど、未知なる学識でしかないのだから。

『どうしてそんな人が、ひよりをたずねてきたの!? 不動産屋の人じゃなかったの!?』

「どうしてだろうね……」

 ひよりは、ごまかすように言った。

『なんの用だったの!? ひより、なんかしたの!?』

「なんにもしてないよ。わたしは、なんにもしてない」

 そう。なにもしていない……なにもできなかった。

 五年前は……。

「ごめん。もう切るね」

『え!? ちょっと!? ひより──』

 一方的に通話を打ち切った。

 テレビ画面を凝視する。桑島のアップが映っていた。

 昨日会ったときとは、ちがっている。緊張していることが、液晶画面越しでも伝わってくる。時折、声が上擦っているし、なによりも聞き取りづらい。慣れない状況に追い込まれていることだけが、彼の平静を乱しているわけではないだろう。責任の重さを実感しているのだ。

 その責任とは……。

 なぜ彼が、自分のもとにやって来たのかを理解した。

 復活した……。

 あの犯人が!

『では、桑島警視を、生贄事件専任の捜査官と認識していいのでしょうか!?』

『ですからさきほどから、そうです、と申し上げています』

『刑事部長ではなく、警視の口からお願いできますか!?』

 頻繁に、横から質疑に割って入ってくることに業を煮やしたのか、記者が語気を荒らげて発言した。

『警視、決意のほどをお願いします! 犯人に向けて、なにかメッセージを!』

 ここは、本当に日本なのだろうか。アメリカのニュースでなら、捜査官が直接、犯人に訴えかけるところを眼にしたことがある。

『え……ええ……ぼ、ぼくから言えることは──』

『さきほどから声が小さいんですよ! もっとハッキリおっしゃっていただけますか!?』

 ビシッと言われたことで、会見の模様が刺々しくなったような……。画面のなかは、記者たちの嘲笑であふれている。

 ひよりは、気の毒に思えた。自分のことのように、見守るしかなかった。

「がんばって」

 知らず、声に出していた。

「……え?」

 ひよりには、わかった。

 いまの応援が届いたわけではないだろうが、桑島の眼の色が変わっていた。

『警視!? しっかりお願いします!』

『失礼しました』

 どこか保守的なイメージのある彼からは想像できないほどに、顔つきが精悍になっていた。

『必ずや、犯人を検挙します。もしこの会見を犯人が観ているのでしたら、自首することを……』

 大きく聞き取りやすくなったのも束の間、桑島の言葉が、ふいに途切れた。

『……そんなことはありえない、ですね。自首するような犯人ではない』

 気のせいだろうか、桑島の瞳が輝いたような錯覚をおぼえた。フラッシュの光とは異質のきらめきが、確かに見えたのだ。

『ぼくは、絶対にあなたを追い詰めます。そしてこれ以上、犠牲者を出さない』

 とてつもない覚悟が感じられた。

 桑島は、誓っている。

 これまでの被害者遺族に。これから被害者になるかもしれない女性たちに。

 そして──。

(わたしに)

 そこで、ノックの音がした。ドアを開けると、寮母の藤崎が立っていた。

「吉原さん……」

 不安をたたえた瞳をしている。ちがう。そこには、ひより自身の姿が映っているから、そう思えるのだ。

「あの刑事さん、ここをたずねてきた」

 狭い部屋だから、藤崎の位置からでもテレビ画面を確認することができる。

「そうだったんですか……」

 ひよりは、つぶやくように言った。大学へ来るまえに、立ち寄っていたのだろう。

「近くで空き巣被害がありましたので気をつけてください、って」

「たぶん、わたしがどういうところに住んでいるのかを見ておきたかったんだと思います……とても頭の良い人でしたから」

「もう会ってるのね」

 ひよりは、うなずいた。

「あなたにそう思われているのなら、頼りにできる刑事さんなんだ」

 それには肯定していいものか、ひよりには疑問が残った。

 頭脳のほうは、頼りになるだろう。が、体力的には……。

 ひよりも振り返って、テレビ画面を視界に入れた。

『今後の捜査方針などは!?』

『さきほど、上司から言われたことがあります』

 記者の質問には答えず、桑島はそう口にした。同時に立ち上がる。それに合わせて、画面も桑島にズームアップした。

『これは捜査ではなく、戦争である──と。犯人とぼくとの……全警察組織との死闘です!』

 その決意に、ひよりは眼を見張った。

 彼とともに、自分も覚悟を決めたような気持ちになった。

 戦争である。

 犯人との。

 わたしと、彼とで──。


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