表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/36

42

         42.六月十六日(金)


 事件が一応の解決をみせた翌日から、計ったように関東は梅雨入りした。昨日まで雨が続いていたのだが、今日は久しぶりに朝から太陽が顔を出している。

 時刻は、九時半になろうとしていた。

 桑島は陽光をあびながら、病院の外で待っていた。もうまもなくすると、鈴村聡美が退院してくるはずである。かたわらには、一足先に退院していた佐野もいる。

 八日未明に入院した鈴村聡美は、その早朝には意識を取り戻していた。が、当初は声を失っていて、自らの記憶も喪失したままだった。声がもどるのに、二日。記憶がよみがえるのに、さらに一日かかっている。記憶がもとどおりになり、面会が許可されてから、桑島は彼女に会っていた。

 救出されたときのことは、うっすらと思い出していたようだが、桑島のことはよく覚えていないらしい。記憶がどうのこうのというより、あのときは意識を失っていたようだから、最初から覚えていないだけかもしれない。

 なので、本人からの反応は鈍いものだったが、母親である鈴村京子からは、何度も頭を下げて感謝された。そんな経験は初めてだったから、悪い気はしなかった。

 それに味をしめたわけではないが、健康になった姿を見届けたくて、こうして待っているのだ。もちろん、心の傷はこれからも残っていくはずである。だが、それもいつの日か、遠い過去へと変貌していくはずだ。そう願いたかった……。

 実行犯である高梨が死亡したことにより、ここ数日、桑島はマスコミの矢面に立たされ続けた。被害者を救った功績と、犯人を死亡させてしまった責任。しかも犯人は、現職の警察官。しかし世間の風は、想像よりもやさしかったらしい。大半が、好意的な見方をしてくれた。一躍、時の人になっていた。

 そのため、主犯に逃げられるという失態も、上からのお咎めはなく、特別特殊捜査室はとりあえず継続のはこびとなった。ただし一般には、主犯とみられる矢萩について、おおやけになっていない。高梨が主犯だと考えられている。混乱と恐怖をこれ以上、増長させないためだ。もしそれが世間に知られたら、一転してバッシングの嵐になるかもしれない。桑島は、そのときの覚悟だけはしていた。

 そして──、いまになっても、釈然としないことが三つほどある。

 一つが、五年前の通報。

 二つ目が、奥多摩の那須君子の犯行後、なぜマスコミにリークしたのか。

 三つ目が、カレンダーをどうして奪ったのか。

 それなりに分析はしていたが、あくまでも推測の域を出ない。

 五年前の通報は、雨宮小夜もしくは矢萩の娘・加奈──どちらの蘇生にも失敗したわけだから(あたりまえのことだが)、ひよりをもう一度利用するために死なせるわけにはいかなかった。だから事件を発覚させて、ひよりを警察によって保護させたのではないか。

 マスコミへのリークは、自分への挑戦ではないのかと桑島は考えている。桑島が海外から帰ってくるのを、矢萩は待っていたのではないか? 海外研修のことを、矢萩は知っていた。一年間という期限も。そもそも、新たなる犯行の開始時期を桑島の帰国後にしたのも、そのためではないのか……。

 ただし、これには疑問が大きく残る。なぜなら、実行犯は高梨であり、第一の犯行になった雨宮小夜の父親殺害はイレギュラーなことだったからだ。真相は、いつか矢萩を逮捕して、訊きだすしかないだろう。

 三つ目のカレンダーのことだが、高梨が口にしていたことがある。五年前、なぜ生贄の儀式が失敗したのか──それは、球技をおこなわなかったことと、被害者の「時を止めなかった」からだ、と彼は主張した。高梨自身のアイディアなのか、それとも矢萩の影響をうけたものなのかは不明だ。奪ったカレンダーで紙飛行機をつくったのは、おそらく矢萩だろうから、後者かもしれない。とにかく、その狂った幻想に従い、時を止めるためにカレンダーを奪ったのではないか……。

 いずれの考えも自信はない。

 生贄事件のためだけに使った時間は、まだしばらく続きそうだ。

 すくなくとも、すべての疑問が解決するまでは──。

「お、出てきたぞ」

 佐野の声に、桑島は思考を中断させた。

 鈴村聡美と京子が、病院の玄関口から荷物を手に出てきたところだった。

「退院、おめでとうございます」

 近づき、桑島は言った。

「こちらこそ、お世話になりました」

 二人から、深々と頭を下げられた。

 新たなる被害女性四人へは、すでに墓前報告をすませてある。彼女の退院を見届けることで、事件は一段落つくことになる。

 と、そのとき──。

 ただならぬ気配を感じた。

 桑島は、息をのんだ。ある人物の姿が、物陰から飛び出したのだ。

 久本拓斗だ。

 久本は、鈴村聡美へ一直線に走っていた。

 危ない!

 ストーカーである久本が、その思いをとげるため、凶行におよんだのだ。

 助けに入る時間はなかった。久本が、鈴村聡美の身体へぶつかった。

「……そ、そんな」

 せっかく生き延びたというのに、こんなところで……!

 桑島は、あまりの絶望感に、どうすることもできなかった。

 が──、

「聡美!」

「拓斗さん!」

「え……!?」

 桑島の頭は、一瞬で混乱の嵐に襲われた。

「え、ええええ───ぇぇぇ!」

 あまりの出来事に、間抜けな声をあげてしまった。

 鈴村聡美と久本拓斗は、しっかりと抱き合っていた。むりやり抱きつかれたわけではなかった。おたがいが、おたがいのことを受け入れている。

「え~~~!?」

 桑島の声はやまない。

「ど、どういうこと……ちょ、ちょっとまって……」

 眉間に指をあて、しばし考え込む。

「久本拓斗は、ストーカーだよね!?」

「失礼なこと言わないでください!」

 聡美から、きつく怒られた。

「だ、だって……合鍵を勝手につくってたんだよね!?」

「最初はそうだったんですけど……話してみたら、とてもいい人で。やさしいし、思いやりもあって」

 聡美の口からは、のろけの言葉しか出てこない。

「映画監督になるっていう大きな夢もあるんです! わたしも、そのお手伝いがしたくって、二人でいまの大学をやめて、映画の専門学校に入り直そうって話してたんです。まずは働いて、資金を稼ぐことになると思いますけど」

 そういえば、聡美は両親に、大学をやめたいと相談していたのだった。

「そんなぁ~~!」

 久本がストーカーだという読みは、まったくの的はずれ。

 恥ずかしくなった。

「くくく、ははははは!」

 それまで黙ってことのなりゆきを見守っていた佐野が、大声で笑い出した。

「はははは!」

「笑いすぎ!」

 もう一つ、釈然としないことが増えてしまった。というより、納得がいかない。

「くくく! だから言ったろ、誠一! 人の心理は、教科書どおりじゃないって」

 そして、ポンッと肩に手を置かれ、さらに言われた。

「ノマドの修行も、まだまだってことだ。群れをもてるようになるのは、ずっと先だな」




         証言記録⑥


 これが最後の質問です。犯人に言ってやりたいことはある?


 犯人に……ですか?


 許せないでしょ? その気持ちをぶつけてみようよ。


 とくには……。


 どうして?


 犯人にはありません。許せない気持ちは、たしかにありますけど……それよりも、あのときのわたしに言ってあげたい。


 なんて言ってあげたいの?


 もう少し、できたんじゃないかって。


 ……君は、よくやったよ。


 未来のわたしにも、言ってあげたい。


 君は、よくやったんだ。


 やってない! なにもやってない……だから、未来のわたしに伝えたい──。


「精一杯、がんばりなさい!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ