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         証言記録⑤


 どうして犯人は、あんなことをしたんだろう?


 それは、犯人に質問してください。


 そうだね。そのとおりだね。ごめんごめん。話を変えようか。君は将来、なにになりたいの?


 ……いまは、そんなこと考えられません。


 考えようよ。夢はあるでしょ? 憧れの職業は?


 思い出せません。


 事件のまえには夢があったのに、事件のせいで夢を忘れてしまったの?


 そうです……。


 じゃあ、いまから考えようか。


 夢をですか?


 そう。


 ……考古学をやってみたいです。


 考古学?


 おかしいですか?


 いや、そんなことはないよ。立派な夢だよ。でも、どうしてその夢を? むかしから?


 ちがいます。いま突然、そう思ったんです。突然……じゃないかもしれませんけど。


 いいんじゃないかな。将来、美人考古学者っていうのも、絵になるよ。


 それ、セクハラですよ。


 ははは、まいったな。




         26.同日午後三時


 捜査本部に顔を出すと、佐野が神妙な面持ちで待っていた。

「どうかしたの?」

「長野から連絡があった」

「え? もう所在をつきとめたの?」

「ああ」

「どこに? 事故現場の近く?」

「そうだ。県内でも、群馬と山梨の県境に近い。十二年前の事故現場からは、一キロほどだってよ。おまえの予想どおりだ。人の寄りつかない辺鄙なところみたいだな。七、八年ほど前から小屋を建てて住み着いていたそうだ」

「わかった。さっそく、これから長野へ出発する」

 いまからなら新幹線を使えば、夜までに到着するだろう。

「いや……」

 佐野の表情が、不吉なことを訴えていた。

「ムダだ」

「まさか……」

「そうだ、もうこの世にはいない」

 最重要容疑者が、波にさらわれた砂の城のように崩れさった。

「小屋で死んでいた」

「病死?」

「祭壇で心臓をくり抜かれていたのが、病気ならな」

 佐野の言葉は、桑島の体内をえぐるように駆け抜けた。

「生贄殺、人……」

 もしそれが本当なら……初の、若い女性以外での被害者ということになる。

 それまで守られてきた絶対法則が、破られたことになる。

「現場の写真をすぐ送ってもらうように頼んでおいた」

 そのとき、佐野の携帯が音をたてた。

「きたぞ。見るか?」

 桑島は、返事をしなかった。するまでもない。佐野にも、答えを確かめるような素振りはなかった。

 佐野の携帯が、モニターにつながれた。

 送られてきた画像が映し出される。

 それを見ていた捜査員全員が息をのんだ。

 四十代後半から五十代と思われる男性が、祭壇のような台で息絶えていた。

 心臓が、遺体の腹にのせられている。

 乾いた血液が、絵の具のように画像を彩っていた。

「むこうの検視官の話じゃ、死後二ヵ月ってとこらしい」

「二ヵ月?」

 桑島は、吐き気を抑えながら声をあげた。

 こういう現場は見慣れていないが、それでも遺体の状態が新しいように感じる。

「どうやら、小屋が入念に密閉されていたらしい。木材のわずかな隙間や、窓なんかも几帳面すぎるほどにテープが貼られていたそうだ。外気にさらされていないぶん、腐敗が遅れたんだろうって。現場付近の気温の低さも影響してるんだろうが」

「密閉……」

 なんの目的があったのか?

 これまでの遺体発見現場には、そんな施しは一切なかった。

「二ヵ月前ということは……」

 新たなる犯行の最初とされている立花和美よりもまえに殺害されていることになる。

「刻印は?」

 桑島がそう口にするのと、写真が切り替わるのが、ほぼ同時だった。

 遺体の左手甲のアップが映し出された。

 さすがにあるていどは腐乱しているから、くっきりと見えるわけではない。しかしそれでも、丸い点が一つ刻まれていることがわかった。

 では、第一の犯行は……これか。

 この男性を殺害。そして山形と長野、奥多摩と続いていった。

 ……これで、雨宮小夜の父親犯行説が否定されたことになる。

「母親の情報は?」

「断言はできないが、こういうことじゃないのか?」

 そのとき映し出されていたのは、小屋の一角を撮影したものだ。位牌が一つと、写真立てが二つ。一人は、少女のものだった。おそらく雨宮小夜。もう一人は、三十代後半と考えられる女性が写っていた。

「母親も、死んでいるのか……」

 位牌が一つということは、それは娘・小夜のものだろう。母親のほうは死亡届が出ていないから、火葬の許可もおりていない。よって、正規の葬儀や埋葬もおこなわれていないということだ。

 事件の真相が、再び闇の底に沈んでいく。


        * * *


 まだ、太陽は沈みきらない。

 だれかに見られている感覚──。

 キャンパスでも、帰り道でも、それは続いている。

 昨日と同じように、通りにはだれもいなかった。ひよりは、寮へ急いだ。

 あと、三十メートルほどでたどりつく。

 ひよりは、足を止めた。

 タ、タ、タ……。

 まちがいない。気のせいではない。

 何者かの足音。

 ひよりは、振り返った。

「だれ!?」

 鋭く声を放ったさきには、人影があった。

 逆光になっているために、だれかまでは確認できない。

 影は、なおも近づいてくる。

 ひよりは、身構えた。

 そして、すぐにそのシルエットが、警察官の制服だということを知った。

「このへんを見回っています」

 その警官は穏やかにそう告げると、歩き去っていった。

 そういえば藤崎が、警察にパトロールを強化してくれるようにお願いしておく、と言っていたことを思い出した。

 こんなに早くパトロールが強化されたことに驚きつつ、ひよりは寮に入った。

 玄関に藤崎がいたので、警察官が見回っていたことを告げて、部屋に帰った。

 いつもと変わらない室内。

 ひよりは、あるものを仕掛けておいた。

 自分の髪の毛を、内側のドアノブに巻きつけ、窓にも髪の毛を挟んでおいた。

 まさかとか思うが、侵入者がいれば、それらに変化があるはずだ。

 ドアノブの髪の毛は、まだ巻きついていた。知らない人間が触れば、すぐ解けるようにしてあった。

 あとは、窓。

 ひよりは、背筋がゾクリとする感覚に襲われた。

 髪の毛を挟んで閉めていたのだが、その髪の毛がどこにもない。ここが開けられた証拠になる。

 ひよりは、一階におりた。

「藤崎さん!」

 彼女は、まだ玄関にいた。

「どうかした?」

「あ、あの、わたしの部屋に入りました!?」

「え、部屋? いくら寮母でも、許可がなければ部屋には入りません」

「外から窓を開けたりもしてませんよね!?」

「窓って、吉原さんの部屋の? 二階でしょ……」

 自分で言ってみたことだが、彼女が不思議な顔になったのもうなずける。

「なにかあったの?」

「い、いえ……」

「吉原さん?」

「きょ、今日、この寮に、だれかたずねてきましたか?」

「今日? ……あ、交番のおまわりさんが来たけど……パトロールを強化してくれるそうなので」

 さきほどすれ違った警察官が、頭に浮かんだ。

「ほかには?」

「いえ、それだけ」

「昨日は? わたしが帰ってくるまえ」

「昨日も、とくには……ただ、同じおまわりさんが、見回りに来てくれたけど」

「え? でも……パトロールを強化してもらうって、わたしと話したのは、昨日でしたよね?」

「そうね。そのおまわりさんが、新しくこの地域の担当になったそうなので、挨拶に来てくれたのよ。それで、吉原さんがだれかにあとをつけられたというので、早速、そのおまわりさんに相談したの」

 警察官……。

 まさか、警官が部屋に忍び込んだということはないだろう。

 気のせいかもしれない。

 カレンダーのことも、部屋に侵入されたと思ったことも……。

 カレンダーは、前月を破ったときに、まちがって今月の分も破ってしまったのだ。サッカーの試合の日に丸をつけたと思ったことも勘違いで、たんに日付を確認しただけなのだ。部屋に侵入されたと思ったことも、気のせいだ。仕掛けた髪の毛など、なにかの拍子で落ちてしまうこともある。風に飛ばされることだってあるはずだ。

「ごめんなさい。いまのことは忘れてください」

 ひよりはそう言うと、部屋へ戻った。

 もう一度、なかの様子を観察する。

 なにか異変はないか?

 クローゼットのなか。

 本棚。

 ベッド。

 テレビの裏。

 隠れた場所にも、変化はない。

「……」

 ひよりは、ある想像にいたった。

 本当に侵入した何者かがいた場合、その目的は、なにかを盗むため。もしくは、ストーカーのたぐいなら、本人につながるなにかを置いていくことも考えられる。

 だが、部屋に変化はない。昨日気づいたカレンダーぐらいだ。

 もし今日も侵入して、なにかを盗む、または置いていったと仮定したら、それは眼に見えないもののはずだ。いや、眼に見えるとしても、わざわざ注意をはらわないもの……。

 塵、埃、毛髪。

「髪の毛……」

 窓に仕掛けた髪の毛……。

 落ちたのではなく、風に飛ばされたのでもなく……。


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