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         25.六月六日(火)


 五年前の犠牲者十二人。

 今回の四人。石井美津子、立花和美、那須君子、五十嵐典子。

 生き残った吉原ひより。

 拉致された可能性のある鈴村聡美。

 その全員が、十二年前の旅行に参加していた確認をとった。いや、正確には五年前のうち、二人だけは不明のままだった。だが、残り十名がそうであるならば、参加していたと仮定するほうが自然だ。

 立花和美の父親が、石井美津子の名に反応があったのは、報道で知ったからではなかったのだ。十二年前の記憶が残っていたようだ。電話で問い合わせたら、「そうです、そうです、たしかそのときに仲良くなった子です」と、父親は語った。山形に住んでいた立花和美がツアーに参加していたのはおかしいとも考えたのだが、その年は、東京組とはべつに、山形から長野へ行った子供たちが何人かいたようだ。

 ひよりが那須君子の名に反応があったのも、同じ理由かもしれない。

 どうやら、生贄事件の犯行目的と犯人像が、おぼろげながら見えてきた。

 鍵は、十二年前のバス事故にある。

 桑島は、神奈川県にある老人ホームを訪れていた。

 横浜郊外にある緑豊かな土地だ。

 ここに、バスの運転手だった丸山哲夫が入居している。丸山をたずねると、車イス姿の彼と話をすることができた。年齢は、今年で七一歳になる。事故を機に、運転手の仕事は辞めていた。

「まあ、事故があろうとなかろうと、もう定年だったんです……」

 丸山は、むしろ懐かしむように語った。

 事故当日の天候は、桑島が想像していたよりも悪かったらしく、前が見えないほど雨が降っていたそうだ。本来、走行するはずだった幹線道路も通行止めになっていたために、山道を通らざるをえなかったと。日程を変更できるものなら、山形行きは中止にするべきだった……丸山は、そう後悔も口にした。

「自分は、ただの運転手ですからね。そういう進言をするにはしたんですが……強くは主張できなかった」

 丸山の後悔は続く。

「足は、どうされたんですか?」

 話がひと息ついたところで、桑島は話題を変えた。

「六年前、脳卒中で倒れてしまって、それから不自由になったんですよ」

 もしも桑島の推理どおり、バス事故がなにかしらの要因になっていた場合、当事者である丸山も容疑者ということになる。丸山の言うことに嘘がなかったとしたら、生贄事件が発生したときには、もう車イス生活になっていた。

 調べればすぐにわかるような偽りを口にすることはないだろう。丸山の様子からも、彼が犯人という可能性は低い。

「死亡した少女のことは覚えていますか?」

「もちろん。ただ……死に顔しかわからないが……」

 一度だけツアーで乗せただけの子供のことをよく知っているわけがない。

「小夜ちゃん、といった……」

 苦いものを噛みしめるように、その名をつぶやいた。

「どういう子だったのかまではわからないんだ……それがね、とても悔しくてね」

 桑島は、あえて口を挟まずに、次の言葉を待った。

「きっと明るくて、かわいらしい女の子だったんだろう……いつも、そうやって想像しているよ」

「……」

「死ぬような事故じゃなかったんだ」

 崖というほど切り立った場所ではなかったということだった。落下したのではなく、少し急な坂を下ったような感じだったらしい。

 激しく揺れはしたが、車体が大破することはなかったという。それならば、ほかの子供たちが、かすり傷程度しか負わなかったことも納得がいく。

「どうして、死んでしまったんだ……」

 運が悪かった──丸山は、そう口にすることこそしなかったが、神の采配に憤っているようだった。

「ほかの子供たちのことは、覚えていますか?」

 丸山は、力なく首を横に振った。

 念のため、生贄事件の被害者たちの名をあげていったが、どれにも反応はなかった。五十嵐典子や那須君子のことも覚えがないところをみると、ニュースや新聞とは疎遠な生活なのかもしれない。

「事故で亡くなった子供の親御さんには会われましたか?」

「会いました……ひどく憎まれましたよ」

「所在とかは、わからないですよね?」

 死亡した少女、雨宮小夜の両親に連絡をとってみたが、長野県警に記録されていた電話番号にはつながらなかった。住所にもいないようだ。

 当時住んでいたのは、東京の三鷹市。佐野の指示で、捜査員が住民票からたどってみたそうだが、行き着くことはなかった。

 現在、行方不明とのことだ。

「さあ……」

 やはり──と、あきらめかけたとき、丸山の表情が変化した。

「そういえば……一度だけ、手紙が来ました」

「手紙?」

「はい。あれは、何年前ですかね……まだ、不自由になるまえです」

「なんと書いてあったんですか?」

「あのときは申し訳ありませんでした──そう書いてありました。あの事故は、あなたのせいではありませんでした、と」

「そうですか……」

 憎まれた、ということは、酷い言葉を投げかけていたのだろう。それを悔やんでいたのかもしれない。事故は土砂崩れを回避するために、やむをえず急ハンドルを切ったためなのだ。丸山の操作ミスではない。

「その手紙は、いまも残ってますか?」

「いえ……ここに入るとき、あらかたのものは処分してしまいましたから……ただ、差出人の住所は長野でした」

「長野?」

「はい。長野県のどこだったかまでは覚えていませんが……」



 老人ホームをあとにすると、桑島は佐野経由で、長野県警に照会をお願いした。雨宮小夜の両親が居住していないか。ただし丸山が倒れるまえのことだから、すくなくとも六年以上は経過していることになる。

 はたして、現在でも長野にいるのか?

 ある考えが浮かんでいた。

 もし、忌まわしい過去のある土地に居住するとして、それはどこになるのか……。

 最も、核心をつく場所ではないのか?

 それはつまり、事故現場付近しか考えられない。

 桑島は、その推測も佐野に伝えていた。

 調査が困難な場合には、一週間ぐらいはかかるかもしれない。いや、それ以上か。

 ならば、そのことはひとまず置いておき、視点をひよりへ戻すことにした。

『ラブサスペンス推理法』に思考を切り替える。

 ひよりは、旅行には参加していたが、事故車に同乗していたわけではない。

 そういえば、鈴村聡美もそうだった。

 ひよりは、殺害されていない。いまのところ、鈴村聡美も……。

 もし、その他の被害者が、同じバスに乗っていたとしたら……。

 鈴村聡美は、まちがえられた──という当初の推理が的を射ていたことになる。まちがえたために五十嵐典子が公園で急遽、殺された。

 そうであるならば、吉原ひよりもまちがえられたのか?

 だから、ただ一人、殺害をまぬがれた。

 わからない。

 わからないが、どこかに違和感がある。

 その正体を突き詰めれば、こういうことだろう。

 鈴村聡美と吉原ひよりは、ちがう。

(破綻している……)

 ちがう、といっても……どこがちがうのか説明がつかない。感覚的にそう思えてしまうだけなのだ。

 根拠はないもない。勘のようなものだ。

(推論が錯綜しすぎている)

 もっと、シンプルに向き合うべきなのかもしれない。

 犯罪には、動機がある。

 一見、動機なき無差別殺人だったとしても、人を殺したかった──ムシャクシャしていた……そんな、理由にもなっていないような動機であったとしても、なにかしらはあるものだ。

 生贄事件の場合は、なんらかの儀式であることはまちがいない。

 生贄をだれに捧げているのか?

 それは、神だ。

 天変地異を鎮めるため。

 干ばつを解消するため。

 なにかの願いを成就させるため……。

 それ以外にも細かくあげれば、いろいろなことが考えられる。

 だがこの現代に、天変地異や天候をあやつるために人を殺すとは思えない。

 なにかの願い……それは、なんだろう。

 桑島は、吉原ひよりとともに、疑っている人物を頭に浮かべた。

 雨宮小夜の両親だ。

 もし、両親が……もしくは、そのどちらかが犯人だとして、その願いとはなんなのか?

 わが子が、あの世で平穏に暮らせるように……。

 いや……。

(そんなことならば、あんな猟奇的な行動はとらない。毎日、墓参りで手を合わせていたほうが鎮魂になるだろう)

 では、なにを願っている?

 なんのために、神へ生贄を捧げているのだ!?

 あり得るとすれば……亡き娘をよみがえらせる……。

 バカな!

 そんな妄想を本気で考える人間はいない。

(正気でなければ……)

 ではその疑問を、そのまま吉原ひよりに置き替えてみよう。

 彼女は、なにを望んでいる?

(ない)

 そうだ、そんなものはない。

 両親は健在だし、彼女に生贄を捧げる動機はなに一つない。

 桑島は、胸に広がった深い霧が晴れるのを意識した。

 と同時に、死者をよみがえらせる、というおぞましい想像に震えた。

 雨宮小夜の両親に関する情報は、当時の連絡先ぐらいしかわかっていない。職業も、会社員としか記されていなかった。

 人となりがわからない。

 思想も不明だ。

 雨宮小夜の両親の行方をつきとめることが事件解決にどうしても必要だと、桑島は強く感じていた。


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