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22

         22.同日午後二時


 桑島の想像は、こうだ。

 鈴村聡美と五十嵐典子。背格好も似ているし、年齢も同じ。アルバイト先も。

 犯人の目的は、五十嵐典子だった。

 鈴村聡美は、まちがえられて拉致されたのではないか。だから犯人は慌てたように、あんな公園で犯行をおこなった。

 おこなうしかなかった。

 久本の証言にあった、二人が幼なじみ……小さいころ旅行をしたことがある──という内容。それを立証しようと、川越に向かっていた。

 鈴村聡美の母親に、そのあたりの話を聞こうと考えていた。五十嵐典子の両親という選択もあったが、事件がおこったばかりでは、冷静に話せる状況ではないだろう。

 鈴村聡美の実家を訪れると、緊張した面持ちで母親の京子は待っていた。五十嵐典子が殺害された事件は、ニュースで眼にしているはずだ。が、生贄事件の可能性があるという情報は、いまのところまだ規制されているし、五十嵐典子が聡美と同じ職場だということまではわからないだろう。とはいえ、同じ年代、同じ地域での犯行は、京子にとてつもない恐怖をあたえていることはあきらかだ。

 なかに通されると、京子は泣きそうな顔になっていた。

「テレビでみました……近くで殺人事件があったって……聡美は、聡美は大丈夫なんでしょうか!?」

「お母さん、落ち着いてください」

 できるかぎり、やさしく声をかけた。京子は、それでわれを取り戻したようだ。

「お聞きしたいことがあります。五十嵐典子という名前に心当たりはありますか?」

 その名前をあげることは、今朝の事件と聡美とを決定的に結びつけることになる。できれば、避けるべきだったかもしれない。

 しかし、いまは一刻の猶予もなかった。遠回りをしている時間はないのだ。

「や、やっぱり!」

 京子は、悲鳴のように声をあげた。

「あの事件と、なにか関係があるんですね!?」

「冷静になってください! 聡美さんは、絶対に助け出しますから!」

 必死に語りかけて、彼女の正常を強引に呼び戻した。

「あ、あ……」

 数秒後、京子は首を横に振った。

「知らないんですね? 過去に、聞いたことはないんですね?」

「は、はい」

「よく思い出してください。小さいころ、五十嵐典子さんと聡美さんが、いっしょに旅行へ行ったことはありませんか?」

 京子は、やはり首を振る。まったく思い当たることはないようだ。

 小さいころの旅行──。彼女たちだけで行くということは考えづらい。

 家族旅行でいっしょになった。学校での遠足……いや、二人が学校で重なったことはないはずだ。それはすでに調査されている。聡美は、ここ埼玉県。五十嵐典子は東京都。地域だけで考えるなら、聡美が大学生になるまで、二人の接点はないはずだ。

 それ以外で、ともに旅行へ行くことはあるだろうか?

「なんでもいいです! 小さいころ聡美さんが、旅行や遠足へ行ったことを思い出してください」

「は、はい……」

 京子はアルバムを用意すると、生まれてからの軌跡をたどるように思い出していく。

 家族旅行。学校行事の遠足、林間学校、修学旅行。だが、いずれも該当しそうなものはなかった。

 写真のなかの彼女は、いつでも明るく、笑顔に満ちていた。久本が心を奪われるのも、わかるような気がした。

「あ……」

 そのとき、京子の表情が、あきらかに変わった。

「どうしたんですか? なにか思い出したんですか?」

「あれは……」

 懸命に記憶をめぐらせていることがわかった。桑島は、静かにそれを見守った。

「あれは、長野へ……」

「長野?」

「そうです。たしか長野の安曇野でした。地域の子供会が主催して、他県の子供会と交流をはかる目的だったと思います」

 安曇野──。

 桑島の脳裏に、ひらめくものがあった。

 長野での事件。たしか地図上では、安曇野と犯行のあった山は、それほど離れてはいないはずだ。

「東京から長野、そして山形へ行くはずだったんです」

 山形──。

 全身の血管が、雄叫びをあげたように引き締まった。

 符号が合致した。

 長野、山形。

「行くはずだった……ということは、行かなかったんですか?」

「そうなんです。長野から山形へ行く途中で、バスが事故に遭って……」

「事故?」

「聡美の乗っていたバスは、なんでもなかったんですけど……べつのバスが、崖から転落したんです」

 バスの転落事故……。

 なにかある。絶対に。

「その話を、もっと詳しくお願いできますか!?」

 桑島の願いに、京子は精一杯、応えてくれた。

 参加したのは、この地域──川越や狭山市の子供会のいくつかと、東京の足立区や練馬区、立川市や青梅市などの子供会だったようだ。埼玉の子供たちも東京に集合し、そこからバス五、六台で長野の安曇野へ。そこで地元の子供たちと交流しながら一泊し、翌日には山形へ向かうはずだった。

 しかし、そのうちの一台が転落事故をおこし、旅行は中止になったという。

 転落したバスに乗っていた子供のうち、一人だけが死亡してしまった。

 聡美が小学校三年生のときだったそうだ。

 いまから十二年ほど前の出来事ということになる。

(死亡したのは……、一人……)

 なぜだろう。その部分が、とても重要に感じる。

《一人だけ》

 死亡したのが──。

 助かったのが──。

 不快な想像が、再び脳裏に浮かんでいた。

「その旅行に参加した子供たちの名簿は、どこかに残っていますか?」

「さあ……どうでしょう」

 京子の表情を見るかぎり、その可能性は少なそうだ。

「この地域の子供会も、いまではありませんし……」

 こういうところで、少子化の影響を実感することになろうとは……。

 もし、いまの話が一連の生贄事件に関係があるとすれば、五十嵐典子も、長野で殺害された石井美津子も、山形の立花和美も、奥多摩の那須君子も、その旅行に参加していたのではないか……?

 それだけではない。

 もしかしたら、五年前の全員も……そして、彼女も……吉原ひよりも。

 まずは、それを確かめなくてはならない。

 犯人像は、まだ見えない。

 仮に、その事故が関係していたとして、殺害されたのが女性ばかりだということが腑に落ちなかった。子供会が主催しているということは、少女だけではなかったはずだ。

 復讐?

 いや、バス事故なのだ。運転手や旅行を企画した人間を狙うならわかるが、当時子供だった被害者たちに責任はない。

(一人……)

 ふいに、『サバイバーズ・ギルト』という言葉を思い出した。

 吉原ひよりの証言記録に出てくる言葉だ。聴取を担当した医師によって語られている。

 一人だけ──少数だけが助かったことで、罪悪感に苦しめられる心理状態だという。

 それと、逆のことだとは考えられないか?

 一人だけ死亡した子供の遺族が、ほかの生き残った子供たちに敵意をむける……ありえることではないか……。

 飛躍しすぎだろうか?

 桑島は、胸の奥に暗雲のような、黒いもやもやが広がっていくのを感じていた。


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