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13.同日午後五時
午後からの講義を、桑島は彼女たちといっしょに受けた。大学側には許可を得ていた。すべての授業が終っても、そのまま室内に留まっていたら、チラチラと視線がかゆい。
吉原ひよりの友人、夏美という生徒から向けられるものだ。講義中から、幾度となく感じていた。
「刑事さん……だったんですね」
どこか恐る恐る、たずねられた。桑島は、笑顔で肯定した。
「生贄事件の責任者なんですよね?」
さきほどから聞きたくて聞きたくて、どうしようもなかったのだろう。一度ついた好奇心は底を知らない。
「そういうことになるね」
「それで、アステカやマヤの生贄文化に詳しい矢萩先生に教えを受けるため、この学校へ来たんですね?」
「夏美! 桑島さん、困ってるでしょ。捜査状況とかは話せないんだよ」
吉原ひよりが助け船を出してくれた。やはり、機転が利く。もし彼女が警察官になれば、優秀な捜査員になるだろう。
「ちょっとぐらい話たっていいですよね、桑島さん」
桑島は、曖昧に笑みを浮かべた。夏美の桑島を見る熱意には、異常なものがある。
「で、矢萩先生から、ひよりを紹介された、と」
「矢萩さんは、忙しいようなので……」
あまり深くは話せなくても、ある程度は情報を外に出さなくてはならない。ひよりと行動をともにするためには、理由がいる。本来の目的は、彼女の保護と当時の記憶を引き出すためだ。が、彼女が唯一の生き残りだと、周囲にはわからないようにしなくてはならない。今後の彼女の生活のためにも、それだけは守らなくては……。
そのためには、偽の口実をふれまわってくれるだれかが必要だった。これ以上ないほどに適役の人間が、ここにいた。
明日にでも、この夏美の口から広まった噂話が、大学中に知れ渡っているだろう。
今日、桑島を見た学生の何人か……もしかしたらその多くが、あの記者会見を眼にしている。画面に映った桑島の顔を記憶していない者も多いかもしれないが、わかっている生徒も相当数いるはずだ。その彼ら彼女らに、どうして吉原ひよりと、テレビに出ていた警察官がともにいるのか──その理由をあたえてあげなければならない。
「ねえ、もうバイトの時間でしょ?」
ひよりが、タイミングを計っていたかのようにそう言った。講義室の正面、教壇の真上に取りつけられている時計の針が、夕方五時を指そうとしていた。
「あ、ヤバい!」
「わたしと桑島さんは、まだしばらくここにいるから」
「じゃあ、おさき!」
早足で夏美は去っていく。室内には、桑島とひよりの二人だけになった。
「なんか、うまくいきましたね」
「そうだね」
桑島は、ひよりと笑い合った。
しかし、和やかなムードばかりではいけない。デートにやってきたのではない。桑島は精一杯、表情を引き締めた。彼女のほうも、それに呼応する。
桑島は机の上に、写真を並べていく。
三枚。新たな生贄殺人の犠牲者三名の顔写真だった。
立花和美。石井美津子。那須君子。
立花和美が山形で。石井美津子が長野。三人目の那須君子が、都内で殺害された。
桑島は写真を指さしながら、ひよりにそう説明していく。
「彼女たちに、心当たりは?」
「知らない人たちです」
「名前に、聞き覚えは?」
「……ありません」
答えに、一瞬の間があいた。
「吉原さん?」
「あ、いえ……那須君子さん……どこかで耳にしたことがあるような……」
だが、思い出せないようだ。
「むかしの知り合い?」
「いいえ……」
「たとえば、小学校のときに転校してしまった子とか」
「いいえ……気のせいかもしれません」
顔写真を見ても思い出せないのだから、たしかにそういうことなのかもしれない。もっと年齢を重ねていれば、子供のころとは大きく変貌をとげていることもある。彼女や被害者の若さでは、どんなに印象が変わっていても、面影は強く残っているものだ。それに、本当に知っている名前だとしたら、大抵の場合、聞いた瞬間に思い出しているだろう。
桑島は、写真をしまった。
「もういいんですか?」
「うん。寮まで送るよ」
大学を出て、寮までの薄暗い道を歩いていく。路地とはいえ、人通りは多いから、たとえ彼女一人だったとしても、それほど危険度は高くない。
「バイトはしてないんだよね?」
「はい。親に禁止されてます」
どこか不機嫌そうに、彼女は答えた。
「いつまでも、子供あつかいなんです」
「そういうものなんじゃない? 女の子の親っていうのは」
彼女の境遇を考えれば、過保護になるのも納得できる。自分が親でも、そうするだろう。できれば、学校と寮を往復するだけの生活に専念してもらいたい。だが桑島は、あえてそのことにはふれなかった。
彼女は、どこまで想像しているのか?
恐ろしい足音が近づいてくることを……どこまで。
それが、的外れな危惧であってほしい。
桑島は、心からそう思っていた。
* * *
この人は考えている。最悪のシナリオを。
ひよりは、彼の微妙な表情の変化に気づいていた。
新たなる犯行。その三件目。
近づいている。着実に、ここへ。
わたしのところへ──。




