9.動物達の水事情を聞きました
「あっ、さっき美味しいものくれた奴がいるぞ!」
「本当だ! ああ、またもらえないかなぁ……じゅるり」
「やっぱりオオカミは怖いよぉ……」
声がする方を振り向くと、そこには以前俺がおにぎりをあげたリス三人組が木の上にいるのが見えた。
美味しいものをくれたという発言からして、リス達はおにぎりを食べたんだろうな。
「さっきの食べ物はおにぎりっていうんだ! 美味かったかー!?」
「えっ、あのトカゲ、オレ達に話しかけてきているぞ!?」
「本当だぁ!? でも食べ物くれるなら別にどうでもいいやぁ……じゅるり」
「食べ物は美味しかったんだよぉ……」
三人ともマイペースだなぁ……
まあ別に構わないんだけど。
「トカゲさーん、ボクにもう一個、おにぎりってものをちょうだーい」
「こらっ、何言ってんだ、こいつは!? ……でもオレも食べたいなぁ」
「わたしも食べたいんだよぉ……」
どうやら三匹ともおにぎりを気に入ってくれたようだ。
やっぱりおにぎりは種族関係なく美味い物だよな!
今回もあげたいところではあるのだが、そんな事をしていたらあっという間に金欠になってしまうので。
「おにぎりを気に入ってくれたのは嬉しいが、さすがに何度もただではあげられないな」
「だとすればどうしたらくれるのぉ?」
「そうだな……お前が持っているその木の実と交換するっていうのはどうだ?」
リスのうちの一匹が持っている木の実。
それを女神ショッピングの売却アナウンスにかけると……
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あの”アレノスナッツ”は所有できないので売却できません。
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まあ、あのリスの所有物なのだから売却できないのは当たり前だよな。
それよりも、この”アレノスナッツ”という木の実は売却したことがあるのだが、売却額は確か120Bだったはずだ。
それはつまり、100Bのおにぎりと交換することによって俺は20Bの利益をもらう事ができる。
おにぎりはこの世界では希少な物だろうし、多少は価値を上乗せしてもいいよな。
交換を持ちかけられたリスは困惑しているようだ。
今回もただでもらえるものと思っていたんだろうから無理もないか。
世の中はそんなに甘くはないんだよ、リスさん達。
あげたいのはやまやまなんだけど、それじゃただの甘やかしだしな。
「えっと……ちょっと考え直してくるねぇ。本当にどうしようかなぁ?」
「あっ、ちょっと待てよ!」
「わたしを一人にしないでよぉ……」
そういうとリス達はみんなどこかへ去ってしまった。
ちょっと厳しい事をしちゃったかな?
「なるほどね。何か持っているものと食べ物を交換する。これが物々交換っていうわけね。交換するものは何でもいいの?」
「いや、何でもいい訳ではない。物にはそれぞれ値段っていうものがあるんだ。さっきの木の実はたまたまおにぎり一個分の価値だったというだけだ」
「そうなの。なら何かを持ってきても交換できない場合もあるという訳ね?」
「ああ、そういう場合もあるだろうな。だけど逆に一つの物でおにぎり二個と交換できる可能性だってある訳だ」
うんうんとうなづくコクリ。
どうやら仕組みを理解してくれたようだ。
コクリやリス達の反応をみていると、物々交換の仕組みは野生の生き物にとっていかになじみのないものなのか分かるな。
まあ実っている木の実とか、自然になっているものを食べて暮らしていたんだろうから、交換するなんて概念がなくても無理ないんだけど。
「ねえエンラ、ちょっと喉渇いちゃったから、移動してもいい?」
あっ、言われてみれば確かにだいぶ喉渇いているな。
水分とらずにおにぎりだけ食べていたら、そりゃ喉は渇くだろう。
「ああ、構わないぞ。水飲み場に向かうのか?」
「ええ。あんまり気は進まないんだけど……」
「一緒に行ってもいいか? 実は俺、あんまりここの土地に詳しくないからさ」
「……分かったわ。一緒に行きましょう」
コクリがあんまり乗り気ではないのはどうしてだろう?
水飲み場が貴重だから俺に教えたくないとかそういう所か?
いや、でもそういう訳ではなさそうなんだよな。
とりあえず行ってみれば分かるか。
水も女神ショッピングで頼んでもいいんだが、水は飲料としてだけではなく、他にも様々な用途があるからな。
水のある所を把握しておくのは悪い事じゃない。
ここの地理に疎い俺にとってはコクリに水の在り処を教えてもらえる願ったりかなったりな状況って訳だ。
という訳で、俺はコクリに黙ってついていくことにした。
あっ、その前にあれを買わないと。
今の俺は四足歩行だから翻訳機を持ちながら移動する事は出来ないしな。
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以下の物を購入しました。
残り所持金 2820B
レザーミニショルダーバッグ 500B
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購入したバッグは人間用のサイズみたいなので、ミニといっても、今の俺の体にちょうど良い大きさだ。
俺はバッグを体にかけ、そのバッグの中に翻訳機を収納する事にした。
バッグを購入した後、俺はコクリの後を追った。
「……着いたわ。あれが私が水飲み場にしている所よ」
「えっ……!? 水飲み場って、あれがそうなのか!?」
俺は目を疑った。
何故なら、コクリが水飲み場といった所には茶色く濁った水たまりしかなかったのだから。
飲料にする水というくらいだから、川の上流を流れる綺麗な水を想像していたんだが……
「今までずっとこういう水を飲んできたのか!?」
「ええ。エンラはここの水を飲んだことはないの?」
「えっと……俺はおにぎりと同じ要領で水も手に入れられるからな」
「なるほど。だから知らないって訳ね……」
ハア……とため息をつくコクリ。
俺は小さな容器と水を購入し、コクリに綺麗な水をあげることにした。
ちなみに小さな容器は二つで200B、水は1リットル100Bで、300Bの出費である。
「ごくっごくっ……ぷふぁっ! おいしいわね、この水!」
「そりゃあそんな泥水と比べたら美味しいだろうな。ここの近くには川とかないのか? 川の水の方が全然綺麗だろ?」
泥の水たまりは水に流れがないので、ただ不純物がたまる一方だ。
雨が降らない限り、水は蒸発する一方だし、とても綺麗になるとは思えない。
川の水であれば、絶えず上流から水が流れてくるし、少なくとも水たまりの水よりは断然綺麗だろう。
「あるにはあるわ。でも……」
「何か事情があるのか?」
「ええ。川にはサハギンが棲みついているの。私達が川の水を飲もうものなら、容赦なく襲ってきて、そして食べられてしまうの」
「そりゃ酷いな……でもコクリほど強いんだったらサハギンに勝てるんじゃないのか?」
「それは無理よ。サハギンは魔物。動物の私とは能力に格差があるもの」
動物と魔物……
そういう格差があったのか、この世界には。
初耳だな。
「そんなに差があるものなのか?」
「ええ、かなりあるわ。私は動物の中では強いと思うけれど、ほとんどの魔物には敵わないもの」
「なるほどな。でもあの二つ頭の犬の魔物はコクリが倒していたんじゃないか?」
「あいつは魔物の中では弱い部類に入るもの。一対一であればそれなりになら戦えるわ。それでも倒しきるには及ばないわね。倒せたのはエンラの支援があったからこそよ」
まあ確かに言われてみれば、コクリはツインヘッドと互角には戦っていたが、徐々に押されていた感じがあったもんな。
頭の数が違うからコクリの受けるダメージの方が大きかったし。
自分でいうのもなんだが、俺が作った隙があったからこそ、コクリは勝機を掴めたという感じだろうな。
「実はサハギンも単体ではあいつと同じ位の強さなんだけど、集団で襲ってくるからとても敵わないの」
「確かにあのツインヘッドとおなじ強さのヤツがたくさんいたら勝ち目なんてないよな」
「ええ。だからこの辺りの動物達はみんな川の水を飲む事ができないの。どこかにできた水たまりの水を飲んで生きるしかないのよ」
この辺りに住む動物達はみんな、ああいう泥水を飲んでいるのか。
何だか気の毒な話だな。
だからといって、俺にサハギンを蹴散らす事ができる力がある訳でもないしさ。
どうしたらいいんだろうか?
「この辺りにサハギンに勝てる生物は誰もいないのか? 例えばコクリ達、オオカミが集まれば、サハギンの集団に対抗できそうなものだが?」
「………………」
「あ、ああ、気に障ること言っちまったか!? すまない、気にしないでくれ!」
コクリはうつむいて黙ってしまっている。
オオカミは基本的には集団で生活する生き物のはずだ。
なのにコクリは一匹で生活している。
何か訳があるには違いないし、迂闊にそういう話題を出すべきじゃなかったな……
ここは話をそらそう。
「そういえばサハギン以外にも魔物はいるよな。その中にサハギンを圧倒する、もしくはそれに匹敵するようなヤツはいないのか?」
「……いるわ。むしろソイツがいるからサハギンはあの辺り、川の中流で踏みとどまっているといった方がいいかしら」
「踏みとどまっている? つまり川の上流にソイツがいるという訳か?」
「ええ。その川を上流の方向に進んでいくと、大きな湖になっている所があるの。そこに生息するのが湖畔の主、ドルフィンレイク。ソイツに見つかった者は容赦なく湖の中に引きずり込まれ、息絶えていくといわれているわ……」
湖の中に引きずり込まれる……
それは恐ろしい話だな。
サハギンがソイツを避けて中流で踏みとどまるほどなのだから、よほど強いんだろうな、ソイツは……
「そのドルフィンレイクは一体だけなのか?」
「いや、複数体いるみたい。でも大体遭遇するときは単独でいる事が多いそうよ」
単独でいるのか。
ドルフィンというとイルカだから、てっきり集団で生活していると思ったんだが。
そもそもイルカが海ではなく湖に住んでいるという時点で、前世の常識は通用しないって事だろうけど。
さて、状況は何となく分かったが、どうしたものかな?
……やっぱりまずはサハギン達と話し合いをするべきか。
俺には言語理解、それに翻訳機がある。
恐らくサハギン達と話し合いは出来るはずだ。
今までサハギン達が川を独占していた事にも理由があるのかもしれないし、聞いてみない事には始まらないだろう。
サハギン達に動物達が川の水を飲む事を許容してもらえたら話は早いもんな。
それがダメだったらサハギン達を蹴散らしてもらえるようドルフィンレイクと交渉してみると良いかもしれない。
「コクリ、俺はちょっとサハギン達と話し合いをしてみたいんだ。サハギン達の居場所は分かるか?」
「ええっ!? あの凶暴なサハギン達とですって!? やめた方がいいわ。あなた、死んじゃうわよ?」
「大丈夫。別に川の水目当てじゃないし、ちゃんと距離も取る。川に近づきすぎなければ、いきなり殺されることはない。そうだろ?」
「それはそうかもしれないんだけど……」
コクリは心配そうに俺を見つめている。
まあ確かに相手は強い上、複数体いるんだもんな。
いくら用心して行くつもりだとはいえ、それでも命を危険にさらすことには変わりないだろう。
「コクリはある程度の場所さえ教えてくれればいいぞ。そうしたら後は俺一人で行くから」
「いや、そんな事はさせないわ。私も行く。私にはここしか居場所がないもの……」
「ん? まあコクリが一緒について来たいというのなら止めはしないが……」
ここしか居場所がないってなんだか意味深な発言をしたな、コクリの奴。
まあそこはあまり深く追及しない方がいい部分だろうな。
俺はコクリがついて来てくれるという事にただ感謝だけしておこう。
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三日目:残金2520B
収入:なし
支出:バッグ500B、小さな容器200B、水100B
収支:ー800B
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