282.ゴルザが例の厄介な技を使ってきました
俺の攻撃が当たったことで、動揺するゴルザ。
それを見たワルデスは、ニヤリと笑みを浮かべ、念話をしてくる。
『やるじゃねえか、エンラ!……それで、心の方は大丈夫なのか?』
『大丈夫なんかじゃねえよ。ひたすら修行を繰り返していたようなもんだし、気が狂うと思ったわ!』
自分がかつて実際に経験した出来事とはいえ、修行の記憶を何度も繰り返し見続けるのは気が滅入ってくる。
この疲れがある上に、さらに自分と異なる感情を味わい続けるなんて事をしたら正気を保ってられるとは思えない。
ワルデスが記憶をなくした頃の俺がおかしくなっていたというのも、今なら身に染みて理解できるんだよな。
「ま……まぐれ、です。わ、ワタシがこんな器ごときに……遅れをとるはずがない!」
ゴルザはそう言うと、先程までとは一転して攻めに転じてきた。
手に持った杖を俺の方に向けて、闇属性の魔法を矢継ぎ早に放ってくる!
だが。
「はっ、させるかよっ!」
ワルデスが余裕の笑みを浮かべ、その攻撃に対抗する。
すると、俺に襲い掛かろうとしていた闇の攻撃は、ワルデスが放った魔法によって、ことごとく打ち消されていく。
全ての魔法を防ぎ切ってもなお余裕そうなワルデスは、そのままゴルザに魔法の攻撃を行い、それが命中。
精神的な余力をなくしたゴルザに対し、余力がうまれたワルデス。
先程までゴルザが唯一ワルデスに勝っていた精神的な優位性も失われ、ゴルザはワルデスになす術がないようだった。
そこからゴルザはワルデスの攻撃を受け続け、もはやそのまま勝敗を決する……かと思ったが、そうはうまくはいかないようだ。
「……この体はもはや限界、ですか。使い勝手はなかなかよかったのですが、仕方ないですね」
ゴルザは寂しそうにひっそりと笑みを浮かべると、その次の瞬間、闇の槍がゴルザの体を貫く。
ゴルザは血を吐き、そして力なくその場で倒れ込み、動かなくなってしまった。
「……勝ったのか?」
「……いや、まだだ。ゴルザの気配は消えてねえ。……まずい、トラージ、今すぐここから逃げろっ!」
ワルデスは焦った様子でそう叫ぶ。
トラージは野生の勘が働いたのか、ワルデスが叫ぶか叫ばないかのタイミングで、この部屋からの離脱を試みていたようだった。
だが、トラージはその途中でいきなり倒れ込み、そして、ゆっくりと立ち上がる。
「……ふふ、よく鍛えられた体ですね。魔力には乏しいようですが、まあ、良いでしょう」
そうつぶやいた虎の獣人は、ゆっくりとこちらの方に振り向いた。
青い瞳をしていたトラージだったが、今のトラージは赤い瞳をしており、いつものトラージではないことは明白だ。
トラージの不自然な言動。
それにゴルザを倒したにも関わらず、消えないゴルザの気配。
その事から察するに。
「お前は……ゴルザなのか?」
「……何言ってるんだ、エンラ? ゴルザなら先程死んだのはエンラも見ただろう?」
虎の獣人は、愉快そうな表情を浮かべながら、そう言ってきた。
虎の獣人―――いや、ゴルザはこの状況を楽しんでやがる。
トラージの体を乗っ取り、そして何食わぬ顔をして、俺達の前に立っているのだ。
まるでトラージ本人であるかのように口調まで真似て。
本当にゴルザの、人を侮辱する行為にはヘドが出る。
……許さねえ。
コイツだけは、絶対に許さねえからな!
俺は怒りの感情を抑えながらも、牽制の意味もこめて、ゴルザに魔法攻撃を放つ。
だが、ゴルザはその攻撃を易々と避けてみせる。
「エンラ、ひどいじゃねえか。いきなり攻撃するなんてよ。それとも、なんだ? ここで、またオレと勝負したいと言う事で良いんだな?」
「……言ってろ。そのガワをこの場で外させてやるから、覚悟しておけ」
トラージが話しそうな事を平然と言ってのけるゴルザに吐き気を感じながらも、俺はゴルザに宣戦布告をする。
そしてまた人間の体だったゴルザに対してと同じく、攻撃を仕掛けるのだが、そのことごとくをゴルザは避けてきた。
トラージは過去数えきれないほど大会で優勝するほどの力の持ち主だ。
それだけトラージ自身の戦闘技術があるということでもあるが、魔法を使わずにそれだけの立場になれるだけの身体能力があることは疑いようもない。
そして、ゴルザも長年生きてきただけの少なくない戦闘技術を持ち合わせている。
その鍛えられたトラージの力を引き出せる実力を持っていたと思ってもおかしくないだろう。
先程絶命した人間の魔法使いの体よりもはるかに優れた身体能力を手に入れたゴルザは、より動きにキレを増し、俺の攻撃は再び当たらなくなってしまった。
そして、守りだけでなく、攻撃の変化も劇的であった。
「やる気があるのは上等だけどよ。そろそろこちらからも行かせてもらうぜぇ?」
ゴルザがそう言った次の瞬間、俺の体は宙に浮き、そして地面に叩きつけられた。
俺が視認できないほどの超高速移動からの体が浮き上がるほどの攻撃。
まさに、先程までのゴルザとは違う。
今のゴルザは、まさしく大会の覇者。
トラージと同等以上の実力を持っていると思っても差し支えないだろう。
『……エンラ、どうする? このままだとマズいぞ』
『だよな。トラージの体からゴルザを追い出すのも骨が折れそうだし、そもそもあのゴルザに勝つのも難しそうだよな。……ワルデスは、あのゴルザと戦って勝てる自信はあるか?』
『そうだな。五分五分っていった所か。人間としてできるレベルの中での話だが』
勝率は五分五分。
それは闘技場でトラージに勝つ確率と同じ表現だ。
それはつまり、今のゴルザがほぼ完璧にトラージの体を使いこなしているという事をワルデスも認めていることになる。
『なるほどな。つまりはトラージ本人と戦うのに等しいって訳か。……だけど、ここは闘技場ではないし、人の目もない。人間としてできるレベルをとっぱらう事はしても問題ないよな?』
『そうだな。まあ、それだけエンラの体に負担をかける事にはなるとは思うが』
ワルデスはニヤリと笑みを浮かべて、そう答える。
ワルデスもここでは人間として振る舞う必要がないことに気付いていたのかもしれない。
『なら、ワルデス、やってみろよ。別に人間態にこだわる必要はねえ。ワルデスの望む体に変身して、それからその体を貸してやるよ。それなら勝率はどれ位なんだ?』
『そこまでしてもらって、勝てない方がどうかしているだろうよ』
『なら、ワルデスに全てを任せる。あのトラージに勝って、ゴルザの魂をトラージから追い出してくれ!』
『任された! エンラ、今から俺様が言う準備をしてくれ―――』
ワルデスに全てを託す事に決めた俺は、ゴルザの攻撃を避けたり受けたりしながらも、ワルデスの指示に従い、着々と戦いの準備を整えるのだった。




