271.退屈な戦いを終わらせました
「お、おい……マジかよ。なんで、なんで当たらねぇんだよっ!?」
トラージは必死に攻撃を繰り出してくるが、その攻撃は全く俺に当たらない。
そのカラクリは単純で、俺がトラージの攻撃範囲を見極め、その範囲外に移動し続けているだけだ。
だが、目にも止まらない速さで動けるトラージにとって、自分の攻撃が当たらないというのは未知な体験だったらしい。
そして、まだ見ぬ強敵と出会えたという喜びを感じているのだろう。
トラージは焦りを見せながらも、その口元は緩んでいた。
俺は内心退屈していた。
所詮、その程度か、と。
その程度のヤツに、俺はされるがままになっていたのかと思うと、今までの弱い自分が憎たらしくなってくる。
また、そろそろこの退屈な戦いを終えようと考え始める俺。
こんな退屈な戦いを続けるより、もっと心が躍る戦いを楽しみたい。
今は気を失っているのであろう、俺の分身との、心躍る全力の戦いを。
「遊びは終わりだ」
「……あぁ? 今、なんて―――」
「ヘルブレイズ」
俺は炎属性の最上級魔法、ヘルブレイズを使用する。
俺が持つ膨大な魔力を惜しげもなく使ったその魔法は、トラージにとって、当たれば瀕死状態必至の魔法だ。
魔法の範囲は円形の広場全域。
トラージに逃げ場はない。
トラージは逃げ場がないことを悟ったのか。
逃げる素振りもなく、受け身の姿勢をとり、その場に立ち止まる。
ヘルブレイズの魔法は容赦なくトラージへと襲いかかった。
魔法耐性にも優れているであろうトラージの体も容赦なく決定的なダメージを与えていくヘルブレイズの魔法。
ヘルブレイズの効果が終わった頃には、全身黒こげになった瀕死のトラージが地面に横たわっていた。
俺はゆっくりとトラージの方へ歩いていき、その右手に握られているリスのぬいぐるみを奪い取り、ほこりを払う。
「……良かった。無事だったみたいだな」
ヘルブレイズのような炎の魔法は実際の炎とは異なり、自らが敵と認識した相手のみを焼き尽くすものだ。
だから敵と認識していたトラージには魔法の影響を受け、そうでないワルデスは全く魔法の影響を受けてはいない。
だからリスのぬいぐるみは全く焦げてはいなかった。
「……き、決まったようだな。今大会の優勝者は、エンラ! 優勝常連のトラージを破った大金星での優勝だ!」
バラーナの声がそう聞こえると、会場中が大歓声に包まれた。
そういや、この戦いは大会の決勝だったな。
俺は色んな意味でそれどころではなかったが。
……まあ、それも全て終わった事だし、どうでも良い。
やるべき事を終えたら、ここから出て行って、体調が回復したワルデスと一騎討ちといこう。
そうやる事を決めた俺は、リスのぬいぐるみを見下ろす。
リスのぬいぐるみには目立った外傷はないが、ぐったりとしていて生気を感じられない。
ぬいぐるみからは光属性の魔法の残滓が感じられるから、恐らくワルデスはトラージの光属性攻撃を受け、一時的に意識を失ったといった所だろう。
ワルデスの魔力は俺の中で健在だし、そもそもあんなに強いヤツがこれっぽっちのことでくたばるとも思えないのだ。
意識が戻るのは時間の問題とみて間違いない。
会場の修復のため、一旦広場から追い出される俺。
借りている宿に戻って、しばらくボーッとして時間をつぶす。
それから30分ほど経つと、表彰式が行われるというアナウンスが流れる。
俺はいつものように、広場前の扉まで向かう事にした。
扉の前には、既に二人が待っていたようだ。
一人は全身を包帯でグルグル巻きにされたトラージ、もう一人は身軽な格好をしたハンターの男だ。
きっと三位までが表彰されるから、二人ともここに集まっているのだろう。
俺が近付いて来た事に気が付くと、トラージが俺の方に顔を向け、話しかけてきた。
「おう、エンラ。優勝おめでとさん。まさか、あれほど強えとはな。ちょっとお前を怒らせ過ぎちまったか?」
トラージは目線をそらし、心配そうな声で俺にそう聞いてくる。
そんなトラージに対し、俺の反応は。
「そう、だな。だが、もう終わった事だ。これ以上痛めつけようとは思っちゃいねえよ」
弱者をいたぶり続けるというのは、ワルデスの記憶で散々味わったし、今更興味もない。
はじめのうちは仮初の優越感に浸れるものだが、だんだんと退屈になってきて、つまらなくなる。
意味がなくて時間の無駄だと分かっているから、そんな事をしようとは思えないのだ。
トラージがやった事に対して不満に思う所はあるが、それに事前に対処できなかった自分の落ち度もあるのも事実だしな。
「それは良かった。……ところで、負けたオレが言うのもなんだが。そのお前さんの強さがどこから来ているのか。本当の事を話してくれる気になったりはしないのか?」
「話すつもりはない。つきまとっても無駄だ。邪魔をするつもりなら、容赦なくぶっ潰すから、覚悟しておけ」
「……そうか、分かった。負けたオレには何を言う権利もねえ。気分を損ねるような事を聞いて悪かったな」
トラージは残念そうな表情をしながらそう言った。
このトラは、未だに俺の強さの理由を知りたがっているみたいだな。
もっとも、トラージとの戦いの前後では、俺にとっての強さの意味合いは変わってくるのだが。
直視するのがはばかられる程の残酷な光景。
それに対する狂気じみたワルデスの感情。
それをまるで自分自身が体験することを何度も繰り返せば、誰だって正気を保っていられなくなるだろう。
俺は何とかその狂ったような経験を乗り越え、以前とは比べ物にならないほどの戦闘力を手に入れた。
だが、俺自身には自覚がないが、今の俺は以前の俺とは何かが変わってしまっているのだろう。
そして、以前までの俺にはもう戻れない。
もはや何が俺で、何が俺じゃなかったものなのかが分からなくなっているのだから。
それからは扉が開くまでの間ずっと沈黙が続く。
扉が開いてからは、それぞれがそれぞれのペースで、円形の広場へと向かっていった。




