263.トラージの実力はとんでもないようです
3の組も1や2の組と同様、円形の広場に散り散りとなって移動をし始める。
ただ、その形はひどくいびつだ。
具体的に言えば、広場の中央にトラージが座り込んで、他の参加者がトラージを避けるように、広場の外周に固まってる有様である。
その状況をトラージは退屈そうな様子で眺めて、大きくあくびをし始めた。
……これが優勝者の余裕ってやつか。
いや、というよりも、誰も自分に立ち向かおうという気力があるヤツがいないから、興味が持てていないって言った方が正しいかな。
というのも、退屈そうなトラージはじーっと俺の方を見てきているし、手を振ったりもしてくる程なのだから。
トラージの視線に気付いた何人かの観客が俺に視線を向けてくるし、本当に良い迷惑である。
そのせいで、試合が始まるまでの時間が非常に長く感じられることになってしまった。
「それでは、3組目の予選を始めるとしよう。トラージ殿も準備は良いか?」
「ああ、いつでも良いぜ。さっさと始めてくれ」
「では、始めるとする。3秒前……2、1、はじめっ!」
トラージに一声かけてから、バラーナが試合の開始を宣言した。
……だが、それでも誰も戦いを始めようとしない。
参加者は全員、トラージに視線が釘付けになっているようだ。
1の組と2の組を見てきた俺からして、その状況は明らかに異常だった。
トラージの行動によって、他の参加者の行動が決まる。
それ以外の行動は全く意味を為さないとでも言うかのように。
事実、この3の組においてはそうなのだろう。
いくら他の参加者を倒して道具を増やした所で、圧倒的な力の差は埋まらない。
それが分かっているからこそ、不要な戦いを避け、トラージの動きを注力することに全力なのだ。
「あー、誰も来ねえのかよ。ったく、しゃあねぇ」
トラージはだるそうにゆっくりと立ち上がると、人が集まっている方向へと体を向ける。
すると次の瞬間、十数人の人が突然高く空に打ち上げられる様子が目に映った!
『おっ、トラージのやつ、高速で人間を蹴り上げやがったな。この目で見ると、なかなかスリルがあるぜ』
『ワルデス、随分と余裕そうだな……。俺は正直驚いているんだが』
『まあ、アイツの本気はこんなもんじゃねえからな。アイツの本気はこれの数倍は速いぜ?』
『ま、マジかよ……。なんか俺、自信なくなってきたわ』
油断していたとはいえ、今の俺にはトラージの動きが見えなかった。
だけどワルデスによれば、本気のトラージはこれの数倍は速いという。
そんな化け物を相手にするんじゃ、確かに人間態の俺より強いとワルデスが断言するのも理解できる。
というか、ドラゴン形態の俺でも敵わないんじゃないかとすら思えてくるよな。
まあ、この人が集まる闘技場の中ではドラゴン形態になる訳にはいかないから、そうしたくてもできないんだけど。
『ワルデスなら、人間態の俺でもトラージに勝てるのか?』
『どうだろうな? 正直五分五分といった所じゃねえか? 人間ができる行動だけに絞った場合での話だが』
『ま、マジかよ……。ワルデスでさえそれなのか。つまりは俺がいくら頑張った所で―――』
『十中八九勝てないだろうな。まあ、エンラの知識にあるマンガだっけか? その話に出てくるように、急に覚醒すればもしかしたら分からねえが』
『ああ、よく分かったよ。トラージとの戦いはお前に任せる。お前だけが頼りだ、ワルデス』
『諦め早えな! あれだけ自分でやらないと意味がないっていう威勢はどこいったんだよ!?』
ワルデスからの容赦ないツッコミにぐうの音もでない俺。
……いや、本当は俺も自分で戦いたいんだぞ?
ただ、本当に戦うことだけに注力すると、人間の姿を保っていられる余裕なんてなくなるだろうし、突然ドラゴンの姿に戻っちゃったら、会場が大騒ぎになるだろう。
今回はギルドカードの名前も明示されてしまってるから、少なくともその姿と名前は人間の世界で使えなくなる。
色々と困ることだらけなのだ。
とはいえ、努力もせずに諦めてしまうのはさすがに格好悪い。
という訳で、落としどころとして、トラージを本気にさせるまでは俺が頑張って、本気になってからはワルデスに頑張ってもらうことにした。
それでも、あのトラージを本気にさせるだけでも相当頑張らないといけないだろうから、気は抜けないのだが。
3の組の予選が終わったら、ワルデスと特訓をしにいかないとな。
と、ちょっと考え事をしすぎたな。
今試合はどうなって……って、ええ……!?
俺がふと顔を上げると、そこには広場に広がる倒れる人々の山と、トラージともう一人。
少し意識をそらしている間に、どうやら3の組はトラージともう一人に絞られたようだ。
「おう、少しは骨のいるヤツがいるじゃねえか。せいぜいオレを楽しませてくれよ」
「……ッチ、なんでいきなりチャンピオン様が予選にいやがるんだよ。本当に趣味が悪いぜ」
「どうせいつかはオレと当たるんだ。少し早く当たるだけで文句なんて言うなよ。男がすたるぜ」
恨み言も軽く流すトラージ。
これ以上文句を言っても意味がないと悟ったのか、トラージと相対する男は黙って、次の一撃に向けて集中を始める。
すると、男が持っている銀色の剣が緑色の光をまとい始める。
恐らく、風の魔力をこめた渾身の一撃を放とうとしているのだろう。
手数を重ねた所で、トラージほどの強者ともなれば全く通用しない。
だからこそ、最大の一撃にかける気持ちは良く分かる。
そして対するトラージもその男の邪魔をすることはなく、ただ力が貯まるのを待っているようだ。
「これで、決める! いくぞっ」
「ああ、その意気だ」
ニヤリと笑みを浮かべるトラージに向かって、全速力で立ち向かう男。
男はその勢いのままトラージへ剣を振り下ろした瞬間、広場には緑色の光が覆いつくした。
「……これでも、届かないのかよ。化け物が」
その声が聞こえると同時に、ドサリと誰かが倒れる音が聞こえてきた。
光がおさまり、円形の広場が視認できるようになると、そこにはトラージが一人立っているのが確認できた。
勝利を決めたトラージは俺の方を見て、ニヤリと笑みを浮かべる。
だから、そんなに俺の事を見るなっての……。




