229.悪魔は意外とドジなようです
悪魔の集落はシロカのエリアと雷虎のエリアの狭間にあるらしい。
そしてその辺りまで空を飛んでたどり着いた俺。
だが、その場には障害が立ちはだかる。
「……なんだ、この霧は? こんなに霧が深いと地形が全く分からないぞ?」
濃霧。
あまりに深い霧は俺達の進路を妨げる。
「この霧のおかげで私達は穏やかに過ごせていたのです。なのに、族長はどうしてわざわざ平穏を乱すような事を……」
「それをこれから聞きに行くんだろ、悪魔さん。だけど、この霧は困ったな。何となくだが霧からは魔力を感じるし、ただの霧でもなさそうだ」
「ああ、その通りだぞ、エンラ。この霧は悪魔の集落を守る自然の防壁となっているが、そこに悪魔の魔力を加える事によって、幻惑作用を霧に付加しているんだ。そうする事によって、部外者の集落への侵入を許さないようになっている」
幻惑作用を含んだ濃霧か。
そんなものが集落周辺を覆っているのなら、誰も侵入できないのも当然だな。
「この霧は悪魔にも作用するのか?」
「ああ、するぞ。だからこの霧は悪魔が無断で集落の外に出ないようにする役割も兼ねているのさ」
「なるほどな……。でもそうなると、どうしてこのリザードマンの悪魔は集落の外へ出られたんだ? 普通外へ出られないはずなんだろ?」
俺がそう言うと、俺とワルデスはリザードマンの悪魔の事をじっと見つめる。
すると悪魔は慌てたような表情を見せて――
「あっ、えっと……私、力を使ったんです」
「力?」
「はい。私は力を使って一時的に霧を払ったんです。それによって何とか私一人だけは集落から抜け出す事ができました。ですがその反動で闇の魔力が尽きてしまい……」
「それで見るに堪えない状態になったという訳か、なるほどな。その割にはよくあそこまでたどり着けたものだ。かなり距離があると思うんだが」
「それは転移魔法で私を助けてくれそうな人がいる場所に行きたいと願ってたどり着いたんです。本当にあなた方に会えてラッキーでしたよ」
そう言ってにっこりとほほ笑むリザードマン。
……というか、自分を助けてくれそうな人がいる場所ってそんな曖昧な指定でよくあそこにたどり着けたな、おい。
転移魔法って失敗したら大変な事になる危険な技らしいのに、よくそんな事ができるものだ。
こいつ、臆病な性格をしている割には意外と大胆な一面もあるんだな……。
「よくそんな危険な事を易々とできるもんだな……」
「えっ? あっ、そういえば普通のお方であればそのような感想になりますよね」
「普通のお方って……お前は違うのか?」
「はい。何て言っても私は悪魔ですから。この体がダメになったら、近くにある別の体に憑依し直せば良い話です」
ああ、そういう意味での普通かそうじゃないか、か。
悪魔は精神生命体だから肉体に依存しない。
だからこそ今の肉体がダメになっても、別の肉体に移れば良いだけの話って訳だな。
全く、悪魔っていうのはつくづく常識が通用しない生き物だ……。
だけど、そうできたとしてもリスクは全くない訳ではないんじゃないか?
「なあ、気になったんだが、もし転移に失敗して、その近くに生物がいなかった時はどうするんだ? 例えば地中深くに転移して体が埋もれてしまったら詰まないか?」
「……あっ。そんな事は考えた事もなかったです。確かにそうなってしまったら詰みますね。ああ……私、何て危険な事をしていたんでしょう?」
そう言うとブルブルと震えるリザードマンの悪魔。
悪魔のその弱気で臆病な性格ってリザードマンの頑丈そうな体とはミスマッチだよなぁ。
そんな事ができてしまうのは悪魔が肉体に依存しないからなんだろうけど、何だかな。
……まあ、俺もドラゴンの身体なのにドラゴンらしい事してないから、人の事はあまり言えないんだが。
そういえば、転移魔法の危険性について教えた後でなんなんだが、転移魔法で直接悪魔の集落へ行けたりしないものだろうか?
というか、転移魔法が使えるのなら、悪魔の集落から直接外の世界へ転移すれば良い気がするんだが……。
「なあ、悪魔さん。悪魔の集落から外へ出る時に転移魔法を使えばそんなに疲弊しなかったんじゃないか?」
「あっ、それはできないですよ。この霧には魔法を妨害する作用がありますので、霧の外に出るには霧自体を追い払う必要があるんです」
「そ、そうなのか……。でもそうなると、悪魔が外へ出て襲ってくる場合、悪魔達はだいぶ疲弊した状態になるんじゃないか? そんなんで戦力になるものだろうか?」
悪魔達がゴルザに加勢するつもりだったとはいえ、加勢する時点で力がほとんどなくなっていたらただの足手まといである。
リザードマンの悪魔を見ていると、ほとんどの悪魔はこの霧から抜け出すだけで魔力の大半を使い果たしてしまいそうだし、そこのあたりはどうするつもりだったんだろうか?
「ああ、それはきっと問題ないだろう。エンラ、実はこの濃霧が晴れる期間が一年に一度だけあるんだ」
「一年に一度だけ?」
「ああ。そしてその日は恐らくあと数日後あたりに来るはずだ。悪魔達は霧のないその日に一斉に外へ出ようとするだろうな」
霧のない日に外へ出る、か。
確かにそれなら力を温存したまま外へと出る事が可能だろうな。
ただ、その場合、一日以上外へ出ていた場合、元の集落に戻れなくなるような気もするが。
きっとその事は考えていないんだろうな、うん。
「そうなると、俺達も霧が晴れるまで待たないといけないのか?」
「いや、そんな悠長な事をするのは面倒だ。ここは霧払いをして悪魔の集落まで行く」
「ええっ、霧払いですか!? そんな事をしたら、せっかく戻った魔力がまた枯渇してしまいますよ!?」
そう言うとまたブルブルと震え出す悪魔。
その様子を見るに、霧払いというものは相当魔力消費が激しいらしい。
「まあ、お前程度の悪魔だったらそうなるだろうな。ここは俺様に任せとけ」
「えっ……? でもそれだとリスさんの魔力が……」
「なあ、お前。俺様をなめるなよ? 俺様を誰だと思っていやがる?」
「えっ、誰って言われましても……」
ワルデスにそう問われて戸惑う悪魔。
まあ、いきなりそう問われても困るよな。
悪魔は見た目で判断できないから、ワルデスを見てもどんな奴なのかよく分からないだろうし。
ここは俺から説明してやるか。
「悪魔さん、こいつはな、かつて悪魔王として活動していた悪魔なんだ」
「……ふんふん、悪魔王様として活動していた悪魔ですか。って、ええーーーー!?」
そう叫ぶとごろんとひっくり返って気絶してしまった悪魔。
おいおい、いくら何でも驚きすぎだろ……。
とりあえず俺とワルデスはその場で悪魔が目を覚ますのを待つことにした。
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