17.リス達に文字を教えてみました
「エンラさーん、木の実を持ってきたぞー!」
どうやら三匹のリス達が戻ってきたようだ。
三匹とも二個ずつ木の実を持っている。
俺はリス達から木の実を二個ずつもらい、代わりにおにぎりと自由帳と鉛筆を渡した。
出費は230Bが三匹分で690Bだ。
もらった木の実はショルダーバッグの中にとりあえず収納しておく。
後で殻を割った方が価値も上がるからな。
というか、クリスの奴、ちゃっかりおにぎり分の木の実も持ってきているのな。
本当食いしん坊だな、こいつ。
「えっと、この白いものと細い棒は何に使うんだ?」
「それは勉強の為に使うんだ。言葉をその白い紙に書いて練習するのさ」
「へぇ……例えばどういう勉強をするのか?」
「そうだな……。だったらまずは”あいうえお”を書く練習からしてみようか」
「”あいうえお”って何だそれ?」
まあそりゃあ分からないよな。
日本語でいう最初の五音というだけだから、言葉にしても何の意味もないんだからさ。
「特に意味はないんだが、あえていえば、よく使う大事な基本となる文字とだけいっておこう。こう書くんだぞ」
俺は自分のノートに”あいうえお”と書いてリス達に見せた。
ノートをまじまじと見るリス達。
そして自分のノートをじっと見ている。
あれっ?
何で書こうとしないんだろう?
「みんな、どうしたんだ? 書かないのか?」
「書くって、どうやったら書けるんだ?」
あっ、そういうこと。
確かに野生のリス達に文字を書く習慣なんてある訳ないんだから、書き方なんて分かるはずないよな。
白い紙もそうだが、鉛筆だって初めて見るものだろうしさ。
こりゃ、一から教えないとダメそうだな。
「分かった。まず基本から教えよう。この白い紙は何かを記録するときに使うものだ。ここに何か文字を書くと、その文字はここにずっと残るんだぞ」
「へぇ……それはすごいな……」
「そしてこれは鉛筆と言って、文字を書くときに使うんだ。持ち方は、こうな。その状態で白い紙に黒い芯を押し当てると文字が書けるって訳だ」
「なるほどな。こうすればいいのか?」
「えっと、こう持てばいいのかなぁ?」
「うーん、難しすぎるんだよぉ……」
三匹とも鉛筆を持って文字を書こうとしているのだが、なかなか難しいようで、うまくいっていない。
手が小さいから、鉛筆を指でにぎるのではなく、手全体でようやく持てるような感じになっているし、かなり扱いにくそうだ。
こういうのはもう慣れてもらうしかないんだけどな……。
しばらく悪戦苦闘しながらも頑張るリス達。
その様子を俺と、さっき起きたコクリが黙って見ている。
カトカはまた葉っぱの上で眠り込んでしまった。
よく寝るもんだなカトカは。
まだ赤ちゃんだから仕方ないのかもしれないけどさ。
「エンラ、誰か来るわよ……」
「確かに気配がするな。一体誰が?」
小さな気配が近付いてくるのが感じられる。
コクリもそう言っているので間違いはなさそうだ。
リス三人組もここにいるし、近付いて来ているのは誰なのか?
「た……大変だよ!? あなた達、急いで村に戻ってきて!」
現れたのは一匹のリスだ。
どうやらカリス達に対して話しかけているらしい。
「おばさん? どうしたんだ、そんなに慌てて?」
「奴らが来たのよ。今は必死にみんなが抑えているけど、人員が足りなくてね。だから手伝ってちょうだい!」
「そうか……分かった! クリス、コリス、行くぞ!」
「わ、分かったぁ!」
「う、うん、頑張るんだよぉ……」
「じゃあ伝えたからね! ……って、何でこんな近くにドラゴンが!? ひぇぇぇ!?」
リスおばさんは俺を見るなり逃げ出してしまった。
俺が怖いのは分かるんだが、その俺の近くにいるカリス達の事は考えないのだろうか?
そもそも俺がリスを襲うつもりならカリス達は無事じゃないだろうし。
まあそんな事を考える心の余裕はないんだろう。
「ごめんな、エンラさん。ちょっと急用ができちまったからまた今度な!」
「お、おう。何だか大変な事が起きているみたいだな……」
「へへっ、きっと大丈夫だよ。暇になったらここに遊びに来るからまたよろしくな!」
「ああ、いつでも待っているぞ」
「それじゃ、またな! クリス、コリス、行くぞ!」
「う、うん、分かってるよぉカリス……」
「こわい……でも行くしかないんだよぉ……」
言葉を交わした三匹のリスはどこかへ行ってしまった。
何だか大変そうな様子だったが大丈夫なんだろうか?
奴らが来たとか言っていたが、一体どういう奴らなんだろう?
「エンラ、何だかリスさん達大変そうな表情していたけど、何かあったの?」
「あれっ、コクリ聞いていなかったのか?」
「……聞くも何も、私、リスさん達の言葉は分からないもの。エンラの言葉は何故か分かるけど」
へっ?
そ、そうだったのか?
てっきり分かるものとだとばかり思っていたんだが……
……確かにオオカミとリスじゃ全然言葉が違うから、よくよく考えれば当たり前なんだろうけど。
「そういう事なのか。実はな、リスの話によれば、奴らが来たとかどうとか言っていたな。人員が足りないとも言っていた。俺には事情がさっぱり分からなかったが」
「奴ら、ね。もしかするとだけど、リスさん達の住処が天敵に襲われているんじゃないかしら?」
「えっ……!? 天敵にだって!?」
確かにカリス達の表情はどことなく暗い表情をしていたような気もする。
何か良くないことが起きようとしているというのは何となく分かってはいたが、まさか天敵に襲われているとは。
「ま、まあ、あくまで私の推測だけどね。でも放っておくとリスさん達、食べられちゃうかも」
「そ、そうなのか……俺、まだカリス達に文字を満足に教えられてないのにな……」
「まだあきらめるのは早いわ。まだあの子達は生きている。エンラ、あなたの力で守ってあげるっていうのはどう?」
「俺が守る、か。でもそういう他種族同士の争いに俺が手出ししていいものなんだろうか?」
「でもそんな事を言っていたら、あの子たち、食べられちゃうわよ?」
そうだよな。
基本的に捕食される側は捕食する側に勝つ術はない。
逃げ切るか、それとも何らかの方法で追い払うしかないだろう。
まあ例外はあるかもしれないが、そんなのは一握りだ。
リスにも天敵はいる。
そしてもしリス達が天敵に襲われようとしているんだったら、多分あのリス達は一丸となって天敵に立ち向かおうとしているのだろう。
そのための人員が足りないからカリス達を呼び寄せたっていう所か。
もしかしたらリス達は自力で天敵を追い払えるかもしれない。
だけど、もし天敵を追い払えなかった時は―――カリス達に会うことはできなくなるだろう。
やっぱりそんなのは嫌だ。
「コクリ、やっぱり俺、カリス達を助けに行きたい!」
「ふふっ、エンラならそう言うと思ったわ。なら留守は任せて。カトカと一緒に私はここであなたの帰りを待っているから」
「ありがとう、コクリ。すぐに戻ってくるから、それまで留守を頼んだぞ」
「分かってるわ。あなたの望む結果になるといいわね」
「そうだな。それじゃ、ちょっくら行ってくるわ。あと、これを食べておいてくれ」
俺はそう言って、おにぎりを二個ほどコクリに預け、薬草地帯を後にした。
すぐに戻ってこれればいいが、万が一の事もあるし、一応食料はあった方がいいからな。
コクリと、あと寝ていたはずのカトカも俺を見送ってくれている。
この二人のためにも、そしてリス達の為にも、早く問題を解決させて、帰らないと。
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五日目:残金67698B
収入:なし
支出:自由帳300B、鉛筆90B、おにぎり500B
収支;ー890B
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※リスからもらったアレノスナッツ三個はバッグに収納