1.トカゲに生まれ変わりました
とある日の学校の帰り道。
俺はいつものように家へと向かっていた。
テストも終わってこれから楽しい夏休みという所なので、自然と気分は晴れやかになる。
そんな気分を一層引き立ててくれるのか、道端でキレイな白色をしたトカゲを見かけた。
見とれてしまうような白色、それに透き通るような青色の目。
白い体を見てアルビノ種かとも思ったが、目の色が赤い訳ではないのでそうではないようだ。
元々こういう動物は好きで観察する事は多いのだが、こんな色のトカゲは初めて見た。
ちょっと毒がありそうで触る事はためらわれるけど、何かずっと見つめていたくなるような不思議な魅力がある。
帰ってやる事がある訳でもないし、俺はしばらくそのトカゲを観察する事にした。
トカゲはじっと見る俺を気にすることなくスタスタ歩いていく。
俺はそれをそっと追いかける。
すると何やら周りでカラスがカアカアと鳴く声が大きくなってきた気がする。
そして次の瞬間、カラスの声が騒がしくなった理由を俺は理解した。
何故なら白いトカゲ目がけて空から襲いかかろうとする何羽ものカラスを見かけたのだから!
そういえばカラスは黒いハトよりも白いハトの方が見つけやすく食べやすいと聞いた事がある。
つまり、カラス達はあの白くて食べやすそうなトカゲを食べようとしているのだろう。
冗談じゃない。
せっかくあんなにキレイなトカゲ、みすみすカラスになんて食わせてたまるものか。
こうして俺はトカゲを守ることを決意した。
カラスの攻撃に気付いたトカゲは急いでその場から逃げ去ろうとする。
しかしカラスは連携プレーをして、先に待ち伏せたりして安易にトカゲを逃がそうとはしない。
俺はそんなカラスをカバンで追い払い、トカゲの逃げ道を確保する。
逃げ道が出来た途端、トカゲは一目散に逃げ出す。
カラスは逃げるトカゲを追おうとするが、俺がカラスの進路を妨害して追わせない。
するとカラスは邪魔する俺に怒りを向け、攻撃をしてくる。
だが俺は何とかかわしたりしてその攻撃をやり過ごす。
こうしてトカゲが逃げる時間を確保する事が出来た。
しばらく抵抗していると、ついにカラスは諦めたのか、遠くの方に飛び去って行った。
カラスの攻撃を退けホッと一息つく俺。
あのトカゲが無事に逃げる事が出来ただろうかと思いながら、帰路につくことにした。
トカゲを見られなくなったのは残念だけど、それよりも逃がしてあげられた事が嬉しい。
自己満足に浸りながら悠々と帰り道を進んで行った。
俺の通学路は自然に囲まれた細い道が多いのだが、一つだけ都会にもありそうな大きな幹線道路がある。
車の交通量は田舎なので少ないが、時々通る車は速度を出すので危ないし、そして何よりもうるさい。
だからこの道路の近くにいるのはあまり好きになれないんだよな。
でもこの道路沿いを歩かないと家まで帰れないので、渋々そこを通る俺。
するとふと何かに目にとまった。
黒いアスファルトの地面とは対照的な白い色をしているその何か。
よく見れば、それはついさっき俺が逃がしたトカゲではないか!?
車のエンジン音もしないし、反射的に俺は道路に飛び出ていた。
トカゲほど小さい生物は、道端にいたらそのままひかれて死んでしまいかねないし、危ないからな。
車の方からそんな小さい生物を認識してブレーキをかける訳でもないのだから。
俺はトカゲを手ですくい上げた。
するとトカゲは特に抵抗する事なく俺の事を見つめてくる。
反抗してこない事からして俺が助けた事を理解してくれているんだろうか?
そう思うと自然と嬉しくなるな。
ブーーー!!!
突如鳴り響くクラクションの音。
音の方を振り向けば、目の前に自動車が迫っている!
一体どうしてこんな事に……
あっ、そうか。
今はエンジン音の目立たない車もあるんだった。
うかつだったな、俺は。
でもせめて、このトカゲの命だけでも守らねば。
俺は丸く縮こまり、トカゲを包んで守る。
そして車と俺は衝突し、その瞬間、俺の意識は途絶えた。
=====
『自分の命も顧みずにたった一匹のトカゲを助けるなんて、何て愚かな行為なんでしょう……』
女性の声がしたので俺は目を開けてみる。
すると一面真っ白な空間が周りには広がっていた。
そんな中に俺と目の前の女性がただ二人だけポツンと存在していた。
つまり俺達以外には何も存在しない。
異質すぎる空間だよな、ここは。
そんな所にいるこの人は一体何者なんだろう?
白い肌に青色の目をしているからまさかとは思うが――
「あなたはもしかして元トカゲだったりします?」
『はい、そうですよ。この度は助けて頂いてありがとうございました。ちなみに私、ここで女神をやっております』
やはりあのトカゲ、ただものではなかったのか。
だがそれにしても、女神だと……!?
その割には普通の人間の女性に見えるんだが。
かなり美人だけどさ。
でもどうして女神が俺の目の前にいるんだ?
あっ、そうか。
俺は車にひかれて死んだんだった。
だから女神のいるこんな変な空間にいるんだろうな。
一応確認してみるか。
「俺って死んでしまったんですか?」
『はい、その通りです。そして次の生が始まろうとしています』
死んだら次の生が始まる、か。
輪廻転生ってやつだろうな。
まさかそんな事が本当にあるとは……
「どうして俺はここにいるんでしょう? 記憶があるから死んだ感じもしないですし。死後は必ずここに来るものなのですか?」
『いえ、そんな事はありません。普通は死んだら記憶は全てなくなりますし、そもそもここに来ることもないです』
「それでは何故……?」
『それは、あなたに一つ願いを叶えてあげたかったからです』
「願いを叶える? でも俺は死んでしまったのでしょう?」
『ええ。ですから次の生に何を望むかを聞いているのです』
次の生に何を望むか、か。
そうはいってもなぁ……
正直生活には十分満足していたし、今までと同じような生活ができれば十分なんだよな。
「何を望んでもいいんですか?」
『ええ、構いませんよ』
「なら俺の望みは、”今までと同じような生活を続けたい”です!」
『それは無理です』
へっ?
さっき女神さん、何を望んでもいいと言いましたよね?
即否定してくるってどういう事ですか!?
「あのー、先程何を望んでもいいって仰いませんでしたっけ?」
『これからあなたが生きる世界は今までとは別世界に決まっていますから、同じ生活を提供するのは無理なんです』
別世界……?
あー、そういう事か。
例えば俺が中世ヨーロッパの時代の地球に放り込まれたとして、そこで現代の暮らしをするのは不可能だもんな。
行く世界がそういう所に決まっているんだったら、確かに無理かもしれない。
「そういう事なんですか……無理言ってすいません」
『気にしないで下さい。あと一応言っておくと、”今までと同じような生活を作れる可能性のある能力”であれば与える事はできます』
「そうなんですか!? それならそれでお願いしたいのですが!?」
『でも、それを実現するには数多くの困難が待ち構えているでしょう。そもそもあなたが今回も人間に生まれるとは決まっていませんし』
あっ、そっか。
前世が人間だからといって、今度も人間に生まれるとは限らないんだよな。
ミジンコとか微生物に生まれてしまったら道具も使えないし、正直どうしようもない。
だから本当に”今までと同じような生活を作れる可能性のある能力が欲しい”という願いでいいのかと女神は心配してくれているのかも。
でも、それでも俺は――
「それでも構いません。可能性さえいただければ十分です!」
『分かりました。それではあなたには【ショッピング】能力を授けておきましょう』
「ショッピング? それってどういう――」
『さあエンラ! 次こそは満足する生を全うするのですよ!』
女神が矢継ぎ早にそう言った瞬間、俺は強烈な眠気に襲われる。
能力をくれるのはいいんだが、説明もなしに送り出すってアリかよ!?
若干女神に不満を持ちつつも、俺は深い眠りに沈んでいった。
=====
チュンチュンチュン……
小鳥のさえずりが聞こえ、俺は目を覚ます。
すると目の前には、見上げるようにそびえ立つ巨大な植物が生えていた!?
そんな植物が周囲一体に生えていて、それより先がどうなっているのかもよく分からない。
何だ、ここ?
こんな巨大な植物なんて今まで見た事ないぞ。
さすがは異世界といった所だろうか。
いや、これ、本当に植物が巨大なのか?
俺が小さくなっても今と同じ状況が起きうるからな。
そもそも今の俺は何なんだ?
それを確認する為に自分の体を見ようとする。
鏡がある訳ではないので、ハッキリした事は分からない。
だが残念な事に、少なくとも人間ではないことは明らかだった。
だって今の俺には尻尾があるんだもの。
それに三本指だし。
この世界の人間は三本指で尻尾があるという説――いや、さすがにそれはないだろ。
では人間ではないのなら今の俺は何なのか?
小さい四本足、長い尻尾、そして小さな鱗に覆われた体。
恐らくトカゲといった所だろう。
色は人間の頃に見た白いトカゲのような特殊なものではなく、地味なカーキ色。
トカゲを助けた俺がトカゲに生まれ変わるなんて妙な話だな。
ちなみに近くには俺が生まれた跡であろう、タマゴの割れた殻が残っている。
そしてこの植物の巨大さからして、今の俺はかなり小さい事が考えられる。
今の俺が実は二メートル位体長があって、植物は何十メートルもあるという説も世界が違うから絶対ないとは言い切れないけど。
それよりも俺が数センチしかないトカゲだから植物が巨大に見えるだけという方がしっくりくる。
あと、周囲にはツンとする匂いが漂っている。
この匂いは植物から発せられているようだ。
良い匂いではないが、ここで俺が孵化した事から考えると、俺にとって毒性があるものとは考えにくい。
あまり気にしなくても良いだろう。
さて、現状はこんな所か。
これからどうすればいいんだろうな?
トカゲって確か天敵多いはずだし、油断しているといつの間にか死んでいたという事になりかねない。
であれば、状況把握を第一優先にした方が良さそうだな。
ここにいても様子がよく見えないから、この植物を昇って高い所まで行ってみるか。