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想い猫  作者: 追々
7/7

想い猫は歩き続ける

このお話に少しでも興味を持って頂けたら、ものすごくありがたいです。

想い猫も今回で最終話となります。早希が取り戻しそして超えていく最後の物語です。場所はタケルとの思い出の場所、どうぞお楽しみください。

文化祭が終わって一ヶ月が経とうしていた。

 早希たちの学校ではこの時期、一泊二日の旅行が企画されていた。三年生たちが行く修学旅行とは全く別のもので生徒たちの自主性を育てようという宿泊学習だ。行く先も、することも生徒自身が全て考え決める。

「えーじゃあ今からアンケート集めるぞー」

 ホームルームで竹内がそう教室内の生徒に呼びかける。

 そのアンケートには教師たちや生徒がピックアップしたいくつかの候補地が挙げられていた。大阪、奈良、京都など定番の場所のものや、北海道、沖縄など少し実現が難しい場所まで挙げられている。その候補の中には東京からフェリーで数時間で行ける島もあった。

「早希はどこにしたの?」

 そう声をかけてきたのは千尋だ。アンケートの回収をしホームルームが終わると、部活に向かう準備をしていた早希の元へ来てそんな質問をする。

「そういう千尋は?」

「私は島にしたの。だってせっかく行くならあんまり行ったことないとこがいいじゃない。それに島って何だか神秘的だなって」

 千尋は既に妄想しているのか、とても楽しそうにそう話した。

「そっかぁ。じゃあ一緒だね」

「え? 早希も? それならきっと一緒にその島行くことになるね」

 二人でそんな話をすると、自然と早希もみんなで一緒に旅行に行っている想像をした。


「私もそこが気になったかな」

 りなにも千尋と同じ質問をするとそんな答えが返ってきた。

「りなも? じゃあその島選んだ人多いのかもね」

 三年生が引退すると、今度は二年生が中心となって部活動が行われる。吹奏楽部では、りなは部長となり、早希は副部長となっていた。

「あれって、クラスとか関係なしに班が作られるんだよね?」

 りなが言うには、全学年で同じ場所に行くわけではないということだ。

 この旅行は、生徒の自主性を育てるのが目的なのでなるべく生徒全員の要望を聞きたいと思い、このアンケートが行われるようになった。

 そしてある程度、その候補地ごとにグループが決められ、更に細かく班編成が行われる。

「みんな一緒のグループになるといいね」

「うん。それすごく楽しそう」

 二人はそう言うとお互いを見て笑い合った。


 部活を終え、いつも通り二人が一緒に帰っていると剛輝とすれ違った。

「おお。今帰りか?」

「うん。剛輝くんはまだ生徒会の方?」

 生徒会も同じように文化祭が終わると生徒会長の任期が終わり、二年生から会長を選ぶ選挙が行われる。もちろんというべきか、生徒からも前会長からも信頼の厚い剛輝は会長となっていた。

「そうだ。今度は例の旅行があるからその準備に追われていてな」

 そう言う剛輝は前よりも更に頼もしく感じられた。

「あれって生徒会でも何かするの?」

 りなが剛輝に聞くと剛輝は得意げに答える。

「もちろんだ。アンケートの回収もグループ構成も担任と生徒会で決めるんだぞ」

「そうなんだ。それは知らなかったなぁ。……じゃあもうしかして剛輝くんに言えばグループも班も融通聞くんじゃない?」

 りなが悪戯っぽい笑みを剛輝に向けると、剛輝はまいったなと言いながら頭を掻いた。

「りなってば。さすがに剛輝くんでもそんなの無理だよ」

「早希。無理とはなんだ、無理とは。俺に出来ないことなんてあるわけないだろ」

 早希は自分の言ったことが、無意識とはいえ、剛輝をけしかけていたことに気付いた。

「二人ともグループ発表と班の発表、楽しみにしとけよ」

 剛輝はそう言いながら二人と別れた。二人は顔を見合わせまさかねと言いながら帰路についた。


次の日、旅行の行き先がホームルームでアナウンスされる。

 早希はまたたび島が行き先に決まり、一緒の班は、千尋、りな、剛輝だった。

 それを見るとすぐ千尋の席を見て、二人は驚きの表情を見せた。早希はりなが今頃ガッツポーズでもしてるんじゃないのかなぁと思うと顔が綻んでいた。

 

 あっという間に旅行の前日となった。早希は自分の部屋で旅行の準備をしているがその荷物はまるで一週間どこかに泊まるように思える量だ。たったの一泊二日だが、あれもこれもと思ううちに荷物はどんどん増えていく。でもそれすらも楽しく、早希の手は止まることはない。

 とそこに一匹の真っ黒い猫が部屋の窓にちょこんと立っていた。いつからいたのだろうか。ずっと早希の様子を見ていたような落ち着きさがあった。

「あなたは?」

『僕はリンク。こんばんわ早希』

 それは早希にとって八匹目の猫だった。

――この猫は私の失くした何を持っているんだろうか?

 リンクはそれをすぐ言おうとしなかった。今までの猫達は自分の名前と共にそれが何なのか教えてくれていたのに。

 そのことをリンクに伝えるとリンクはこう答えた。

『早希。僕は最後の一匹だ。だから最後は早希自身が見つけるんだよ』

「それってどういうこと?」

 リンクはそれだけ言い残すと窓の外へ消えていった。去る時のリンクはまるでニヤッと笑ったかのように思えた。


「タケル、見て! あれって猫じゃない?」

 早希はタケルに向かって、声をかける。早くてよく見えなかったがあれはやっぱり猫だったと思う。早希は思わずその後を追いかけようと走った。

 この島に来て初めて出会った猫に早希は興奮を隠しきれなかった。だからタケルの叫び声も早希には届いていなかったのだと思う。

「早希! 待て! そっちは――」

 

「早希ー! そろそろ起きなさーい」

 目が覚めるとそこはベッドの上だった。どうやらまた夢を見ていたらしい。

――タケルの夢なんて久しぶりに見たな。

 早希はきっと昨日リンクに会ったせいかと思い、まだ起ききっていない体を無理やり起こした。

 下に降りると、母親の翠が朝ご飯を作って待っていた。

「今日は七時までに学校に行かないと行けないんでしょ? お母さん仕事に行くついでに送っていってあげるから早く準備しちゃいなさい」

 早希は翠の言葉を聞きながら、のそのそと食べ始める。

――それにしても。

 最初に、旅行の行き先がまたたび島という島に決まったことを告げるとあんなに止められたのに、どういう心境の変化なのだろうか。父親の昇と共に翠は青い顔して絶対に止めなさいって言ってたのに。

 早希は翠が運転する車に乗り込むと、そんなことをぼんやり思い出した。

「早希……。ほんとに行くのよね?」

「お母さんってばまたそんなこと言って。私だってもう小さい子どもじゃないんだから大丈夫だよ」

「そうよね……」

 翠は、早希が退院してからというもの、必要以上に早希のことを心配するようになったと思う。特に今回はいつも以上にそうだった。夜遅くに、昇と翠がこの旅行について話していた日もあった。そこで翠は昇に説得され、それからは好意的ではないにしろ旅行に行くことを認めてくれ、早希が旅行に行く準備を進めるのを静かに見守っていたのだ。

「……早希。お母さん、別に旅行に行くことに反対してるわけじゃないの」

「そうなの?」

 早希は思わぬ言葉に身を乗り出す。

「最近の早希は毎日楽しそうで、笑うことも多くなって。お母さん安心してるのよ」

「……それならどうして?」

 早希に全てを伝えた方がいいかもしれない――。

 昇と話した時にそんな意見も出た。しかしこれは早希自身が向きあわないとならないことなのだ。

「……早希。学校は楽しい?」

「当たり前だよ。もちろん、それだけじゃないけど……でも、それでもやっぱり楽しい!」

 早希が満面の笑みで答えると、丁度学校の前に着いた。

「じゃあお母さん行ってくるね! 送ってくれてありがとう」

 早希が車を降り荷物を持つと、翠にそう声をかける。

「うん……。早希、行ってらっしゃい」

 翠がそう言うと、早希はあっという間に学校の中に消えて行った。

 きっと早希なら大丈夫。だって私たちの娘ですもの――。

 そう思いながら、翠も新たな気持ちで仕事へと向かっていった。


 またたび島は、全長が十キロほどの小さな島だ。東京からフェリーに乗り三時間ほどで着く。特別に有名な観光地という訳ではないが、自然に溢れ生徒たちにはいい刺激になると思い、候補になったのだ。

 早希たちが島に着くと、そこからさらにマイクロバスに乗り、森の中にあるコテージへと移動する。なかなかの長旅だ。

「ねぇー早希。見て見て―。海すごいね」

 隣に座っているりながそう声をかけて来る。

「ほんとだー!」

――あれ?

 早希は不思議な既知感に襲われた。

 私ここ来たことある? この景色も見たことある? 私この島初めてじゃない? でも……。

「早希。大丈夫?」

 心配そうにりなが声をかけてきた。早希の曇った表情を見て心配になったらしい。

「ああ……。ごめん大丈夫だよ」

 微笑んでみせたが、りなはまだ心配そうに早希の顔を見ていた。


 コテージに着くと、これからの簡単なスケジュールについてまず竹内から話があった。

 みんなで昼食を作り、それを食べたあとは基本的に自由行動。しかし班ごとにテーマを決め、この島についてのレポートをまとめ、後日提出すること。夜は午後六時までにこの場所に集合し、明日の昼にこの島を出るというものだった。

 まずはお昼だ。班ごとに分かれ、飯ごうを使ってご飯を炊き、それぞれカレー作りに勤しむ。

 早希たちの班は女子三人がカレーを作り、剛輝が飯ごうの係となった。

「これ切ったのは早希だろ」

 剛輝はスプーンに他の野菜より一回り大きく切られている歪な形をしたじゃがいものをのせると、そう聞いてきた。

「違うよ。それは多分千尋」

 早希がそう答えると、千尋は顔を真っ赤にして俯いていた。

「あ! ああ、そうだったのか! いや別に、ただ特徴的な切り方だなって思ってさ。あははははは……」

 そんな二人のやり取りを見て早希とりなは目を合わせ、「もしかしてこの二人?」とアイコンタクトを取った。この班分けも剛輝の意見が相当反映されているに違いないと早希は確信した。

 昼食の後は、待ちにまった自由行動だ。

 竹内には注意書きのある看板が出ているところ以外は自由に行っていいと言われているので、剛輝はどんどん森の奥へと進んでいった。

「剛輝くん、そんなに奥に行かない方がいいんじゃない?」

 千尋はその背中に向かって言うが、周りをキョロキョロと伺いながら歩いているので今にも転びそうだ。

「大丈夫だって! 竹内先生も言ってたろ。危ないところには看板があるからって。ほら!  後ろの二人も迷わないようにな!」

 早希はりなとこの二人の会話は何度目だろうねーと言いながら笑い合い二人の後ろをついて行った。でも――

 剛輝と千尋のやり取りを見ていると、この島に来たときに感じた既知感をまた感じた。

この会話のやり取りを、私は昔誰かとしなかっただろうか? 早希は不思議な感覚に包まれていた。しかしそれが何故なのか考えようとすると例の頭痛が出てくるのでそれ以上考えることが出来なかった。

 それにこの島に来てから、ずっと誰かに見られているような気もする。それは暖かくも感じるが、寂しさも感じる。懐かしいような、思い出しだくないような――。

 そんな早希に誰も気づかないまま、四人は森の奥へと進んでいった。


「うわっ! なんだここ――」

 剛輝が最初に声をあげた。そこは突然森が開けたと思うと、長い石段が出てきて、更にその上には社のようなものがあるのがわかる。

「島の奥にこんなとこがあるなんて……」

 りなが続いて声をあげる。

「でも地図には載ってないみたいだけど?」

 千尋が地図を逆さにしたり回したりして見ながら疑い深い目をその石段に向けた。

「そうなのか! じゃあ尚更行ってみないとな!」

 剛輝がそう言うと、勢いよく石段を登り始めた。

「ちょっと剛輝くん! 待ってよ」

 千尋も慌ててその背中を追いかけた。

「もうー。あの二人は……早希? 早希大丈夫?」

 りなが頭を押さえている早希に気がつきその背中を支えた。

 この景色。知ってる。私、前にタケルと――。

「大丈夫……。行こう」

「早希……」

 りなは早希が気がかりだったが、ただならぬ雰囲気を感じその後をついていった。

 石段を登り終えると、下で見るより遥かに立派な社がそこにあった。

「……綺麗」

 千尋は思わず、一人言のように呟く。剛輝もりなも息を飲み、ただその姿に圧倒されていて。

「すごいね。……早希?」

 りなはいつの間にか早希がそばにいないことに気がついた。

――何だか嫌な予感がする。

りなは顔を曇らせた。

――私ここ知ってる。ここは前にタケルと来た場所だ。

 早希はフラフラとどこへともなく歩いていた。

 どこをどう歩いていただろうか、いつの間にか森は終わって海が目の前に広がっている。

 そうだ、そして私はここで――。

『早希』

 そこに猫が現れた――リンクだ。

『やっと思い出してくれたんだね、早希』

 早希は静かに頷いた。

「……私はあの日、あなたを追いかけてここに来た」

 リンクは早希の言葉を待ち、ただ見つめている。

 あの日――タケルの家族と早希の家族はこのまたたび島を訪れた。幼い頃からお互いの両親は仲がよく、それもあってタケルと早希は兄妹のように育った。家族と同じ――いやそれ以上に大切な存在。それが早希にとってタケルだったのだ。

 しかし中学になるとタケルは部活に入り、両親も仕事が忙しく前のようにいつも一緒にいられることが少なくなった。それを悪いと思い、お互いの両親がまたたび島に旅行に行く計画を立てたのだ。タケルは猫が大好きで、またたび島は猫好きにとって実は有名な島で、猫の神様と呼ばれていた“猫神様”が祀られていると聞き、この島を旅行の行き先に決めた。

「早希」

「タケル。ここどこ?」

「さぁ?。でも大丈夫だよ、この島そんな大きくないみたいだしさ」

 タケルが前を歩いている。どこかもわからないのにその足取りはまるで行く方向が決まってるかのように力強い。

 いつもならそんなタケルに何も不安を覚えずただ黙って後ろをついていく早希だが、今日は胸騒ぎが止まらなかった。――それはこの島に来てからずっとだ。

「それに森の奥にいると思うんだ」

「何が?」

「早希忘れたのか? この島に来る途中に話したじゃないか。猫神様のことを」

「猫神様?」

「そうだよ。猫神様はね何でも願いを叶えてくれるんだって」

 タケルが目をキラキラさせながらそう答える。普段は大人びてるのに、猫のこととなると途端に小さい子どものようになってしまうくらいタケルは猫好きだ。でも、そんな風に話すタケルを見るのも早希は好きだった。

「とにかく行ってみようよ。早くしないと本当にどこだか分からなくなっちゃうからさ」

後ろからは両親の「あまり遠くに行くなよー」と叫ぶ声が聞こえた。しかし、タケルはもちろん、早希はタケルのあとをついていくのに夢中で聞いていなかった。二人はどんどん森の奥へと入っていた。そして――。

「私たちはあの社を見つけたの……」

 それはさっき剛輝達と共に見つけた社のことだ。早希はタケルとこの島を訪れたときに既にあの社を見つけていたのだ。

そこにはもちろん猫神様が祀られていた。

「早希、見て! これってやっぱり猫神様の社かなぁ?」

「うん、多分……」

 それはこの深い森に似つかわしくない神々しいものだった。でもだからこそだろうか。早希はその社を前にして何故だかそわそわと落ち着かなかった。

「ねぇタケル。もう戻ろう」

 早希はタケルの服の裾を引っ張るが、タケルはその場から動こうとしなかった。

「待って早希。せっかくこうして猫神様と会えたんだから願いごとをしないとさ」

 そう言うとタケルは両手を合わせ熱心に願いごとをし始めた。早希はそんなタケルの様子を見て、観念したかのように自分もそれに倣った。

そうして二人が願い事をしていると、社の陰に黒い猫を見た気がした。

――あれって?

「タケル、見て! あれって猫じゃない?」

「早希! 待て! そっちは――」

早希はタケルに見せたくて、その猫の姿を追いかけた。そして――。

「……そして、私はその先が崖だって気づかずにそのまま――」

『でも早希は落ちなかった』

 早希がリンクの言葉に頷く。

「タケルの腕が見えたから……」

 早希が崖から落ちると思った瞬間、早希に力強い腕が伸びてきた。そこからどうなったのだろう。気づくと早希は崖に落ちる寸前の場所で気絶し、タケルはその下に――その姿は二人を捜しに来た両親が見つけたのだった。

「……タケル。私がタケルを殺したの?」

 早希の体がぶるぶると震え始める。

「私が……。私がタケルを殺した……。私が!」

 頭を抱えたかと思うと、その場に座りこむ。

「タケル! タケルタケルタケルタケルタケル……いやぁーーーーーーーー!!!!」

 早希の叫び声が島中に響き渡るようだった。

「早希?!」

 そこにりな達が現れた。その様子からずっと早希を探していたことが窺えた。

「早希?! ねぇどうしたの! しっかりして! 早希ってば!」

 りなはその場に倒れ込んでいる早希を抱き寄せると、早希は顔をあげた。ただその目は虚ろで焦点があっていなく、りなではない何かを見ているようだ。

「……あなた誰?」

 早希はこちらを見たかと思うとそんな言葉が発せられた。

「……早希?」

「あなたなんか知らない。……ねぇタケルは? タケルはどこ?」

 早希の表情は完全に学校に来たばかりの頃の顔だった。りな達を見る目が、あの頃一人早希が教室で佇んでいたときの早希の目だった。

「何言ってんの早希? タケルくんは死んだんだよ。ねぇ早希……一体どうしちゃったの? 私のことわからないの? 早希――」

 そう早希に言い続けるりなの目には涙が滲んでいる。

千尋も早希に寄り添うが早希の様子に変化は見られなかった。

「早希……。もしかして早希は記憶が戻ったんじゃないのか?」

「どういうこと?」

 剛輝の言葉に千尋が困惑の表情で答える。

「さっき早希が言ってたろ。まだ全ての記憶が戻ったわけじゃないって。タケルの事故が起きた前後の記憶を思い出そうとすると頭痛がするんだって。でも今タケルの名前を普通に言ったんだ。最近はそんな話しなかったのに。だから……」

「嘘……。それで記憶が戻った代わりに私たちのこと忘れちゃったってこと?」

 千尋が早希の方を見ると、りなはその話を聞きながら茫然としていた。早希はその場にいるとしても、ずっとタケルの名前を呟き続けている。

「……やだ。そんなのやだよ早希。確かに私迷惑かけてばっかりだったけど、でも……早希と一緒にいれてうれしかったんだよ。トランペットずっと一緒にやりたいって早希言ってくれたでしょ。白鳥さんのときだって、私のこと守ってくれたじゃない。早希……。私まだあなたに何も返せてないよ。忘れるなんて嫌だよ」

「そうだよ。早希」

 千尋が早希の肩を抱き、優しく語りかける。

「私だって早希にたくさん助けられたよ。最初に演劇部立ち上げようって思ったのも早希がいてくれたから出来たの。文化祭だって、私以上に演劇部のこと考えてくれて一生懸命走り回ってくれたじゃない。早希がいたからみんな前に進めたの。だから……早希」

 剛輝は震える千尋の肩を抱き、早希に話しかける。

「早希。俺嬉しかったんだよ。部活を一緒に見て回ってそれで早希が本当にやりたいこと見つけてさ。前みたいにまた笑ってくれるようになって。『俺ももっとがんばらなくちゃな』って思ったんだ。それに……タケルだってこんな早希見たくないはずだぞ」

 そう話す剛毅の肩が震えていた。目には涙が滲んでいる。

「早希……。早希が忘れたって私は絶対忘れない。早希が何度失ったって、私達が何度でも取り戻して見せるから。だから早希――」

 りなが涙を流しながら虚ろな早希を強く抱きしめた。


 そのとき、早希はタケルとの以前の記憶を思い出していた。

 好奇心旺盛な目でたくさんの物を見て欲しがっているタケル。

「タケルは正直なんだね」

「欲しいものは欲しいんだ。そのときにやりたいことや欲しいもの、自分の中で手に入れて、そうやって本当に自分がやりたいこと見つけられたら最高じゃないのかな」

 仲間たちに労いの言葉をかけ仲間と励ましあうタケル。

「タケルは優しいんだね」

「自分がこうしていられるのは僕以外のみんなのおかげだからね。もちろん早希もだよ」

 友達に対して本気で怒るタケル。

「タケルは怒りんぼうなんだね」

「当たり前だろ。友達なんだから。間違ってることは間違ってるって言うのがあいつらの為でもあるし、僕の為でもあるんだ」

 失うことを恐れていたタケル。

「タケルは怖いものがあるんだね」

「そうだよ。でも失ったり怖がったりして初めて見えるものがあると思うんだ」

 自分の夢に誇りを持ち、嬉々として自信満々に話すタケル。

「タケルは譲れないものがあるんだね」

「夢はとても大切だよ。僕の夢は僕だけが叶えられるんだから」

 教室で遠くを見ていたかと思うと、こちらを向いて微笑むタケル。

「タケルは好きな人がいるんだね」

「ああ。ずっと傍で守ってやりたい大切な人がいるんだ。その子にはずっと笑っていて欲しいって思うよ。早希は――」

――タケル。

 私にもたくさん大切な人が出来たよ。ほんとは一番はタケルだけど、タケルはもういないから。だからこれからはその人達とずっと笑っていられるように――。

 そのときタケルが早希の方を振り向いて笑ったような気がした。

「早希。僕は早希と出会うまでずっと一人だった。でも早希がいてくれたからすごく温かくて生きてこれたんだ。ずっと僕の傍にいてくれてありがとう。早希はもう大丈夫だよ」

――タケル。嫌だ行かないでタケル。タケル!

「……早希はもうわかっているだろ? 周りを見てごらん」

 そのとき早希の目には心配そうにこちらを見ているりな、千尋、剛輝の姿が飛び込んできた。

「……みんな」

 早希の目に光が戻る。

「……早希? 早希! わかるの? 私だよ! りなだよ」

 りなが不安そうに早希の顔を見ると、早希は微笑んで見せた。

「――わかるに決まってるでしょ、りな。私の大事な友達。千尋も剛毅くんもみんなみんな大切でこれからも一緒にいたい人たちだよ」

「早希……」

 りなは再び早希を強く抱きしめた。千尋も剛輝もその様子を見て安堵の表情を浮かべた。

「おい。あれ……」

 気づくと四人の傍に黒猫がいることに剛輝が気がついた。それはまるでこちらを見ているようだ。と思うと、黒猫は森の中へと消えて行った。

「あの猫ってさっき神社にいた猫よね?」

 千尋がそう言うと早希を見る。

「……行こう」

四人は黒猫の後を追った。ただ他の三人は事情が呑み込めないものの、早希の言葉から強い意志が感じられ、従うことにした。

 黒猫は社の前で止まった。

「ねぇ……これって」

 社が光っていることに気付くとみんなは驚きの表情でその様子を見つめた。さらに驚くことにその光の中からタケルの姿が現れた。

「――タケルくん?」

「……嘘だろ。死んだんじゃなかったのか――」

 タケルは四人それぞれの顔を順番に見ていき、最後に早希に向かってにっこりと微笑んだ。

『早希……。やっと会えたね』

「タケル……」

『みんなも早希について来てくれてありがとう』

「……どういうことだ?」

 りなと千尋が声が出せないでいたが、剛輝だけがそう声をかけた。

『剛輝も久しぶりだね。千尋も。りなさんとはこうして会うのは初めてかな』

 三人は話しかられたことに驚いていたが、千尋がおそるおそる話しかける。

「……どうして? だって崖から落ちて死んだんじゃ――」

『確かに僕は死んだ。今こうして存在しているのも僕であって、僕じゃない』

「……タケル?」

『早希。あのとき本当は二人とも崖から落ちたんだよ』

「……何言ってるの?」

 タケルは微笑むと静かに話し始めた。あのとき確かに崖から落ちた二人。その瞬間タケルの頭の中に直接話しかけてきた人物がいたという。

「それって……」

『そう。この島に来る前に話したろ。猫神様だよ』

 タケルは来る途中のフェリーで早希に猫神様について話をしていた。願えば何でも叶えてくれるという猫。それが祀られてこの島では猫神と呼ばれるということを。

『あのとき、この社を見つけたとき。僕たちは何を願ったか覚えているかい? 早希』

「私は……」

――私はあのとき何を願ったのだろう?

 早希が思い出せないでいると、タケルが微笑み話し出した。

『僕が願ったことはね早希。君が僕が傍にいなくても強く生きていけるようにってそう願ったんだよ』

「……え?」

『早希は僕の大切な人だから。……早希、いつも助けてもらってばっかりだって言うけど、それは僕の方だよ』

「え?」

『早希がいてくれたから僕はいつも楽しかったよ。早希、君がいてくれたから僕は生きてこれたんだ』

そう言いながら微笑むタケルを見ていると早希は自分の願いを思い出した。

――思い出したよ、タケル。

私はタケルの力を借りなくても一人で生きられるようになって。いつも助けてもらってばっかりいるタケルの力になれるくらい強くなれますようにって、そう願ったんだ――。

「タケル……」

 早希がタケルを見るとタケルは表情を変えず、みんなに微笑んでいる――それはタケルが生きていた頃でも見ることのなかった表情だ。

 タケルが口を開いた。

『剛輝。早希を部活に誘ってくれてありがとう』

 剛輝が頷く。

『千尋。早希に夢の大切さを教えてくれてありがとう』

 千尋はただ声が出せないでいた。

『りなさん。ずっと早希の隣にいてくれてありがとう』

 りなは戸惑いながら控えめに頷く。

『――早希』

 タケルが優しく早希に話しかけると、早希はゆっくりタケルの方を見た。

『今までよく頑張ったね。ずっと見ていたよ、早希』

 タケルが早希の傍まで来ると、光り輝く手で優しく早希の頬に触れる。

「ずっと見てたって……」

『……ずっと心配だったんだ。僕が早希の傍にいられなくなったあとも』

 そう言うとリンクがタケルの足元にすり寄ってくる。

「……リンク。もしかしてずっと見ていたって――」

 タケルはにっこりとほほ笑む。

『ああ、猫達は僕の心。グリード、アニカ、ラース、ロール、プライド、キュー、パス。そしてリンク。それぞれ僕の心の一部分だよ』

 そうタケルが言うと、早希の目には涙が零れた。それは吹奏楽部で初めてあの曲を聴いて以来の涙だった。

「……タケル。そんなことない。全然がんばってなんかないよ。みんながいてくれたからまた私は笑える様になったの」

 早希は周りを見渡すと、三人が心配そうにこちらを見つめていることに気づいた。

「みんながどんなときでも傍にいてくれたから。つらいことがあっても悲しいことがあっても。タケルに……会えなくなったときも」

「早希……」

 りなは早希に寄り添う。

――そうだ。思い出した。剛輝、千尋、りな、智也くん、美琴ちゃん、お母さん、お父さん。みんな私の傍にいてくれた。

 いつだって一人だって思ってた。でもいつの間にかこんなにたくさんの人が私を助けてくれていたんだ。

『そうだよ早希。君はもう一人じゃない。そしてもう記憶を無くす前の君でもないんだ。だからもう大丈夫。僕がいなくても』

 そう言うと、タケルの体がより一層強く光る。

『そろそろ時間みたいだ。……早希。早希はもう一人じゃないよ』

「タケル……? いやだ! タケル! もう少しだけ――」

 早希がその手を伸ばすが、それはタケルの手を虚しく通り抜ける。

『……いつでも見守っているから』

 それだけ言うと、タケルは黒猫と共に光の中に消えて行く。

「タケル! ……私頑張るから! もっと強くなって、タケルが安心していられるように。そして……今度は私がタケルのこと守るからね!」

 早希は涙を拭いながらそう叫んだ。目の前の景色は滲んで霞んでいたが、タケルの表情だけははっきり見えた気がした――その口元はやはり微笑んだように見えた。



 あの島での出来事から二年が経っていた。早希は高校生になっていた。

 あの出来事は今ではまるで夢のように感じるが早希には今でもタケルが傍で笑っていてくれるように感じた。しかし、早希の前に猫が現れることはなくなっていた。

「早希ー! 今日早希の家行ってもいい? 宿題一緒にやろうよ」

 高校で新しく出来た友達美月がそう言う。

 早希は高校ではやはり吹奏楽部に入った。りなはより音楽を専門に学べる学科のある高校、千尋は演劇が有名な高校へ行き、剛輝は都内でも有名な進学校へ進んでいた。剛輝は相変わらず忙しくしているそうで、早希の高校にも剛輝の噂は聞こえきた。

「そうだね、一緒にやった方が早く終わるだろうし。いいよ」

 早希が笑って答えると美月はやったと小さくガッツポーズをする。

「あれ?」

「どうしたの?」

 美月が何かに気づき早希もそちらを見るが、そこには何もいない。

「今そこに黒猫がいた気がしてさ。何だかこっちを見ていたような……。なーんて気のせいか。……早希?」

「……そっか。黒猫か」

 ちょっと何笑ってるのよーと美月が早希を小突いてくる。

「早希。この猫のぬいぐるみ何? 八匹もいる……」

 早希の部屋に上がると最初に目につくのはその大量の猫のぬいぐるみだ。

「ふふふ。それはねー……」

 澄み切った青空には少年の笑顔が見えた気がした――。



最後まで読んでいただき本当に本当にありがとうございます。想い猫が我々の初めての長編小説です。これからいくつ物語をつづっても想い猫が始まりということはこれからも変わらないことです。本当に大切なお話です。たまに思い出してくださったら、もうさらに嬉しくなってしまいます。それではありがとうございました。追々はこれから毎月一作ずつ配信していけたらと思っています。

さっそく今週から次の作品「クロスロード」を配信していこうとおもいます。

宜しければそちらも読んでいただけたら嬉しく思います。

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