覚醒する誇りと恋心の文化祭
いよいよ文化祭が始まります。二つ同時に進んで行くお話し早希は無事自分の大切なものをとり戻すことができるのか?!文化祭お楽しみください
文化祭当日、早希たち吹奏楽部の演奏会は夕方にある為、それまでは各々の過ごし方で文化祭を楽しんでいた。
早希は、一週間前は演劇部に顔をほとんど出さなかった――心配で、気になって仕方なかったが、それはあの二人との約束の為我慢した。
しかし、そのおかげでこの一週間はクラスの出し物も、演奏会の準備も集中し、とことん取り組むことが出来たと思う。あのまま無茶を続けていたら、本当に千尋の様に倒れていたかもなーとぼんやりと考えていた。
「なんかあのお化け屋敷すごいらしいぜ」
「ほんとかよ。どうせ子ども騙しだろ。まあ試しに入ってみるか」
廊下を歩いていると、そんな声が耳に入ってきた。今の一般のお客さんだろう。きっとあの人達は後悔するんだろうなと思う。
竹内先生に試しに入ってもらったが、腰を抜かして出てきたのは校内中に一瞬にして広まった。
あとでりなと一緒に入ろうか。私が当番のときでもいいけど。
楽しい想像が次々に浮かび心が躍ったが、遠くで見知った顔を見つけると一瞬にしてその心は曇った。
智也が青白い顔をして歩いていたからである。声をかけようと駆けだしたが、人の多さで見失ってしまった。
急にいろいろな不安に襲われた。やっぱり無理だったのかな。千尋もいないのに私が無責任なことを言ったから――。
早希は演劇部の元へ向かおうといつもの稽古場で使っていた教室へと向かった。
向かう間、何を伝えるべきかいろいろなことが頭をかすめた。みんなの不安気な顔、智也の荒げる声、美琴の泣きそうな顔、そしてさっきの智也の青白い顔。
――やっぱりやめておけばよかったんだ。
最後の早希が見た練習でも、やはり智也は自分の殻を破れず、千尋の真似をしているようにしか見えなかった。
今からでも遅くない。ちゃんと話をしてやめられるんなら――。
早希が教室にたどり着くと、そこはもぬけの空だ。早希が違う場所を探そうと教室を出ようとすると、何かがいる気配はした。
「あなたは……」
『久しぶりだな早希』
そこには茶色いの体に白い足のプライドがいた。
『智也に何を伝えるつもりなんだ?』
「何って……」
『早希。吹奏楽部はどうだ?』
「え?」
プライドは急にそんなことを聞いてきた。
『演奏会の準備は順調か?』
早希は質問の意味が汲み取れないまま、プライドの顔を見ている。
『好きな曲はあるか? りなとしっかり演奏出来るか? 部長を安心して引退させられるか?』
「何突然。そんなこと聞いてきて……。吹奏楽部はすごく楽しんでやってるし、演奏会だって毎日遅くまで練習してたしばっちりだよ。部長だってきっと認めてくれるはず」
早希は今までの練習を思い出して、そう答える。するとプライドはにやっと笑った気がした。
『じゃあ急に「お前はまだ全然だめだ。俺と出るのを交換しろ」なんて言ってきたらどうする?』
「それはもちろんふざけないでって怒るに決まってる。あれだけ練習してきたのに何言ってるのって」
『だよな。じゃあ智也も同じこと言ったら智也はどう思うかな』
「……!」
早希は何かに気づいたようにプライドを見た。
プライドはますますにやっと笑うと言葉を続ける
『早希。もっと智也のこと信じてやれ。智也は自分の誇りにかけて舞台を成功させようとしてるんだ。お前がそれを邪魔するんじゃない。お前もそうだろう?』
「プライド……」
それだけ言うとプライドは窓の外に消えていった。
早希は教室を後にするともう智也たちを探すのをやめた。
信じよう。絶対うまくいくはず。
そう思い直すと、早希は自分の教室へと戻った。
お化け屋敷にはりなが来た。そのときは早希が丁度お化け役だ。りなが全力で驚いてる顔を間近で見て、一瞬吹き出しそうになる。
そうやって過ごしていたら、あっという間に午前中が過ぎ午後になり、演劇部の発表の時間が迫っていた。
早希はクラスメイトに断りを入れ、発表の場であるホールへと向かった。ホールは既に沢山のお客さんで埋まっている。早希は後ろの方に座る。
ブザーがなると電気が消え暗闇になった。
舞台上には最初、剛輝が出てくる。順調なスタートだ。
美琴、留美と次々に出てきて、舞台はどんどん進んで行く。そして、ついに智也のシーンだ。
前半の部分は千尋がしっかり演出をつけていたので、まだ安心して観ていた。そしてついに千尋が直接見れなかったシーンが展開していく。
そのとき、早希は衝撃を受けた。自分の殻を破り、堂々と役を演じていた智也がいた。午前中に見かけた青白い顔は嘘のようで、早希は心の奥で何か熱いものを感じた。
――タケル。タケルがもしこれを観ていたらあなたは何を思ったかな。
と順調にシーンが進んでいくが、急に智也の動きが止まった。
台詞を忘れたのか? それともこちらでも気づかない何か舞台上のアクシデントがあったのか?
どれくらいの時間が経っただろうか? 客席がいよいよざわめき始めると、早希はいても立ってもいられなくなり、椅子から立ち上がろうとした。が、その瞬間、舞台上にもう一人人物が登場した――それは千尋だった。
千尋?
何故千尋があそこに? 入院してたのではなかったのか?
早希の頭は混乱したが、千尋は自然に舞台に溶け込み、止まったままでいた智也も動き出した。
事情を知らない客席は演出か何かと思い、また自然に舞台の世界へと入り込んでいった。
二人の出番が終わり、はけようとしたその一瞬の表情を早希は見逃さなかった。二人はお互いを見て、客席にバレない程度に微笑んだのである。
よかったね、智也くん。
智也はこれからはもう千尋の真似などと言われる演技はしないだろう。
そんなふたりを見て早希はそう確信した。
舞台はいよいよラストシーンだ。ヒロインの美琴が、もう一人の主役である剛輝と話すシーン。
このシーンが終わったら美琴は剛輝に告白すると言っていた。早希はまた別の緊張をしていた。
「はるか、ごめんな。オレは、お前に一つも兄として引っ張っていくようなことをして来れなかった。そんなオレなのに、支えてくれて、オレの妹でいてくれてありがとう。これからもよろしくな」
剛輝による最後の台詞が終わり、幕が下がっていく。
あれ?
早希は、何事もなく舞台が終わってしまったことを疑問に思った。舞台としては大成功で、そんな疑問を持つ人間は早希一人しかいないだろう。
客席は拍手に包まれている中、早希は楽屋へ向かった。
そこには泣いて抱き合っている留美と剛輝、そして隅に智也と千尋。当日のお手伝いスタッフなどがいた。
「早希!」
千尋が早希に気づくと、智也たちも早希に近づいた。
「早希! 今回は本当にありがとうね」
千尋は早希の両手を握り、感謝の言葉を伝えた。
「そんな……。私は何もしてないよ」
「そんなことない! 早希がいなかったらここまでやれなかったもの。……だからありがとう早希」
「千尋……。そう言えば美琴ちゃんは?」
早希は美琴がそこにいないことに気づくとある予感が心の中をかすめた。
「私ちょっと探してくるね」
そう言うと楽屋を飛び出し早希は心当たりがある場所へと向かおうとした。
「早希さん!」
ホールを出たところで、後ろから呼び止められた。
「智也くん……」
振り向くとそこには智也が両ひざに手を当てて立っている。どうやら走って追いかけてきたらしい。
「早希さん。今回は本当に……本当にありがとうございました!」
智也は早希に近づくと深く頭を下げた。
「そんな。千尋にも言ったけど私ほんとに何もしてないよ。みんなががんばったから成功したんだよ。私、客席から観ててそう思った」
ずっと近くで見ていた。何もないところから一つの作品を生み出すということ。そしてそれがどんなに大変なことかということも。みんながそれぞれの演技に自信を持つことが出来たのもその苦労があるからなのだということも早希は教えられた。
「……こちらこそありがとう」
「え?」
智也が不思議そうに顔を上げる。
「あ! 私そろそろ行くね! じゃあまたね」
早希は智也の元を駆け出す様に去った。その後姿を見つめる智也は傍目にはその気持ちがきっとバレバレだったに違いない。
多分、美琴はあそこにいるはずだ。
早希は屋上へと向かう階段を駆け上っていた。
初めて、剛輝に対する気持ちを早希に打ち明けた場所。そこで文化祭当日に告白すると意気込んでいた場所。美琴はきっとそこにいる。
早希が途中まで向かうと目の前に猫が現れた――プライドだった。
プライドは早希を見つめるだけで何も言わない。けど早希には何も言わなくてもプライドが何を伝えようとしているのかがわかる様な気がした。
『早希。譲れないものはあるか?』
プライドがそう聞いてきた。早希はこくりと頷く。そのときさっきの演劇部のみんなの顔を早希は思い出していた。
「……負けたくない。私だってずっとやってきたもの。演奏会絶対成功させる」
そう早希が告げるとプライドの体は光りだし、何も言わず消えて行った。
「美琴ちゃん!」
「早希さん……」
屋上に着くとそこには真っ赤な目をした美琴がいた。
「やっぱりここにいたんだね」
「……早希さん。やっぱり私だめでした。剛輝先輩の顔見たらやっぱり勇気が出なかったんです」
早希は美琴の顔を見つめる。
「でも……これでよかったんですねきっと。どうせ告白なんかしたって上手くいきっこないんですから」
「……ほんとにそれでいいの? ほんとにそれで後悔しない?」
「それは……そんなの無理に決まってるじゃないですか」
美琴の目からはまた涙があふれ始めた。
「私、やっぱり人を好きになるってよくわからないけど。でも、大切な人に大事なこと伝えられなかったことあるの。でももうその人は遠くに行っちゃって二度と会えないから何も伝えられない」
「…………」
タケルにもっとありがとうって言いたかった。もっと一緒にいたいって言いたかった。行かないでって言いたかったよ。タケル。
「でも美琴ちゃんはまだ大丈夫。まだ間に合うよ。遠くに行ってからじゃ遅いんだよ」
「……私、行ってきます」
美琴はそう言うと、涙を拭い出口へと駆け出した。
「美琴ちゃん!」
「後悔したくないから。だからこのままで終わらせません」
「うん! がんばって」
美琴はこくりと頷くと階段を駆け下りていった。
そしてそこには入れ違いに二匹の猫が現れた――キューとパスだ。
相変わらず、二匹はじゃれ合っている。
『早希。早希には今好きな人がいる?』
キューは再び前と同じ質問をする。前はその質問に対してすぐに答えられたが、今は少し戸惑う。
「……好きな人はいないけど、大切な人はいるよ」
二匹は初めてじゃれ合うのをやめ、早希の方を見た。気づくと二匹は光り始めている。
『早希。自分の気持ちに正直に生きて。今は心の中のその想いを大事にするんだ。そしたらいつかきっと早希にもちゃんと分かる日が来るよ』
パスがそう言うと、二匹は光の中に消えていった。
早希は演奏会の発表の場にいた。その場所は演劇部が舞台を行った同じホールだった。
四曲演奏するが、そのうち三曲は前の大会で悔しい思いをした曲だ。しかし、練習の甲斐あって早希にとって課題となっていた部分はクリアしたと手応えを感じた。
そして四曲目。これは今回初めて演奏する曲だ。早希はこの曲に対して不安を感じていたが、演劇部の舞台、美琴とのやり取りを思い出し、自信を持って演奏した。
すると、どうだろうか。今までの練習で演奏したどれよりも圧倒的に、素晴らしく繊細な音が出ていることに早希は自分で感じていた。
大切な相手を想う気持ち、譲れない何かを持ち、しっかりと伝えることに対して本気になる気持ちを取り戻した早希がこの音色を出したのは必然だったのかもしれない。
演奏会を終えると、いよいよ文化祭は終わりを迎えようとしていた。
早希とりなが楽器の片づけを終え外に出ると、そこには美琴がいた。美琴の目は真っ赤でその表情はどこか悲しげだ。早希はその様子から全てを悟った。
美琴に近づくと、再び美琴は早希の腕の中で泣き出した。
「早希さん。やっぱり私ダメでした……」
「うん。よくがんばったね。えらいよ」
早希は小さい子どもあやすようにその背中を撫で続けた。
でもきっと美琴は後悔していないだろう――自分の想う大切な相手に、大事なことを伝えられたのだから。
そんな二人の様子を少し離れた場所から見ているものがいた。誰にも見えてはいないが、ひっそりと物陰に隠れているその姿はまるで迫りくる何かを警戒しているようだった。
「タケルー。まだー? もう疲れたよー」
早希が前を歩くタケルの背中にそう呼びかける。
「もうすぐだよ早希。ほら、見えてきた」
タケルの指差す方向には階段の下から見た神社があった。ただ、やはり目の前にすると圧倒される。鬱蒼とした森の中に似つかわしくない建物。もしこれを見つけなかったら二人の運命は変わっていたのかもしれない――。二人が神社に近づこうとすると早希の視界に小さく黒い動くモノが入ってきた。
今回も読んでいただきありがとうございます。文化祭はいかがでしたでしょうか。学生の頃にしか味わえないものが文化祭には詰まってる気がします。今の文化祭がどんなものなのかはわかりませんが、きっと根本的なものは変わらないのでしょう。では次回もお読みいただけると嬉しいです。次回で最終回となります。早希はついにタケルとの思い出の場所へと導かれます。ではまた