文化祭までの話 プライドとキュー、パス
人々の想いが集まる文化祭。そんな場所に猫達も集う。猫達の目的とは、文化祭でも早希はまた新たに手に入れる。文化祭が始まるまでの騒がしいかんじをお楽しみください。
夏休みが終わり、早希たちは二学期を迎えた。
二学期ともなると十月最初の土日に開催される文化祭の準備で学校全体が浮ついた雰囲気に包まれ始める。
「えーと。出し物を決めたいと思いますが何か意見やりたいことがある人はいますか?」
委員長がそう言うと、待ってましたと言わんばかりに一人の手が上がった。
「……じゃあ斉藤くん」
「はい! 俺はお化け屋敷やりたいです!」
その声は大きく、もう決定していると言わんばかりんの言い方だ。
「でもそれって準備すごい大変じゃないのか?」
前の席の男子が斉藤に向かってそう言うと、確かになーとクラスがざわざわし始めた。早希は静かにその様子を見守っている。
「でもさ、俺の兄貴が前にやったんだってよ! お化け屋敷」
「ああ。それなら俺も覚えてるぞ」
担任の竹内は生徒だけで話し合いをさせたかったようだが、その言葉につい口が出てしまっていた。
「でも確かあのときは結局準備が間に合わなくて、散々で終わっていたような……」
「そうなんだよ! 先生!」
斉藤が再び大きな声で反応する。
「だから俺が兄貴の無念を晴らしてやりたいんだ! 今度の文化祭で大成功を治めてそしたらきっと兄貴も報われると思うし」
「報われるって、それって死んでるんじゃ……」
「やろうよ! お化け屋敷! なっ!」
竹内はそう言うが、斉藤はそんなことお構いなしだ。
「……では、他に意見が出ていませんが、お化け屋敷でいいと思う人は手を挙げてください」
「で、結局お化け屋敷に決まったの?」
りながトランペットの準備をしながら早希に聞くが、早希はうんざりしたような顔で答えてみせた。
「うん。なんか斉藤くんの勢いに流された感じかな。男子も面白がってたしね」
クラスの三分の二以上が手を挙げていた――中にはだらだら話し合いをするのがめんどくさいからと思っていたものもいたようだが。
「早希は何でそんな乗り気じゃないの?」
「何でって……。だって私たちには演奏会があるじゃない」
「それはそうだけど……」
吹奏楽部は夏休みの最後の週で夏の大会に出ていた。そこでは早希もりなもももちろん参加していたが、初舞台だった二人にとっては成功した喜びより失敗した悔しさがあった。
そして文化祭は、吹奏楽部などの文化部が一番活躍する場だと言っても過言ではなく、文化祭では三十分ほどの演奏会の時間が設けられていた。
「それに部長たち三年生はそこで引退でしょ?」
運動部が夏の大会で三年生が引退するのと違い、文化部は文化祭が終わってからの引退となる。なので、今度の演奏会は三年生と一緒に演奏する最後の機会なのだ。
「部長にいいとこ見せて、安心して引退してもらわないとね」
「早希……」
りなは何か言いたそうだったが、早希がトランペットを吹き始めた為言葉を飲み込んだ。
部活が終わり、早希はりなと共に、校門に向かう途中今日出ていた宿題のことを思い出した。
「どうしたの?」
「ごめんりな。私教室に忘れものしたみたい。先帰っててもいいけど……」
「そうなの?全く早希はー。待ってるから早く取ってきなよ」
「ありがと、りな」
早希はそう言い残し校舎へと戻った。
「だから、そこはそうじゃないって言ってるじゃない」
早希が教室に向かう途中、使われてないはずの教室から千尋の声が聞こえてきた。
その声は普段早希が聞く千尋の穏やかな声ではなく、厳しいものだった。こっそり覗くと、そこには千尋の他に三人の生徒がいた。そのうちの一人は他のクラスで見かけたことのある女子生徒で、あとの二人はどうやら一年生のようだ。
「早希!」
千尋は早希に気づくと、休憩と声をかけ、こちらに駆け寄ってきた。
「千尋。演劇部出来たんだね」
「うん。早希も手伝ってくれたもんね」
あの後、しばらくはなかなか集まらなかったようだが、定期テストが終わり夏休みに入ると入部したいと言ってきた生徒がいた――それがこの場にいる三人らしい。
「一人は違うクラスなんだけど、一年生のとき同じクラスでね。私が演劇部作りたいって言ってたら声をかけてくれて。もう二人は一年生なんだけど、ポスターを見て興味持ってくれたみたい」
そう話す千尋はとても楽しそうでその顔を見ていると、早希もほっとした気持ちになる。
「そっか。よかったね千尋」
「ううん、早希ありがとう」
早希は照れてつい下を向く。しかし何かに気づくと千尋に質問を投げかけた。
「ていうかこんな遅い時間までやってるの?」
早希やりなは部活を終えて帰ろうとしていたところだ。他の文化部や大会がしばらくない運動部も帰り始めているところだった。
「うん。文化祭で舞台出来ることになったんだけど、時間ないからさ」
演劇部も他の文化部と同じように発表の場を設けられているらしい。夏休み前のことを考えるととても前に進んでいる千尋に早希はとても驚いた。
「千尋すごいね」
今度は千尋が照れて下を向いてしまった。しかし千尋もふと気になり質問をする。
「そう言えば出し物の準備っていつからやるのかな?」
「え?」
「うちのクラスのやつだよ。お化け屋敷って準備するの大変そうだよね」
千尋は当たり前のことのようにそう続ける。
「……千尋。クラスの方も参加するの?」
「当たり前でしょ。だって私たちクラスのことだもん」
「……そうかな」
早希は不思議そうにそう呟いた。
「それにね、私竹内先生に頼んで三十分くらいのショートムービーもクラスの子たちでやりたいと思ってるの」
「え?」
「だってせっかくの機会だもん。演劇部のアピールにもなるし、映像もやってみたいと思ってたからさ」
千尋は力強く言い放った。
「……私はクラスの方に参加するつもりはなかったけど」
早希が気まずそうにそう言うと、千尋は不思議そうに顔を覗き込んだ。
「だって部活の方が大事でしょ。あんなふざけてやるのになんか協力しなくたっていいじゃない」
「早希……。それは違うよ」
「……。何が違うの?」
千尋は諭す様に語りかける。
「みんな一生懸命だよ。斉藤くんだってあんな風だったけど、去年からずっと言ってたもん。おなじクラスだからわかるんだ。それにうちの学校って文化祭が二年に一回しかないでしょ」
早希の学校は文化祭と体育祭が交互に開催される。なので去年は体育祭で文化祭は行われてないのだ。
「だから本当にやりたいんだと思うよ、お化け屋敷。早希が手伝ってくれたみたいに私も誰かの力になりたいの」
「千尋……」
「もちろん演劇部だって本気だよ。早希たちの吹奏楽部には負けないからね」
千尋はそう言うと自信満々で早希に笑いかけた。早希はこっちこそと言って、その場を後にした。
『最近の早希は私たちがいなくても失ったものを取り戻している』
四本の手足が白く、体が茶色の猫がそう言う。その声は重厚で低く響く。
『早希にもう僕たちは必要ないのかもしれないね』
黒猫がそう言うと、茶色の猫はぴくりと反応するが、連れだって一緒にいる二匹の猫は特に関心を示さなかった。お互いしか見ていなくてまるで他のことなどどうでもいいように。
『そろそろか……』
どこにともなく猫が呟く。
次の日から早希は放課後、時間の許す限りクラスの準備にも積極的に参加するようになった。そこには千尋の姿もある。
「でもさお化けってどうやるんだよ」
誰かがそんなことを言う。
「確かにー。コンニャクとかだろ?あとは……」
「本物の人間が全部やればいいんじゃない?」
斉藤をはじめ、そこにいたほぼ全員が早希の方を見た。
「結局人が一番人のこと驚かせられる気がするし。クラスの人間がほとんど出たら息つく暇もなくて面白いと思うけど」
「……でもそんなのほんとに怖がるかなー」
男子生徒がそう言うと、千尋がおずおずと手を挙げた。
「……私がみんなのこと見ようか。一応演劇部だし。そういう舞台も見たことあるし」
「千尋……」
早希が千尋を見ると目が合った。千尋は照れ笑いを返す。
「……いいんじゃないかそれ」
誰かがそう呟くのが聞こえた。
「そうだよ! 演劇部がいれば心強いし! 本物くらいに思わせてすごいのみんなに見せてやろうぜ!」
斉藤がそう言うと、クラスの士気が一気に上がったように思えた。
クラスの準備にある程度目途がつくと、早希はみんなに断りを入れ部活の方に合流するという流れになっていた。
全体練習が始まっているので早希は別室で楽器の準備をする。すると、そこに体が茶色で手足が白色になっている猫が現れた。
「あなたは?」
早希の方から話しかけるが、その猫は特に何も喋らない。今まで現れた猫とまた雰囲気が異なるその猫に早希は戸惑いながら猫の言葉を待った。
どれくらい経っただろうか。しばらくすると猫は窓から帰ろうとした。早希が慌てて止めようとするとこちらを振り向いた。
『私はプライド。早希の失った“誇り”を持つ者』
それだけ言うとプライドは窓から消えて行った。
土日は平日と違い、部活にだけ打ち込んだ。平日あまり参加出来ない分、早希はいつも最後まで残って練習をしていた。
パート練をしていると、久しぶりに剛輝が吹奏楽部に顔を出した。
「剛輝くん。久しぶりじゃない。何やってたの?」
「その言い方はひどくないか、早希」
剛輝は相変わらず忙しいらしい。それに加え、文化祭の準備で生徒会の仕事が一番忙しい時期となる。
「まあ今は運動部の方にはあまり行ってないしな。それに今度から違う部活の方でも協力してくれって頼まれてるんだ」
「違う部活?」
早希が聞くと剛輝はにやっと笑い答えた。
「演劇部だ」
吹奏楽部の方の練習が終わると、剛輝は演劇部の方に行くと言っていたので、早希もそれについていくことにした。前にチラッとみた千尋の様子から、どういう活動をしているか気になったし、こうして剛輝と話すのも久しぶりだったからだ。
「なんか懐かしいな」
「え?」
剛輝が前を向いたまま、早希に話しかける。
「早希が退院してすぐの頃、一緒に部活を見てまわったときがあったろ?」
「ああ……。そういえばそんなこともあったね」
「早希は変わったな」
「変わった? 私が?」
剛輝の言ってる意味が分からず思わず聞き返してしまう。
「変わったよ。あのときは早希から人間らしい感情なんて一切感じなかったもんな」
「剛輝くん……」
剛輝はそれ以上何も言わなかった。
例の教室の前に着くと、千尋の声や他の部員達の声が聞こえて来た。
「剛輝くん! 早希も来てくれたんだ」
千尋が笑顔で二人を歓迎した。
「あのね剛輝くんが演劇部の方に行くって言うからさ。見学しててもいい?」
「もちろんだよ!」
千尋は椅子に座って見てていいからと早希に声をかけると、練習を再開した。
早希は初めて演劇の練習というものを見たが、まず面白いと思ったのが最初だった。みんながそれぞれの役割を演じる為に、何度も何度も反復練習をする。そして演出で指示を飛ばしている千尋もクラスで見ることのない初めて見る千尋だった。いつでも穏やかな千尋はそこにはいなく、相手が同い年だろうと、下だろうと、例え相手が剛輝であろうともそれは変わらなかった。
吹奏楽部と同じだな。演奏するのが役者で、指揮者が演出。
早希は少しだけ、演劇の世界に親近感を覚えた。
「すまん。今日はちょっとそろそろ抜けないといけないんだ。生徒会の仕事がまだ残っててさ」
剛輝がもうすっかり日も落ち、そろそろ練習も終わるのかなといった頃、そんなことを言いだした。
「それで悪いんだが千尋。当日のスケジュールのことでちょっと確認したいことがあるんだがいいか?」
「もちろんそれはいいけど……。ごめん、みんなすぐ戻るから各自台詞とか動きの確認しといてくれる?」
そう言うと二人は教室を出ていった。
少し緊張感が解けたのか、その場に残った早希以外の三人は少し肩の力が抜けたようだ。その中で早希はずっと気になっていたことがあった。
「ねえ、美琴ちゃん」
早希が話しかけたのは一年生の美琴という女の子だった。背は早希より小さく、まるで小動物のような愛らしい雰囲気を持つ女の子だ。
「えっと……早希さん、ですよね。なんですか?」
美琴が早希の隣りにやってくる。
「美琴ちゃんって剛輝くんのこと好きなの?」
「……え?! ななななな何を言ってるんですか?」
美琴がとても動揺し大きな声を出したので、各々練習をしていた他の部員二人は何事かとこちらを見た。
「あ! えーと何でもありませんよー。あはははは……。早希さんちょっと他のとこで話しませんか?」
早希はそんな美琴を見ながら不思議そうに言われるがまま席を立った。
「何でそんなこと思ったんですか?」
屋上に来ると、涼しげな風が吹いていた。九月と言えど、やはり昼間はまだまだ暑いが夕方になると少しずつ秋の気配を感じる。
「何でって……。だってずっと目で追ってたでしょ? 剛輝くんのこと」
早希がそう言うと美琴は顔を真っ赤にしこちらを見る。
「だからそうなのかなーって。違うの?」
「……早希さんは剛輝先輩のこと好きなんですか?」
「私が剛輝くんのこと? うーん……それは好きだけど。でも私は千尋のことも、吹奏楽部のみんなのことも好きだよ」
「はぁ……」
美琴の顔を見ていると多分私の言ってる“好きと”、美琴の思う“好き”は違うのだろうと感じる。
「……剛輝先輩ってすごい人ですよね」
美琴が呟くように言う。
「たくさん部活掛け持ちしてて、それでどれも手を抜かないで。しかも生徒会の仕事まで! 私には絶対出来ません」
美琴はひとり言のように話し続けた。
「しかも周りにも気を配って、今だって文化祭の準備で忙しいはずなのに『美琴。大丈夫か?』なんて声をかけてくれて……」
美琴がそこまで言うとはっと我に返り、慌てたように振り返った。
「絶対誰にも言わないでくださいね!」
「言わないよ」
早希がにっこり微笑みかけると、美琴は拍子抜けしたのかさっき早希を屋上まで引っ張ってきたときの勢いが嘘のように萎んでいった。
「私は美琴ちゃんみたいに誰かを好きになったことないから」
美琴はその言葉に驚きの表情を見せた。
「……今まで一度もないんですか?」
「うーん、どうだったろう。以前の私ならあったかもしれないけど……」
美琴は言っている意味が分からず、ただ早希を見つめていた。
「だから美琴ちゃんに聞いてみたくなったのかも。好きってどういうことなのか」
「……私、文化祭で剛輝先輩に告白しようと思ってるんです」
美琴はそう言うと、早希の両手を取った。
「協力してくれませんか?」
「こんなところにいたー! 探したのよ。練習再開するから降りてきなさい」
ふと見ると、そこには戻ってきた千尋が立っていた。
「はーい! じゃあ早希さんこの話はまた後でしましょう!」
そう言うと美琴は先に走っていってしまった。
早希が呆気にとられていると、後ろに何かの気配を感じた。そちらを見ると、真っ白な色した猫と、灰色に更に濃い灰色で縞模様が入った猫がいた。
二匹同時に現れるのは初めてだなとそんなことをぼんやり思いながらその様子を眺めていた。
二匹は早希のことなど全く気にせず、二匹でずっとじゃれ合っている。
「あの……」
待ちきれずつい、早希の方から声をかけると二匹はやっとその存在に気づいたように早希を見た。
『あたしはキュー』
『僕はパス。僕たちは早希の失った“恋心”を持つ者』
それだけ言うと二匹はまたじゃれ合い始める。
「えっと……」
『早希は今好きな子いないの?』
灰色の縞模様が入ったキューが尋ねる。
「……私そういうのわからないから」
早希は答えるがもう二匹はそんなことを聞いていないようだ。
『早希。恋は時にすごい力を発揮するんだよ』
そう言ったのは白色をしたパスだ。
『それは何よりも勝る気持ちにもなる』
「でも……」
早希が何も言うことが出来ないでいると、いつの間にか二匹は消えていた。
早希は剛輝が演劇部の練習に行っている日に、また見学に来ていた。自分にないものを持っている美琴が気になったということもあるが、純粋に演劇が面白いと感じたからだ。
しかし、よくよく見ていると美琴の他にも何だか気になる人物がいた。
それが智也だった。
智也は、美琴と同じ学年でポスターを見て興味を持ち入部したという男子生徒だった。
練習は人一倍真面目に取り組み、演劇にもその真面目さが現れているようで早希は彼の芝居が好きだと思った。
でも何故か違和感を感じる。その違和感の正体がわからなかったが、千尋が代役で入ったときにその正体がわかった。
智也は千尋と全く同じ芝居をするのだ。他の部員はまだ自分というものがあり、自分がどうしたいかということを何とか表現しようとしている。でも智也は全く色がない。そう思うと智也の芝居には全く惹かれなくなっていた。
休憩中に思いきって智也に聞いてみることにした。どうして芝居が千尋とそっくりなのかを。
「そんなの当たり前じゃないっすか」
智也は何でもないことのように答えた。
「千尋先輩は俺の憧れっすから。だから早く千尋先輩に追いつきたいからっす」
そう明るく答える智也を見ていると早希は何も言えなくなっていた。
「智也くんか……。確かにそうなんだよね」
早希がその日の帰り道、演劇部の練習を最後まで見学し、千尋と一緒に帰っているときに率直な感想を教えてと言われそんな風に答えると千尋はうーんと唸った。
「入ってきたときに言われたの。自分はすごい先輩に憧れてるからって。一から何かを作り始めるってすごいっすって……」
「それで入部したって?」
千尋はこくりと頷く。
「悪い子じゃないんだけどね……」
剛輝を想う美琴。千尋に憧れすぎて自分の芝居が出来てない智也。どちらも自分に真っ直ぐで正直で早希は羨ましいとも思う反面、千尋は大変な後輩を持ったなと口には出さずに思った。
「早希さんいますか?」
その二日後の早希が部活中、そう言って音楽室に駆け込んできたのは美琴だった。その表情はいつもの愛らしい顔ではなく今にも泣きそうな表情をしている。
「どうしたの?」
早希が慌てて美琴に駆け寄り、音楽室の外へと連れて行く。
「先輩が……。千尋先輩が倒れて…」
「え?」
病院に行き、受付に言われた病室を訪ねると、そこには千尋が点滴を打って寝込んでいた。
「急性胃腸炎ですって」
隣に座っていた千尋の母親がそう言った。
「ストレス性のもので、疲れもあるだろうってお医者様が……。この子すぐ無理するからね」
そう母親が寂しげに言うと、何となくその場にいた早希や剛輝がいたたまれない気持ちになった。
「あいつ相当無理してたみたいだな」
病院から学校に戻る途中で剛輝が言った。剛輝は生徒会の仕事中に、早希と同じように美琴に呼ばれたらしい。事情を聴いた剛輝はとりあえず俺と早希が様子を見てくるからと言い、美琴達には待っていろと指示をしたのだった。
「あいつらが行っても、千尋の顔見たら自分の責任だって思うだけだろ」
「そうだね……」
――千尋。
そこまで無理していたなんてどうして言ってくれなかったんだろうか。言えるわけないか千尋が。
千尋はいつでも自分のことより相手や周りのことを一番に考える。私のときだって――。私に出来ること何かないかな。
そんなことをぐるぐる考えているといつの間にか学校のすぐ目の前まで来ていた。
「剛輝先輩! 千尋先輩はどうだったんすか?」
早希と剛輝が演劇部の教室に入ると、三人の部員が駆け寄ってくる。そして一番最初にそう聞いてきたのは智也だ。
「千尋は二週間入院するそうだ。でもそんな重くない。あいつもいろいろ疲れが溜まってるみたいだからな。医者が長めに入院しとけって」
「そんな……。先輩……」
智也ががっくりとうなだれる。
「……文化祭は?文化祭はどうするんですか?」
そう言ったのは美琴だ。
「そうよ! 二週間後ってことは丁度文化祭当日じゃない!」
留美という同じ学年の部員が誰とも言わず叫んだ。
その言葉をきっかけにみんなが黙ってしまった。
「……やろうよ」
早希が呟くようにそう言うとみんなが早希の方を見た。
「やろうよ舞台。ずっと千尋に頼りっぱなしだったじゃない。だったら千尋を安心させる為にもやろうよ!」
「……そんなの無理に決まってるじゃないっすか」
「え?」
智也は早希を睨み付ける。
「大体早希さんは部外者でしょ? そんな他人事みたいに簡単に言わないで欲しいっすよ!」
「ちょっと智也! そんなこと言わなくてもいいじゃない! 早希さんはみんなのこと考えて……」
「じゃあ誰が演出するんだよ!」
智也が美琴にそう声を荒げるとまたもや教室が静まり返った。
「……私がやる」
「え?」
早希がまた呟くようにそう言う。
「私が千尋に聞いてそれをみんなに伝える。それだけじゃうまく伝わらないかもしれないけど。でも……私だってこのまま終わっちゃうのは悔しいもん」
「早希さん……」
智也は早希の顔を見詰めた。
「やるか、早希」
剛輝は早希の肩に手を置き頷いてみせた。見るとみんなも早希を見つめている。その顔はもう迷いがなかった。
「ありがとう、みんな……」
「ごめんね早希……」
病室に行くと、点滴は外れたがまだまだどこか弱々しい千尋がベッドで起き上がり、早希にそう頭を下げる。
「何言ってるのよ! 千尋だって前に私に言ったでしょ? 友達なんだからこれくらい当たり前だよ」
「早希……」
「それよりもショートムービーの方は大丈夫そうなの?」
早希がベッドの上にあるパソコンを見ると思わずそんなこと聞いていた。
「うん、あとは編集するだけだし、当日には余裕で間に合うよ」
「そっか」
「それより早希。クラスの出し物の準備もあるんじゃないの?」
千尋は心配そうにその顔を覗き込んだ。
「それも大丈夫! みんなどんどん準備進めてるし、お化けの演技だって私が指導しちゃうから! だてに見学してたわけじゃないからね」
両手を腰にやり、千尋を安心させようとわざとおどけて見せた。
「早希……。本当にありがとね」
「いいの。千尋はなんとかしてせめて当日は観に来れるくらい元気になってみせてね」
千尋はその早希の言葉に口元を少し綻ばせて頷いてみせた。
実際、その後は早希はとても大変だった。
クラスの出し物の準備、演奏会の練習。合間を縫って病院に行き、千尋から言われたことをノートにまとめ、そして演劇部に行きそれを伝え練習を見る。
さすがに剛輝もそんな早希を見ていると心配になったが、剛輝は剛輝で生徒会の仕事に追われ、自分のことで手一杯だった。でも早希は弱音を吐かなかった――その姿はまるで千尋のようだ。その姿を見ていて他にも心が動かされる者がいた。
「早希さん……。もう来てもらわなくていいっすよ」
「……やっぱり私邪魔だった?」
突然智也に呼びだされそんなことを言われた。
「全然そうじゃないっす! そうじゃなくて……早希さん見てると心配なんすよ。千尋先輩にみたいに倒れるんじゃないかって」
「智也くん……。私は大丈夫だよ!」
早希は強がってみせたが、実際は寝る時間も削ってるのでこの一週間で既に早希はボロボロだった。智也はそんな早希を見ていると余計につらくなる。
「じゃあお願いです。早希さん。あとは僕たちの力だけでやらせて下さい」
智也はそう伝えると、深々と頭を下げた。そのいつもと違う様子に智也の覚悟が伝わる。
「智也くん……。わかった。その代わり、当日私に協力できることがあったら言ってね」
「はい!」
智也との話を終え、吹奏楽部に向かおうと渡り廊下を歩いていたら美琴がいた。
「早希さん……。今いいですか?」
美琴も何だかいつもと様子が違い、早希は何となく背を正した。
「早希さん。私、前にも言ったかもしれないけど文化祭当日に剛輝先輩に告白しようと思うんです」
美琴は真っ直ぐ早希の目を見据える。
「それで舞台の最後に言えたらいいなって思っていて……。そう決めたら早希さんに最初に言おうと思ったんです」
「うん」
「決意表明みたいなことですかね」
美琴が悪戯っぽく笑いかける。
「それで、さっき智也と話をしましたよね」
早希は頷くと、美琴の顔は真剣なものへと変わる。
「私……。早希さんの為にも千尋先輩の為にももっともっとがんばります! だから一週間後楽しみにしてて下さいね!」
美琴はにっと早希に笑いかけると、つられて早希も微笑んだ。
そして各々の不安や期待を抱えたまま、文化祭当日を迎えた。
今回もお読み頂きありがとうございます。文化祭が次回始まります二人の目的は果たせるのか。早希はどうするのか。そしてタケルとの思い出とは。次回も読んでいただけたら嬉しいです。