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想い猫  作者: 追々
2/7

思いやる気持ちアニカ

欲望という気持ちを取り戻した早希が次に必要としたもの。それは人が人と生きていくには必要不可欠のもの。皆さんも失くさず生きていきましょう。僕も忘れずに持っていきます

『早希が欲望を取り戻した』

『でもそれだけだと早希は……』

『それに取り戻したなら彼と会えるはず』

『いやでも……』

 猫達の話し声が聞こえてくる。

 そこは人が入ることの出来ない場所。猫達のささやく声は誰にも聞こえることはない。ただ唯一早希には届いていた――はずだった。


 早希は今日は一日中落ち着かなかった。それはグリードが消えてからというもの体の奥底から湧き上って来る欲望を抑えることが出来なくなっていた。一度出た衝動を抑えることが出来ない。今は吹奏楽部だけでなく、見るもの全てをやってみたい。そう思うようになっていた。

 出来たら剛輝のように五つほど部活を掛け持ちしたいくらいだったが、つい最近まで学校を休んでいた早希は自分の体力が追い付かないからと周りに止められ渋々しばらくは吹奏楽部だけに集中することを了承した。

「早希さん」

「部長」

 早希は周りと少しずつ話すようになった。特に吹奏楽部では自分の衝動もあり周りによく自分の意見も話すようになったりと傍目からは積極性を取り戻し、いい兆候だと思っていた――。

 早希の担当パートはトランペットだ。それはもちろん、タケルもそうだったという理由もあるが、単純に面白そうだと思ったのもあった。ただ、全くの素人の早希がトランペットを始めるのは大変なことだった。

「どう? 音は出せるようになってきた?」

「まぁ、なんとか……」

「そう。……それで早希さんが言ってたことなんだけど」

 早希が入部してすぐに部全体にコンクールが近いことを部長は全員に知らせた。部長としてはもちろん早希には出て欲しかったが、早希はソロパートを作ってほしいと要求したのである。

「その……気持ちはとてもうれしいし、早希さんがやる気になってくれるのはうれしいの。本当よ。でもやっぱり演奏は全体でするものだから、そのバランスを考えないといけないしね。それに何より早希さんはまだ始めたばかりだから今回は……」

「でも部長。私はあの曲なら誰よりも深く理解しています」

 部長の言葉を遮るように早希は鋭く言葉を放つ。部長も早希の事情を知っているのでそれ以上は強く言えなかった。

 そんな早希を周りの人間があまり心よく思うことはないのは当然のことで、同じパートの部員はおろか、最初は気遣い、早希に話しかけていてくれた人間も次第に話しかけることはなくなっていった。今では、早希に言葉をかけるのは部長ただ一人だけである。しかし、彼女自身はそのことを全く気にせず、自分がソロパートをやると言ってきかなかった。

 放課後、早希の目の前に彼女が現れた。

 その体は黒い色をしているが、口周りだけが白く耳はぴんと立っている。

『早希。私は“アニカ”』

「アニカ?」

『そう。私はあなたの失った“思いやり”を持つ者』

 アニカはそう言うと、早希へと近づく。

「……初めましてじゃないよね?」

 その猫に見覚えがあった。それはあの日初めて猫達と出会った日にいたうちの一匹だったからである。

『ええ、早希。あなたはまだまだいろいろなものを失ったまま。だからあなたがそれらを全て取り戻すまでは私達はあなたの前に現れ続けるわ』

 アニカはベンチに飛び乗ると、早希も自然とそこへ腰かけた。

「……でも思いやりって?わたしは別に……」

『今のあなたにそれがある?』

「…………」

 早希はアニカの言葉に返事が出来なかった。

『失う前のあなたは、もっと周りを見て行動出来てたはずよ。それが人を思いやるということ。人は一人じゃ生きていけないのよ。誰もが助けられて生きているわ』

「……そんなことない」

 アニカは彼女を見つめる。その表情は相変わらずまだまだ感情に乏しかったが、言われた言葉に反論しようとしていることが分かった。

「私はいつだって一人。誰かに助けてもらおうとも思わない。だから周りがどう思うと関係ないの」

『早希……』

 アニカは何も言えないまま、早希の顔を見つめていた。



 早希の“欲望”は教室でもとどまることを知らなかった。放課後の掃除は「部活があるから」とサボるのは当たり前で、他にも、タケルが死んだことを気にかけているクラスメイト達ともこんなやり取りがあった。

「早希。もう体の方は大丈夫なの? タケルくんのことはさ残念だったけど……」

 そう言うと彼女はビクッと背中を逸らした。早希の眼がその友達をキッと睨み付けていたからである。

「タケルの名前を気安く言わないで。あなたにタケルのことわかるわけがないんだから」

 クラスメイトは早希を気遣ってかけた言葉であり、早希もそこまで深く考えていった言葉ではなかった。ただ、そのクラスメイトはごめんと言いながら泣き出してしまい、教室はしんと静まり返った。

 そんなことあってからというもの、教室にいても早希に話しかける人は、一人、また一人といなくなっていった。

 それでも、早希は自分のやりたいことをやる為ならその他の無駄なことは一切しないという吹奏楽部と同じように過ごし、そういった自分の置かれてる立場を全く気にかけず、ますます教室から孤立しっていった。

「早希。どう体の調子は?」

 そんな中、前と変わらず話しかけくるクラスメイトが一人いた。――それが千尋だった。

 千尋は、早希が事故に遭う前に仲良くしていた友達の中の一人だった。

「最近の早希は放課後、すぐ吹奏楽の方に行ってるみたいだから安心したよ」

「安心……?」

 千尋のそんな言葉に、いつもの様に黙って座っていた早希だったが、思わず聞き返す。

「そうだよ! 早希ってば、あたしが話しかけても上の空で全然シカトだったじゃん! あたし早希がもうずっとこのままだったらどうしようって思ってすごい心配してたんだよ」

「……別に私はあのままでもよかったけど」

 早希はいつもの様に相手に関心を示すことなく答える。

「……そっか。でもよかった。早希が少しでも元気になってくれて」

 千尋はそう答えながらもその表情は少し寂しそうに見えた。

 いつもならそういう風に答えてしまうと、どんどん人は去っていく。しかし千尋は違っていた。

「早希。次の移動はこっちだよ」

「もうー。また早希ってばノート写すとこ間違えてるよ」

 千尋は早希にいくら冷たくされても何も変わることがなかった。

「早希ー! また掃除さぼろうとしたでしょー?」

「……なんで?」

「え?」

「なんで私に構うの?」

 千尋は早希の質問の意味がわからずキョトンとしていた。

「なんでって……。早希は友達なんだから当たり前でしょ?」

「……ばかじゃないの」

 千尋はその言葉に少し悲しい表情になったが、早希はそのまま教室をあとにした。


「早希ー! おはよう!」

 千尋は早希が登校してくると明るく挨拶をしてくる。

「…………」

 その態度に驚きを隠せなかったが、無視することにした。

――どうせ。

 タケル以外はみんな同じ。私にはタケルだけいてくれればそれでいいのに。どうして私をほっといてくれないの。

 放課後、早希はいつもの様にトランペットの練習をしている。ただ、それはまだ曲と言えるようなものではなく、何とか音階が出るようになったレベルのものだった。

(あれ?)

 鞄に入れてたはずの楽譜がない。教室に忘れてきたのだろうか。

 早希は部長に断りを入れると、音楽室をあとにした。

「……めぐみってばいつもそうなんだからー」

 教室の入り口まで来ると誰かの声が聞こえてきた。――この声は。

「千尋?」

 そこには窓際に立ち、何か紙を持っていた千尋がいた。

「早希! ……今の聞かれちゃったかな」

 千尋はどこか恥ずかしそうだ。そういえば誰かに話しかけてたはずなのにそこには千尋しかいなかった。早希が怪訝な表情で教室を見回すと、千尋が何かに気づいたように話しかける。

「今ね、台本読んでたの」

「台本?」

「そう。舞台の台本」

 千尋が持ってたのはその台本だったらしい。さすがに中身は見せてくれなかったが、確かにテレビなんかで目にするような独特の書き方になっているのがチラっと見えた。

「……私ね演劇部つくりたいの」

 早希はその顔を見る。

「前からずっとやりたいって思ってたの。昔から舞台とか観るの好きでさ。私もいつかあの場所に立てたらいいのになって思ってた。そんなの夢のまた夢だって思ってたんだけど……でもね早希を見てたら私もやらなきゃって思ったの」

「……私?」

 早希は心当たりを見つけようとしたが何もなく、ただ自分を気にかけてくれる千尋にそっけない態度をとっていた自分の姿だけだ。

「最近の早希はさ、タケルくんのこともあったのに、自分のやりたいことが見つかってそれに向かって真っすぐ向かってるから。だから私も早希みたいにやりたいことがあるならやらなきゃって」

 そう話す千尋の目はキラキラとして真っ直ぐだ。

「……違うよ」

「早希?」

 早希は千尋から思わず目を逸らした。

「全然私と一緒なんかじゃないよ。だって私は、ただタケルと同じ景色が見たかったから。自分のやりたことなんかじゃない。それに……」

 校庭からは野球部の叫んでる声が聞こえた。ふわりとカーテンが揺れる。

「それに千尋だって知ってるでしょ? 私が周りから何て言われてるか」

「早希……」

「もう私に優しくしないで」

 早希はそれだけ言うと教室を出て行った。


次の日、学校に来ると廊下に「演劇部 部員募集中!」と書かれたポスターが貼ってあった。

「何だこれ。誰も入るわけねーよな」

 そのポスターを見ていた男子生徒の二人組の片方がそんなことを言っている。

「こんな中途半端な時期だし、やるやつなんて帰宅部とかそんな奴らばっかだろ。演劇ってことはシェイクスピアとか。……おい行こうぜ」

 男子生徒は早希に睨まれていることに気づきその場を去った。早希はそのポスターをまじまじと見つめた。

「困るんだよね。こんなところに貼られると」

 ふと見るとそこには千尋と生活指導の教師が立っていた。

「大体定期テストだって近いのにさ、こんなことしてて君は大丈夫なのかい? 君のクラスは竹内先生のクラスだったね。先生に許可は取ってるんだよね?」

「それは……」

 千尋は下を向いていたが何か反論しようと顔を上げたがその言葉は遮られる。

「とにかく、竹内先生には言っとくから」

 教師はそう言うとその場を去った。

「千尋」

「早希。……なかなかうまくいかないね。昨日早希にあんな大見得切ったのに」

 ばつが悪そうに千尋は苦笑いを浮かべる。

「はっきり言えばいいじゃない」

「え?」

 早希は千尋に一歩近づく。

「あんなこと言うやつにははっきり言えばいいんだよ。あなたには関係ないですって。やりたいことに生徒も先生も関係ないでしょ」

「……そういう問題じゃないんじゃない?」

 早希は思わぬ言葉に千尋を睨み付ける。

「やりたいことをするのに確かに自分自身の力は必要だよ。でも演劇は一人じゃ出来ないもの。早希だってそうでしょ」

「え?」

「早希だって一人で演奏してるわけじゃないでしょ?」

 早希はその言葉に息を飲んだ。

「剛輝くんが吹奏楽部に連れて行ってくれて、それで部長さんがトランペット吹かせてくれて、演奏出来る場所作ってくれてる。それってすごく大切なことだよ」

 早希はただ静かに千尋の言葉に耳を傾ける。

「でも……それはきっと早希が一生懸命だからなんだと思う。だから周りに感謝しないとね」

「……感謝?」

「そうだよ! ……それに早希は私のやりたいこと馬鹿にしなかったし。早希の他にもあたしのやりたいこと認めてくれる人いるかもしれない。そう思えたの」

「…………」

 そう話す千尋の目はとても真っ直ぐ早希を見つめてくる。

「だから……ありがとう、早希」


 放課後、いつもの公園で早希はアニカと話していた。

「千尋が、私にありがとうって言ったの」

 アニカは何も言わず早希の言葉に耳を傾ける。

「いつも冷たくしてた私に……。馬鹿じゃないのって思った。けどそんな千尋が羨ましいとも思った」

『早希。今早希はどうしたいの?』

「私は……。今からでも遅くないなら千尋を手伝ってあげたい。それで千尋のやる舞台が見てみたい。千尋を見てたらそう思った」

 早希がそう言うと、アニカの体が光り始める。

「アニカ……?」

『早希はもう思い出したのね』

 それだけ言うと光に包まれたアニカは早希の前から消えていった。


「おはよう千尋」

 最初それは誰かと思った。早希の方から千尋に挨拶をするのは早希が学校を休む前以来のことだったからだ。

「手伝うよ、それ張るの」

「え?」

戸惑う千尋から何枚かのポスターを取った早希は上の階へと行こうとする。

「早希!」

 その背中に千尋の声が飛んだ。

「ありがとう」

 早希は振り向いたが、どう返したらいいか分からずそのまま階段を登って行った。



「タケル。ここどこ?」

「さぁ?。でも大丈夫だよ、この島そんな大きくないみたいだしさ」

 タケルが前を歩いている。どこかもわからないのにその足取りはまるで行く方向が決まってるかのように力強い。

 いつもならそんなタケルに何も不安を覚えずただ黙って後ろをついていく早希だが、今日は胸騒ぎが止まらなかった。――それはこの島に来てからずっとだ。

「それに森の奥にいると思うんだ」

「何が?」

「早希忘れたのか?この島に来る途中に話したじゃないか。――のことを」

 え?タケル今何て言ったの?

「とにかく行ってみようよ。早くしないと本当にどこだか分からなくなっちゃうからさ」

 早希はタケルのあとを恐る恐るついて行った――。


今回もお読み頂きありがとうございます。次回は早希のクラスに転校生がやってきます。次回も続けてお読みいただけたら嬉しいです。

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