ああ、妹よ
妹が結婚する。
愛してやまない人だった。
でも僕は知っていたんだ、僕では妹を幸せにできないってね。
僕たちは幼い頃から仲のいい兄妹だった。
それはもう仲のいい兄妹であったさ。
両親は共働きであったから、他の友達が帰った後も二人、近所の公園で遊んだ。
僕が小学生の高学年になる頃には、いっそうの事帰りが遅くなったから
一緒に夕飯をつくり、二人で食卓を囲んだ。
妹が中学に上がる頃、両親が離婚した。
理由は父の浮気だったらしい。
僕自身は父との関わりも思い出も薄かったから父に対して思う所はあまりなかった。
けれども母は酷く気落ちした様子で、よく妹に何かを話していた。
母は仕事を辞めた。
僕たちに優しくしてくれたし、生活に不自由はなかったのだけど
時折見せる寂しそうな様子と、それを埋めるかのように見せる空元気は
僕に家族を支えられる人間になりたいという志を生んだ。
妹とは相変わらず仲が良かったのだけれど、母と過ごす時間が増えたせいか
心なしかよそよそしくなったようで、少しばかりの寂しさを覚えた。
妹の事が好きになったのは、いや以前から大好きであったのだが
自分こそが妹を守ってやりたいと思うようになったのはたぶん
高校3年のバレンタインデーの日の事。
妹は泣いていた。
彼女ももう高校生であったし、好きな人ができて
しかし思いは届かなかったのではないかと思った。
自分にも失恋の経験など多からずともあったから慰めの言葉をかけるつもりであったが
その時の妹の表情を見ると憤りに変わった。
彼女は苦しそうで切なそうで、静かに嗚咽を上げていた。
勢いのまま妹にこんな表情をさせたのは誰なのか、殴り倒してやると言った。
こんな表情をさせるくらいなら自分が一生守ってやりたいと思った。
彼女は涙の粒を大きくさせたが誰とは教えてくれなかった。
それならばと妹はとっても可愛い自慢の妹だ、どうか兄のために誰のものにもならないで欲しい、まだ自分の妹でいて欲しいと言った。
妹はしがみつくようにして泣いたが、少しでも彼女の気が晴れるなら少しでも支えになれるのならばとそのままでいた。
しばらく経って落ち着いたのか、けれども真っ赤な目をした彼女は
「ありがと、もう大丈夫」といって立ち上がり、机の上にあったラッピングされたチョコレートクッキーをくれた。
好きな人にあげるつもりだったのではないかと思い「いいのか?」そう訪ねると彼女は
「うん。食べてもらわないと無駄になっちゃうもの」と言った。
そういう事ならばと封を解き口にした。
「美味いよ、さすが妹だ」と伝えると彼女は微笑んでくれた。
彼女はそれから一層魅力を増していって、思いを伝えそうになった事もあった。
けれども自分にとって大切なのは思いを伝えることでなく、彼女を守ることなのだという決意と自分では彼女を幸せにできないという常識が僕を踏みとどまらさせた。
彼女の結婚式前夜、僕は思いを伝えた。
馬鹿なことをしている自覚はあったし、嫌われるかもしれないとは思った。
けれども明日、妹は幸せな契りを結ぶ。
であればそうなっても構わないと僕は思った。
守るべき立場を譲りきるその前に、どんな思いでもいい自分を思ってもらいたいとその立場を失うことで溢れる思いがあった。
後ろめたさを振り切ってただ愛を込めて彼女の瞳を見つめた。
ここで冗談にしてしまえば長年の思いすら無かったことになってしまうように思えた。
しかし彼女は困惑するでもなく、罵倒するでもなく
ただ僕の視線に、思いに蓋をするかのように目を瞑り言った。
「ありがと……だから兄さんも、幸せになってね」