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2.魔王様とお姫様・後

後半今一つ納得いっていません。 その内直します。

「どうか魔王陛下を責めないで下さい。 陛下は私どもの命をお救い下さったのです。 それで陛下が讒言を受けるならば、その責めはどうぞ私にお願い致します」


 その言葉に宰相さんは僅かに眉を動かし、意識を保っていた衛兵達の眼が驚愕に見開かれます。


「す、すげぇ…!」

「今の宰相様相手に…!」

「まじかよ…!?」


 ありえないほどの殺気を振りまいている宰相さんに対し、僅かな怯えすら見せず毅然とした態度で言葉を重ねる女性の姿に、驚嘆と尊敬の眼差しを向ける衛兵達。

 自分が“凄い”と思える相手は素直に尊敬する、そんな割と単純な魔族達です。


 対して宰相さんは、女性に向き直ると同時に深く息を吐き出し、殺気と魔力を引っ込め意識的に心を落ち着けます。

 これ以上魔王様をいびるより彼女から話を聞いた方が良い、という判断と、彼女に興味が湧いたためです。

 ちなみに、宰相さんの殺気が無くなったため、ようやく動けるようになった衛兵たちが意識を失った者たちを素早く回収していたり、魔王様がまだ蹲って、軽くシャレにならないレベルでダメージを受けた内臓の回復に集中していたりしますが、宰相さんも女性もスルーしています。


「…大変お見苦しいところをお見せしました。 私は魔王陛下の下、魔王国の政務を取り仕切っております、宰相でございます。 差支えなければ、先ほどのお話の事情と、御身の出自などお聞かせ願えますでしょうか」


 その雰囲気と立居振る舞いから、既に彼女が何処かの国の王族、あるいはそれに近しい立場にあると確信しているが故に、貴人に対する礼を尽くした態度で接する宰相さん。

 先ほどまでのチンピラじみた様子からは想像もできない姿です。


「こちらこそ、名乗りもせずに申し訳ありません。 私は人間領の西端、エルフの国家“西方国”の王族、その末席に名を連ねております、第3王女でございます。 挨拶が遅れてしまいましたご無礼、どうぞご容赦くださいますようお願い申し上げます」


 見事なカーテシーと共に告げられたその素性には、驚きよりも“やはり”という納得の感情が先に立ちます。


 それから始まるお姫様の話ですが、内容を要約すれば―――


 留学先であるドワーフ国家“北方国”から、父王が倒れたと知らせを受け国許へ帰るその移動中、百人近い賊に襲われもはやこれまでか、という所を魔王様に助けられた


 というものです。


「あの賊は、おそらく兄達か姉達の内の誰かの差し金でしょう。 私に帰ってきてほしくないのだと思います」


 実は今西方国では、国王が病に倒れたことで、後継問題が起こっていたりします。

 西方国の現国王には王子が二人、王女が三人いますが、次期国王はまだ指名されていません。

 順当にいけば長子である第一王子で決まりですが、ここでお姫様、つまり第3王女が出てきます。

 お姫様は兄や姉達よりもはるかに優秀だったのです。


 他の王子王女も無能ではありませんが、お姫様はモノが違いました。

 貴族達の中には、お姫様を次期女王として推す声もあるほどです。

 そんな状況で、兄や姉達が危機感を覚えるのも無理はありません。


「ですが私は、あの国の王位になど全く興味はありません。」


 実はお姫様は妾腹であり、その母親は平民出身の侍女でした。

 父親である王様が遊びで手を付け、結果身籠ってしまったがために、止むを得ず側室として迎え入れられたという経緯があります。

 当然他の側室達とも、その子供である異母兄姉達とも仲は最悪です。

 貴族も国民も、そんな親子から距離を取り、触れないようにしていました。

 これでは故国に対する愛着も、身内に対する情も生まれるはずがありません。

 それでも母親を始め、ごく一部の使用人や兵士はきちんと接してくれていたため、何とか真っ当には育つことが出来ましたが。


「留学もあの国を離れたかったが為の事でした。 成人したら王籍を抜けて、母と共に一平民として北方国へ移り住むつもりだったのです。 もっともこんなにも早くこんな事になるとは思いませんでしたが」


 苦笑しながら話すお姫様からは、こんな状況にも関わらず悲壮感等は感じられません。

 それが少々引っかかった宰相さんは、遂に核心を訪ねてみることにしました。


「事情は理解できましたが、それで何故この国へいらしたのですか? この先どうするにしても、一刻も早く国許へ戻られるべきかと思いますが」

「…それは…その」


 途端にお姫様の態度が一変しました。

 さっきまでの凛とした態度は霧散し、白い肌を真っ赤に紅潮させて、チラチラと魔王様に視線を向けています。


「そ、その…この先どうするべきかと考えていたら、陛下があの、い、一緒に国に来い、と言ってくださって…」


 その様子から、それが単に移住を誘う言葉でない事は明白です。


「…陛下?」

「いやぁ、なんつーの? 一目惚れってホントにあるんだなーって」


 照れ笑いを浮かべながらそう言い放つ魔王様に、もはや宰相さんも何と言っていいかわかりません。


「その…私も、賊に襲われているところを、颯爽と助けて下さったお姿を見て…」

「って、あんたもかよ!」

「つーわけで彼女と結婚したいんだけど、まず何からすべきかな」

「畳み掛けるなぁ!!」


 しかし魔王様の本気の目を見て、これは止めるのは不可能だと悟ってしまった宰相さん。

 溜息を吐きつつ、これからどうするかを提示します。


「…まず王女殿下には国を捨てていただかなければなりません」

「それは問題ありませんわ。 元々母意外にはさして未練も愛着もない国ですし」

「と言っても、まさか人間の国で『魔王と結婚するために国を捨てます』とは言えません。 なので襲撃の事実を利用して、殿下の死を偽装します。 壊れた馬車と、錬金術ででっち上げた死体を転がしておけば大丈夫でしょう」

「あの、出来ましたら母もこちらへ連れてきたいんですが…」

「それでしたら御母堂にも死を偽装していただきます。 娘の訃報を知っての自殺、とでもしておきましょう。 御母堂ご自身は魔族の中でも隠密能力に長けた者に連れ出させます」

「おお、さすが宰相。 サクサク決まるなぁ」

「黙ってろ、ぶっ殺すぞ…人間側はこれでいいでしょう。 次に魔族側ですが、こちらは特に問題はありません。 魔王の決定に異を唱える者など居りませんからね。 内心不服な者はいるかもしれませんが、これは殿下御自身で認めさせて頂くしかありません」

「承知しております。 何としても認めていただけるよう、努力いたします」


 それからも、これからとるべき行動や起こりうる問題、それらに対する対処などを次々に挙げていく宰相さん。

 考えを巡らせているうちに頭が冷えたのか、いつもの冷静さを取り戻しています。

 そうして冷えた頭で考えれば、今回の話も宰相さん含む重臣達が頭を悩ませていた魔王様の嫁取り問題が解決すると思えば、それほど悪い話でもないかもしれません。

 長年の魔王様との付き合いのお蔭か、すっかり“良かった探し”が得意になってしまった宰相さんです。


「私からはこんなところですが、他に何かありますか?」


 思いつく限りのことを話し終えると、確認の為お姫様と、一応魔王様にも尋ねます。

 するとお姫様が…


「あの、実は彼女が…」


 そう言って後ろに控えていた侍女(実は最初からずっといた)に目を向けると、それを受けて侍女は一歩前に出て恭しく一礼します。


「ご挨拶が遅れまして、誠に申し訳ございません。 私は王女殿下付きの侍女でございます。 僭越ではありますが、私から宰相閣下にお願いがございます」

「…何でしょう?」


 この時点でまたも若干嫌な予感を感じた宰相さんですが、とりあえず聞き返します。


「私も、姫様と共にこちらへ置いてはいただけないでしょうか」

「…理由をお尋ねしても?」

「私が忠誠を誓っているのは姫様只お一人であり、あの国や、あのバカ…、国王などではないからです」


 黒い本音を滲ませつつ語った侍女さんの事情も、お姫様と同じようにテンプレなものでした。

 侍女さんの実家は政権闘争に敗れた没落貴族で、父は失踪、母は心労に倒れて間も無く亡くなり、領地も家も失い、路頭に迷う所をお姫様に侍女として拾われ救われた、というものです。


「途方に暮れる私に、手を差し伸べて下さったのは姫様だけでした。 あの日あの時より、私の忠誠のすべては姫様の為にあります。 決してあのバカなどではありません」


 もはや本音を隠す気もないようですが、その言葉からは確かな忠義を感じました。

 これは絶対に退かないな、と思わせるだけの強い炎のような感情です。

 溜息を吐きつつも、まぁもう一人くらいならと思っていたら…。


「護衛の兵士の連中も同じようなこと言ってたぞ。 お姫様に命を救われたとか、誇りを取り戻させてくれたとか。 なんつーか、地の果てまでもお伴するって感じだったな」


 一人どころかだいぶ増えました。

 

「やりゃぁいいんだろ、やりゃぁ!!」


 もはややけくそな宰相さんです。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 それからひと月、宰相さんの不眠不休の激務の末、とうとうお姫様一行の目的は達成され、親子共々無事に魔王国へ移り住むことが出来ました。

 今では毎日を幸せそうに過ごし、婿姑(むこしゅうとめ)の仲も良好です。

 エルフ故にまだまだ若々しいお義母さんは、これから始まる第二の人生を存分に楽しんでいくつもりのようで、まずは真っ当な恋愛をする、というのが当面の目標だそうです。

 何とも逞しい女性で、初めて会った宰相さんはお姫様と見比べ、『ああ、親子だな』と思ったとか。


 一方で魔王様とお姫様の結婚ですが、さすがに今すぐというわけにはいきません。

 表立ってではないとはいえ、それでも反対意見は少なくないからです。

 その為一先ずは婚約者扱いにして、お姫様の地盤固めを行うことにしました。

 まずはお姫様の立場を確固たるものとし、憂いを失くしてからということになったのです。

 魔王様はブー垂れてましたが、宰相さんからは殴られ説教され、お姫様からはやんわりと窘められ、渋々認めたようです。


 しかしそれも案外早く済むかもしれません。

 顔見せと味方作りを兼ねて、魔王国の社交界(一応魔族にもある)に積極的に顔を出しているお姫様ですが、一度そういった場に出るたびに、どんどん味方を増やしています。

 中には侍女さんや護衛兵士たちと同じレベルで信奉する者も出始め、遂には魔王国有数の実力者であり、その気難しさと厳格さで知られるとある公爵すらも味方に引き入れ、魔王国内に一大派閥を形成してしまいました。


 この間僅か半年、地盤固めに数年は掛かるだろうと思っていた宰相さんの予想は完全に覆され、お姫様はその能力と人格を存分に示したのです。

 ここまでしてしまうと普通であれば警戒されるところですが、実力者や優れた者は認めるという魔族の性質と、内外に知られた魔王様とのラブラブっぷりからそういった問題も殆ど起きませんでした。

 殆どということは多少はあったということですが、それらはお姫様の信者たちが自主的に処理しました。

 色々な…そう、色々な方法で。


 ともかくそういった紆余曲折を経て、魔王様とお姫様が出会ってから一年後、二人は国中から祝福に包まれる中でようやく夫婦として結ばれました。


 このさらなる半年の間には、先代魔王様に結婚を認めさせるための最強親子喧嘩が起きたり、魔王様がお姫様に送る結婚指輪の材料を獲りに竜王の巣に乗り込んだりと、まだまだ宰相さんを悩ませる問題が多発したのですが、その話はいづれの機会に―――

 西方国―――ヒト族の東方国、ドワーフ族の北方国、獣人族の南方国と並び4大国と称される人間領最大国家の一つ。 大陸の三分の二を占める人間領の内、最西端に位置するエルフ族の国。 一応海沿いの立地ではあるが、その大半は切り立った崖になっており水産業などは殆ど行われていない。 国土の大部分を森に覆われた森林国家。 都市などは樹に寄り添うよう、共生するように作られている。 主な産業は僅かな平地で行われる農業と、森で集められる採集物を主要品目とした交易。 西方国産の農作物は数は少ないが高品質の高級作物として高値で取引されている。 政治形態は議会制。 その議会は議長を兼ねる国王と、各氏族の代表者によって構成されている。

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