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2.魔王様とお姫様・前

 その日、魔王城にはいつもとは違う光景が広がっていました。


 魔王城の廊下、そこに佇むのは魔王様と宰相さん、そしてお勤め中の使用人と衛兵たち。

 そこまではいつも通りです。

 しかし決定的に違うところがいくつかありました。 


まず常ならば堂々仁王立ちの魔王様が、腹を押さえて蹲り、痛みに悶えています。 

 宰相さんは普段の冷静さは何処へやら、小動物ぐらいならそれだけで死んでしまいそうなほどの、途轍もない怒気と殺気をばら撒きながら、虫けらを見るような目で魔王様を見下ろしています。 

 宰相さんの殺気に当てられた衛兵たちは全身から冷や汗を流しながら硬直し、使用人たちに至っては恐怖のあまり意識を失う者すらいるほどです。


 そこまではいいのです。

 いえ、よくはないですが、そこまで大きな問題ではありません。

 5年に一回ぐらいはあることです。


 最大の問題は魔王様の隣に立つ、魔族領には存在しないはずの人間種の女性でした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 その日宰相さんは額に青筋を浮かべ、怒りを滲ませながら足早に廊下を歩いていました。

 執務室にいるはずの魔王様が消えたのです。

 別に誘拐されたとか失踪したとかそういうことではありません。

 机の上には置手紙が残され、そこにはこう書かれていました。


『仕事に飽きたので息抜きにちょっと出掛けてきます』


 見た瞬間に思わず手紙(それ)を破り捨ててしまった宰相さんは悪くないと思います。


 すぐに城下に“魔王様捜索隊”を放った宰相さんですが、2時間たっても目撃情報すら入ってきません。

 いくら城下が広いとはいえ、有名人で非常に目立つ魔王様が歩いていればかなりの数の目撃者が出るはずです。

 それが一切無いということは、転移魔法を使って王都の外に出た可能性が高いということです。


 この時点で、魔王様を見つけて連れ戻すというのは実質不可能になりました。 魔族の中には優れた探査能力を持つ者もいますが、いくらなんでも広大な魔族領全域から魔王様一人を探し出すのは無理があります。

 時間を掛ければ出来なくはありませんが、いくらなんでもその前には帰ってくるでしょう。


 止むを得ず捜索隊は解散させ、怒り冷めやらぬ中、とりあえず自分の分の仕事だけでも終わらせるベく執務室へ向かう宰相さん。

 帰ってきたらどうしてくれようか、そんなことを考えながら廊下を歩いていると…。


「お~い、宰相~」


 後ろの方から聞きなれた、能天気な声が聞こえてきます。


 ビキビキ


 宰相さんの青筋がやばいレベルです。

 いい加減血管が切れそうです。

 とりあえず一発ぶん殴ろう、そう考えながら振り向こうとする宰相さんですが…。


「…っ!」


 その瞬間宰相さんの体にすさまじい悪寒が走りました。

 振り向くな、振り向いてはいけない、そう全身が訴えかけて来るのです。

 長年魔王様に振り回され続けてきたが故か、宰相さんの第六感は対魔王様に限り、神懸かった的中率を発揮します。

 基本回避出来ないことばかりなのでちっとも役には立ちませんが。


 今がまさにそうで、一応仮にも主君として形だけは忠誠を嫌々誓っている相手に名指しで呼びかけられて、まさか無視して逃げ出すわけにもいきません。

 普段があれでも、魔王様は魔族の最高実力者にして最高権力者なのです。


 なまじ優秀な頭脳を持つがゆえに、どう足掻いてもこの場を回避することが不可能であると、瞬時に悟ってしまいました。


(ならばこうしていても仕方がない、可能な限り現状を把握し、早急に対処せねば…!)


 そんな悲痛な覚悟の元、意を決して振り返ると…。


「…っ!?!?」


 振り向いたその先にあった、あまりにも予想外すぎる光景に、完全に思考停止に陥る宰相さん。


 そこには二人の人物が立っていました。


 一人は当然魔王様。

 王城という、ある意味魔王様のプライベートスペースともいうべき空間にいるためか、素のままの締まりのない能天気な笑顔を浮かべています。

 そしてその隣に立つ一人の女性。

 この女性の存在こそが(魔王様が関わらない限りは)冷静沈着を地で行く宰相さんを大混乱に陥れた元凶でした。


 魔王様が女性を連れていること自体は別にかまいません。

 即位してそれなりに経つのに未だに婚約者すらいない現状、いくら適齢期の長い魔王族と言えど、早くお妃を、お世継ぎをとなるのは当然です。

 魔王様自身、女といるより男友達と馬鹿やってる方が楽しい、とか本気で言っちゃうタイプなので重臣たちも大いに頭を悩ませていました。

 それを魔王様が自分で相手を選んで連れてきたというのであれば、よほど問題のある女性でもない限り大歓迎です。


 人間国家であればありえないのでしょうが、魔族は王族貴族平民問わず、恋愛結婚推奨です。

 魔族は実力主義かつ実利主義であるため、相応しい能力があれば、あるいは身に着けるべく努力さえすれば身分の差は大した問題にはなりません。

 事実平民から魔王に嫁いだ女性、というのは歴史上それなりの人数がいるのです。

 只の町娘や村娘が王様のお妃様に、そんなお伽噺のような話も、魔族の間では一般人が芸能人と結婚、という程度にはリアリティーがあります。


 では一体何が問題なのかといえば、端的に言ってその女性は魔族ではありませんでした。

 この大陸では魔族以外の人型知的種族を総称して人間種と呼びますが、その中でも最大勢力であり、4大人間種と称される一角、ヒト族、ドワーフ族、獣人族とならぶ、エルフ族の女性だったのです。


 魔族領と人間領にはお互いに相手種族は存在しません。

 そもそも人間は魔族を怖がるし、魔族は人間に興味を持たないので殆ど交流もないのです。

 もちろん全く無い訳ではなく、領境付近であれば個人単位、村単位での細々とした商取引や交流などは行われています。


 しかし国単位では一切のやり取りが無く、それは人間側に原因があります。 500年前人間が攻めて来た時、現魔王様のお爺ちゃんである先々代魔王様が、先代勇者やら人間の王達やらに色々やった結果、半永久的な相互不可侵条約が結ばれたのです。

 不可侵条約とはいえ商取引まで禁じている訳では無いし、ほとぼりが冷めたら交易で資源を流通させるぐらいはいいか、と先々代様は思っていたのですが、魔族、というか魔王の存在が人間の王族の間で完全にトラウマになったらしく、現代に至るまで全く関わってこようとしません。

 魔族にとっては人間と交流が無くても困らないし、わざわざ魔族側から歩み寄る理由もないので、ほったらかしになっている訳です。


 そういった理由からお互いの領域に、お互いの種族は存在しないはずなのですが、そのいない筈の存在が、辺境ならまだしも王都、しかもその中枢たる王城にいきなり現れた訳ですから宰相さんの混乱も無理からぬ話です。

 しかもそれだけならまだしも、この女性、どう見ても一般人ではありませんでした。


 年の頃はヒト族でいえば10代の後半

 どこかまだあどけなさを残しつつも美しく整った顔立ち

 エルフ特有の長い耳が覗く煌く金糸のようなロングヘアに、白磁にも優る滑らかな肌

 女性としてはやや高めの身長と、メリハリの利いた肢体とが相俟って描かれる、まるで芸術作品のような魅惑的なボディーライン

 決して華美ではないが、洗練され磨き抜かれたデザインに最高品質の素材を惜し気もなく使われたドレスと、そのドレスと完璧に調和するアクセサリー

 最高級の翡翠にも似た瞳には強い意志の光を湛え、その全身には人の上に立つ者の覇気とカリスマを纏っている


 お姫様です。

 誰が何と言おうとも、紛う事なきお姫様です。

 むしろこれでお姫様でなかったら、誰がお姫様なのかというレベルです。


 人間の、お姫様。

 そう認識した瞬間、宰相さんの脳裏に甦るのは数日前の魔王様のバカ発言。


『いやな、魔王としては一度くらい人間のお姫様を攫ってくるとかした方が良いのかなって』


 まさか、あの魔王様と言えど本当にそんなバカなことをするはずが…。

 いやしかし、あの魔王様ならばあるいは…。


 そんな風に激しく懊悩しながらも、どうにかこうにか覚悟を決めて魔王様に問いかけます。


「その、女性、は、どなたでしょう、か…?」


 声を若干震わせつつもなんとか絞り出された問いに対し、魔王様は…。


「お姫様、攫ってきたぞ!」


 実にいい笑顔で、そう、答えたのでした―――


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 瞬間、宰相さんの体が動きました。

 全身余す所なく魔力強化を施し、腰だめに構えた拳にありったけの魔力をこめて、かなり本気の殺意を乗せた渾身の一撃を、魔王様の鳩尾に叩き込んだのです。


 ズドンっっ!!!


「ふぐぅおっ!?」


 ミサイルの爆撃のような轟音を響かせつつも、周囲には被害を出さないよう調整された絶妙の魔力操作によって、その破壊エネルギーすべてが魔王様の腹部に収束されました。


「ぬぐおぉぉ……!」


 さすがの魔王様もこれには堪らず、その場で崩れ落ち腹を押さえて悶え苦しんでいます。

 ちなみにこれは魔王様と宰相さんという取り合わせだからこそ、この程度で済んでいるのです。

 もし宰相さん以外の者が同じだけの魔力で、同じような攻撃をした場合、周囲に強烈なソニックブームが撒き散らされ、城の一角は崩壊し、エルフの女性はじめかなりの人数が巻き添えで死んでいたでしょう。

 受ける側も、もし人間種や並みの魔族がこの攻撃を受けたら、あたる前にそのソニックブームだけで全身が爆散しています。

 この一見ボケとツッコミのようなやり取りも、実は世界の頂点に近い者同士の凄まじく高度な攻防だった訳です。 傍目にはやっぱりボケとツッコミにしか見えませんが。


「…おい、いまなんつった? あ? こら」


 若干巻き舌気味の発音で凄みながら、蹲る魔王様をつま先で小突く宰相さん。 何という事でしょう、宰相さんがチンピラのようです。

 しかし実はこれが宰相さんの素だったりします。

 ごく親しいものしか知らない、城では決して見せない筈の姿ですが、もはや取り繕う余裕はないようです。


「言ったよな? 王族の誘拐なんかしたら戦争になるって。 お前戦争ヤダっつったよな? なにか? ホントは戦争したいのか? 人間相手に戦場で無双して魔王様パネェとか言われたいの? つーか今から戦争の準備したってどんだけ金と時間掛かると思ってんの? 予算何割吹っ飛ぶと思ってんの? 馬鹿なの?いや、馬鹿なのは知ってたけどそこまで底抜けだったの? …何とか言ってみろごるあ!!」


 完全にチンピラです。

 やたらとどぎつい派手な柄のシャツを着てそうな感じです。


 本来であれば魔王様を相手にこんな態度が許されるはずがありませんが、ブチ切れていることに加え幼馴染の気安さゆえか、遠慮も容赦もありません。

 周囲の使用人や衛兵達も、宰相さんのあまりの迫力に止めに入ることもできません。

 それどころか衛兵たちにすら失神者が出始める有様です。


「もし、よろしいでしょうか?」


 もはやだれにも止められないかと思われた宰相さんの暴虐。

 それを止めたのは、これまで黙って事の成り行きを見守っていた、あのエルフの女性でした。


ヒト族:いわゆるところのニンゲン。 何かにつけて平均的。 特筆事項なし


エルフ族:金髪・白い肌・翠の目、主に森の中の樹木と一体化したような都市に暮らし、魔法が得意。 寿命はエルフで千年、ハイエルフなら3千年ほど。 要するにテンプレエルフ。


ドワーフ族:こちらもテンプレ。 筋肉ムキムキの樽体型。 鍛冶と細工が得意。

どうでもいいが体型からして指先も相当太くて短いと思うのだが、どうして細かいことが得意なのだろうか。


獣人族:やっぱりテンプレ。 もふもふ二足歩行系とケモ耳・ケモ尻尾系の両方が存在している。 基本脳筋で物事を深く考えない。


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