第一章:魔王の覚醒
目が覚めると、そこは洞窟らしいと理解した。余は突当りの小部屋のようになっている一角で眠っていたようだ。──いや、生まれてから間もなく眠りにつき、今起きたのだ。それを理解できる。
わかっている。余がそれらを理解できるのは、父が余に短期学習をさせる為に意識をリンクさせていてくれたおかげなのだ。
『せいぜいつかの間の平和を味わうが良い……』
余へのリンクはそこで途切れている。父──魔王・カースは偉大であったが、その立場に胡座をかいた。勇者は強かった。玉座に座っていただけでは、必死で魔王を目指して凄まじい早さで成長してきた勇者一行には敵わなかったと、ただそれだけだ。
「しかし勇者一行か……。今の余では足下にも及ばんだろうな」
魔族が早熟であるとはいえ、余は今目覚めたばかりだ。父が死んでどの程度の時間が過ぎたかもわからん。
余は立ち上がり、洞窟を歩く。薄闇ではあったが、淡く光を放っている。これは転がっている石が発光しているようだ。足取りは軽いとは言えないか。どうやら慣れるまでに時間がかかるらしい。
と、不意に目が眩んだ。洞窟を出てしまったらしい。これは……太陽の光か。思わず膝を突く。
「く……っ、何だこれは……? 力が、抜ける……!」
倒れこみながら、思考は冷静に分析している。父がそうであったように、余は闇属性の魔族だ。光属性は得意ではない。太陽は光属性の象徴だ。だから、身体の力が入らないのか。だから余は、薄闇の洞窟の中で育った。
そんなことにも気づけないとは……。情けなくて笑うしかないではないか。
薄れゆく意識の中で、己の未熟さを笑ってやった……。
「はっ!」
目が覚めると、そこは洞窟だった。既視感だ。余が覚醒した洞窟に似ているが、同じ場所だろうか? 何か微妙な違和感があるような気がしないでもないが。とにかく、洞窟の突当りであることは変わりない。
「目覚められましたか」
余が周囲を見渡していると、奥から女が現れた。此奴は余の意識の中にも息づいていた。青白い肌は、魔族の証でもある。
「ジョクリアス、か?」
「やはりリンクなさっていたのですね、カルア様」
「カルア? それが余の名か」
「はい。私が食料調達に向かった隙に外に出ているものですから、驚きました」
ふむ。するとここはやはり先ほどの洞窟か。何か違う気がするのだが。
「どうやら余は太陽の光にやられたようだな」
「カルア様はまだ幼いですから。太陽の光には微量ながら魔力を含んでいます。今のカルア様にはまだお辛いでしょう」
そう言ってジョクリアスは微笑んだ。彼女は父の──魔王・カースの第一秘書を務めた女だ。燃えるような赤い瞳に凛とした目鼻立ち、橙色の髪は長くしなやか。青白い肌は軽装に仕立てられた鎧に包まれている。ふむ、さすがは魔王の第一秘書と言ったところか、美人だ。
「ここは先程まで余が眠っていた洞窟と同じ場所か?」
「ええ。カルア様の身に何かあってはなりませんので、闇の魔力で満たしてあります」
なるほど。闇属性たる余は闇の魔力が身体に良いと、そういうことだな。違和感の正体はこれのようだ。まだまだ魔力探知もできないのは、余が未熟だからか。
「時に何故貴様は生きているのだ? 父の死際、何をしていた?」
余が問うと、ジョクリアスは瞳に哀しみを映した。それからしっかりと余を見据え、余の両肩に手を乗せた。
「カース様の最後の大戦時、私は生後間もないカルア様についておりました。貴方が生まれて間もなく、私は前線を外れました。カース様がお亡くなりになられたのは、その翌月のことでございます。次期魔王としてカルア様を育て上げ、第一秘書として傍にいること。それがカース様に与えられた、私への最期の任務なのです」
「そうであったか。悪かった、貴様を侮っていたことを詫びよう」
「滅相もありません! カース様がお亡くなりになった当日、戦に参加できなかったことは事実です。その日のことは今でも悔やまれ……」
言葉を遮るように、余はジョクリアスを抱いた。彼女が父にどれだけの奉仕をしてきたかは知らん。しかし、いくら余が幼いと言っても年単位で時間は経過しているはずだ。この暗い洞窟で、眠る余と二人で、ずっと。
「安心しろ、ジョクリアス。余が貴様を悲しませはしない。貴様は魔王の第一秘書なのだからな」
放してやると、ジョクリアスが輝いた赤眼でこちらを見つめた。
「はい、カルア様! 今日から幾月幾年、永久に貴方についていきましょう!」
「うむ。それでな、ジョクリアス。早速なのだが……」
「はい、いかがなさいましたか?」
「洞窟の外でも生きていける身体作りをしたい。手伝ってくれ」
余が言うと、ジョクリアスが一瞬固まった気がした。が、すぐにとびきりの笑顔でうなずく。
「かしこまりました! 言っておきますけど、私は厳しいですからね、覚悟しておいてください!」
「望むところよ。余は天下を取ろうと言うのだ、厳しくなくてどうする!」
やはり、女は笑顔が良い。ジョクリアスの笑顔は余に温かい何かをくれた。それが魔族には持ち得ない感情だとかそんなことは知らん。
余とジョクリアスの新生魔王軍は、こうして一歩を踏み出した。勇者を堕とす、世界を取るその日を夢見て──……。