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00.

「信じらんないっ!この私を誰だと思ってんのよ!」


 怒りを露わにした、少女のよく通る声が響いた。

 途端に周りはザワザワと騒がしくなる。


「もういい、帰る」


 フンと鼻を鳴らし、始終高飛車な態度で少女はくるりと反対方向へ向き直る。

 むっとした熱気の混じった風にふわりと真っ白なワンピースの裾と長い髪が揺れる。


「…ったく、これだから男ってヤツは嫌なのよ」


 怒りが収まらないのかブツブツと文句を言いながら少女は歩を進める。

 黙って笑っていれば誰もが見惚れんばかりの異国の人形のような容姿であるのであるが。


 少女の名はリリー。

 頭脳明晰で容姿端麗の帰国子女、おまけにこの国では知らぬ者はいないと言ってもいい、ウィントブルク家の一人娘である。

 ただ、その性格が玉に瑕だと言われているが。





***




「へぇ、それで?」


 一方、気の抜けたような返事をする青年。


「ふぅん。理論値からのズレが±0.048…ね。環境は?溶媒は?」


 うんうんと頷きながら話を聞いているのかと思えば、その視線は無関係な手元の資料へと向いている。

 一体何を考えているのかが分からない、始終無表情のままである。


「――そう、分かった。じゃあ次はこっちの試料でやってみて」


 報告者からの返事に感情の籠らない声で返事をし、青年は自らの白衣のポケットから取り出した小さな瓶を差し出した。

 報告者といえば、自分よりいくつも年が下の青年の言葉に複雑そうな表情をしている。


 ここは、ゲオルラント王国の中央都市にある王立研究所の第二研究室、つまり彼らの実験室である。

 第二研究室長のウルリッヒは、改めて報告書にさっと目を通すと浮かばれないような溜息をついた。




***




  カスタニア歴38年、マーレの月初旬。

 カスタニエ大陸の北側に位置するゲオルラントはこの時期になると南の大陸側から吹いてくる季節風の影響もあって気温や湿度が高くなる。

 南大陸ほどのジリジリと焼けるような陽射しではないが、急激な変化もあり体調を崩す者も多い。


 都市の中央では異国からやってきた商人や旅人もたくさんおり、行き交う人々で日々賑やかである。


 手持ち無沙汰になったリリーは特に何の目的もなく、中央の市場を歩いていた。


 ヴィントの月になればまた学校が始まる。

 それまでの休みの間に何か暇潰しに本でも読んでみようか。

 そんな気持ちで市場の角を曲がり、茶色いレンガの道を歩いた先の書物屋へと向かう。


 先ほどはとても苛ついていたものの、今ではすっかり心も穏やかだ。


 自分が怒っていたことすら忘れかけながら、リリーは分厚い木の扉を開いて中に足を踏み入れる。

 紙とインクの何とも言えない匂い、そして少し埃っぽい。


 この店は随分と前からあるようで他では目にすることのないような種類の本を見かけることもあった。

 しかし、賑やかな通りからは少し外れることもあってかいつでも店内に他の客はおらず、しんと静まりかえっている。


 後期から始まる新しい科目の予習でもしておこうかとリリーは奥に進む。

 確か非常勤の講師が担当だった覚えがある。

 だとしたら一期分の授業では理解出来ないところもあるかもしれない。

 埃っぽい空気を吸い込み、小さく咳をしながらリリーはギッシリと詰まった本棚を眺めた。


「魔法薬分析…このあたりかしら」


 古い本の間に挟まっている比較的新しそうな背表紙にはそう書かれている。

 分厚すぎることもなく、かといって薄すぎることもない。

 これくらいなら丁度この休暇中に読み切ってしまえそうだ。

 パラパラと中を開いて見てみても、初歩から応用まで詳しく書かれている上に文体が読みやすい。


「――さて、と。早速帰って読むしかないわね」


 もうすっかり顔馴染みになった白髪の似合う店主に本の代金を渡し、リリーは足取り軽く自宅への道を歩いた。







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