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冬の章・6話





「さあ、到着しました」



天馬を下りた地は、雪が覆っていなかった



降り立つまで通ってきた地にあったレインがすっぽり埋もれるほど積もっていた雪が、全くない奇妙な土地



「ここは・・・」


辺りには、水の気配が支配しており、赤龍は周囲を見渡しながら此処が、青龍の龍域か・・・と呟いた



「初めて、訪れたな。余り他の八龍の龍域に邪魔したことは無かったがこんな雰囲気なのか」



赤龍の龍域はマグマの熱気で溢れているが、対照的に降り立った土地は澄んだ空気に満ちていた



「青龍様の龍域は、このすぐ先になりますわ」



微笑んだレインが先導するように歩き出して直ぐ、赤龍はその細い腕を掴んで引き留めた



「赤龍様?」



「レイン、何か来る」



そっとレインを引き寄せ、赤龍は周囲を注意深く観察する



良すぎる聴覚は、赤龍達がいる方向に向かってくる複数の小さな音を拾っていた



「(シュレイアの土地に侵入者か・・・?・・・人では無さそうだ)」



何かを言おうとしたレインの肩を抱き、赤龍はいつ何が来ても対応できるように身構えなる・・・自分一人なら戦うことに躊躇いはないが、今は一人ではない・・・



「定刻通りですね、ようこそ主、そして赤龍殿」



突然声を掛けてきたのは、レインの知己のようで、歓迎の言葉と共に樹齢を重ねた大木と大木の間から姿を現した



「やはり、八重でしたか。赤龍様、我が領の者ですわ。紛らわしくてごめんなさい。


来ることを予め告げていたので、迎えが来るかもしれないと思ってはいたのですが」



現れた存在に、緊張を解き頬を緩めたレインは、次いで赤龍を見上げ戸惑う赤龍に謝った



「・・・領民?・・・双頭の狼など、初めて見た・・・」



のっしのっしと現れたのは、八重という名の双頭の狼の一族の戦士で、堂々たる佇まいは見る者を圧倒させるものがあった



初めて見た種族に赤龍はレインを解放しつつ目を瞬かせる



八重は、灰色の毛並みをした双頭の狼で、一族の中で一番身体が大きく足も速いのが特徴だ・・・その足の速さを活かし、北の伝令役を担任している・・・



「この北の剣峰の守り役をしているのが、彼等、双頭の狼の一族なんですわ。



見た目は厳ついですけれど優しく強い、良い子たちなんです」



うふふ、と笑って紹介するレインに、赤龍はそうなのか・・・と未だ驚いたまま八重を見る



「初めてお目に掛かる。ヤエと申します。


良い子と呼ばれるほど若くはないが・・・ああ、ただし貴方達にすれば、若輩者かもしれませんな・・・」



低い声は耳障りがいい・・・


尾をふるりと振って、八重は笑った



「双頭の狼が珍しいですかな?ああ、確かにそうかも知れませんな。



なにせ、最早世界には、この山を守り暮らしているだけの数しか我が一族はいないのだから」



八重の言葉に重たさはなく、赤龍は始め八重の言葉を上手く理解できなかった



「吾等双頭の狼の一族だけではないですぞ。



この領地には、この領地を最後の頼みの綱として傷付き、半ば諦めも伴って流入してきた亜人が多く流れてきている。



稀少種族も多い故に、貴殿が見たこと無いような種族はまだまだいるでしょうな」



驚き目を見開く赤龍にフッと笑った八重は、さて、と話を続ける



「ここからは、僭越ながら吾が案内役を務めさせていただきましょう。


龍域故に雪は積もっていないが、この場所は地面が固く、木の根が盛り上がっている事が多い。足を取られ易い故気を付けて」



そう言って、八重が先導するように歩き出すとレインも赤龍を促し一緒に歩き出した



「ここに・・・」



「はい?」



赤龍はレインと先導する八重を見て躊躇いがちに疑問を口にする



「ここに亜人が多いのは・・・ここが国境だからではないのか」



「違う、と思いますわ。他の国境を持つ領に亜人がいるという話は余り聞きませんから。



・・・領地の歴史書によると初めは双頭の一族からだったと思います。



何代か前の当主が、傷付き住処を追われた双頭の狼達に、土地を渡したのだとか」



「嗚呼、その通りですとも。



傷付き疲れた吾等を見て、彼の方はとても驚いた筈なのに、すぐ我々の手当をして下さり、実に迅速な対応で黄龍殿に吾らの住む許可を取って下さった。



そう、ドウラン達が来た時の主のように」



後ろを片方の頭で振り返りながら、八重は懐かしむように穏やかな声色で言う



「あの日・・・君達は今日からここに住めばいい。此処を里にしたらいい、と言って下さった彼の方を吾は今でも忘れられませんな。



・・・・思い出や記憶は錆びるかもしれんが、彼の方のあのときの微笑みだけはまだ強く思い浮かべることが出来る」



「・・・ヤエは救われたのだな、シュレイアの数代前の当主に」



「ああ、そうです。そうですとも。



そして今も、救われておりますよ」



頷き、ふふふ、と低い声で笑った八重はそのまま赤龍と共に歩くレインを見る



「ああ、それはわかるな」



「おや、そうでしたか」



「ああ。我もレインに救われたのだから」



怪我の治療で、ではない・・・レインには何度も心を救われた・・・



「(諦めていた心を呼び起こし、凍てつくモノを溶かしてくれた)」



「・・・えーっと、八重も赤龍様もそのへんにしましょう?恥ずかしくなってき

ました」



気持ちは十分、いただきましたと笑って、レインはご覧下さい、と道沿いに点々とある小さな灯籠を指し示す



「?何だこれは」



「これは灯籠と言って、灯を点すモノなんですわ。暗くなってくると橙色の火が点ります」



「ほう?とうろう、か。



今更だが・・・・・・・・あれほどの雪が、ここには見あたらないのはやはり青龍の龍域だからか」



赤龍の何気ない呟きに、龍域に関しては、私達より赤龍様がお詳しいと思いますが・・・と前置きをしてレインが答える



龍域とは、黄龍から溢れた力が零れ落ちた場所である・・・その土地は他のどんな力、天候すらも作用しない特別な場所であり、零れ落ちた力で満ちた土地



シュレイアの龍域は青龍のもの・・・青龍が有する力は水のため、水の気に満ちた空間なのである



「私には水の気、というものは分かりません。



目に見えてわかるものならば、この先にあります。



私のような徒人にとっては、その場所が青龍様のお力のが象徴のようなモノですわ。



残念ながら、他領の龍域に入ったことはないので、伝え聞いていることしかお答えできませんが・・・」



申し訳なさそうに言うレインに赤龍はいいや、と首を振る



「気性も、有する能力も異なるのだから当然だが、改めて我々はこの大地から生まれたのだと気付かされる。



青龍の気配が色濃いが、それ以上に黄龍様の気が他のただの土地に比べ強い。



我の龍域とは正反対の水の気配であるのに心地よさを感じる」



スッと目を閉じた赤龍は、自分たち八龍だからこそ顕著に分かるのだろうその気配に不思議な気分だ、と笑った



「我々徒人には黄龍様の気、というのは分かりませんが此処が特殊な聖域のようなものだとは認識しておりますわ」



「せいいき・・・?」



「ほかの龍域は分かりませんが、この場所ではどんな影も行き来出来るはずの影の民が弾かれますの」



「影の民・・・」



「ええ。彼等がこの領地に初めて足を踏み入れたのは、この場所なんですわ」



微笑みながらレインが、そして先導していた八重が立ち止まり示したのは、大きな泉だった



「正確には、もう少し手前でしたが・・。



この泉というか湖のようなこの場所こそが、青龍様の龍域のおよそ中心なんですの。



そして、この場所こそが、私達徒人が青龍様のお力を感じることが出来る場所なのです」



山の中突如視界が、現れた湖は、太陽が反射しキラキラと輝いていた



「これは・・・(これまでの道とは比べものにならないほど青龍の気配で溢れているな)」



到着してから最も色濃くハッキリとわかる青龍の気配・・・龍域の特殊さを肌で感じる



「自分の以外の龍域というのは・・・・・・・・凄まじいな」



溢れるほど水の気配に満ちた空間は、黄龍の気と混ざり合ってそれぞれの気配を増長させているようだ、と分析した赤龍は泉を見詰めておや、と目を見開いた



「これほど澄んだ泉なのに、全く生物が住んでいないのか」



魚の影1つ無い泉を見て驚いた赤龍にレインと八重は首肯する



「綺麗すぎるからか、この空間の特殊性かわかりませんが、この泉はシュレイアの水源の源のようなものですが、一切生物は住んでいないようなんですの」



「弱い生き物は矢のように逃げる程に、強烈な気配ですからな・・・気持ちは分かりますよ」



苦笑する八重に、そうなのか・・・と赤龍は驚きながら周囲を見渡す・・・



「泉だけではないな。何故気付かなかったのか。龍域に入ってから、イキモノの存在感が薄い」



「この場所だけではないですが龍の気配は重く、そこらのイキモノにとっては凄まじい重圧だと思いますよ。



何せ、龍は食物連鎖の頂点だ。



野生を生きる者達は非常に敏感なのです」



「そうなのか・・・」



「ええ。


・・・さて、主?」



「ああ、そうね。


赤龍様、実はお見せしたかったのはこの泉だけではないのです」



「??」



「先に進みましょう。冬ならではの景色がこの先にありますわ」



時間にして数分・・・泉からさほど遠くない斜面を下った先の場所にそれはあった。



「これは・・・」



「北の剣峰、冬の名物・・・割れた滝ですわ」



龍域から半分はみ出しているのだという滝を下から眺めるとまさに圧巻の一言である


龍域側の滝の水は轟音と共に流れ落ちているのに対し、龍域からはみ出した側は凍り付いているのだ・・・不思議な光景であった



「この時期以外は、普通の滝に見えるので・・・冬にしか見ることの出来ない特別な光景なんですわ。



私のお気に入りでもあります」



にこにこと笑うレインに、そうか、と赤龍は頬を緩ませる


美しい、と思い感じる心はあるが赤龍にとって滝はオマケのようなもので、赤龍の心を弾ませるのはこの一年、何時だってレインだった



「(レインの、お気に入り・・・レインが笑っている)」



それだけで、と同胞には驚かれてしまうかも知れないが、何よりもたった一人の存在が笑顔で健やかであることが幸せで尊いのだと、赤龍は知ってしまった



「なあ、レイン。もっと教えてくれまいか。



シュレイア領の事だけでなく、レイン自身のことも・・・沢山、知りたい」



「私の事ですか」



「ああ。今更、と言われるかも知れないが・・・我は思っていた以上にレインを知らぬようだと最近気が付いたのだ。思い知ったとも言うが・・・



知りたい・・・たくさん。沢山」









・・・・何を思い、何を願い、何を成そうとしているのか


何を考え、何を感じているのか


どんな過去を生き、どんな未来を思い描くのか・・・


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