冬の章・5話
普段と異なる天井に、一瞬自分がどこにいるのか分からなくなった赤龍は、窓の外から聞こえる控えめな声に意識が覚醒した
「この声は、クリスとレインか?」
のっそりと起き上がった赤龍は窓辺まで近付き、両開きの窓を開く
「っ少し、寒いか・・・?というか部屋の中が温かいのか」
ストーブを焚いているわけでもないのに、何故こんなに?と疑問に思いつつ外に目を向ければ、防寒着を身に纏ったクリスとレインがせっせと雪掻きをしているところだった
暑いのか遠めに見ても頬を染め、もこもこした服を着ている二人は着膨れしていてコロコロもしている・・・非常に赤龍の目を和ませた(むしろ身悶えた)
慌てて部屋に戻って簡単に着替えを済ませると、急ぎ足で外に向った
・・・急ぎすぎて一瞬窓から出るという選択肢が浮んだが、あまりにも礼儀知らずになってしまうので止めたという余談がある・・・
「レイン、クリス!」
「?あら、おはようございます赤龍様」
「!赤龍様!!おはようございます!!!!」
「おはよう。雪掻き中、だな?」
「ええ。上のほうは影の子達がしてくれるので、下は私達が。
ひょっとして、雪掻きで起こしてしまいましたか?」
「いや、丁度起きたところだった。雪掻きしている姿をこんな間近で見るのは初めてだ。よければ我もしてみて良いだろうか?」
「お客様にしていただくようなモノではないのですが・・・」
「やらせて欲しい」
目を輝かせる赤龍に、レインは苦笑し対称的にクリスは赤龍といれると目を輝かせる
「では、お願いいたします」
「ああ」
「赤龍様、一緒にやりましょう!!かまくらとか雪ダルマも作りましょう!!」
目を輝かせるクリスに手を引かれ、赤龍は嬉しそうに雪掻きを始めた
「クリスに掛かれば雪掻きも遊びよねぇ」
「宜しいのですカ?」
「あら、桐藍。そうねぇ楽しそうだし・・・本当はダメなのでしょうけどあれほど目を輝かされると、すみませんとは言えないわよね」
「なるほど確かニ」
マスク越しにも苦笑しているのがわかって、レインも苦笑する
「さ、もうひと頑張りしてくるわ」
「はイ」
ゆっくりと影に消えた桐藍を背にシャベルを持って、雪掻きを再開させたのだった
「姉さま見て下さい!雪ダルマ作りました!」
「かまくら・・・?も作ったぞ」
朝日が昇り、すっかり明るくなった頃雪掻きが終わる
残ったのはクリスと赤龍が作った雪ダルマと大きなかまくらだった
「これは凄いわ!ふふ。せっかくですから朝ごはんはかまくらで食べません
か?」
「素敵です姉さま!お外でご飯!」
「かまくらで食事を?」
クリスと赤龍が目を輝かせるのがあまりに同じタイミングでレインはくすくすと笑ったのだった
せっかくなのでとかまくらの中に机と椅子を運びいれ、朝ごはんを運ぶ
しっかりと作られたかまくらの中は風を遮るため却って暖かい
「こんな大きなかまくら、初めて入ったわ」
「良いな。こういう朝も」
キリクとアリアの言葉に、クリスが得意げに胸を張る
「赤龍様とボクが作りました!!すっごいんですよ赤龍様!!
スコップに乗せる雪も物凄く多くて、あっという間でした!!」
キラキラとした目で赤龍の凄さをアピールするクリスに、レイン達は微笑み赤龍は照れで耳を染めた
「ありがとうございます赤龍様。おかげさまで、こんな素敵なところで朝食を頂く事ができますわ」
にこりとアリアは赤龍に礼をいい、持ち込んだ鍋の蓋を開く
「今朝は寒いのでポトフを作りましたわ。あとは先ほど焼いたばかりのパンと、粥、ハム等をお持ちしました」
ほかほかと湯気が昇る鍋にゴロゴロとした野菜、大きな肉が黄金色のスープの中に浮いている
「カユ・・・」
「蓮の方から手に入れた米という新しい作物を柔らかく煮た消化に良い料理です。
塩味しか付いていないので、色んな付けあわせを乗せて食べるのも美味しいですわ。
レインが気に入っているんですの」
「パンも好きなんですが、米がすきなんです」
やはり魂は日本産。現在はお釜を町の鍛冶師と共同開発中で、家の横に別で竈を設置した厨を造っている最中だ
「そうなのか・・・我はどちらも頂いても?」
席に着きながら興味深そうに粥の入った鍋を見つつ小首をかしげる赤龍に、勿論ですとレインが頷けば、いそいそと皿を手に持ってクリスとそわそわし始めた
「(可愛らしい方だな)」
「(本当に)」
「(クリスとセットになると癒しです)」
三兄弟でほっこりしつつ、全員で掌を合わせ頂きます!と声を揃えた
朝食が済めばすぐに北に向かう為に準備をする・・・準備といっても防寒具と天馬を用意するくらいだが・・・
一角獣は足が速いが、それよりさらに速いのが天馬だ
本当は翼竜が一番速いが、わざわざ苦手な空を飛ぶことも無いだろうと天馬に鞍をつける
「レイン、防寒着を着てみたが・・・どうだろうか・・・?
もこもこ過ぎないか?」
「あら、ちょっと丈が足らないかしら?
でも、それ位もこもこしている方が良いと思いますわ。
北部は非常に寒いので着膨れるくらいが丁度良いかと。天馬にも乗りますし」
化学繊維が存在しないので、綿や羽毛を利用した防寒着はどうしても重く厚くなりがちだ
機動性がどうしても落ちるので、現在防寒着及び防寒具の改良を重ねている真っ最中だったりする
・・・携帯用温石(所謂カイロ)もアベルと共同開発中だ・・・
レインが天馬に鞍を付けながらにこりと笑って言えば、そうだろうか?と赤龍は首を傾げる
「よく考えれば、人型で雪山に行くのは始めてかも知れぬ」
「あら、なら尚更用心するに越した事はありませんわ」
「・・・わかった。レインの言う通りにしよう」
ふっと笑った赤龍は、防寒着をしっかり着込むのだった
天馬は一角獣と異なり、馬よりも大きい
・・・成人2人くらいなら余裕を持って乗せることが出来るので、寒さ対策という事もあって、天馬はレインを前に赤龍の2人を背に乗せ地面を軽やかに蹴って屋敷を後にした
天馬は空を翔ける・・・レインのために、あくまでも空を飛ぶ事はせず、低空で駆けた
「これは、なんとも不思議な感覚だ」
「この子は特に速く、低空で駆けてくれる優しい子なんですよ。おかげで高所恐怖症の私も大丈夫なんです」
照れつつも誇らしそうに胸を張ったレインが天馬の鬣を撫でれば、目に見えて天馬の速度が増した・・・揺れはほとんどないが・・・・
「そうか・・・いや、我は馬にも殆ど乗った事がない故、非常に不思議な気分だ。
誰かを背に乗せた事はあっても、誰かの背に乗るというのは・・・なんとも不思議な」
しみじみと言う赤龍に、確かにそうなのかもしれませんね、とレインは赤龍を振り返りつつ頷く
「自分で移動する手段を持っているのに、態々他を利用するなんて逆に手間ですし」
「(我を乗せる根性の据わった生き物があまりいないというのが一番の理由なのだが・・・だが、ひょっとしたらこの天馬のように居たのかも知れないな。我が、気付かず知らなかっただけで)
そうだな。そうかもしれない」
・・・世界は思ったよりも広いのだとこの一年で何度も思ったし感じた
空しく寂しいだけでなく、ちゃんと優しさもあったと気付けた・・・
ふと、赤龍が周りを見れば、此方に気付いた外を出歩く人々がレインに手を振っていた
とても寒いのに、スコップを持って朗らかに笑っている人々・・・子供はクリスと赤龍が作ったようにカマクラや雪ダルマを作って笑っている
「人間は、寒さに弱いだけではないのだな」
「ええ。勿論です。弱いからこそ、上手い付き合い方を模索し知っているんですよ。
雪だって、子供に掛かれば遊び道具ですし、風除けにもなるし・・・
この雪が溶ければやがて恵みにもなる。このあたりは今は雪に覆われていますが春になったら雪解け水が注ぎ込む田んぼになるんですよ」
「タンボ・・・?」
「今朝の朝食でお出ししました米を作る専用の畑のようなものですわ」
「普通の畑ではないと・・・?」
「ええ。水耕栽培といいまして、ある程度成長するまでは水を張るんです。
時期が時期ですと、その水面に空や雪山が移りこんで、本当に美しいんですよ」
「レインは色んな事をしているのだな」
ふと、赤龍はレインの話を聞きながら黄龍や黒龍たちが言うシュレイアの特殊性を思い出す
「レイン達の一族が外に出る理由のひとつが、作物探しだったか?」
「ええ、そうです。ご存知かもしれませんが元々、この土地は本当に荒れ果てた土地で、中々作物が満足に育てれず、苦労したんです。
一族の者は、そんな土地でも育つ作物を探す為に領地を、国を出て様々な国に散って行ったようです。
勿論、相当苦労したようでで志半ばにして二度とこの領地に帰って来れなかった者も多かったとか。
今のシュレイアがあるのは偏に、そんな過去の一族の者の努力や苦労があったからこそですわ」
「そうか・・・・・・」
赤龍は、レインの後ろから流れる景色の中でシュレイアを眺める
「我は、長らく戦場と龍山以外をまともに見ていなかったと・・・・思う。
だから、シュレイアが荒地だった事も気付かなかったし、もっと言えば、最近まで12領地を全て覚えていなかった。
領主に限っては、未だに顔を認識してない者もいるくらいだ」
自分には関係の無い事だと思っていた・・・と赤龍は小さく呟いた
「100年200年経てば、また違う領主領地になっているものだと・・・自分は戦場で生きる。
華やかな世界には縁も無いし、縁を作る気も無い作れるとも思わない。
まして、我は死ぬつもりで戦地に行っていた。正直、どうでも良かったのだ。
誰が領主で、どこの領地を持っているか、など・・・その領地でどんなイキモノが生きているかも」
赤龍の懺悔でもするような声色の告白に、レインは黙って聞く
「なあレイン、我は、今になって自分が無為に過ごした時間が実はとても貴重だったのではないか、と思うようになった。
もっと早くから、世界を見ていたなら・・・もっと・・・」
「・・・・・・・私は赤龍様が今、そう思われているんであれば、十分ではないかと思いますわ。
世界の有名な魔法使いでも、魔術師でも、魔王だって進んだ時は戻せません。
だからこそ、後悔するのではなくこの時を機に未来を見据えてはと、思います」
「・・・レイン?」
まるで自分にも言い聞かせるようなレインに、赤龍は何時の間にか下がっていた視線を上げる
・・・辺りはいつの間にか、村や町の姿が消え雪の被った林や森が多くなっていた
「私も、沢山後悔しました。あのときこうすれば良かった。と・・・。
生きている時間が長くなれば自然と選んで来たものは多くなります。
私も沢山の物を、沢山の事を選択して生きてきました。
選んだほうが、間違っていた事は割とよくあります。恥ずかしながら、後悔も沢山しました。
それでも、私は今と未来に生きてます。今まで重ねて来た選択とその結果をちゃんと心に留めて生きています。
沢山、悩んで苦しくなる時もありますけど、生きているんですからそれも仕方の無い事。赤龍様、どうぞ前を向いてくださいませ。
今と未来を生きてくださいませ」
そう言って、レインは後ろを振り返り微笑む・・・その微笑みが余りにも大人っぽく(普段から落ち着いた雰囲気ではあるがいっそう)綺麗だと赤龍は思った
「さあ、着きますよ我等がシュレイア領の誇る最北の険峰に」
微笑むレインに、赤龍は聞けなかった
・・・たかだか18年の生にしては、言葉が重たかった理由を・・・
「(人は龍族の生にしてみれば一瞬の間に死ぬ。それゆえ、か・・・?
しかしそれでもレインはやはり違う。他の貴族の子女とは全然・・・。
我が、人の子と関わらないからか?だが、キリクやアリアともやはり違う)」
・・・・・・レイン、お前は一体どんな生を歩んで来たのだろうか・・・
レインになる前、特に、戦時中を生きたからこそ今を生きる私達以上にギリギリの選択を沢山して来たおばあちゃん。
人間だもの。生きているもの。沢山選んでは後悔します。きっと。
生きている限り・・・だから、後悔の少ない選択をしていきたいなぁ、と・・・。




