冬の章・4話
赤龍がシュレイア領を訪れた晩、赤龍たっての希望により夕食はシュレイア一家ほぼ全員ととる事になった
ほかほかと湯気の立つ温かな料理がテーブルに所狭しと並べられ、食欲をそそる香りが赤龍の鼻を刺激する
「美味そうだ」
赤龍からぽろりと零れた言葉に、赤龍の隣を陣取ったクリスが腹を鳴らす
「・・・お腹すきました」
「クリスは剣の訓練をしてきたのだったか。それは腹も減るだろうな。キリク」
クリスに微笑んだ赤龍がキリクを見れば心得た、と笑って頷く
「せっかくですから赤龍様、頂きます、とご唱和ください。
我がシュレイア領では、掌を合わせ我等の糧となる食事に感謝をする食前食後の挨拶の伝統があるのです」
「我もしていいのなら、是非」
「はい、是非。では、料理が冷めない内に。
合掌!頂きます!」
「いただきます!!」
「いただきます」
「・・・いただきます」
元気なクリス達年少者の声と、アリアやレイン達年長者の落ち着いた声が揃い、赤龍の少しの戸惑いを含んだ声が部屋に響いた
「晩餐は如何でしたか?」
用意された客室で、食後の茶を用意しながら首を傾げるレインに赤龍は良かった、と微笑んだ
「賑やかな食事は、あまり経験が無い。
大勢で食べるのも。新鮮で、楽しいものだった。
それに、食事も美味かった・・・全て温かく、優しい味がした」
穏やかに笑う赤龍に、それは良かったとレインは優しく笑う
「食前食後の挨拶というのも面白い」
「あれは、この領地というよりこの家の伝統なのですよ。それこそ領主になる前から始まっていたようですわ。
段々、それが領民に広がり、今では領地の殆どの者が食前と食後に決まって手を合わせるようになったとか」
レインにとって馴染み深い挨拶だ・・・自分という存在を自覚して何度も驚いたが、この挨拶が領地の伝統となっている事に一番驚いたと内心で苦笑する
・・・伝えた先祖の名前に、驚きと納得もしたのだがそれはまた別の話だ
窓の外では深々と雪が降り、レインと赤龍は会話を楽しんだ
レインの話は赤龍を楽しませた。特に、異国での話は新鮮で目を輝かせ楽しむ赤龍にレインもまた声を弾ませた
「レインは本当に色々な場所に行ったのだな」
感心したように言う赤龍に、レインは頷く
父であるセルゲイに頼み込み、西から東、北から南と沢山の国や地域に行った・・・数えるのが億劫になるほどに
「ええ。どの土地もそれぞれ文化があり、歴史があり、新鮮でした。お友達も出来ますもの」
ニコニコ笑いながら、出来た友達や得たモノを思う。優しい人、冷たい人、強面な人、御人好しな人
人以外にも、様々な種族に出会った
半獣や獣人、魔獣、妖精、エルフ、ハグレの魔女、鬼もいた・・・
出会う度、地球との違いを感じた
出会う度、世界の不思議を感じた
出会う度、ココで生きていると実感した
レインの表情を見ながら、赤龍は兼ねてからの疑問を口にした
ずっと、謎だった事
「・・・純粋な疑問なのだが、魔王クラウス殿や海王ツユリ殿ともそうして知り合ったのか?
それとも、蓮の皇帝のようにセルゲイが元々知っていた?」
赤龍の疑問に、レインは過去を思いおこす
「そうですねぇ・・・・ツユリ殿とは幼い頃に、事件がありましてその時に。
元々、ツユリ殿の部下に3代前の領主が引退後引き抜かれた為、この領地とは少し縁があったのですけれど。
初めてお会いした時は、余りに美しいので、女性だと思いました」
ふふ、と笑うレインに、赤龍も秋の領主会議で挨拶をしたツユリを脳裏に思い浮かべ頷く
「流し掛けたが、引き抜きと言ったか?・・・やはり、シュレイアの者は他国に行くのが慣わしなのか?」
眉間に皺を寄せる赤龍に、レインは全員ではありませんよ、と微笑む
「この国を出て行き、旅立った先で得た有益な物をこの領地に送ったり、有事の際情報をいち早く知らせたりする為にという名目ではありますが、多くの者は世界を見たいと出て行くのですよ。
シュレイアは愛しい。けれど我々は元は流浪の一族。
心の根底に1つ処に留まりたくないと思っているのかも知れませんねぇ」
のほほんと笑うレインに赤龍は不安げにレインを見る
「レインも、出て行くか?」
「役目が終われば、可能性はありますね」
隠さない正直なレインに、赤龍の心臓はヅキリと痛む
レインならばきっと引く手数多だろう現実に、赤龍の心臓は痛み続けた
レインが異国に行く?
サビシイ ツライ カナシイ
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ
眉間に皺を寄せたまま拳を固く握り沈黙する赤龍に、レインは困ったような顔をして、そっとその拳に手を伸ばす
「確かに、可能性もあれば打診もされています。気が早いようで・・・。
けれど、先の事は私自身にも分からない事。赤龍様、可能性は可能性であって絶対ではないのです。
さあ、拳の力を抜いてくださいませ。手を傷つけてしまいますわ」
「・・・我が行くなと言えば、レインは行かぬか」
搾り出すような掠れた声で赤龍がレインに問えば、レインは停止し、やはり困ったという顔をする
その表情を見て、赤龍は失言だったと唇を噛んだ
「すまない。答えなくて良い」
自分が言えば、八龍からの強制になってしまう。きっとレインは、頷くだろうがそれでは意味が無いのだと赤龍は気付いてしまった。
「(レインに側にいて欲しい。離れないで欲しい。だが・・・望み、望まれがいい。
そうでなければきっと、意味が無いのだ)」
「・・・・・赤龍様、私は未来の事より今を大切にしたいと思うのです。
領主としてならば領地の過去も現在も未来も大切にしなければなりませんが、レイン・シュレイアとしては今が一番大切です。
こうして赤龍様とお茶をする時間もお話しする時間も穏やかで楽しい。大切なものです」
未だ握られたままだった赤龍の拳をゆっくりと解いて、レインはその手を自分の手でそっと挟んだ
「答えには、なっていませんが・・・私はこのエーティスという国が好きですわ。
シュレイアという土地も、とても好き。
今、私にとって一番はココだという事は、間違いありません」
「・・・・・・それで今は十分だ。有難うレイン」
「いいえ、すいませんこんな答えで」
「いや答えにくい問をしたのは我だ」
苦笑した赤龍は、改めて自分の手を覆うレインの手を見る・・・小さな手だ
柔らかいが肉刺があり、爪は短く切り揃えられた手は働く者の手だった
愛おしい、とそう思った
「あ、ごめんなさい。失礼にもこんな手で」
赤龍の視線に気付いたレインが慌てて手を離そうとしたが、それを遮り今度は赤龍がレインの手を取った
「いい手だと、思う。余り語彙力が無いから上手く伝えることができないが・・・我は、この手を好ましく思う。この手に、レインに、何度も救われた」
赤龍の実直な不意打ちの言葉に、レインは頬を染めて照れた
その照れた表情に赤龍が我に返り、ぱっと手を離すと耳まで赤くした
「その、明日は早くに出発いたしますので、今日はこれで失礼致します」
ぺこりと頭を下げるレインに、赤龍はああ、と頷く
そそくさと茶器を片付け部屋を出て行ったレインを見送って、赤龍は窓辺に寄り、振り続ける雪を見た
「手を握っただけなのに、こんなにも、あつい・・・」
抱きしめた事がある、背に乗せた事がある・・・なのにそのどれよりも恥ずかしく、照れた
治まらない激しい動悸に、戸惑いながら、それでも嫌ではないと思った
一方のレインも、赤龍と別れた後自室で執務をしながらも中々治まらない動悸に戸惑っていた
「こんなに、驚いて、しかも照れるなんて」
自分は日本でそれこそ結婚もしたし子供もいた・・・もっといえば孫も曾孫もいたのに・・・手を繋ぐ程度の事で照れるなんて、と新鮮な驚きすら感じていた
「不思議なこと・・・」
でもたまにはこういう心地になるのも嫌ではないわ、と微笑んだ
動悸が治まってくると、現実に返る・・・積み重なった資料と書類に苦笑した
「明日の為にも、頑張らないといけないわねぇ」
赤龍に沢山の表情を持つシュレイア領を見てもらう、そんな目標を立てて出迎えたのだ
気合も入るというもの・・・結局夜中まで書類を裁き続けたレインだった
ナニか違う感が・・・。また改稿するかも知れません。




